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一章
20.気になる弟(アンドレア視点)
二度目の転機が訪れたのは、弟の誕生日パーティーが行われた日だった。
どうやら忌々しい継母が、実子である俺の弟を後継者に据えようと画策しているらしい。
雑にも程があるその策略に父上が気付いていないはずがないのだが……馬鹿なあの女は計画が上手くいっていると呑気に勘違いしているようだ。
父上はただ泳がせているだけ。あの女をベルナルディ邸から追い出す大義名分を獲得すべく許可したのがこの誕生日パーティー……まったく弟も不憫なものだ。
一年に一度、産まれを祝われる特別な日。母親はその日を己の野望の為に利用し、父親はそんな母親を追い出す名分を手に入れる為に利用し……。
まだ齢六歳だというのに、誕生日でさえも大人の欲に利用されるとは。もしかすると、ベルナルディ邸で最も不幸な人間は弟なのかもしれない。
『若様、なんか今日はやけに気合い入ってますね。誕生日パーティーって、たぶん表面上だけですよ?そんなに着飾らなくても……』
鏡の前で柄にもなく恰好を確認する俺を見て、ふいにミケが不思議そうに声を上げた。
そんなことは分かっている、と顰め顔でアホの腹に拳を沈め、再び姿見と向き直る。
鏡の端にちらりと見える蹲ったアホがかなり邪魔だが、蹴って退かすのも面倒なのでそのまま放置した。寝癖なし、釦の解れなし、恰好はまぁまぁと言ったところか。
『……おいミケ、起きろ。俺の容姿をどう思う』
『グフッ、腹いてぇ……って、何ですか急にナルシストみたいなこと言い出して。普通にいつも通り怖いですよ、泣く子も黙る鬼マフィアって感じ……──カハァッ!』
クソが。怖がられては意味が無いというのに、この無能なアホ側近。
一瞬で湧き上がった苛立ちのやり場を探し、ちょうど目の前にあったアホの腹に全てを吐き出す。拳に溜めた苛立ちを全て沈めたことで少しだけ冷静さを取り戻した。
それにしても、さっきのミケの発言は見過ごせない。
チビで泣き虫な弟が俺を見たら、見惚れるでもなく恐れて泣き喚くとでも言うのか。泣き喚く暇もなく硬直するとでも言うのか。
それでは駄目だ。恐れられては意味がない。俺は……俺は、弟に……。
──……俺は弟に、一体なんだ?
怖がられたくない、良く見られたいと、俺はそう望んでいるのか?
『……馬鹿は俺か』
突如我に返り、手に持っていた銀の髪飾りを適当に放り投げた。
気でも触れていたのだろうか。嫌いな弟にどう見られようとどうでもいい。むしろ、お前の誕生日など興味も無いと、そう態度で示せばいい仕返しになる。
……仕返し?継母とは違い、弟は何もしていないのに?
