君が本当に望むもの

AquaSky

文字の大きさ
1 / 1

消えた季節

しおりを挟む
「ねえ、なにしてるの?」
うつらうつらしていた僕は、その柔らかい声で目を覚ました。
「なにって、、、、、、」
 ふと机の上のタブレットに目を落とすと、そこにはピンク色のページが映っていた。
「あぁこれ、なんて言うだっけな。えーと、そうだ、桜だ。二百年くらい前にはまだ四季がある時代だったろ。その頃、春っていう季節に咲いてた花なんだってさ」
「なぁに、今さら歴史に興味がでてきたの?それなら、次は歴史の授業だよ。寝ないで真面目に受けなよー?」
呆れたように笑いながら彼女が言う。
すぐに次の授業の開始を合図するチャイムが鳴った。次は歴史か。いつの時代をやるのだろう。気乗りはしないまま、僕は席に座り直した。
空はなんとも言えない曇を広げながら、気怠い午後を運んでいく。およそ二百年前、世界には四季があった。春には桜が咲き、夏には肌を焦がすような太陽が照りつけ、秋になれば木々は橙に染まり、冬には一面を雪が舞う。別に今さらではない。ずいぶんと前から四季に興味はあった。ぼんやりと窓の外を眺める。
今の世界には季節がない。適度にコントールされた気候。汗が噴き出すことも、手がかじかむこともない。一年を通して、四季と呼べる季節の変化はなくなってしまっていた。
「それで、真面目に聴いてたわけ?」
また彼女だ。気づけば授業は終わり、皆帰り支度をしていた。
「まぁ、、それなりに、、、」
僕は彼女が苦手だ。溌剌とした彼女といるとペースを乱される。
「この後どうせ暇でしょ? 近くに面白いところができたんだって。ほら、行くよ!」
言ったそばからこれだ。話を続ける彼女に、僕は適当に返事をしながらゆっくりと席を立つ。辺りを見るともう残っている生徒はほとんどいない。ついでのように、もう一度窓の外に目をやる。空模様は相変わらず、はっきりしない。
「もう。ねぇ、聞いてる? その面白いところって、季節を感じられるらしいよ!」
少し声を大きくしながら彼女は言った。
気怠い午後に、風が吹く。
「わかったよ。しかたないから、行ってあげるよ」


「ここ?」
まだ空が明るいうちに、僕らは目的の場所についた。
「そうここ、入るよ!」
中に入ると薄暗い。だが、茶色をベースに造られた木組みの店内は、意外と嫌な気分にはならなかった。思ったより狭く、展示品にぶつからないように、気をつけて進んでいく。店内は静まり返っていて、営業していないのではないかと思ってしまう。
「いらっしゃいませ。【季節の館】へようこそ」
突然の声。変な名前だな。声の方へ目を凝らすと、そこには白い髭をたくわえているほっそりとした老人が立っていた。
「ここって何ができるとこなんですか!? 私この店見つけたときからずっと気になってて!」
相変わらずな明るさで彼女は言う。
老人は、にっこりと笑いながら話し始めた。
「ここは、名前の通り、季節を感じられる場所でございます。あなたのお好きな季節は、なんでしょうか?」
胡散臭い。僕はどう答えようか困り、彼女に目をやった。
「春です! 私は春が好きだなー! だって今はずっと同じような景色でしょ?咲いてる花も同じ。少し暑い日や寒い日ももあるけれど、なんか味気ない。そうしたらこの前知ったの!春にだけ咲く桜という花ははたった7日間くらいしか咲くことができないって!綺麗なんだろうなー、昔の人が羨ましくなっちゃう!」
彼女のこういうところはきっとモテるに違いない。感心しきっていると再び声をかけられた。
「君は、何の季節が好きかね?」
老人は微笑みながら訊く。
「あ、えーと、春ですかね。僕も桜に興味がありまして」
僕は言った。
ふむ、ふむ、と老人は満足そうに頷く。木組みの戸棚に手を伸ばし、その中から木材で作られた、手のひらで収まる何かを二つ、取り出した。
「季節の眼鏡、といいます。ぜひこちらをおかけください。きっと気にいると思いますよ」
浮かんだ妄想をかき消す。そんなことはあり得ない。しかし何故か、その眼鏡に惹きつけられた。不思議なことに、眼鏡を持つ老人の手が、ほんのりと色付いて見えた。
「じゃ、じゃあ」
手を伸ばす僕に、彼女は驚いたような顔を向けた。なんだ、僕から行動することがそんなに珍しいか。横目で彼女を見る。すでに眼鏡を受け取り僕を見る彼女は、どこか嬉しそうに見えた。相変わらず変なやつだ。
改めて眼鏡を見る。僕の手の中で収まるそれは、やはり色付いて見えた。茶色く薄暗いはずの店内は、もう気にならなくなっていた。
恐る恐る眼鏡をかける。
するとそこには、目にしたことのないピンク色の景色が、青空いっぱいに広がっていた。
「なんだ、これは」
言葉が続かない。どこからか暖かな風が吹く。ただ眼鏡をかけただけなのに、そう僕は繰り返す。
「ちょっと、、、泣いてるの?」
驚いて頰に手を当てる。悲しくはない、何故だかわからない。僕は、戸惑いながらもその景色から目をそらすことができなかった。
「気に入っていただけましたかな?」
穏やかな表情を浮かべながら、いつのまにか、老人はそばに立っていた。
「これは、本当に望むものが見える眼鏡でございます。あなたが望むものは見えましたか?それは、本当にあなたが望むものでしたか?」
はっとして眼鏡を外すと、そこには、老人も、茶色の建物もなくなっていた。
ただの野原に立ち尽くしながら僕は言う。
「僕の本当に望むものは、、、」
すると彼女は、相変わらずな笑顔で、僕に話しかけた。
「君が望むものは、きっと桜じゃない。今ここにない何かだよ。世界が面白いように変わってくれるのを待つくらい、退屈なんじゃないのかな」
そうだ。僕はこのうだつの上がらない日々を、心のどこかで日常のせいにしていた。ここにはない何かが、世界を変えてくれることを、願っていた。

いつもより、少しだけ大きな声で僕は言う。
「全く、君は相変わらず声が大きいな」

心なしか暖かく、肌が汗ばむ。
「ちょっと待ってよ!」
透き通るような青い空の下、僕は駆け足で鮮やかな街を走り始めた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

精霊姫の追放

あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。 「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

二本のヤツデの求める物

あんど もあ
ファンタジー
夫の父の病が重篤と聞き、領地から王都の伯爵邸にやって来たナタリーと夫と娘のクリスティナ。クリスティナは屋敷の玄関の両脇に植えられた二本の大きなヤツデが気に入ったようだ。 新たな生活を始めようとするナタリーたちだが、次々と不幸が襲いかかり……。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...