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二章
39.相思相愛(?)(アンドレア視点)
ルカの瞳が虚ろに暗く染まったことを確認して再びぎゅっと抱き締め直す。
力無くぐったりと倒れ込むルカを向かい合うようにして膝に座らせ、丸い頬を片手で包み込んで目線を合わせた。
ルカにこんな低俗なものを使うのは不服だが……あのクソ野郎に洗脳されている以上、強引な手段も止む無しと言える。
濃い色の歪な水晶をルカの目前に掲げ、語り掛けるように尋ねた。
「……ルカ、お前の犬の正体は何だ?」
脳裏に過ぎるのは、一度だけ目にしたことのあるヴァレンティノの倅。
どうやら身内すら気付いていないらしいあの男の正体。それが人間の殆どが忌み嫌う、下賤 な"獣人"だと知ったら……あの男を散々煽てて持ち上げた輩達は、一体何を語るのだろうか。
俺だけが一目見て悟った。俺が悟ったことを、恐らくあの男は知らない筈だ。
仮に知っていたのであれば、ルカの懐に潜り込むなどリスクの高い策は実行しなかっただろう。
だがしかし、問題はそこではない。
現状の問題は……何故ルカが例の犬に”ロキ”と名付けたのか。それがどういう意図なのか。そこだけが腑に落ちない。
偶然と言うにはあまりに不自然だ。とは言え、ルカがベルナルディを裏切るような真似をするとも思えない。
あの純粋無垢なルカだ、たとえ裏切りを考えたとしても、俺達を上手く騙せる筈もない。すぐに俺が気付くだろう。
「……ルカ。ルカ、お前の犬の正体は?」
虚ろな瞳のまま何も言わないルカに再び問う。催眠があまり効いていないのだろうか。
頬を軽く撫でて促したところで、ルカはようやく問いに答えた。
「──……ろき。おれの……だいじな、かぞく」
ぼんやりと霞んだ意識で答えたルカを見下ろし、その答えの内容に溜め息を吐く。
アレが大事な家族だと?やはりルカはアレの正体を知らないらしい。若しくは……知ってはいるものの、あの男に洗脳を掛けられ家族という妄想を仕込まれているか。
「ロキ、は、人間か?」
後頭部に手を当て引き寄せる。至近距離で目線を合わせ、水晶を翳し……するとルカは、一つ瞬きをして首を振った。
「ろき……ろき、わんこ……ひと、じゃない」
「……では、獣人か?」
「うぅん……ろき、わんこ」
続いた答えが初めのものと同じであったことに安堵の息を吐いた。
やはり、ルカはあの男の仲間などではなかった。
この水晶は対象の本音と真実を吐かせる。ルカはアレを獣人ではなくただの犬だと言った。
それはつまり、ルカがアレの正体を知らないという確固たる証拠だ。
だがしかし……それと同時に洗脳の度合いがかなり強力であることも確かとなった。
水晶には、対象が自覚すらしていない底の底に沈む本音を引き出す効果がある。
水晶を使っても尚、ルカが奴の正体を知らないと語ったということは、それだけ洗脳が強く掛かっている証拠となるのだ。
「……お前は、何故アレにロキと名付けた?」
だとすれば、洗脳の根とも言える部分に踏み込む他無いだろう。
ルカがアレにロキと名付けた理由。それが分かれば、洗脳がどのようにして掛かったかも明らかになる筈。
この儚く愛らしい幼子に、一体どれほどの悍ましい洗脳を施したのか。
全てが明らかになった暁にはヴァレンティノに全面抗争でも仕掛けてやろうか。怒りを何とか抑えながらもそう考えていると、やがてルカが小さく口を開いた。
慌ててぷっくりとした愛らしい唇に耳を寄せ、その声を全て聞き逃さないよう耳を澄ませる。
「──……ろき、ろきに、にてた。あか……ひーろーの、め……」
……犬が、"ロキ"に似ていた?
