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愛執
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最近まで人であった『それ』は、村外れの人気のない林の奥に捨てられていた。
『それ』を彩っていた赤は、刻々と過ぎていくうちに真っ黒に変色して乾き、ふっくらとしていた白い肉体は、骨を僅かに皮が残っている程度になっていた。艶やかな漆黒の長髪は無造作に刈り取られ、残った部分はとうに艶を失い土埃にまみれ、『それ』が恋人から貰ったという鮮やかな朱色の着物は、引き裂かれボロ雑巾と成り果てている。『それ』の肌と髪に映えてとてもよく似合っていたのに。
近くの枯れ木の上に居座る鴉たちが、今にも食いつきたそうな飢えた眼で『それ』を見下ろして様子を窺っている。けれど容易に降りることができない。
『それ』の側には一匹の猫がいた。かつての面影を失くした悍ましい顔を覗き込んでいる。
猫と『それ』の関係は飼い主と飼い猫であった。けれど猫の方は『それ』を一度も飼い主と思ったことはない。『それ』は、母猫から生まれたばかりの猫をその手で持ち上げ、大事に大事に愛情を注いで育ててきた。飼い猫の目印として、首に小さな鈴を付けるだけで縄で無理矢理家に縛りつけることもなかった。
大事にされながら自由にのびのびとした生活を与えられたおかげで、猫は野良よりも美しい毛並みと健康な体、家猫よりも強さとたくましさを手に入れた。
それでも、『それ』は猫にとって「唯一の飼い主」ではなく、ただの「替えがきく世話役」でしかなかった。猫がそんなことを思っているとも知らずに『それ』は無償の愛を猫に与え続け、猫はそれを黙って受け入れていた。
ある日『それ』は嬉しそうに遠出の支度をしていた。『それ』が恋人から貰ったお気に入りの着物を着ているのを見て、川向こうの村にいる恋人に会いに行くのだとわかった。
ときおり『それ』が語るのを聞くだけで猫はその恋人を見たことがない。大した興味も持てず、姿見と向かい合っている『それ』を横目に日向の縁側で欠伸をした。
『それ』が出かけてから三日過ぎた。
一度川向こうの恋人のもとに行くと離れたがらず、数日泊まり込むことはよくあった。『それ』がいなくても猫の世話は『それ』の家族がしていたので猫は気にしなかった。
しかし家人たちは慌てて、猫の世話はそっちのけで『それ』の行方を探し始める。猫は家人たちが世話を忘れても自分で食糧を獲りに行けたのでやはり気にしなかった。
世話役がいなくなった家から離れ、ほぼ野良に等しい生活をして数日。ウサギを追いかけて入り込んだ林の中で、猫は行方知れずだった変わり果てた『それ』を見つけたのだ。
だいぶ薄れてはいるが『それ』の股から漂う複数の雄のニオイとボロボロになった髪や着物、体に残った大きな切り傷を見て、それが盗賊の類の仕業であることはすぐに見当がついた。
愛しい恋人から貰ったお気に入りの着物を身に付けながら、恋人ではない男に乱暴された『それ』を見たら、家人たちは嘆くだろう。
村一番の美人と称された顔は恐怖によって強張り、瞳を見開いたまま硬直した顔の不気味さに、村人たちは顔を逸らすだろう。
ここは村から離れ、林の奥まったところにある。猫のように鼻の効くモノや、鴉のように空から見下ろせるモノなら簡単なことだが、迷い込みでもしないと人に見つけてもらうのは難しいだろう。村人たちはすでに『それ』の捜索を諦めている。
猫がこのまま立ち去れば、頭上の鴉たちが『それ』に飛びかかるだろう。僅かに残った肉は彼らの餌になり、今度こそ『それ』は影すら消える。
それでも猫は怒りも悲しみも感じはしない。
ただの『物』と成り果てた『それ』に、もう利用価値はないとわかるだけだ。
