記憶断片の銀色少女

澄雫

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2章

幻城の帝1

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倭国“ムラクモ”、この国の心臓とも言うべき帝さんの住む都【幻城】。
 この街は大きな堀で囲まれた城があり、その城を中心として東西南北に様々な地区が集まっています。
 本来は正式な都の名前があるそうだけど、遠くからこの都を訪れる際に、蜃気楼のように揺らめいて見える事から、幻城と名がついたとか。
 確かにこの都が見えた辺りから幻のような錯覚を覚えました。
 城も含めて、都全体が和と中を織り交ぜたような不思議な街です。

 僕は今、ツバキさんを先頭に幻城の中を歩いています。
 ツバキさんが門兵と二言程度会話すると直ぐに中に通して貰えました。

 城の中は更に「青宮」「白宮」「朱宮」「玄宮」とに別れていて、その中心には守られるように「麒宮」と呼ばれる帝のいる中枢があります。
 僕たちは程なく玄宮を通り、麒宮へと入っていきます。

「わー……お城とかに入るのって僕初めてなんですけど、凄いですね。内部まで凄く綺麗です」

 僕が素直に感心していると、振り返りながらツバキさんが城の説明をしてくれます。

「この城は様々な魔術を応用し、建築の際にも風水と呼ばれる技術で建てられたと聞く」

 風水かぁ、なんか元々居た世界にも、そういう目に見えない見地で建物を守るっていうのがありました。
 魔法がある世界なら、むしろそういった概念は薄いように思うけど、そうでも無いんですね。

「何か美味しいもの食べられるかなぁ」

 エリーナは今の会話と全く関係の無い事を喋っていますが、無視です。

「二人ともしばし、この部屋で待ってくれるか。元帥に謁見を求める故」

 麒宮の客間に着くと、ツバキさんは僕たちを中へと促して言います。

「解りました」

 部屋の中に入ると椅子、赤い布を敷いた長机、絵画の額縁など、調度品に至る全てに金を施されていました。
 ちょっと金酔いしそうです。

「あたし、この部屋長く持たないかもぉ」
「僕も余りにもキンピカし過ぎてるのはちょっと……」

 ゲンナリとしながら二人で暫く待っていると体感1時間程度でツバキさんが戻ってきます。
 思いの他、すぐに謁見の許可が下りたみたいです。

「炎姫の謁見許可と、妾の近況報告を合わせたのじゃ。謁見まで最悪、数メルを要するのは覚悟していたのじゃが、緊急を要すると付け加えたら、すんなり許可が下りたぞ」
「事前の許可を省いて直ぐに謁見許可を取り付けられるツバキさんって、本当に凄い人なんですね」
「ふふん、そうであろう、もっと褒めてよいぞ。まぁ今回に至っては、何方かというと炎姫に興味があるようじゃったがな。エリーナ・ファウンという名が炎姫なのは当然帝も知っておるが、実際の人物を見た事が無いようじゃ」

 僕とツバキさんがジロっとエリーナを見ます。

「ん?あー、変な事言ったりしないから大丈夫だよぉ。まーあたしも流石に王族相手だといつも通りって訳にも行かないかなぁ」

 そう言うとエリーナは髪をほどきました。
 長い綺麗な黒髪が背中に広がります。
 そのまま口にリボンを加えて、少し髪を手に取って、一部三つ編みにします。
 あっという間に美少女の完成です。

 黙っていれば深窓の令嬢なんだよねぇ。黙っていれば。

「それじゃあ行きましょうか」

 突然口調が変わるエリーナ。
 あ、そういうキャラなんですね今。

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 イメージでは玉座の前で会うのだと思っていた僕は、ちょっと残念なようなほっとしたような。
 今いるのは帝の執務室です。
 その代わり、と言いますか予想外に驚いたのが帝という人物です。

「やぁ皆さん。僕の仕事が中々終わらず、この様な場所で謁見になってすみません。僕がこの幻城の帝、【コウガ・カザミネ】です」
「帝殿、多忙の中、謁見の許可誠に感謝いたす」
「いやいや、ツバキ殿のたっての願いを無下には出来ないよ」

 まるで友達感覚で話す二人。
 そう見えるのも当然というか……
 目の前にいる帝はどうみても少年です。
 しかもとびっきりの美少年です。あと数クオルダしたらイケメン確定です。
 黒髪の12才くらいのショタ、もとい少年で格好は飾り気のない武官の制服を崩したような、普段着といった服装です。

「此方が謁見を申し出た炎姫、エリーナ・ファウン殿じゃ」

 紹介されエリーナが一歩前に。

「帝様、大変な多忙を極める中、此度の謁見許可を下さり誠に感謝致します。ツバキ様よりご紹介に与りました。わたくし、エリーナ・ファウンと申します」

 優雅に一礼するエリーナ。

「これは噂にたがわぬ美しい方ですね。堅苦しい礼儀は僕には必要ありませんので、どうか気楽にしてください」
「有難う御座います、帝様。それではお言葉に甘えますね」

 そう言いながら微笑むエリーナ。
 その可愛らしい笑顔に帝さんが少し照れています。

「帝殿、そして此方が妾の運命の、あ、いや……友人であるミズファじゃ」

 続けて紹介される僕。慌てて前に一歩出ます。

「あ、あの帝様。この度は謁見下さり誠に有難うごさいまひゅ」

 噛みました。

「これは……なんという事だ」

 あれ、もしかして怒ってますか。

「ミズファ殿!!」
「ふぁい!?」

 唐突に詰め寄られ両手を握られる僕。

「どうか、僕の妃になって下さい!!」

 しばしの沈黙。

「……は?」

 言われた事が理解できずに間の抜けた返事をする僕。

「ツバキ殿やエリーナ殿程の高嶺の花も御座いませんが、僕は貴女に目を奪われてしまった。貴女が望むなら何だってしよう。貴女を娶る事ができるなら、帝の位を捨てても構わない。どうか、僕の隣でずっと微笑んでいてくれませんか」

 多分世の女性なら、この求婚は二つ返事でOKしてしまうのではと思います。
 その、ちょっと僕もドキっとしました。
 でも帝の位を捨てるのは良くないと思います!

「み、帝様ミズファはわたくしの大切な娘で御座います。先ずはわたくしにお話を頂けませんと求婚は承諾できませんわ!」

 慌ててエリーナが口を挟みます。

「帝殿、突然の謁見をした手前で申し訳無いと思うのじゃが、その求婚は妾も見過ごす事はできませぬぞ。あまりに失礼では無いかの?」

 続けてツバキさんが異を唱えています。

「はっ、これは失礼しました。では改めて正式な席で交際を申し込ませて頂きます」
「いえ、そうではなく……こら、ミズファ。貴女も何か言いなさい!」

 母親が子供を叱りつけるようにエリーナが僕に話しかけます。
 なんかほんとにお母さんみたいですね。

「あの、帝様。本当に申し訳無いんですけど、僕まだ子供ですし」
「僕もまだまだ童のような者です。貴女の為精進し、立派な男となりましょう」
「いえ、その……」
「どうかお願いです!!将来僕の子供を産んでくださぐぇ!!」

 瞬間、僕は帝さんをまっすぐにグーパンチしてました。

「……あ」

 いえ、なんかつい反射的に。
 その場でノックダウンする帝さん。

 ミズファは 帝を 倒した!

 じゃなくて!
 大慌てで帝さんに駆け寄りました。
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