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二章
62.復讐よりも大切なもの(ジャック視点)
「ジャック。お前、主を残してきて良かったのか。戻った時の罰が酷いんじゃないのか、マフィアの、それもベルナルディのガキなんだろ」
スラム街の片隅、暗殺ギルドの“目”があまり行き届いていない密集市街地の一軒を塒に動き始めて、早二週間が経過した。
革もほとんど剥がれたボロくさいソファに寝そべり、硬い芋を咀嚼する。すると、ふいに窓から外の様子を窺っていたカルロが双眼鏡片手に小声を発した。
あそこで食していた柔らかい芋と比べれば石を食らっているようなものだな、なんて溜め息を吐きつつ起き上がる。
僅かに腐り始めている芋を食いかけだが塵処理用のバケツに放り、怠い身体を伸ばしながらカルロの問いに答えた。
「だいじょーぶ。うちのご主人様はとっても優しくて寛容な子だから。寧ろ……僕が居なくなってめそめそ泣いちゃってるかもねぇ」
「は?マフィアのガキだろ?使い捨ての側近が一人消えたくらいで泣くかよ」
「って思うでしょぉ。ご主人様は別なの。ていうかぁ、僕が面白味のないただの傲慢なガキを主にすると思う?」
言われてみればそうだな……と呆れ顔で頷くカルロにむぅっと頬を膨らませた。
自分で聞いておいて何だけれど、カルロってば僕のことなんだと思っているんだか。カルロだけは僕の事情を理解しているから、周囲の馬鹿共みたいに『サイコパス』だの『快楽殺人鬼』だのとは絶対に言わないけれど。
あぁでも、流石のカルロにも『サイコパス』って言われたことなら何度かあるかも。
「……ちょっと気になるな、お前が惚れ込むくらいの主さんがどんなガキなのか」
偵察が終わったらしい。カルロは双眼鏡を型崩れした木製テーブルに置くと、そのまま壁に寄り掛かるようにして床に座り込んだ。
頬杖をつきながら視線をこちらに向けてくる。気になる、と紡ぐカルロの瞳には、確かに意外性を含んだ好奇心が滲んでいた。
まぁ、当然と言えば当然か。今まで、僕は復讐という絆で結ばれたカルロ以外、信用やら何やらを人に向けたことがなかった。
そもそも、その復讐以外に興味を抱いたことがない。このスラム街で死と隣り合わせな計画を練って半ば朽ち果てていた僕が、まさかのマフィアの子供なんかに首を垂れたのだ。カルロの驚きや好奇心は何らおかしいものじゃない。
「土産話をしてあげたいのは山々だけど、まずはこっちの事情を全部終わらせてからじゃないとねぇ。ご主人様を巻き込まない為に戻ってきたんだから」
「へぇ……本当に惚れ込んでるんだな」
目を丸くしながら床に落ちたパンを咀嚼するカルロ。
お貴族様の邸でまともな食生活をしていたせいか、スラム街では日常とも言えるその食べ方が少し汚らわしく見えた。
変だな、僕もご主人様に拾われるまでは同じ食べ方をしていたはずなのに。
ドン引きの表情を浮かべる僕には気付かない様子で、カルロはパンを全て食した後に真剣な顔をして呟いた。
「まぁ何にせよ、今夜で全て終わる。主さんが恋しいのは理解したが、今日ばかりは忘れろよ。何年俺らが復讐に命懸けてきたか……」
「わかってるよぉ。カルロとの約束を忘れたことなんて一度もない。ちゃんと自分の罪は覚えてるから」
何年前だったかな。もう記憶が朧げだ。
ただ忘れかけているだけなのか、記憶がそれを残すことを拒絶しているのか。実際自分の本心が何を訴えているのかは知らないし、知りたくもないけれど。
でも、忘れちゃいけない。僕のせいでカルロの最愛が失われたことを、絶対に忘れちゃいけない。それだけはちゃんと覚えてる。
──……だから、カルロは安心して僕を憎み続けてよ。
「“ダリア”の無念は必ず果たす。自分の立場を忘れるなよ、ジャック。俺はお前を許したわけじゃないからな」
カルロから憎悪の視線を向けられる度、自分の存在意義を実感して快感すら抱く。