長い尾を揺らし、尻を上げる。完全に目の前の物に対して興味は失せた。猫が『それ』に背を向けたのを見て、鴉たちが激しく羽ばたく。枝から離れた彼らはそのまま真っ直ぐ『それ』に向かって行くかと思えば、空に昇ってどこかへ飛び去ってしまった。
猫の背後、『それ』を挟んだ向こう側の茂みが揺れる音に耳がぴくりと動く。
白い息を吐いた男が茂みを掻き分けて現れた。猫も見覚えのないその男は村の人間ではない。
男は横たわる『それ』を見て目を見開いた。しゃがみ込み、躊躇なく『それ』の細く小さくなった手をとる。愛おしげに『それ』の名を呟いた。男の優しげな団栗色の瞳に安堵の色が混ざる。
男は泣きながら「よかったよかった」と『それ』の手を固く握りしめる。
「さぁ、帰ろう。ここは寒いから」
男は『それ』の瞼をソッと降ろし、自分の羽織を『それ』に被せ、両手で軽々と横抱きで持ち上げて苦笑を浮かべる。
そのまま立ち去ろうとする後ろ姿に向かって猫は鳴いた。
驚いて振り返った男は、初めて猫を目に映した。
金色のつぶらな双の瞳がじっと男を見つめる。
男は猫の首にある擦り切れかかった赤色の紐に目を止めた。
「君も探していたのか」
猫が『それ』の飼い猫であったことを男は知っているようだ。
何を勘違いしたのか「飼い主想いの良い子だね」と見当違いの発言で猫の顔を顰めさせた。とは言っても、猫の顔の筋肉は体のとは違ってそこまで柔らかくないので、心情的にしたつもりなだけだが。
「おいで、君も帰ろう」
手を差し伸べるでもなく、優しい声色だけで猫を誘う。そして男は一度声をかけただけでそのまま歩き出す。手綱もない猫がついて来る保証などないというのに振り返りもせず。どうでもいいのかもしれない。己の腕に『それ』がいるだけで男は満足そうだった。
そのとき、何故だかわからないが猫は男に興味がわいた。胸の内に湧き上がる好奇心の赴くままに猫は男の後をそっと追う。
男は『それ』の生まれ育った村に向かい、『それ』の家を訪ねた。
『それ』を抱えて突然やって来た男に村人たちは驚き、さらに『それ』が行方知れずだったモノだと知ると『それ』の家族は号泣した。当然であろう。『それ』の存在は彼らの唯一の望みを見事に打ち砕いたのだから。なかなか泣き止まない彼らを男は困った様に見つめていた。
さすがにいつまでも客人を玄関に立たせている訳にはいかなかったので、家人たちは男を奥へと招いた。家人の一人が男の後について行く猫を見て驚いているが、猫は気にしない。
ボロボロだった着物から白い着物に着せ替えられ、乱れた髪も丁寧に整えられて『それ』は一室に寝かされた。その部屋と襖で仕切った隣部屋で男は『それ』の両親と対面する。
猫は、男と家人たちの会話から男が『それ』の恋人であったことを知った。
だから男はあんなにも愛おしそうに『それ』を見つめていたのか。
『それ』の両親が泣き腫らした目で男に感謝と謝罪の言葉を述べると、男は大したことはしていないと、頭を下げる二人に慌てる。
どうやら『それ』は、男のもとに行く前に襲われたらしい。『それ』が行方不明と聞いた男も『それ』のことを探し続けていたようだ。最近、賊がこの辺りで目撃されていると聞いた男は、もしかしたら、という期待を抱いてあえて危険な場所まで探していたと言う。
なんと無謀な。もしその賊と鉢合わせしたらどうしていたのかと猫は呆れた。『それ』の両親も目を見張り、『それ』の為にそこまでしてくれたことに感謝しながらもますます申し訳なさそうに頭を下げた。
「この度は本当にご迷惑をおかけしました。結婚も近々だったというのに、このようなことになって。本当に申し訳ありません」
どうやら男と『それ』は猫が思っていたよりも関係が進んでいたようだ。
