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二章
40.さめしゃんのぬいぐるみ
「どういうことだってばよ……」
突然だが、俺はいま本館の一室を自室にしてお昼ご飯をもぐもぐしている。
別館のムキムキマッチョな使用人じゃなく、ザ・召使い!って感じの細身の使用人達がそそくさと部屋を掃除したりご飯を持ってきたりという光景が絶えず視界に映っている。
その様子を、俺はあわわっと冷や汗を掻きながら見守ることしか出来なかった。
真っ白なお皿の真ん中に、一口サイズの見慣れない食材が載った料理。
みしゅらんってやつかえ?と思わずアホになっちゃくらいのランチを恐々と食しながら、別館ののほほんとした空気とは違う厳格な空気をカチコチで耐えた。
「……あ、あの……ごめんください……」
腹の足しにもならないちゃちなランチをもぐっと済ませると、すぐにカチャカチャと食器を片付け始めた使用人にそろーりと声を掛ける。
人形みたいに人間味の無い使用人を呼ぶのは怖かったけれど、ずーっと気になっていたことを流石にそろそろ知りたいので勇気を振り絞った。
「はい」
「あっ、あぅ、い、いつになったら、別館に戻れますか……?」
刺々しさすら感じる淡々とした返事。それにちょっぴり臆しそうになりながらも、涙目で何とか問いを紡ぐ。
ビクビクッと情けなく震えながら答えを待つ俺を見下ろし、やがて使用人はやっぱり淡白な声音でスンと答えた。
「当主様の許可が下り次第かと思われます」
「はぅ、あ、そうですか……はい、わかりましたー……」
そりゃそうだ、と思わずツッコみそうになる答えが返ってきたが、ツッコミ衝動を何とか堪えてにへらぁっと頷いた。
俺は超絶クールなお兄さんだから、ここはキレ散らかさず大人の対応をしようじゃないか。
食器を持って部屋を出て行く使用人をへらへらと笑顔で見送り、扉が閉まったタイミングで「はぁ……」と溜め息を吐いた。
当主……父の許可が下り次第、というのはもちろん分かる。なんたって父は本館の主だし、たぶん俺が本館に軟禁……コホンッ、連れてこられたのは父の指示だろうし。
それはわかる、わかるけど……それじゃあ、父の許可が下りるのはいつごろ?知りたいのはそこだ。
「ロキ、だいじょぶかな……ガウも、ジャックも……心配だ」
お高そうで逆に座り心地の悪いソファでぷらんぷらーんと足を揺らしながら、脳裏に過ぎる大切な家族達を想ってぽそりと呟いた。
そもそもどうして、俺は本館なんかにいるのか。
父に見つかって気を失ったところまでは覚えている。その後、一度目覚めてアンドレアが……いや、アンドレアには会っていない……か?展開が目まぐるしかったせいで、記憶が少し混乱しているみたいだ。
とにかく、俺は本館の敷地内に侵入してしまったことで父を怒らせ、今ここに軟禁されている。そういうことでたぶん間違いない。
軟禁というか監禁というか……とにかくそんな状況だから、側近であるガウとジャックにも会わせてもらえないのは当然のことなのだろうけれど……流石に二人が心配だ。
それに、一番はロキだ。ロキは無事に逃げ出せたのかな。アンドレアに殺されそうになったりと散々だったから、ちゃんと逃げ出せているといいけれど。
……ロキとは出会ったばかりだったのに、残念だな。
大切な家族をものの数日で失ってしまうなんて。ベルナルディ家の周辺はおっかないマフィアのシマだから、逃げ出す途中でロキが変な輩に捕まってしまったら大変だ。
もしこの軟禁状態から抜け出せたら、すぐにロキを探しにいかないと。
けれど、今のところ死の気配しかしないこの状況。一体どうやって突破すべきか……と冷や汗を掻いていると、ふいに扉がノックされ、ビクッ!と思いっきり飛び上がった。
「ぴゃっ!!」
おかしな声が飛び出た口を慌てて塞ぎつつ、そろーりと扉に視線を向ける。
か細い声で「ど、どうじょ……じょーじょっ!」と噛み噛みの言葉を返すと、何やら向こう側から「グッ……!」と撃ち抜かれたみたいな呻き声が聞こえて眉尻を下げた。どうしたのかなそわそわ。
「──可愛いのは分かりますけど、しっかりしてください」
「──……少々不意打ちを食らっただけだ」
聞こえづらいけれど、何やら扉のすぐ傍でヒソヒソ話し合うような声が聞こえる。
この声は……腹黒眼鏡と、父?声の主を察した途端背筋がピーン!と伸びて、カチコチに固まりながらソファに座り直した。
殺される可能性を少しでも低くするため、今からはしっかりと礼儀正しくしなければ……。
ぷるぷる震えていると、やがて扉が開かれ案の定の客が姿を見せる。
マフィアの長らしいとんでもない威圧感と貫禄になんとか耐えながら、ピシィッと立ち上がって深くお辞儀をした。
「おっ、おとうしゃまっ!おまちどーしゃまでしゅっ!」
お待ちしてました!を極度の緊張でおまちどーさま!と言い間違えながら頭を下げ、深くお辞儀をした勢いでコロンッと前転する。うーむデジャヴ。
最終的にころころぺたんっ!と真ん丸土下座みたいな形になると、たちまち頭上から「ウグッ!」だの「クハッ!」だの忙しない呻き声が聞こえてきた。びっくりしちゃったのかな?
