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一章
16.冷たい兄?
アンドレア・ベルナルディ。
裏社会を牛耳る二大ファミリーのひとつ、ベルナルディ家の嫡男であり、冷酷無慈悲な次期当主。
至極色の長髪とアメジストの瞳を持って生まれた彼は、幼い頃から無表情ばかりで、滅多に感情をあらわにしない少年だった。
恐ろしい父の背を見て育ったからか……或いは、冷酷なマフィアの家系で唯一子供に情緒を教える母という存在を、早々に亡くしたことも原因だったのかもしれない。
とにかく、アンドレアという少年は大人びた冷たい子供だった。
何せ後に血の繋がった弟さえ、なんの躊躇もなく暗殺してしまえるほど倫理観の狂った人間だ。我儘で役立たずだったとはいえ、弟とはれっきとした兄弟だというのに。
だが、仕方ない。アンドレア・ベルナルディとはそういう人間だから。
そういう人間だから、特に想定外の出来事や理解不能な言動はしないと思っていたのだが……。
──はて、この状況は一体何なのだろうか。
「むぅ……」
ぷらんぷらーんと宙ぶらりんな四肢が揺れる。
役立たずの嫌いな弟にぽかぽかぶん殴られてムカついたのか、それとも他に理由があるのか何なのか。
アンドレアはさっきから、俺の首根っこをひょいっと掴み上げたまま黙り込んでいた。
俺をじーっと見下ろし、まるで猫を取っ捕まえるかのような雑さで掴み上げて……一体この子は何がしたいのかと悩み込み、早数分が経過したところである。
「どうしようガウ。ご主人様が狙われてるよぉ。まるで狼に目を付けられた猫みたいだねぇ」
「そんなことを言っている場合かッ……!貴様もさっさと構えろ……主様を救わねば」
後ろでコソコソと作戦会議をしている側近たちに冷や汗が止まらない。
めちゃくちゃばっちり聞こえているのだが、その辺はきちんと考えているのだろうか。俺に聞こえてるってことはアンドレアにも丸聞こえってことだよ?大丈夫?
仕方がないので溜め息を吐き、ふしゅーふすふすとやる気を上げる。
俺はこれでも二人の主、言わば保護者なのだ。ここはしっかりと俺が二人を守らなければ。
……って、そういえばガウ、ようやくいつもの冷静さが戻ってきたみたいだ。酔いが冷めたみたいで何よりである。でもガウって今日お酒飲んでたっけ?まぁいっか。
「あ、あのぅ……お兄さま、ぼく、なにかしてしまったでしょうか……?ごめんなさいするので、どうか許して……──」
「……許せだと?」
「ぴえぇぇっ!なんでもないですぅ!ちびのひょろがりが偉そうなこと言ってごめんなさいでしたぁっ!」
胡麻をするとはこのことか、と自分の情けなさに泣きそうになりながら両手をもみもみ。にへらぁっとした笑顔を向けて言うと、アンドレアの低い声が返ってきて途端に竦み上がった。
こわい、こわいよぉ、ふえぇ……。
「……それも演技か」
ぴゃーっと滝みたいな涙を流す俺を見下ろし、何やらボソッと呟いたアンドレア。
小声だったものだからよく聞こえなくて、なになにー?と首を傾げるが、アンドレアは言い直してくれなかった。『二度言わせるな愚図!』ということだろうか。しょぼん……。
ぷらんぷらんと持ち上げられてから既に数分が経過している。
流石にそろそろ下ろしてくれないと、もうすぐ母が来てしまうのだが……うーむどうしたものか。
さっきからぽつぽつと続いているアンドレアとの会話も、正直なんだか話が通じていない感覚も多々あるし……言葉足らずで不愛想な彼と話を続けるのも限界だ。
というわけで、俺はもう一度勇気を出してみることにした。
「おっ、お兄さま……そろそろおろしてほし──」
「あ?」
「ぴぇっ!う、うぅ……おろっ、下ろしてほしいですぅっ!」
あぴゃーっ!と涙を流す姿は、傍から見ればもはやマフィアの子とは言えないほどの小心者っぷりだろう。
自分が情けなさすぎて泣きそうだ。もう泣いているけれど。
むぐぅっと口をへの字にして、ぽろぽろ涙を溢れさせて。そんな俺をじーっと見つめたアンドレアは、ふいにムッと苛立ったような顔をして呟いた。