「あの、そのことなんですが。彼女をこのまま我が家に嫁入りさせて頂けないでしょうか」
猫も家人も耳を疑った。男は閉じられた襖の向こうを愛おしそうに見つめる。
「予定よりも早いですが、俺も彼女も待ち遠しくてしかたがなかったんです。お二人さえお許しくだされば、なんの問題もないと思うんです」
問題も何も、それ以前の問題である。『それ』はもう死んでしまっているのだ。『それ』が納まるべきなのは男の隣ではなく、先祖代々の墓の中である。
心優しき男は今回のあまりの悲劇に正気を失ってしまった、と『それ』の両親は思った。けれど、再び振り向いた目には、冗談でも、正気を失った様子もなく、いつも通りの、いやそれ以上に確固たる意思があった。
男は本気なのだ。本気で『それ』を娶ろうとしている。
『それ』の母親は困惑して、助けを求めるように夫を見た。父親も困惑しているのだが、しばらく黙り込んで、やがて決心がついたのか口を開いた。
「わかりました。だいぶ変わってしまいましたが、それでも良いというのなら、あの娘を差し上げます」
母親は驚いたが、夫が決めたことならと口を噤む。
男は二人に感謝し、深々と頭を下げた。
翌日、隣村に続く道を長い行列が歩いていた。運んでいるのは棺桶。けれどその中身が纏うのは死装束ではなく花嫁衣装。参列者の心境は正直言って複雑だが、この行列を止めようとする者はいない。
死臭を消す為に入れられた大量の花や香のニオイが猫の鼻を刺激する。
男は時折、棺桶に話しかける素振りを見せて村人たちから同情の視線を向けられていた。
「あんなことになって、頭がおかしくなっちまったんだ。可哀想に可哀想に」と村人たちは言う。けれど、猫には男の頭がおかしくなったとは思えなかった。男は誰よりもしっかりとした確かな意思で動いているのだ。
猫は断言しようと心の中で呟いた。
何もおかしくなどない。ただ、男が心底『それ』を愛していただけなのだ。
棺桶の一歩後ろを幸せそうに歩く男を見て、猫はほんの少し、ほんの少しだけそれを羨ましく思った。
『それ』を彩っていた赤は、刻々と過ぎていくうちに真っ黒に変色して乾き、ふっくらとしていた白い肉体は、骨を僅かに皮が残っている程度になっていた。艶やかな漆黒の長髪は無造作に刈り取られ、残った部分はとうに艶を失い土埃にまみれ、『それ』が恋人から貰ったという鮮やかな朱色の着物は、引き裂かれボロ雑巾と成り果てている。『それ』の肌と髪に映えてとてもよく似合っていたのに。
近くの枯れ木の上に居座る鴉たちが、今にも食いつきたそうな飢えた眼で『それ』を見下ろして様子を窺っている。けれど容易に降りることができない。
『それ』の側には一匹の猫がいた。かつての面影を失くした悍ましい顔を覗き込んでいる。
猫と『それ』の関係は飼い主と飼い猫であった。けれど猫の方は『それ』を一度も飼い主と思ったことはない。『それ』は、母猫から生まれたばかりの猫をその手で持ち上げ、大事に大事に愛情を注いで育ててきた。飼い猫の目印として、首に小さな鈴を付けるだけで縄で無理矢理家に縛りつけることもなかった。
大事にされながら自由にのびのびとした生活を与えられたおかげで、猫は野良よりも美しい毛並みと健康な体、家猫よりも強さとたくましさを手に入れた。
それでも、『それ』は猫にとって「唯一の飼い主」ではなく、ただの「替えがきく世話役」でしかなかった。猫がそんなことを思っているとも知らずに『それ』は無償の愛を猫に与え続け、猫はそれを黙って受け入れていた。
ある日『それ』は嬉しそうに遠出の支度をしていた。『それ』が恋人から貰ったお気に入りの着物を着ているのを見て、川向こうの村にいる恋人に会いに行くのだとわかった。
ときおり『それ』が語るのを聞くだけで猫はその恋人を見たことがない。大した興味も持てず、姿見と向かい合っている『それ』を横目に日向の縁側で欠伸をした。
