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二章
57.血は水よりも濃し(後半ガウ視点)
緊張を含んだ真剣な表情を浮かべているアンドレアには悪いけれど、あまりの驚きで「ふぁっっ?」とアホみたいな反応をしてしまったことはどうか許してほしい。
状況的にここはたぶん感動的な場面だから、涙を流してガバッ!と抱き着いたり何なりするところなのだろうけれど……俺ってば、かっこいい美少年に『愛している』なんて言われるの初めてだから、思わずかあぁっと顔を真っ赤にしてしまった。
「なっ、なぬっ、なんっ、なんっ」
なぬーっ!とかなんだってー!とか色々声に出したい衝動はあったけれど、羞恥に全身が染まっているせいで声が上手く出せなかった。
結果的に「なんなん?」みたいな機嫌悪そうな単語のつなぎ方になってしまったことはどうか許してほしい。なんかさっきから俺、許しを乞ってばっかだな……。
「愛している。俺はルカを愛している。すごく、愛している」
「ぴぇっ」
俺が再度言葉を求めるような問いをしたからか、アンドレアはこくりと頷いてもう一度『愛している』を口にした。
片言で何度も。必死に俺に気持ちを伝えようとする姿はすごく一生懸命に見えて、思わずちょっぴり警戒を緩めてしまった。
この愛している攻撃すらも、俺を懐柔する作戦とかだったらもう敵わない気がする……。なんて考えて憂鬱になりながらも、でもこの切実な声音と表情は嘘には見えないんだよなぁと眉尻を下げた。
「……うそ、じゃない?」
念のために真面目な顔を作ってぐぬぬ……と問うと、アンドレアは一切の迷いなく深く頷いた。やっぱり、嘘には見えない。
でも、それならどうして?少なくともアンドレアが俺を嫌っていた期間があるのは明白だ。それは父も同じだけれど。
もし最初から俺を愛していたなら、別館に冷遇なんてそもそもしなかったはず。アンドレアは家業のことはともかく、家族としてなら父にいつでもどんなことでも進言できただろう。
それなのに一切俺を気にする素振りがなかったのだから、気持ちを疑うのも当然だ。
訝しむような表情を察したのか、アンドレアは一度ハッとしたように息を呑むと、やがて気まずそうに息を吐いた。
「なにか、言わなきゃいけないことが、あり……ますか?ます……よね」
首の後ろに手を当てて俯く姿は、確実に何かを悔んでいるような、躊躇しているような……そんな気がしたから、恐る恐る問い掛けた。
アンドレアが本気で俺を『愛している』というのなら、その証を見せてもらわないと。今の俺は無敵だから、やっぱり嘘でーす愛してなんてませーんとか言われても全然傷付かない。
だから、これは俺の絶対優位。証を示さなければならないのはアンドレアの方で、俺はそれを見極める側だ。
ビクビクしながら発した問いに、数秒の沈黙を流したアンドレアはやがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「……あぁ。ルカへの懺悔が、沢山」
ぽつりと零された呟きと共に、アンドレアの動向をじっと窺っていた父もふと静かに立ち上がった。
今度はなにごと?とぱちくりする俺のもとに来ると、あろうことか父まで床に跪いて恭しく頭を下げた。ひえぇ。
「お、お父さままでなにをっ!」
冷や汗をだらだらさせながらあわわっと問うと、父は困ったように微笑んで呟いた。
「……息子に後れをとる訳にはいかないだろう」
「へ、そ、それって」
どういう意味だ?と首を傾げる俺を見上げた父は、微かに照れた様子で頬を染めて何やらぶつぶつっと答えた。
けれどあんまり小声だったものだからよく聞こえなくて、ちょっぴり顔を近付けてなになにー?と聞き返す。父はすーっと息を吸うと、じんわり染まった頬と口元を大きな手で覆いながら再び答えた。
「私も、ルカを愛している」
「ぴえぇっ!」
まさかの父まで愛している攻撃を仕掛けてくるとは!
