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始まりは異国の風と共に

プロローグ1

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手放して行く意識の中、獲物を狩る赤い目がこちらを覗いていた。

弱るのを待つように、今かと鋭い凶爪を揺らしている。私は何も考えられないくらい衰弱していたが、なんとなく幽霊の方がマシだと思った。


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そこは町外れの森にある廃墟。夜の闇が満ち、その建物を照らすのは月明かりだけだった。

その廃墟の前に高校生のグループが集まっていた。懐中電灯やカメラを持っていて、それが肝試しだということが分かる。

「いや~肝試し楽しみだね、りっちゃん!」
「いや私は別に」


——私は立花、友達に肝試しに連れて来られている。今元気に話しかけてきたのが、私の親友のアズサだ。

赤い長髪をなびかせながら、ウキウキ声で私にカメラを向けて、次に落ち着いた感じの好青年にカメラを向ける。

「秋斗も楽しみだよね!?」
「いざ現地に着くとちょっと怖いかも、なんてな」

廃墟の怖さを秋斗は軽く笑い飛ばした。成績優秀、運動はちょっぴり得意で顔面偏差値高めのモテそうな男子校生だ。

私達のグループでいつもわちゃわちゃしている彼だが、割と残念な部分をいくつか備えている。

アズサの向けるカメラに謎のポーズを決める秋斗、それはどこかのアニメで覚えたのだろうか。若干ジト目で私が秋斗を見つめていると、後ろから不意に声がかかる。

「おーい、来てやったぞ!!俺たちが最後か?」
「やっぱ肝試しなんてやめようよ…」

こちらに向かって歩いてくる人影が2人。1人は半袖短パン短髪でザ・運動部という感じの少年。運動万能、成績赤点、完全脳筋野郎の龍二だ。

その後ろで三つ編みをなびかせて、おどおどと付いてくるのが、いつも教室で本を読んでいるような大人しめの女子高生、ミクだった。

歩いてくるミクと龍二にアズサは「はいピースピース!」といった感じでカメラを向けた。すると龍二は「ちょっと待った!」と声を上げた。

「部活の顧問にバレるとやべえから、俺はあんま映さないでくれよな」
「あ、そうだったね~。大丈夫だよ、映っちゃったら全部カットしたげる!」
「ほんとに頼んだぞ」

若干表情が強張る龍二に、アズサは軽いノリで答えた。彼は陸上部のエースで、試合に出れなくなると困るという理由でカメラには映りたくないのだろう。真夜中に肝試しをして誰かいなくなった、なんてなったら大問題だ。

脳筋と正義感溢れる彼が、こんな夜中の肝試しに乗ることは私の中で少し予想外だった。

「ねぇ龍二、あんたがこんなことに乗るとはちょっと意外だったかも」
「そりゃこういうのは良くないけどよ、やっぱ青春したいじゃん」
「私も同じ理由…!」

堂々と胸を張って龍二は答える。それに続いてミクも同じく答えた。普段あまり出かけなさそうなミクが肝試しに来た方が予想外ではあったが、そうした理由なら納得である。2人の勇気にちょっと賞賛。