『それ』が出かけてから三日過ぎた。
一度川向こうの恋人のもとに行くと離れたがらず、数日泊まり込むことはよくあった。『それ』がいなくても猫の世話は『それ』の家族がしていたので猫は気にしなかった。
しかし家人たちは慌てて、猫の世話はそっちのけで『それ』の行方を探し始める。猫は家人たちが世話を忘れても自分で食糧を獲りに行けたのでやはり気にしなかった。
世話役がいなくなった家から離れ、ほぼ野良に等しい生活をして数日。ウサギを追いかけて入り込んだ林の中で、猫は行方知れずだった変わり果てた『それ』を見つけたのだ。
だいぶ薄れてはいるが『それ』の股から漂う複数の雄のニオイとボロボロになった髪や着物、体に残った大きな切り傷を見て、それが盗賊の類の仕業であることはすぐに見当がついた。
愛しい恋人から貰ったお気に入りの着物を身に付けながら、恋人ではない男に乱暴された『それ』を見たら、家人たちは嘆くだろう。
村一番の美人と称された顔は恐怖によって強張り、瞳を見開いたまま硬直した顔の不気味さに、村人たちは顔を逸らすだろう。
ここは村から離れ、林の奥まったところにある。猫のように鼻の効くモノや、鴉のように空から見下ろせるモノなら簡単なことだが、迷い込みでもしないと人に見つけてもらうのは難しいだろう。村人たちはすでに『それ』の捜索を諦めている。
猫がこのまま立ち去れば、頭上の鴉たちが『それ』に飛びかかるだろう。僅かに残った肉は彼らの餌になり、今度こそ『それ』は影すら消える。
それでも猫は怒りも悲しみも感じはしない。
ただの『物』と成り果てた『それ』に、もう利用価値はないとわかるだけだ。
長い尾を揺らし、尻を上げる。完全に目の前の物に対して興味は失せた。猫が『それ』に背を向けたのを見て、鴉たちが激しく羽ばたく。枝から離れた彼らはそのまま真っ直ぐ『それ』に向かって行くかと思えば、空に昇ってどこかへ飛び去ってしまった。
猫の背後、『それ』を挟んだ向こう側の茂みが揺れる音に耳がぴくりと動く。
白い息を吐いた男が茂みを掻き分けて現れた。猫も見覚えのないその男は村の人間ではない。
男は横たわる『それ』を見て目を見開いた。しゃがみ込み、躊躇なく『それ』の細く小さくなった手をとる。愛おしげに『それ』の名を呟いた。男の優しげな団栗色の瞳に安堵の色が混ざる。
男は泣きながら「よかったよかった」と『それ』の手を固く握りしめる。
「さぁ、帰ろう。ここは寒いから」
男は『それ』の瞼をソッと降ろし、自分の羽織を『それ』に被せ、両手で軽々と横抱きで持ち上げて苦笑を浮かべる。
そのまま立ち去ろうとする後ろ姿に向かって猫は鳴いた。
驚いて振り返った男は、初めて猫を目に映した。
金色のつぶらな双の瞳がじっと男を見つめる。
男は猫の首にある擦り切れかかった赤色の紐に目を止めた。
「君も探していたのか」
猫が『それ』の飼い猫であったことを男は知っているようだ。
何を勘違いしたのか「飼い主想いの良い子だね」と見当違いの発言で猫の顔を顰めさせた。とは言っても、猫の顔の筋肉は体のとは違ってそこまで柔らかくないので、心情的にしたつもりなだけだが。
「おいで、君も帰ろう」
手を差し伸べるでもなく、優しい声色だけで猫を誘う。そして男は一度声をかけただけでそのまま歩き出す。手綱もない猫がついて来る保証などないというのに振り返りもせず。どうでもいいのかもしれない。己の腕に『それ』がいるだけで男は満足そうだった。
そのとき、何故だかわからないが猫は男に興味がわいた。胸の内に湧き上がる好奇心の赴くままに猫は男の後をそっと追う。
男は『それ』の生まれ育った村に向かい、『それ』の家を訪ねた。