「……何故こんなにも愛らしいのだ?おい、早急に原因を突き止めろ。このままではこの子を狙う輩が蛆虫のように湧いてしまう」
「お言葉ですが主様、此方は生粋の天然モノのようですので原因解明は難しいかと」
俺がころりんちょしたのを見下ろし、何やらヒソヒソコソコソと内緒話を始める二人。
ひどーい、悪口大会を開催するなら俺の目の届かないところでやってよぅ。俺ってばもう恥ずかしくて顔を上げられない……。
どうせあれでしょ?『ころりんちょしてやんの。プークスクス』とか『ぜんぜんクールじゃねー笑。ちょーダセー笑』とか言ってるんでしょ?もう泣いちゃう。
「う、うぅ……」
ぷるぷる、ぷるぷる。羞恥で涙目になりながら震えると、それに気が付いたらしい父がふいにハッと慌てた様子で膝をついたのが視界の端に見えた。
「どうした、どこか打ったのか。痛いのか?」
「……へ、あ、うぁ」
ころりんちょの姿勢の俺をふと父がひょいっと抱き上げる。
ちら、と顔を上げると、めちゃんこ近くにとんでもない威厳を放つ美形が見えて思わず「ぴぇっ」と涙を零してしまった。
これが主人公の父親のオーラ……つ、つよい……。
えぐえぐっ、と涙と嗚咽を溢れさせる俺を見下ろす父の顔に焦りが滲み始め、威厳をぶち壊すようなおろおろとした空気が流れ始める。
「な、何故泣く。わ、私は何も……」
「だから顔怖いんですよ。子供には笑顔を向けなさいと助言したでしょうに」
「だ、だが……アンドレアは泣いたことなど……」
「貴方によく似た若様と、貴方に微塵も似ていらっしゃらないただの天使であるルカ坊ちゃまを一緒にしないでください。馬鹿なんですか?」
二人が何やら言い争っているけれど、俺は恐怖に支配されていてそれを聞き取るどころじゃなかった。
ほっぺを真っ赤にしながら号泣を耐えていると、やがて突如視界が暗くなりきょとんと首を傾げる。見上げると、そこには似合わない物を俺の目前に掲げる父の姿があった。
「……泣くな、ほら、ぬいぐるみだぞ。子供はこういうのが好きなのだろう」
「……さめしゃん?」
「……。……あぁ、サメさんだ」
強面の父の背後で、腹黒眼鏡がなぜか笑いを堪えるようにぷるぷる震えているけれど……今はそんなことより目の前のコレだ、とぱちくり瞬いた。
目前に掲げられたのは、デフォルメされた可愛いサメのぬいぐるみ。
ぽろりと最後の一滴の涙を零しつつ、そっと手を伸ばしてサメのぬいぐるみを受け取る。ふかふかのそれをぎゅうっと抱き締めると、たちまち全身に安堵が広がった。
むぅ……やはりぬいぐるみは至福……もふもふ。
「さめしゃん、ありあと……」
泣いたせいで鼻声になっているからか、上手く呂律の回らない声でお礼を告げる。
ぽっと赤く染まった頬でちらりと上目遣いに様子を窺うと、父は「くはッ!」と呻いてばたんきゅーしてしまった。なにゆえ……。
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