『っ……不愉快だ……!』
『ちょ、さっきまで機嫌良かったじゃん。急に殴るし急にイラつくし、マジで今日なんなのお前』
訳の分からないこの感情を理解しようとしても、何故か一歩が踏み込めない。
恨み憎しみを向けようと足掻いても、脳裏に過ぎる柔らかい笑顔が邪魔をする。
きっと今日、弟は最悪な大人達の都合を目の当たりにし、絶望を感じることだろう。
自分を利用しようと醜い姿を晒す母親、愛情など微塵も抱いていない父親、恨みを向ける兄……血の繋がった他人を前にして、或いは悲しい悲しいと泣き喚くかもしれない。
なぜ、どうして。
弟の泣き顔を想像する度、抱えきれない程の怒りが湧き上がるのか。
──俺は知らない。理解など、出来るはずもない。
* * *
初めて間近で目にした弟は、遠目で見た時よりもずっと愛らしく見えた。
いや、愛らしいというのは感情的な意味ではなく、物理的な意味だ。整った容姿、という意味だ。まぁ、容姿が整っているのはベルナルディの血を引いているのだから当然だが。
二人の側近を引き連れた弟は、下手な無表情の裏に恐怖と不安を隠して気丈に席に着いた。
この重苦しい空気を前にして泣かないだけ、そこらのガキより余程強い。ぷるぷると震えているのは見逃すとして、まぁマフィアとしては及第点と言えよう。
『大きくなったわねルカ。久々に顔を見ることができてとても嬉しいわぁ』
必死に平静を取り繕う弟。そんな弟に空気を読まず話しかけたのは、相も変わらず豪奢で下品な服装に身を包んだ継母だった。
このクソ女。弟が必死に恐怖を堪えて耐えているというのに、余計な負担を掛けるとは何事か。貴様は黙って扇子でも扇いでいろ。
今すぐにでも立ち上がって継母を殴ってやりたいところだが、その衝動はグッと堪えて無反応を貫く。『ぼくも嬉しいです』と答える弟のはにかみが愛らしかったので今回だけは見逃してやろう。
弟の微笑みに感謝しろクソ女、と罵る内にやがて重苦しい空気での食事が始まった。
はむはむと覚束ない手つきで料理を食べ進める弟をそっと眺めていたからか、自分のスープの異変に気付くのが遅れてしまった。
『っ……』
ぼーっとしながら見下ろした時、ふいに視界に入ったエビに思わず顔を歪める。
昔から、エビを食べる度に体調を崩すことが多かった。酷い時は呼吸困難にまで陥り、それ以来エビを口にすることは禁じられた。
父上もエビが俺の食卓に上がることには常に警戒しており、シェフもその強い警戒を察して普段から注意していたはずだ。
だというのに、何故そのエビがスープの中に?
そもそも食糧庫にすらエビは保管していないはずだ。スープに混入しているということは、意図的に何者かがエビを手に入れ、俺のスープに混入させたという事だろう。
まさか……と視線を向けた先、ちょうど醜く歪んだ笑みが見えて溜め息を吐いた。
『あら?どうしたのアンドレア。スープが冷めてしまうわよ』
疲労した父上すらも利用して、継母は俺を陥れようと歪んだ笑みを深める。
何としてでも俺を蹴落としたいらしい。これが弟に少しでも愛情を抱いた結果ならばまだ同情の余地があったが、全ては己の野望の為なのだから救いようがない。
……だが構わない。その方がこちらも躊躇せず報復出来るというものだ。
一先ずこの場は継母に花を添え、調子に乗って暴走したところを証拠に反撃するのが最善だろう。
そう考え、エビを一つ掬って口元に持っていく。一つ口にした程度では死ぬことはないだろう。苦痛に苛まれたとしても、それでこの女を追い出せるのなら好都合だ。
無感情で口を開いたその時。
ふいに弟がボソッと何かを呟いて立ち上がったかと思えば、真っ直ぐに俺を見つめて言い放った。
『お兄さまだけ、ずるいです!』
『ぼくのだいすきなエビを独り占めするなんて!』
ハッと息を呑む。
エビを排除しようと慌ただしく動く周囲には、露程の興味も湧かなかった。
真っ直ぐにこちらを見つめる弟の身体がぷるぷると震えているのが分かる。
重苦しい空気に恐怖しながらも我儘を紡ぐ子供などいない。今の発言は俺を救う為に放ったものなのだろう、そう直ぐに悟った。
『──……なぜ』
