記憶断片の銀色少女

澄雫

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5章

時間の概念

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 時計は14時を指している昼下がり。馬車で学院へと戻っている所です。
 馬車は王国の紋章が入った王家専用の物で、王様が用意してくれました。客室はとても広くて、僕たち全員がゆったりと座れる程です。
 パーティーまで催してくれるそうですし至れり尽くせりです。どんなご飯が食べられるのか凄く楽しみです! 別に浮かれている訳じゃないですよ。海底神殿に向かう前に英気を養う、という事で。

「王様良い人でしたね。僕、王様って先入観で怖いイメージがあったんですけど」
「基本的にどの国の王も平和を望む穏健派よ。公国の前王である公爵も温和な人で、人柄は良かったもの。その公子であるカイルは……私しか目に入らなくなったせいで、あんな事になったけれど」
「それだけプリシラが好きだったんでしょうね」
「暇つぶしにまだ子供だった頃に遊んであげただけよ。そんな事より。謁見後の貴女、とっても面白かったわね。自ら名前を売り込んでいくなんて、よっぽど有名になりたかったのかしら」
「ち、違います!不可抗力です!!」

 プイっとそっぽを向く僕。
 それを見てクスクスと笑うプリシラ。
 酷いです!

 あの後、大臣さんから大金貨が沢山入った袋を渡されたんですけど、重いので収納魔法を使いました。すると、王の間が突然騒めき出して。
 その場にいた宮廷魔術師さんが特に驚いた様子で、僕を「特殊能力者」として考えるべきだと言い出しました。術式を組まなかった事が一番の理由のようです。普段からこそこそしていた訳では無いので、ついいつもの調子で使ってしまったのです……。収納魔法はどの属性にも無い魔法らしく、古代魔法に分類され、扱える知識があっても、相当な魔力がなければ術式を組む事は不可能だそうです。
 僕の収納魔法は独自魔法なので、その古代魔法に分類される方とは別物なんですけどね。独自魔法まで説明してしまうと流石にまずいと思うので黙っていました。

 術式省略も伝記を残したシズカさん以外に存在しておらず、伝説上の能力を見たら誰だって驚く訳です。
 王を含めた魔法に精通している人達で突発的に審議が始まり、満場一致で僕は魔術師から特殊能力者へとクラスが変更になりました。

「主様が評価されて……私は、とても嬉しいです」
「ミルリアさんと同じく、私も大変嬉しく思いますよミズファ」

 二人が嬉しそうに微笑んでくれます。

「なんといっても、あたしの娘だからねぇ。ミズファちゃんはまだまだ凄くなるよぉ」
「いつまで親気取りなんじゃお主は……。まぁ、まだ底が知れぬという点は同意するがの」
「けれど、術式省略は実際見るまで信用されないでしょうから、もっと名を売らなければならないわね」
「プリシラ、いい加減怒りますよ!もう血あげませんからね!」

 そう言うとプリシラは慌てて僕の胸に飛びついて泣きを入れてきました。
 可愛いので許します。

 あと、皆褒めてくれるのは嬉しいんですけど……。なんていうか、むず痒いと言うか。まだまだ向上意欲があるのは認めますけどね。合成魔法も発展途上ですから。

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 再び学院の学長室。
 レイチェルさんは午前と違い、今は書類に目を通してサインするのに忙しいみたいです。

「御免もうちょっとで仕事終わるから、ソファに座って待ってて」

 レイチェルさんは相変わらずぶっきらぼうな口調というか、尖ってます。
 皆でソファに座る中、ミルリアちゃんは僕の後ろに付いています。

 じーっと横からレイチェルさんの仕事風景を見ていると、少女が宿題を片付けているようにしか見えません。

「……っ」

 今プリシラが吹きそうになりました。
 感がいいのか、レイチェルさんが睨んできたので目線を逸らします。
 というか、プリシラだってレイチェルさんと同じ事したら、仕事っていうより微笑ましい別の何かにしか見えないよ?

「さっきの仕返しのつもりかしら」

 いえ、可愛いと思ってるだけです。
 そう僕が言うと途端にプリシラが赤くなりました。

「終わったわ。……何顔赤くして俯いてんのプリシラさん」
「な、何でもないわ!」

 プリシラで遊んでいると、どうやらレイチェルさんのお仕事が終わったようです。

「さて、会議場に行くから皆着いてきて。既に先生と魔法具の権威が数人お待ちかねよ。まぁ私の仕事が遅れたから待たせてたんだけど」

 偉い人を待たせているなら始めに言ってください……。やっぱり時計必要ですね。

 レイチェルさんに着いていくと本館から離れて行き、暫し歩きます。やがて元居た世界の議事堂のような建物に着き、中に入るとこれまた議事堂そのものでした。
 中心に代表者が立つスペースと机があり、それを囲むように席が並んでいます。

 僕達が学院に帰還したのを合図にしたようで、場内の席は学生達で満員です。
 本日三回目の緊張です……。

「じゃあアンタの魔法具、しっかり見せて貰おうじゃない。準備できたら真ん中に立ちなさい」

 そう言うと、レイチェルさんは先生達のいる方へと歩いていきました。

「ミズファ、応援しております。頑張ってくださいね」
「レイシアは既にこの空気を経験済みでしたっけ」
「ええ。ですが私の場合は幼少の頃よりこのような場は珍しい物でもありませんでしたので、特にいつもと変わらず、至って普通に魔法具の説明をさせて頂きました」
「なをさら凄いと思います……」

 お嬢様相手ですと格が違いすぎて参考になりませんでした。
 周囲の席を見ると待ちくたびれた様子です。僕の為に集まって貰っていますし、これ以上待たせるのは失礼ですよね。
 ここが時計普及の第一歩です、よし頑張りますよ!

