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二章
61.ジャックお迎え作戦!
「ル、ルンッ、ル、ルカ」
決して赤面したりとか上擦った声だったりとか、そういう分かりやすさが一切ない淡々とした吃りだったものだから、初めはルンルンとご機嫌なのかと思ってしまった。
薄暗い屋根裏の窓から遠くを眺めていた時、ふと背後から声をかけてきたのは父だった。
どうしてここが分かったのだろう?と思ったけれどすぐに察した。ここ二週間、俺はジャックの帰りを待って日中はずっと屋根裏から外を見つめているから、居場所が周知されていてもおかしくない。
慌てて窓際から離れ、サメさんを抱いて父のもとにとたとた駆け寄り首を傾げる。
「どうかしましたか、お父さま」
きょとん、と瞬く俺を見下ろして父はコホンッと咳払いをひとつ零す。
斜め後ろに控えた腹黒眼鏡……リノを何やら一瞥したかと思うと、父の視線を受けたリノは無言で頷き、俺の背後に控えていたガウを連れて屋根裏部屋を出ていってしまった。
ガウはチラチラと困惑気味に、そして心配そうに俺を最後まで見つめていたけれど、俺はそんなガウにふにゃりと笑顔を向けて手を振った。
わざわざ父が人払いをするくらいだから、きっと大切な話があるんだろう。
父はぱちくり瞬く俺の前に片膝をつくと、目線を合わせて優しく眉尻を下げる。
発される声音は、父がいつも部下の構成員達に向けるような冷淡なものじゃなく、なんだかとっても温かい、聞いている側が擽ったくなるくらい穏やかなものだった。
「……ルカ。最近、元気がないように見えるが……やはり例の側近が原因か?」
ジャックが消えた件については、もちろん父も把握している。
少し迷って、数秒沈黙が流れた後にこくりと頷く。ジャックの事情を思い出して唇を噛み締めると、それを見た父が躊躇するように一度俯いた。
やがて顔を上げると、父はサメさんを抱く俺の手をぎゅっと包み込んで囁くように語る。
「切り裂きジャックに関しては、ベルナルディでも以前から事情を調べていた」
「……そう、でしたか」
想定内の言葉だ。側近に……ファミリーとして迎える以上、その人間の事情や境遇をベルナルディが調べないわけがない。
切り裂きジャックという、いかにも訳ありで扱いの難しい人間なら特にそうだろう。
……自らジャックが消え去った現状のまま、彼を忘れろとでも言うのだろうか。
ベルナルディとしては、ジャックという危険人物をリスクを冒してまで迎え入れるメリットは特にない。
のらりくらりと自由な切り裂きジャックは、寧ろ気分次第でいつ掌を返して裏切るか分からないというのがマフィア達の共通認識だろう。
父としても、ベルナルディの長としてなら尚更、切り裂きジャックはなるべく関わり合いになりたくない人物なはず。
ビクビクしながら言葉を待つ。俺の震えに気が付いたのかどうなのか、父はふと俺のほっぺを包み込むように撫でると、優しい声音で言葉を紡いだ。
「調査内容が確かならば、奴の事情はかなり複雑だ。手を出せば最悪、暗殺ギルドを敵に回すことになるやもしれない」
暗殺ギルド。その言葉が父の口から出たことに思わず乾いた笑みを零した。
そうか、分かってはいたけれど、もうそんな深いところまで調べつくしたのか。暗殺ギルドの情報まで探るのは骨が折れるだろうに、流石はベルナルディと言ったところだろうか。
暗殺ギルドとジャックの関わりまでも調べつくしているのなら、いよいよジャックを手放せと言われる可能性が濃厚になってきた。
更に不安を抱えながら身を縮める。そんな俺に父がかけた言葉は、全く予想もしていないものだった。
「──ルカ、奴を救いたいか?」
てっきり『ジャックのことは諦めろ』『このまま存在を無かったことにして忘れるんだ』とか、そういう類のことを言われるのかと身構えていたのに。
驚いて「ほぇ?」とアホみたいな反応をしてしまった。
ポカーンと間抜けな顔をする俺を見下ろし困り顔で微笑んだ父は、俺の頭をぽんと撫でて「何だ、諦めろとでも言うと思ったか?」と胸中見透かしまくりの問いを意地悪く紡ぐ。
それにあわわっと首を横に振って、困惑気味に眉尻を下げた。
「で、でも、どうして。お父さまには、なんのメリットも」
父にはメリットがない。それによって仮に切り裂きジャックがベルナルディにつくなら、それはメリットと言えるのかもしれないが……けれど、そこに辿り着くまでの過程にデメリットが多すぎる。
暗殺ギルドを敵に回すなんて、マフィアが恐れる内の上位に入ることなんじゃないか?