私が関心していると、アズサが楽しそうにカメラを向けて聞いてきた。

「ねぇねぇ、立花はなんで肝試しに参加したの?」

ニヤニヤしたアズサの顔に少しイラッとしながらも、淡々と私は答える。

「みんなが行くって言うから付いてきただけ。あとそのカメラとニヤケ顔をやめろ」
「むむー、手厳しいなぁ。秋斗はどうなの?」
「俺?」

突然振られる秋斗は少し戸惑った様子で、少し照れながら答える。

「UMAとかいたら、見てみたいなって」
「いや肝試しなんだけど」

思わず突っ込んでしまった。天然を発動させる秋斗に呆れつつ、私達はカメラと懐中電灯を手に廃墟に侵入しようとする。

廃墟の庭は草が放置されて生い茂り、私たちの目線よりも高い草が視界を拒むだろう。

私が別のカメラを手に持って先頭で進み、廃墟の敷地内に足を踏み入れようとした時、秋斗がアズサに尋ねた。

「なぁアズサ、お前がみんなを肝試しに誘ったんだろ。アズサはなんで肝試しをしたいって思ったんだ?」
「んー」

急に尋ねられたアズサはわざとらしく困ったような顔をして、後ろに続く秋斗にくるっと向き直ってヘラッと笑って答える。

「ひみつ」

あざとく、でもどこか純粋な可愛げはアズサの元の可愛さと合わさって、見る人が見れば即堕ちしそうな魅力があった。

しかし目の前の天然には通じないのであった。

「秘密じゃしょうがないなぁ」
「鈍感すぎだろ」

至って何も考えてなさそうに笑う秋斗を横目に、私は苦笑いを浮かべながら誰にも聞こえない声で言った。

アズサが主催のこの肝試し。これはアズサの好きな人、秋斗を落とすために彼女自身が考案したイベントだった。あまりにも鈍感で気づかない秋斗を意識させるために、アズサが私に協力を頼んできたのだ。

私は特に忙しいわけでもなかったので快く承諾、いつも遊んでるメンバーの龍二とミクも付いてきたという流れだ。

相変わらずほとんど手応えがない秋斗に、アズサは「くっ…!」と顔を若干しかめている。しかし、彼女はやる気に満ち溢れていた。

そう、吊橋効果を最大限に引き出すための真夜中の肝試しなのだ。本領発揮はこれからといったところだろう。

恋という野心に燃えるアズサを感じながら、私達は高草が生い茂る庭を超えて廃墟に侵入していった。


廃墟の中はほこりまみれで蜘蛛の巣があちこちに貼られており、もう何年も掃除されていないのが分かる。床を歩けばギシギシと音が鳴り、今にも崩れそうなほどボロい。

だが中は広く、元々広めの一軒家だったことが分かる。ちなみに3階建てだ。

「ひぇぇ、もう何か出そうな感じだね」

凄惨な光景を目の当たりにしたミクは蜘蛛の巣にビビりながら、感想を述べた。

同様に私たちは想像以上に酷い有様の廃墟に戦慄したが、探索のために割り振りを確認していく。

アズサが一枚の紙を取り出す。これは廃墟の地図と割り振りの紙だ。

「この廃墟は3階建て、私達は3グループに分かれて探索を行うわ。1時間の探索の後にこのエントランスに集合。それで、私と秋斗が3階を、ミクと龍二と立花は2階と1階を探索って振り分けだったわね」

アズサは探索する部屋とグループの割り振り、持ち物を確認していく。私と龍二とミクの3人が1階と2階、秋斗とアズサは3階の探索だ。

3階の方が月明かりが入ってきて良い雰囲気が出しやすく、物置や寝室など怖そうな部屋が多いことから、アズサは秋斗と二人きりで探索するにはうってつけだと踏んでいた。

私たち3人は1階と2階でそれっぽい場所を探す手順となっている。


——だが、私はチラリとミクの方に視線を向ける。廃墟に怖がっていながらも少し頬を染めて龍二の方をチラッと見て、何か決意を固めた顔をしている。

詳しくは語れないが、きっと1人の乙女として攻めに出るつもりなのだろう。

「あー、私は1人で一階を探索しよっかな。っ間違えてカメラ2つ持ってきちゃったし」

少しわざとらしく、懐から二つ目のカメラを取り出してみんなに見せた。これでアズサのと含めて合計3つだ。

ミクが龍二を個人的に遊びに誘っていたのは知っているし、アズサが考えた割り振りを最初見た時から、私はミクと龍二を2人きりにしようとこっそり画策していた。

突然の言い出しにアズサは一瞬困惑した表情を見せるが、私の目配せとミクにウィンクをバチコーンと決めたおかげで、乙女の事情を察して了承してくれたようだ。


まぁそれに、私は1人の方が都合が良い事情もあったりする。

「立花は怖いものなんてなさそうだしな!ミクと俺で2階探索するから、お前は1階に行ってこいよ」
「この脳筋、なんか失礼な感じがするけど。まぁいい」

ガハハと笑う龍二にジト目で眉をピクっとさせたが、そこまで気にしないように考えて私は「それじゃ」と言ってその場を後にしようとする。

が、言い忘れたことがあったので少し立ち止まってアズサの方を向いてこう言った。

「良い結果、期待してるから」

アズサは気持ちの良い具合でニッと笑って、それに答えた。私もフッと笑みを浮かべて、その場を後にするのだった。
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