「……離したら、そこの獣と盛るのだろう」
「さか……?さ、さかりましぇん……」
なんか不貞腐れているところ悪いけれど、何を言っているのかまったくわからん……。
わからんけど、ここでお気に召さない発言を返そうものならそれこそ三枚おろしにされてしまう可能性大だ。本当によくわからんけれど、ここは大人しく首を振っておこう。
力無くふるふると首を振る俺を疑惑の目で睨み付けるアンドレア。やがて俺の困惑を察したのかどうなのか、アンドレアはムスッとした顔のまま再び呟いた。
「……俺の方が、先に見つけたのに」
「ふぇ?」
今度はまたなんのこっちゃとぱちくり瞬く。
そんな俺を、アンドレアは不貞腐れたような表情を浮かべたままようやく地面に下ろしてくれた。よ、よかった……長かった……。
いつ殺されるのかとビクついていたものだが、無事に生還できて安心した。
アンドレアがツーンと立ち尽くしているのを良いことにとことこてくてくっと二人の側近のもとへ。
すかさずガウに抱き着いて屈強な胸元に顔を埋める。ふすふす、ここが俺の安地……セーブポイント……。
「……」
「……あの、何か」
ふと、頭上から聞こえた困惑の声を聞いてはて?と我に返った。
振り返って首を傾げる。どうやら今のは、アンドレアにじーっと睨まれていることに困惑したガウの声だったみたいだ。
それにしてもアンドレアってば、本当にどうしたのだろう。なんだかさっきから様子がおかしい気がする。
小説のアンドレアは初めから最後まで、実の弟であるルカに何かしらの好意を向けることは一切なかった。
弟の嫌がらせを興味無さそうに躱して、接触も避けて……そうして、なんの躊躇もなく突然弟を暗殺する。理由は単純、ちょこまかした弟の存在が目障りだったから。
それくらい俺に対してなんの感情も抱いていないはずのアンドレア。それなのに、この状況を見る限り、どうやら小説とは何かが違っているみたいだ、と危機感を抱く。
アンドレアは俺に対して、何かしらの興味を抱いている。アンドレアの方からこれだけ関わってくるのだから、その推測はまず間違いないだろう。
……だとすれば、一体なぜ?
「……獣の分際で、俺のモノを奪えると思うな」
困惑するガウにそう言い捨てて、今度こそぷいっと踵を返したアンドレア。その後ろ姿を見送って俺もぱちくり戸惑いをあらわにする。
もしかして、アンドレアは獣人嫌いなのかな?そんな話、小説にはなかったはずだけれど……なんて、そこまで考えてハッと思い付いた。
そうか!つまりそういうことだったんだ!
ルカが獣人を側近にするなんてストーリーも、小説にはなかった。
そこに、同じく小説では明かされなかった『アンドレアは獣人嫌い』という設定が繋がり……そこが偶然にも交わってしまったんだ。
だからアンドレアは今、小説では特に興味を抱かなかった弟相手に自ら接触している。理由はそう、俺が獣人のガウを側近にしているから。
獣人を側近として連れてきた俺にムカついて、だから今、俺にこんなにもグイグイと迫ってきているんだ!
なるほどなるほど、そういうことだったのか。理解したらスッキリした。
はぁーよかったよかった。てっきり俺が無意識にポカをやらかして、アンドレアとの関係を変えてしまったのかと思った。
「ふしゅぅー……緊張したぁ」
安堵した俺は気が抜けて、ガウにむぎゅーっと更に強く抱き着いた。
うりうりともふもふ耳に鼻を埋め、はむはむしようとしたところをジャックに止められ首を傾げる。
「もぉーご主人様ったら!ガウとはさっきシたでしょ!今度は僕とシて!」
デカい声で何やら誤解を生みそうなことを語るジャック。そんな変態殺人鬼ジャックをぺしっとぶん殴ってメッをする。
ジャックは「ご主人様のドS―!鬼ぃー!」とかなんとか叫んでいたけど、なに言ってるかさっぱりわからんからスルーだ。うむ。
そんなこんなですっかりアンドレアと母に関する事件のことを忘れた俺は、呑気にガウの耳にかぶりついてはむはむし始めた。
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