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外伝 動と静の邂逅 ~化学反応~
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登場人物
竹村友恵 18歳 高3 161cm
瀬戸口学 17歳 高2 170cm
季節は夏真っ盛り、高校も長期休暇に入ってしばらく経った頃のこと。
私立西巻高校の3年生、棋道部部長の竹村友恵は、部活動を終えて、第2校舎3階の廊下を、少し疲れた表情を浮かべながら歩いていた。
部長ともなると責任も重いし、細々とした雑務も自然と増えるものだ。下級生への気配りも3年生の務めである。
友恵は自分の立場にやりがいを感じていたが、この日のように疲労感を感じてしまう時があるのも事実だった。
(ちょっとリラックスしたい気分ね…。)
そう思いながら音楽室の前に差し掛かったその時。
(これは…ヴァイオリンの音色?)
力強さと情感の豊かさを兼ね備えた弦楽器の音色が、室内から響いてきた。音楽室の入口のドアは少し開いていたので、友恵はその音色に誘われるごとく、そっと室内に入り、しばしその旋律に聴き入った。
(とってもパワフルで、意志の強さを感じる音色ね…。ヴァイオリンってこんな音が出せるんだ)
4分強の曲の演奏が終わると、演奏者の男子生徒は、入口の所に佇んでいる見慣れぬ女子生徒の存在に気付いた。
「ん?…俺の演奏、聴いていたんですか?どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「あ、ごめんなさい。とても個性的なヴァイオリンの音色だったものだから、つい聴き入ってしまって。」
「個性的?俺の演奏、個性的でしたか?」
「ええ、とっても。繊細さを抱えつつも、常に上を目指そうという強い意志を感じたわ。」
演奏者の2年生、瀬戸口学は、自分の演奏をそのように形容する人物と初めて会ったのだった。学はその女子生徒の存在に興味を持った。
「ありがとうございます。…俺、そんな風に人に言ってもらったの、初めてです。俺は室内楽部の2年、瀬戸口学です。」
「私は棋道部の3年、竹村友恵よ。」
「棋道部って、囲碁とか将棋とかやってる部活ですか?」
「ええ、私は囲碁を主にやっていて、それなりの腕前なのよ。」
「そうなんですね。俺、そっち方面はどうもさっぱりで…」
「あら、囲碁と音楽。遠いようで意外と相通ずる所も多いのよ。」
「え…?」
ボードゲームと音楽に共通項がある。学にとってそれは、今までに持ったことがない視点だった。彼は友恵の紡ぐ言葉に静かに耳を傾けた…。
「囲碁ってね、右脳の持つ能力をふんだんに使うと言われているの。論理的な思考力だけじゃなく、芸術的な感性もとても大事な要素になってくるのよ。だからかな、さっきのあなたの演奏、私の心の琴線にすごく響いたの。」
「竹村先輩…。」
「さっき弾いていたの、何ていう曲?」
「さっきのは、モンティという作曲家が作った、チャルダッシュという曲です。」
「そうなんだ。とってもドラマティックな曲だったわ。ゆったりと、己の半生を語り始めるような導入部から始まって、途中でガラッと曲調が変わって、生きている喜びを全身で表現するような情熱的なクライマックスへ…。まるで、一人の人間の人生を追体験しているような感覚になったわ。」
「…………。」
友恵の持つ、感性を言語化する能力のあまりの高さに圧倒されて、学は思わず黙りこんでしまった。
「…あら、私ったら、しゃべり過ぎちゃったかしら?」
「いえ、そんな事無いです、竹村先輩…。俺、ビックリしているんです。先輩が今おっしゃった事、俺がチャルダッシュという曲の構想を練る段階で考えていた事と、ピッタリ一致するんです…。」
「え……?」
この時、初対面の二人の間に聳え立っていた見えない"壁"が、音を立てずに完璧に崩れ落ちてしまった。
「…瀬戸口くん、芸術の秋が来る前に、お茶でも飲みに行かない?モーツァルトの流れる静かなカフェで…ね?」
「……はい、竹村先輩…。」
つづく
竹村友恵 18歳 高3 161cm
瀬戸口学 17歳 高2 170cm
季節は夏真っ盛り、高校も長期休暇に入ってしばらく経った頃のこと。
私立西巻高校の3年生、棋道部部長の竹村友恵は、部活動を終えて、第2校舎3階の廊下を、少し疲れた表情を浮かべながら歩いていた。
部長ともなると責任も重いし、細々とした雑務も自然と増えるものだ。下級生への気配りも3年生の務めである。
友恵は自分の立場にやりがいを感じていたが、この日のように疲労感を感じてしまう時があるのも事実だった。
(ちょっとリラックスしたい気分ね…。)
そう思いながら音楽室の前に差し掛かったその時。
(これは…ヴァイオリンの音色?)
