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二章
37.愛おしい子(アロルド視点)
「──……ルカが本館の敷地内に侵入しただと?」
「侵入と言いますか、迷子と言いますか……」
いつものように執務机に向き合っていた時、ふいに困り顔で入室したリノが小声で妙な報告を語った。
ルカを監視させていた構成員の話によると、何やら戯れていた犬が逃げ出し、それを追ったルカが途中で誤って本館の敷地内に侵入してしまった、ということらしい。
……無能な構成員共だ。一部始終を目撃していたのなら、犬を捕らえてそれとなくルカのもとに戻してやれば良かっただろうに。
至る所に護衛と構成員を配置した安全な別館とは異なり、本館は危険だ。
あの儚く愛らしい幼子が傍に護衛もつけずに迷い込んだとなると、どんな不測の事態が起こるか……。
「……ルカは何処だ。直ぐに向かう」
「……御意」
重い腰を上げて呟くと、リノは何やら不快なニヤケ顔を晒しながら浅く頭を下げた。
その表情に顔を顰めつつ、一々反応していられる訳もない為歩き出す。全くどいつもこいつも馬鹿な反応をするものだ、私は別に私情を挟んでいる訳ではない。
ただ、誤って迷い込んだ本館の敷地内で、万が一あの子が危険な事に巻き込まれた場合……それは心配、いや迷惑だろう。
ただでさえ忙しいというのに、そんな面倒事に首を突っ込んではいられない。
私はただ、この先の面倒を減らす為に行くだけ。それだけ……と忙しなく己に言い聞かせている時だった。
廊下を進み、本館の扉を超えたその瞬間。
──パーンッ!!
突如響き渡った、重厚感のある、だが軽快な発砲音。
思わずピタリと立ち止まり、何も言わぬまま数秒の沈黙が流れる。
やがて斜め後ろに控えていたリノがふと身を乗り出し、私の肩を掴んで叫んだ。
常に嫌味な程に冷静なこの側近にしては珍しい、などとどうでも良いことを思考していたせいで、初め辺りのセリフは耳にすることが出来なかった。
「主様……!今の発砲音、別館近くの森からです!まさか……──」
まさか。
その先を聞くことはしなかった。
偶然本館の敷地内に侵入したルカ。別館近くの森から響き渡った銃声。
それらから考えられる可能性など、己の頭で思考済みだとしても聞きたくはなかったからだ。
「主様!」
リノの制止を無視して走り出す。余裕も振り切って無様に走るなど、いつぶりのことだろうか。
少なくとも、"彼女"が亡くなったと聞かされたあの日、彼女と息子の安否を確かめるべく走った、あの日以来というのは微かに分かる。
──私はまた、大切な宝を失うのか
募る焦燥感と絶望感。
ただただ、銃声が響いた方へと走る。常に余裕を演じて動けという、ベルナルディ当主としての威厳などへったくれも無い。
全速力で駆け抜けたその場所で、馬鹿らしくも木登りなどという呆れた行為をしていたその子を視認した時、己でも驚くほどの安堵が身を包んだ。
「お、おとうさま……っ」
目に見えて恐怖と焦りで震えるその子。
余程疲れていたのか、私を呼んだのを最後にぱたりと気を失ったその子を……ルカを優しく抱き締め、宝を隠すように腕の中に収めた。
「……良かっ、た……無事で……」
周囲に誰もいないのを良いことに、当主としての威厳も忘れて情けなく身体を震わせる。
サラサラと手触りの良い髪を撫でてやると、ルカは私の肩に頭を預けながらふにゃりと笑った。
その顔があまりに愛らしかったものだから、思わず想定外の苦しみが心臓を襲う。
だからルカに関わることを躊躇していたのだ。ルカと関わると、大抵ルカの愛らしい行動を起因に心臓が痛むから。
痛みになど慣れている。そんなことで距離を取り、この子の危険に即座に駆け付けることが出来なかった己を恨んだ。
この子は儚く、か弱い。誰かが守ってやらねば直ぐにでも死んでしまうような子だ。
そんなルカを離れた場所に置き、危険がある度こうして身体を震わせるなど……どちらにとっても良い状況とは言えないだろう。
「……リノ」
既に追い付いているのだろう。
私を追って来た側近の名を呼ぶと、直ぐに背後の茂みから音を立ててリノが現れた。
本音を隠す眼鏡の奥には、隠し切れない心配の色を滲ませた瞳が微かに細められている。
その姿を一瞥し、呟いた。
「──ルカを本館へ移す。部屋の用意を」
低く語り、愛らしく寝息を立てるルカを更に強く抱き締める。
リノは私の言葉を聞き目を見開いたが、即座に想定内とばかりに微笑み頷いた。
「……主様にしては、判断が遅かったですね」
淡々と御意を口にしていれば良いものを。
最後にねちっこい嫌味を吐いたリノの背をジトッと見据える。やがてその背も見えなくなってきた頃に、再び腕の中のルカを見下ろした。
「……ルカ、ルカ」
──私の、愛おしい息子。
「……あぁ、そうか」
胸の内で思わず零れた囁きに、己でも驚き目を見開く。
だが恐らく、それすら本当は分かっていた。自覚していたというのに、認めなかっただけだ。
今まで無垢な幼子に理不尽な恨みを向けていた己を嫌悪する。怒りで思わず力が籠り、それを苦しく思ったらしいルカがふと呻き声を上げた。
「……む、うぅ……ぱ、ぱ……」
「っ……!」
首元に擦り寄り、有り得ない呼び名を紡ぐルカ。
その瞬間湧き上がったのは、抱えきれないほどの愛おしさと感激。愛らしい小さな頭の頂に口付け、囁いた。
「──……必ず守る。私のルカ」
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