もはやシリアスな空気なんてぶち壊されて、俺はあわわっと顔を真っ赤にした状態で身体をひょいひょいっと揺らす。動いていないと逆に落ち着かない……。
「ルカ。聞いてくれ。お前が二度と不安にならないよう、今から全てを話すから」
真摯な瞳に真っ直ぐ見つめられて、俺はピクッと動きを止めた。
真っ赤な顔もすすすっといつもの色に戻り、そそくさと姿勢を正して二人と向き直る。こくっと頷くと、二人は安堵したようにほっと息を吐いた。
どうやらこれから、ようやく、二人と本音の話し合いが出来るらしい。
その予感に、俺も少し肩の力が抜けた。
***
「──……全く、何なのだ一体」
不服にも主様の傍から引き離され、執務室を出てすぐのこと。
普段なら未練がましく扉に貼り付いているであろうジャックが、何故か今回はさらりとその場を離れて何処かへ向かい走り出した。
主様を待つべきかどうか悩んだが、あちらにはベルナルディの当主と後継者がいる。主様はお二人に任せて、私はあの狂人を追うべきと判断しジャックを追った。
ジャックは常に考えが読めない狂人だ。主様を心から慕っているのは確かな為、今はまだ様子見といったところだが……アレのような狂人は、いつどんな軽々しい理由で心変わりするか分からない。
アレの動向は常時視界に入れておくべきだろう。
……と、そう考えて奴に着いてきたはいいものの。
やはり此奴の考えは全く読めない。困惑を滲ませつつ、私は眉を顰めた。
「おい、ジャック。貴様、先程から何をしている」
今いる場所は本館の最上階。その更に上。
屋根裏の窓から飛び出してそのまま屋根に上がったジャックは、正門の方角のずっと遠くを見据えて黙り込んでいた。
この状態が始まりかれこれ十分。そろそろ此方側に戻ってきてほしいところだが。
「はぁ……」と軽く溜め息を吐いたその時、ふいにジャックが動き出した。
「──ねぇガウ、僕は君のこと結構気に入ってるんだ」
ようやく動きを見せたかと思えば突然何だ。
当然そのセリフに喜ぶわけもなく、毛を逆立てて警戒の表情を向ける。この狂人がおかしなことを言い始めるのは、大抵面倒事の前触れだ。
「そんな顔しないでよぉ。君の能力を意外と高く買ってるって話なんだから」
「……一言多い」
意外とは余計だ、とムッとした顔で言うと、ジャックは明快に「ははっ!」と笑った。いつもの笑顔、いつもの胡散臭い笑い声。
……だが、どうしてここまで胸が騒めくのか。
獣の勘と言ってしまえば少し物騒だが、嫌な予感がするのは確かだ。
今度は一体何を企んでいるのか。まるで死のスリルを愉しむかのように躊躇なく崖っぷちに立ちたがる狂人を見上げ、無言で目を細めた。
此奴が死のうが朽ちようがどうでもいいが、それによって主様が涙を流す結末になるのなら話は別。
スリル好きのジャックの趣味も、主様にとって害になるのなら力尽くで止めるまでだ。
「たぶんおにーさまとおとーさまは今頃、ご主人様に媚び諂って同情を誘っているだろうねぇ。マフィアの男ってのは大抵乙女心の分からない朴念仁ばっかだから」
「……世間話がしたくてこんな場所まで来たのか?」
求めている内容はそんなものではない。お前の企みは一体なんなのか、腹の内に何を隠し持っているのかと暗に問う。
ジャックはそれを正確に悟ったのか、ふとこちらを一瞥してニコッと笑った。相も変わらず胡散臭い笑みだ。
「うーん、ちょっと違うかなぁ。世間話っていうよりは、嫉妬?焦り?そんな感じかなぁ」
「……何を言っているのか全く分からんが」
「あはっ!そういえばガウも朴念仁だったもんねぇ。話し相手間違えちゃったかも」
軽快に笑い声を響かせたかと思うと、今度は一瞬で表情を無に変えて黙り込む。つい数秒前までわざとらしく輝いていた瞳も、瞬きの間に仄暗いものへと変わった。
「……そう。僕はねぇ、焦ってるんだよ」
「……?」
「ご主人様に、ほんとの“家族”ができちゃう……」
ボソボソと零される呟きは、あまりに小さく聞き取れない。
ただ、ジャックの様子が突如変化したのは確かに察した。ここに来て妙な動きをとってからずっと危うい雰囲気が続いていたが……ついに今、それが決壊したかのような感覚だ。
「ご主人様は優しいから、最低な家族をきっと許しちゃう。血は水よりも濃いらしいからね。本当の家族ができたら……ご主人様は僕をどう思うかなぁ」
周囲には一切聞こえない声量で不気味に呟きながら、ジャックはゆっくりと前に進み始めた。
「……今のままじゃ、きっと後れをとる。たかが血の繋がった他人なんかに、僕だけの天使を独占させるもんか」
違和感と危機を感じて手を伸ばしたが、虚しくその手は宙を切り──
ふいにジャックがこちらを振り返り、いつもの胡散臭い笑みを浮かべて言った。
「ご主人様に伝えて」
たった一跳びで鳥の如く空を舞い、正門を越える姿。それを見て確信した。
常に超人的だとか狂っているだとか、そんなことを思っていた。だが、それは全て“正しかった”のだ。
あんな動きは人間では有り得ない。浮世離れした戦闘能力も身体能力も、全ては本当に浮世離れしているからこその実力。
ただのスラム育ちの子供ではなかった。奴が突如本館を飛び出した瞬間の一言が、まるで余韻のように脳内に繰り返し響いている。
『──ちょっとケジメをつけてくる』
文字通り化け物が過ぎ去った後の喪失感のような、妙な風が頬を撫でる。
ものの数秒で姿の見えなくなった“同士”を見据え、思わず重い溜め息を吐いた。
「主様……」
あなたは本当に、訳ありの狂人を釣り上げるのがお上手だ。
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