 僕が中央に向かうと、「あの方、プリシラ様のお屋敷でお見かけた、見目麗しい少女ですわよ!」等と騒めきが起こっています。恥ずかしいです。

 僕が中央の机に着くと、先生の一人が静粛に、と声をあげます。その声で一気に場内は静まりました。
 僕が一礼すると拍手が起こります。
 レイシアから借り受けた木箱時計を机の上に置いて。

「皆様、初めまして。ぼく……私はミズファと申します。私の為にお集まり頂きまして、有難うございます。今回、皆様にお見せする魔法具はこの世界に新たな概念を持ち込む物です」

 時間という概念。時と共に生きる習慣。時計という魔法具。その魔法具のメリットとデメリット。魔法具の作り方。魔法具の維持の仕方。全てを包み隠さず、僕の知っている知識を全てこの場で話しました。

 その後質問を受け付けたのですが、学生の皆さんから受けた質問はメリット、デメリットで既に説明した部分のみでした。先生方や魔法具の権威と称される方々からは一切質問がきていません。
 代わりに先生方と権威ある方たちが話し合っているようです。
 もしかして、駄目だったんでしょうか。そう僕は思いましたが、やがて権威の方が一人席を立ちます。

「今まで数々の魔法具を見てきたし、自身も幾つか作成を経験しているが、それらは全て自らの為であり、家族の為、故郷の為、名誉の為であったもの。しかし貴女の言う、時間と呼ばれる概念は世界の全ての人々に働きかけるとんでもない魔法具だ。そして、確かに不都合のある部分も多いが、それを鑑みても生活に与える有益な影響は計り知れない」

 僕は気づかぬ内に、胸の前で手を祈るようにしていました。

「そこで、我々は各国にこの概念を持ち帰り、王を含めて改めて協議させて頂こうと思う。魔法具で王を動かすなど前代未聞だ。貴女が現れなければ、この先もずっと時間という概念は生れなかっただろう。その発想と魔法具の素晴らしさには敬意を表したい。これが今の我々の評価だ。曖昧で済まないが、追って正式な評価をさせて頂く」

 権威の方が席に座ると同時に、場内から大きな拍手を頂きました。
 それに合わせ、僕は深々とお辞儀します。
 第一歩としては好感触だったと思います。

 皆の所へ戻ると、ミルリアちゃんからお疲れ様ですの言葉と同時にエリーナに抱きしめられました。
 レイシアに時計を返すと、彼女も笑顔で応えてくれます。

「ここまで来れば、世界に時計が広まるのも「時間の問題」ですね」

 レイシアは時間になじむの早すぎだと思います。

「でも、宝石の関係上、個人で時計を持つのは現状貴族が中心となるでしょう」
「そうであろうな。魔法具は高価故、一般層、貧民層では一生時計を持つ事はあるまい」
「はい。ですので時計が認められたら、国毎に頼んで大きな時計を街に配置して貰う予定です。そうすれば誰でも見れますし、待ち合わせの目印にも使えます。」
「……妾ではその発想は出ぬ。わが主の将来が末恐ろしいの」

 元居た世界では普通にある光景なのでツバキさんの感心に心が痛みますが、プリシラが見ているので弱気になるのは止めておきます。

「ねえミズファ」
「一先ず、これで海底神殿に集中する事ができますね」
「ちょっとアンタ!何私の事無視してんのよ!!」

 いつの間にか近くにレイチェルさんが来ていました。

「普通に気づきませんでした」
「背が低いからって馬鹿にしてんの!?」
「僕と大して変わらないじゃないですか……」

 疲れる人だなぁと思っていると、レイチェルさんは続けて。

「海底神殿に行くのはまだ先なんでしょ?王様から学院の敷地貸せって言われたからアンタ達絡みだって直ぐ解ったわよ。責任もって参加しなさいよね」
「あ、勿論です。レイチェルさん有難うございます」

 ぺこり、とお辞儀する僕。

「な!?あ、アンタ、今私のな、名前呼んだの?」
「はい、僕と大して変わらぬ年頃にしか見えないのでお友達のような感覚なんです。失礼でしたか?」
「べ、別に失礼とかじゃないけど。紹介以外で名前呼ばれたの凄く……久しぶりだったから。それだけだから、変な意味なんて無いからね!」
「あ、はい」

 プイっとそっぽを向くレイチェルさんを見ていると微笑ましく感じました。
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