父上によって半ば強制的に終了した食事会。
逃げるようにちょこまかと弟が去った扉を見つめ、ぼそりと呟く。
一体どうして、弟は俺を救おうと動いたのだろう。弟からすれば、俺は自分を冷遇する最悪な兄という立場だろうに。
震えていた。小鹿のように足を震わせ、しかし気丈に立ち、俺を母親から救う為に声を放った。実の母ではなく、何の接点もない異母兄弟の俺を優先した。
──俺を、守ってくれた。
『……若様。ルカ坊ちゃまは庭園へ向かわれたそうですよ』
呆然と椅子に腰掛けていると、ふと背後からミケが弟の行方を呟いた。
聞いてもいないことを何故……と眉を顰めたが、今回ばかりは大人しく頷いて立ち上がる。
無言で広間を出て庭園へ向かうと、遠くの木陰……よく訪れる湖の近くで、何やら側近達と戯れる弟の姿が見えて思わず足を速めた。
小声で喧しく騒ぐ弟を目前に、一度は真っ直ぐ茂みを掻き分けようとしたが直ぐに動きを止める。
何も言わずに突如現れるなど、向こうからしたら怪しい人物以外の何者でもない。
下手をしたら弟を追ってきたのだと直ぐにバレてしまう。いや、追ってきたわけではないが。ただ偶然にも鉢合わせてしまっただけなのだが。
ともかく、弟に妙な勘繰りを入れられるのは避けたい。ここは気付かず偶然にも鉢合わせた、という体を装って顔合わせといこうじゃないか。
そう考え、直ぐに無表情を浮かべて息を整える。乱れた髪を整えて茂みを掻き分けると、すぐに弟の輝かしいアメジストの瞳と視線が合った。
『あ、お、お兄さま!こんなところで一体なにを?』
偶然を装った言葉をぽつぽつと紡ぐ俺を見上げ、弟は何やら焦りを混じえた笑顔を浮かべて起き上がる。
つい数秒前の体勢……獣人に組み敷かれ今にも行為に及びそうな雰囲気だったな、とふと思い出し苛立ちが湧き上がった。
何故こんな人気のない場所に居たのか不思議だったが、そうか、側近たちに褒美を与える為だったのか。
弟はいかにも軟弱な体つきをしていて、およそ獣人を飼い慣らすような手腕があるとは思えない。
そんな弱々しい弟が、一時期王国中を騒がせたあの切り裂きジャックすらも抱え込んだのだから、恐らく何らかの武器を隠し持っているのだろうとは予想していたが……。
──まさかその身体こそが武器だったとは。
『驚いた。獣人を愛人に据えるとは』
冷静を装って呟く。このぽかんと浮かんだ幼い表情すらも計算だというのか。
湧き上がる怒りは、体を粗末にした弟へ向けたものではない。
か弱い弟がそれ以外の武器を持っていないと知りながら近付いた、この腹黒く集った虫共へ向けた怒りだ。
弟の愛らしさに魅了された獣人も殺人鬼も、どちらも心底気に食わない。己の強大な力を盾に弟をモノにしたのだろう。今すぐにでも殺してしまいたい。
幼い弟をオカズに一丁前に発情しやがって、このケダモノめ。
無垢な顔の弟を見下ろす。これが計算なのか素なのか、一体どちらが本性なのかと困惑しながらも、だがまったく嫌悪感が湧かないのは何故なのかと眉を寄せる。
『……母親とは、似ていないな』
あのプライドの高い継母とは全く似ていない、脆く儚い弟。
か弱いこの子が生き残る為には、その小さく華奢な身体を使うしかなかったのだろう。
苛立ちが収まらない。怒りは欲に塗れた側近達へ向けられたものとして、この苛立ちは一体誰に向けられた何に対しての苛立ちなのか。
見下ろした先にいる弟は、俺に対して恐怖と不安の滲んだ瞳を向けている。それもそうか、きっと弟は俺のことなど最悪な兄として酷く憎んでいるに違いないのだから、とほんの少しだけ気が沈んだ。
『……マセガキ』
『ふぁっっ!?』
愛らしく目を丸める弟。
ぽかぽかと痛みを全く感じない攻撃を俺に放つ姿に、何故かきゅっと胸が締め付けられた。
手を伸ばせばすぐに触れられる。この柔らかい髪を撫でることすら、きっと俺には許されない。
行き場のない怒りを籠めて握り締めた拳を見下ろす。
この怒りが他の誰でもない……己に向けられたものなのだと、俺はようやく気が付いた。
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