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二章
38.洗脳
「むにゃむにゃ……もうのぼれないよぅ……はっ!」
始めは背の低い木から始まり、ついにエベレスト登頂に成功するほどの登りマスターとなったところでふと目が覚めた。
むーん、どうやら登りマスターまでの軌跡は全て夢だったようだ。むねん……。
むにゃあっと口の端に垂れていた涎をごしごし拭いながら起き上がる。
ふかふかのベッドから出ようとした時、ふいに部屋の違和感に気が付いて“はて?”と瞬いた。
気のせいだろうか。なんだか部屋がいつもより広い気が……。
それに、家具もなんだか豪華だ。テイストは変わらないけれど、中身が庶民である俺の目から見ても、これはおいくら万円なのかしら?とガクブルしそうなくらいお高そうな代物達。
仲間が居なかった赤ん坊時代、俺の友達になってくれていたぬいぐるみの数も何だか増えている。
起きて早々心霊現象とか泣いていいかな?と瞳を潤ませた直後、ふいに部屋の扉がガチャッと音を立てて開いた。
「ぴぇっ!あわわわっ!」
幽霊か!ゾンビか!それとも宇宙人か!?
よく分からないが、とにかく未知の生命体が俺をもぐもぐしに来たのだろうと慌ててベッドに戻り、毛布に包まるようにして潜り込む。
自ら簀巻きになってぷるぷる震えること数秒。きっと宇宙人から見たら、今の俺は震える納豆巻きのように見えていることだろう。
真っ暗な視界の中、更に目もぎゅっと閉じて視界を完全に閉ざす。
やがて毛布越しにそっと頭を撫でられた瞬間、もうだめだ!もぐもぐエンドになってしまうんだ……!と堪えていた涙をぽろりしてしまった。
「──……ルカ」
涙ぽろぽろ、身体ぷるぷるしている時に、ふと耳元で聞こえた低い声。
いつもは淡々としていて殺意すら滲んでいるように感じるその低音は、今はどうしてかとっても優しいものに聞こえた。
都合の良い考えだろうけれど、加えて愛おしさのようなものも含まれているような……。
「ぐすっ……おにい、さま?」
ぐすぐす、めそめそと嗚咽を漏らしながら、その声から想像した人物を信じてそぉっと顔を出す。
毛布の中からひょこっと現れた顔を見下ろしたその人は、ほんの微かに無表情を緩めて微笑んだ……ような気がした。たぶん気のせいだろうけれど。
「……お前のことだ、どうせ幽霊が来たとでも思ったのだろう」
「んなっ!」
アメジストの瞳を細めてそう囁いたのは、無口無表情がトレードマークのお兄様ことアンドレアだった。
悪戯っぽい表情で煽るようにそう語ったアンドレアを見上げ、反射的に反論しようと身を乗り出す。その瞬間、キラリと一瞬瞳を輝かせたアンドレアにぎゅうっと抱き締めるように捕獲されてしまった。
「……これほど安易な罠に引っ掛かるとは。ガキだな」
「なぁっ!?ぐぬぬっ……むっきー!!」
クールなお兄さんである俺に対する最大級の煽り。
たちまちぷしゅーっ!と噴火する勢いで赤くなった顔を晒し、アンドレアの胸をぽかぽかっと全力でぶん殴る。
その攻撃すらなんのそのと言わんばかりにスルーを決め込んだアンドレアは、ぷんすかする俺を普通に抱き込んだままベッドに上がり、悠々と胡坐で腰掛けた。
膝にぽすっと載せられ捕獲されたままの俺は、当然むぅっとリスのようにほっぺを膨らませて不服顔だ。さっきの煽りは本当に頂けない。不服を申し立てる!である。
「……そう頬を膨らませていては表情筋が痺れるだろう。やめろ」
しかしまたもや不服なことに、ぷくっと膨らませたほっぺすらも、俺様クールなアンドレアに片手でぷしゅっと潰されてしまった。
そのまま片手で余裕そうにほっぺを挟まれ、むにゅむにゅといいように揉み回される。逃げ出そうにも腰をもう片方の手でがっちり拘束されているので実質詰みなのだ。
「……ぶぅ……おにいさま、どうしてここに?」
「感情を全て顔に出す癖は直した方がいい。……いや、お前の場合は可愛いから構わないか」
「むむ、言われなくても分かって……って、む?」
感情やら考えていることやらを全て顔に出してしまうのは俺の短所、そんなことは言われなくても自覚済みだ。
だからむむっと反論しようとしたのに、ふと有り得ないセリフが聞こえてしまったものだから。ぎょっと目を見開いて見上げるが、そこにあるのはいつもと変わらない無表情のみ。
なるへそ気のせいだったのか、と早々に納得して視線を下げた。よく考えたら、俺を嫌うアンドレアが可愛いなんて言うはずがなかった。
俺ってば、ちょっぴり愛情に飢えているのだろうか?あのアンドレアに甘えるような空耳を聞いてしまうなんて。
俺にはガウとジャック、そしてめちゃんこ可愛いロキがいるからアンドレアの愛なんて必要ない!と内心ふすふす息巻いた直後、ふいにそうだ、と思い出して硬直した。
そう、そうだよ。そういえば、俺のめちゃんこ可愛いわんこ、ロキはどこに?
「お兄さま、お兄さま。俺のロキ……俺のわんこ、知りませんか?」
慌ててアンドレアを見上げ、ぎゅうっと拘束されている中でも気丈に尋ねる。
尋ねて……ふと走馬灯のごとく蘇った記憶を思い出し、ハッとした。
「い、いや違うっ!お兄さま!俺のわんこっ、ロキに何をしたんですかっ!お兄さまがロキをつれてったの?ロキを返してっ!」
そうだ、ロキは危うく撃ち殺されそうになったんだ。
この悪魔のような受け主人公……アンドレアに。パーン!と撃たれた弾は運よくロキに当たることはなかったけれど、ロキはきっと酷いトラウマと衝撃を負ったはず。
俺はアンドレアから逃げている途中に倒れてしまったから……ここにアンドレアがいるということは、きっとロキもこの恐ろしい兄に何かされてしまったに違いない。
それなら俺が今することはただひとつ!アンドレアから無事にロキを救い出すことだ!
そう考え、ふすふすっと怒りながらアンドレアの胸やら肩やらをぽかぽかぶん殴る。はなせーっ!と暴れ散らかし始めたところで、ずっと無反応を貫いていたアンドレアがふと俊敏に動き出した。
「……やはり、洗脳が解け切っていないようだな」
ふいに聞こえた言葉にピタッと動きを止める。
むむ?洗脳とはなんのこっちゃ?と首を傾げる俺を何故か苦しそうに見下ろすと、アンドレアは突如俺をぎゅうっと強く抱き締めて呟いた。
「……安心しろ。俺が必ずお前を守る。ルカの洗脳は俺が解く」
だから一体なんのこっちゃっつーねん、なんて更に困惑を深める俺……もはやついさっきまで湧いていた怒りは根っこまで全て消沈してしまった。
困惑が大き過ぎてポカンと固まってしまった俺を抱き締めたアンドレアは、ふいにポケットから何かを取り出し、それをパッ!と突然俺の目の前に掲げて見せた。
「──……だから、俺を信じて全て任せろ」
視界のど真ん中に掲げられたのは、何やら濃いピンク色をした歪な形の水晶。
変な色と形だなぁ……と呆然とした数秒後、何故だか突然意識が遠ざかって、思考が溶けていくみたいに曖昧になっていった。
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