快適な世界

花水 遥

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デンパトウ ①

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 ある日、目が覚めると私以外の人間が居なくなっていた。

 この世界には私以外の人間だけでなく、動物や虫一匹すら存在しない。
 完全な孤独。そう断言しても良い程度には私はこの世界を探索していた。
 駅やお店はもちろん、他所のお宅まで不法侵入したが中はもぬけの殻。
 人が居ないと言う事は、もちろん買い物など出来る訳も無く。
 貯蔵していた非常食のカップ麺で飢えを凌げたのは、一週間程度。
 その後は水だけで空腹に耐えようと試みたが、一日として持たなかった。
 結果、私は無人のコンビニから弁当を盗んで食べた。
 不思議だったのは、無人のはずなのに弁当の賞味期限がしっかりと今日の日付になっていた事だ。

 三か月が過ぎた頃、私の部屋の電気水道ガスが徐々に止まった。
 電気とガスがほぼ同時に使えなくなり、その一ヶ月後に水道から水が出なくなった。
 一応年頃の女の子である私にとって、一日として風呂に入れないのはどうにも気持ち悪い。ダメ元だったが近所の銭湯に行くと熱いぐらいの湯舟に浸かる事が出来た。
 街灯が点いている事から、どうやらインフラが止まったのは私の部屋だけらしい。
 不思議だね。

 私がこの世界で一人きりになってから、半年が過ぎた。
 気が狂いそう。いや、狂っていたかもしれない。
 元々一人で居る事が好きだったが、半年間会話をしない環境でかなり独り言が増えた。気を紛らわせる為に私はもう一人の人格を自分で演じる事にした。
 しかし、もう一人の人格との話題も尽きた私は早々にその人格と会話する事を辞めた。
 もう一人の私は時折話し掛けてくるが、「ああ」とか「うん」とか適当に相槌で答えるだけになった。
 演じていたもう一人の人格は本当に後から作った人格なのか? という意味の分からない疑問が湧いて出た。
 本来の私はこんな性格だっただろうか? 私はおかしくなっているのか? もう分からない。何も分からない。

 孤独な世界には娯楽は少なく、本屋で立ち読みをするかゲームをする事ぐらいだ。
 オンラインゲーム上には私以外の人間が変わらず居たが、誰も私が置かれている現状を信じてくれない。
 チャットは出来るが通話が出来ない。
 携帯もインターネットに接続されているが、通話はエラーの表示が出てしまう。
 掲示板にも孤独な世界に一人で居る事について書き込んだが、釣りを疑われるかスピリチュアルな人が食いつくだけだった。
 私の行き着いた結論としては、ネットはクソだという事。
 他人を頼る事が間違いだった。自分を助けられるのは自分だけだという事を思い出した私はいつの頃からか辞めていた他人探しに出かける事にした。
 いつまでも店に置いてある食べ物を盗み、銭湯に無銭入湯する生活を続ける訳にはいかない。
 行く当てならある。
 私以外の生物が居た世界を元の世界と呼ぶのなら、その世界には無かった巨大な建造物。
 随所に丸いアンテナを携え、空を突き刺すように聳え立つ電波塔。その高さ優に五百メートルを超える故に、街のどこに居ても視界に捉える事が出来る。
 あの電波塔に行けば、きっと何かがあるはずだ。
 それが分かっていてもあの電波塔に行かなかった理由は二つある。
 一つは、あの電波塔がこの世界から元の世界へと戻る唯一の希望だった事。希望は最後まで取っておきたいじゃないか。
 二つ目に、あの電波塔が徒歩で行くには遠すぎるという事。ざっくりとしか位置が分からないあの電波塔へ無人で動くこの世界の電車やバスを利用して辿り着くのが、あまりに運任せが過ぎる。
 それと、本当にこの世界には私以外の生物が居ない保証がない事も理由に挙げられる。
 もしかしたら、この世界には何か恐ろしいクリーチャーが存在していて、私が寝ている相田に人類を根絶やしにしたのでは無かろうか? という突飛な妄想がずっと頭の片隅に居座っている……アニメや漫画の見過ぎだろうか?
 とにかく、色々なリスクを考えた結果今まで私は電波塔に向かうという行動を取らなかった訳だが、このまま行動に移さなくても自我が崩壊していくだけだ。

 家賃六万円のそこそこ綺麗なアパートの一室。
 色々楽だからという理由でネカフェ生活をしていたが、久しぶりに私はインフラの止まった私の部屋へと帰って来た。数着の着替えと歯ブラシ、スマホの充電器など必要最低限の荷物をリュックにまとめる。
 部屋を出る時、もうこの部屋には帰って来られないような気がしたが、それは電波塔に私が期待しているが故の勘違いに違いない。
 寝る為のベッドと勉強机の上に置かれたペン立て。そこに数本の鉛筆やボールペンが立てられているだけ。
「ばいばい。もう行くね」
 とても女子高生の一人暮らしとは思えない質素な部屋。その部屋の隅に横たわっている私の死体に別れを告げた私は最寄りのバス停に向かった。
 十時十分発のバス。
 そのバスに乗ればあの電波塔に辿り着けるのかは分からない。
 だけど私はベンチに座ってバスを待った。
 
                                                 続く。
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