力強さと情感の豊かさを兼ね備えた弦楽器の音色が、室内から響いてきた。音楽室の入口のドアは少し開いていたので、友恵はその音色に誘われるごとく、そっと室内に入り、しばしその旋律に聴き入った。
(とってもパワフルで、意志の強さを感じる音色ね…。ヴァイオリンってこんな音が出せるんだ)
4分強の曲の演奏が終わると、演奏者の男子生徒は、入口の所に佇んでいる見慣れぬ女子生徒の存在に気付いた。
「ん?…俺の演奏、聴いていたんですか?どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「あ、ごめんなさい。とても個性的なヴァイオリンの音色だったものだから、つい聴き入ってしまって。」
「個性的?俺の演奏、個性的でしたか?」
「ええ、とっても。繊細さを抱えつつも、常に上を目指そうという強い意志を感じたわ。」
演奏者の2年生、瀬戸口学は、自分の演奏をそのように形容する人物と初めて会ったのだった。学はその女子生徒の存在に興味を持った。
「ありがとうございます。…俺、そんな風に人に言ってもらったの、初めてです。俺は室内楽部の2年、瀬戸口学です。」
「私は棋道部の3年、竹村友恵よ。」
「棋道部って、囲碁とか将棋とかやってる部活ですか?」
「ええ、私は囲碁を主にやっていて、それなりの腕前なのよ。」
「そうなんですね。俺、そっち方面はどうもさっぱりで…」
「あら、囲碁と音楽。遠いようで意外と相通ずる所も多いのよ。」
「え…?」
ボードゲームと音楽に共通項がある。学にとってそれは、今までに持ったことがない視点だった。彼は友恵の紡ぐ言葉に静かに耳を傾けた…。
「囲碁ってね、右脳の持つ能力をふんだんに使うと言われているの。論理的な思考力だけじゃなく、芸術的な感性もとても大事な要素になってくるのよ。だからかな、さっきのあなたの演奏、私の心の琴線にすごく響いたの。」
「竹村先輩…。」
「さっき弾いていたの、何ていう曲?」
「さっきのは、モンティという作曲家が作った、チャルダッシュという曲です。」
「そうなんだ。とってもドラマティックな曲だったわ。ゆったりと、己の半生を語り始めるような導入部から始まって、途中でガラッと曲調が変わって、生きている喜びを全身で表現するような情熱的なクライマックスへ…。まるで、一人の人間の人生を追体験しているような感覚になったわ。」
「…………。」
友恵の持つ、感性を言語化する能力のあまりの高さに圧倒されて、学は思わず黙りこんでしまった。
「…あら、私ったら、しゃべり過ぎちゃったかしら?」
「いえ、そんな事無いです、竹村先輩…。俺、ビックリしているんです。先輩が今おっしゃった事、俺がチャルダッシュという曲の構想を練る段階で考えていた事と、ピッタリ一致するんです…。」
「え……?」
この時、初対面の二人の間に聳え立っていた見えない"壁"が、音を立てずに完璧に崩れ落ちてしまった。
「…瀬戸口くん、芸術の秋が来る前に、お茶でも飲みに行かない?モーツァルトの流れる静かなカフェで…ね?」
「……はい、竹村先輩…。」
つづく
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