『それ』を抱えて突然やって来た男に村人たちは驚き、さらに『それ』が行方知れずだったモノだと知ると『それ』の家族は号泣した。当然であろう。『それ』の存在は彼らの唯一の望みを見事に打ち砕いたのだから。なかなか泣き止まない彼らを男は困った様に見つめていた。
さすがにいつまでも客人を玄関に立たせている訳にはいかなかったので、家人たちは男を奥へと招いた。家人の一人が男の後について行く猫を見て驚いているが、猫は気にしない。
ボロボロだった着物から白い着物に着せ替えられ、乱れた髪も丁寧に整えられて『それ』は一室に寝かされた。その部屋と襖で仕切った隣部屋で男は『それ』の両親と対面する。
猫は、男と家人たちの会話から男が『それ』の恋人であったことを知った。
だから男はあんなにも愛おしそうに『それ』を見つめていたのか。
『それ』の両親が泣き腫らした目で男に感謝と謝罪の言葉を述べると、男は大したことはしていないと、頭を下げる二人に慌てる。
どうやら『それ』は、男のもとに行く前に襲われたらしい。『それ』が行方不明と聞いた男も『それ』のことを探し続けていたようだ。最近、賊がこの辺りで目撃されていると聞いた男は、もしかしたら、という期待を抱いてあえて危険な場所まで探していたと言う。
なんと無謀な。もしその賊と鉢合わせしたらどうしていたのかと猫は呆れた。『それ』の両親も目を見張り、『それ』の為にそこまでしてくれたことに感謝しながらもますます申し訳なさそうに頭を下げた。
「この度は本当にご迷惑をおかけしました。結婚も近々だったというのに、このようなことになって。本当に申し訳ありません」
どうやら男と『それ』は猫が思っていたよりも関係が進んでいたようだ。
「あの、そのことなんですが。彼女をこのまま我が家に嫁入りさせて頂けないでしょうか」
猫も家人も耳を疑った。男は閉じられた襖の向こうを愛おしそうに見つめる。
「予定よりも早いですが、俺も彼女も待ち遠しくてしかたがなかったんです。お二人さえお許しくだされば、なんの問題もないと思うんです」
問題も何も、それ以前の問題である。『それ』はもう死んでしまっているのだ。『それ』が納まるべきなのは男の隣ではなく、先祖代々の墓の中である。
心優しき男は今回のあまりの悲劇に正気を失ってしまった、と『それ』の両親は思った。けれど、再び振り向いた目には、冗談でも、正気を失った様子もなく、いつも通りの、いやそれ以上に確固たる意思があった。
男は本気なのだ。本気で『それ』を娶ろうとしている。
『それ』の母親は困惑して、助けを求めるように夫を見た。父親も困惑しているのだが、しばらく黙り込んで、やがて決心がついたのか口を開いた。
「わかりました。だいぶ変わってしまいましたが、それでも良いというのなら、あの娘を差し上げます」
母親は驚いたが、夫が決めたことならと口を噤む。
男は二人に感謝し、深々と頭を下げた。
翌日、隣村に続く道を長い行列が歩いていた。運んでいるのは棺桶。けれどその中身が纏うのは死装束ではなく花嫁衣装。参列者の心境は正直言って複雑だが、この行列を止めようとする者はいない。
死臭を消す為に入れられた大量の花や香のニオイが猫の鼻を刺激する。
男は時折、棺桶に話しかける素振りを見せて村人たちから同情の視線を向けられていた。
「あんなことになって、頭がおかしくなっちまったんだ。可哀想に可哀想に」と村人たちは言う。けれど、猫には男の頭がおかしくなったとは思えなかった。男は誰よりもしっかりとした確かな意思で動いているのだ。
猫は断言しようと心の中で呟いた。
何もおかしくなどない。ただ、男が心底『それ』を愛していただけなのだ。
棺桶の一歩後ろを幸せそうに歩く男を見て、猫はほんの少し、ほんの少しだけそれを羨ましく思った。
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