あたふたと身体を揺らす俺を宥めるように微笑んだ父は、その笑みに不敵な色を微かに含めて答えた。
「メリットなら有り余る程にある。ルカの望みを叶えることこそ、私にとっての幸福と言えよう」
「っ……!」
「ルカ。我々はベルナルディなのだ。暗殺ギルドを敵に回して困るようなら、ギルド諸共潰してしまえば良い。原因を除いてしまえば、その後の懸念も全て消え失せる」
思わずはわわー……と息を呑んだ。
そうか。平和ボケした日常が続いていて忘れがちだけれど、ここは裏社会のトップ、ベルナルディの本陣なのだ。そして俺はベルナルディの子で、父は当主。
考えてみれば、この立場で恐れるものなんて本当は考えたって一つも浮かばないくらい。常に絶対的な権力が手元に転がっているというのに。
「愛する子の為ならば、何だって成し遂げてみせよう。愛おしいルカが望むのなら、たかがスラム育ちのガキ一人救うなど造作も無い」
これがベルナルディの当主……父の本来の姿なのか。
アメジストに輝く瞳は、穏やかな色なんて微塵も滲んでいない。ただただ絶対的な自信と傲岸不遜とすら感じるその輝きに目を見開く。
けれどそこには不思議と愚かさとかは感じなくて、圧倒的な強者の貫禄しかなかった。
「ジャックを、助けてくれるんですか……?」
思わずサメさんを抱く腕にぎゅうっと力を籠める。
サメさんが苦しそうに圧迫されたのを見て慌てて力を弱め、再び期待を籠めた瞳を父に向ける。そわそわと前のめりになる俺に、父は微笑みを見せて頷いた。
「勿論だ。ルカが望むのなら、どんな手を使ってでも」
その提案は、正直とっても魅力的だ。
この二週間ずっと悩んでいた。事情を知る立場からすると、ジャックのことを守りたくて、手を貸したくて、そんな気持ちでいっぱいだったけれど……。
でも、所詮は子どもの俺が出来ることなんて考えてもタカが知れているから、やっぱり手出しはせずにじっと待っていよう。そんな、到底納得できない結論を自分で出して苦しく思っていた。
でも、父が手を貸してくれるというのなら話は別。
ベルナルディの当主が背後についてくれるなんて、百人力よりも心強い。キラキラと瞳を輝かせて、半ば抱き着くように父に縋った。
「おねがいしますっ!ジャックを助け……いや、助けるのを、手伝ってくださいっ!」
勢い余って倒れ込む俺をぎゅっと抱き留めた父は、俺の言葉にきょとんと瞬いた。
「……ルカはここで待っていれば良い。奴は私が連れ戻──」
「だめです!ぜーったい、だめですっ!おれも行きますっ!おれが助けにいきます!」
ぷんすか!とほっぺを膨らませてのしのしと床を踏み込む。
腕の中のサメさんも心なしかふんすふんすしている様子だ。そうだよなわかるわかる、やる気みなぎっちゃうよな。
ふしゅーっ!と気合の息を吐いて、ぱちくり目を丸くする父に宣言した。
「ジャックはおれの側近で、おれの家族だから!だから、おれが迎えにいってあげないとだめなんですっ!」
強く言い放つと、父は驚いたように息を呑んで、やがて眉尻を下げて微笑んだ。
「全く……ルカは本当に可愛らしいな」
「んむっ!?かわいいじゃないです、かっこいい、ですっ!」
「そうだな、可愛い可愛い」
「むぅーっ!」
突然かけられた不服な言葉にムスッと激おこする俺をなでなでする父。
サメさんにぷくぷくほっぺを埋めて不貞腐れる俺をむぎゅっと抱き締めると、父は耳元でじんわりと愛おしさに浸るように囁いた。
「私のルカは本当に……愛らしくて、勇敢で……目が離せないな」
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