予想外の言葉に息を呑む。それはつまり……──
「お前は、ロキ・ヴァレンティノを見たことがあるのか?」
目を見開いた間抜け面のまま、震えた声で問いを零す。
その問いを聞いたルカは、たちまちふにゃあっと背を頼めて笑顔を浮かべ、こくこくっと緩慢な動きで頷いた。
「うん、うん。ろき、かっこいい。あかいひとみが、すてきなの」
「……かっこ、いい?」
「うん、とーっても、すてきだぞ、かっこいい、だぞ」
ぽわぽわとした空気を纏って何度も「かっこいい」と戯言を繰り返すルカ。
どういうことだ、これは。ルカがこう何度もかっこいいだの素敵だの繰り返すとは。俺だってそこまで熱心に褒められたことがないのに。
忌み子の象徴である赤い瞳を素敵だと言わせる程の強力な洗脳を、あのクソ野郎は愛らしい俺のルカに仕込んだというのか。
「……殺す」
ルカの答えを纏めて思い返し、やがて沸々と湧き上がった怒りを胸中で静かに燃やす。
洗脳がどういう状況下で掛けられたのかはまだ分からないが、今の問答でクソ野郎のクソ具合は大体理解することが出来た。
ルカは別館から出たことがない、いや、ベルナルディ家の敷地内から、と言った方が正しいか。
俺が愚かにも愛らしいルカを冷遇していた頃から、ルカが住まう別館は本館の構成員にも見張らせていた。ルカが例の切り裂きジャックを手に入れた時以来、一度も敷地外に出ていないのは確かな事実だ。
つまり、ルカがクソ野郎……ロキ・ヴァレンティノを可愛らしいクリクリとした瞳に映すことなど不可能。
それはクソ野郎がルカを懐柔する目的で近付き、別館に侵入し、思うが儘に洗脳を施した何よりの証拠だ。
「──あんどれあ、すき。ろき、あんどれあ、だいすき、だぞ」
今すぐにでもクソ野郎を探し出して嬲り殺してやろうか……と憎悪に呑まれそうになった時。
ふいにルカが零した呟きに思わず「……は?」と間抜けな声を漏らしてしまった。
しかしすぐに、ルカが言わんとしたことを察してハッと頬を紅潮させる。
感激の涙すら溢れそうになったが、それは何とかグッと堪えた。
「あぁ、ルカ……お前は今、抗っているのだな……」
ルカは今、掛けられた洗脳に無意識に抗おうとしているのだ。
俺のことが好きだと言った。だが、クソ野郎のことも好きだと言った。その曖昧なセリフが意味するのは一つ。
『ぼくはロキなんて好きじゃない!アンドレアのことが好きなんだ!アンドレアを愛しているんだ!』
脳内に鮮明に浮かぶのは、嘆くようにそう叫んで涙を溢れさせるルカの姿だ。
ロキを好きだと語りつつも、俺への愛情を抑えることが出来ない。そんなもどかしい現状が今のルカのセリフに表れているのだ。
「俺も愛している……ルカを、愛している……」
「ろき、あんどれあ、すき。あんどれあ、ろき、すき」
「あぁ、あぁ……そうだな。本当は俺だけを愛しているのだろう?分かっている、全て理解しているから、心配するな」
改めて思う。一刻も早く、この忌々しい洗脳を解かなければ……と。
ルカがこれ以上不安にならぬよう、強く抱き締めて腕の中に抱え込む。
額に淡く口付けると、たちまち丸い頬が柔く緩んだ。
「ろき、あんどれあ、すきぃ……」
「……可愛い、な……俺も、好きだ」
殺すべき敵は明確になった。
恐らく今鏡を覗けば、復讐心に燃えたアメジストの瞳が醜く写ることだろう。
ロキ・ヴァレンティノ。
俺の愛する弟を手篭めにしたクソ野郎。殺すべき害悪。
奴だけは……必ずや俺の手で始末してみせる。
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