そう、そうだ。君はずぅーっと僕を憎んでいればいい。僕が君の恨みをいつか必ず果たして、受け入れて、そうして……。
君の憎悪すら糧にして、戻るんだ。新たにできた、最愛の主のもとへ。
「……カルロ、先に謝っとくよ。ごめんね」
小さく紡いだ言葉は、少し聞き取りにくかったらしい。
カルロが怪訝そうに首を傾げるのを見てにこっと笑う。今夜、命懸けの最終決戦が始まるというのに、それでも頭に浮かぶのはあの子のアホっぽい笑顔だけなのが申し訳ない。
ごめんねカルロ、僕は見つけてしまった。復讐よりも意味があると思えるものを。
過去を捨てて新たな未来を取るなんて、そんなの死者や遺族への冒涜だと君は言うかもしれない。それでも、過去の最愛に囚われた君と、今の最愛に出会った僕とではもう土俵が違うんだ。
今夜僕は、未来への希望を想いながら、過去の復讐を果たすよ。
自分が許されるなんて思っちゃいない。僕がいつどれだけの希望を見つけたって、過去が変わるわけじゃない。僕の幸福を邪魔する為に、きっとこれからもたくさんの人間が道を阻んでくるだろう。
でも、悪いけれど遠慮は出来ない。
その代わり、死んだら地獄に堕ちるって約束するからさ。
『切り裂きジャック』はただの快楽殺人鬼。史実に記される内容はそのままでいい。
真実なんて、後世に伝えなくていいんだ。だって世間はいつだって、世界の片隅で起こる悲劇には見ないフリをする。
そのくせ全てが終わった後に初めて、なんの温もりもない涙を流して同情を叫ぶんだろ。
「……馬鹿みたい」
みーんな、馬鹿みたい。馬鹿ばっかだ。僕も、カルロも。
カルロは全てが終わった後に、切り裂きジャックの真相を世に告げようとしている。彼女の無念を、失った最愛の悲劇を未来に語り継いでもらう為に。
本当に馬鹿だなぁ。そんなの、なんの意味もないのに。
「ねぇカルロ。復讐を終えたら、君はその後どうするの?」
存在意義を失った君は、全てを果たした後に何を思うのだろう。
剥がれた天井をぼーっと見つめながら問う。やがてカルロがこちらに視線を向ける気配を感じた。数秒の沈黙の後に、なんの感情も籠らない声音が耳を撫でる。
「……後のことなんて考えてない。俺の全てはダリアと共に在る。全てが終わった後も、俺はダリアと過ごした日々に囚われ続けるだろう」
そっか、君は囚われ続ける覚悟をしたんだね。でも、それもいつまで続くかな。
君はいつかきっと耐えられなくなって、過去に戻りたいと望んで、とっくに消え去った最愛を追うんじゃないのか。いや、絶対にそうだよ。僕には分かる。
でも、君は苦しむだろうね。だって、君がいなくなったら、もう彼女についてを語り継ぐ人間なんて存在しなくなる。だから、君は世界から消えることが出来ない。
本当は分かっているんでしょ。
世界に無数にある悲劇のうち、ほんの片隅にあるひとつ。たったそれだけの僕達の悲劇を、世間様が語り継いでくれるわけがない。
この悲劇は、いつかきっとなかったことになる。それは必然だ。僕はそれをとっくに受け入れているけれど、過去に囚われた君には無理だろう。
「まぁ、お互いその後もがんばろうねぇ」
「……あぁ」
なんとなく、覚悟を決める。
時刻は夕方。運命の夜がやってくるまであと少し。
カルロの望み通りなら、二大ファミリーと同等に裏社会を支配してきた暗殺ギルドが、今夜跡形もなく散ることになるだろう。
あの巨大な裏組織を敵に回すのだから、僕も無事では済まないかもな。まぁ、それならそれで別にいい。骨だけでも、あの子のもとに帰ることが出来れば。
「……待っててね、ご主人様」
今の最愛であるご主人様への愛情と、彼女を失った時に感じた復讐心。
全て終わらせて、さっさと帰ろう。カルロの憎悪もついでに背負って。
“姉さん”を殺した暗殺ギルドへの復讐を果たす為に、今まで何人も殺して、こうして準備を整えてきた。
大丈夫、きっと少しは上手くいく。
俺の未来の為に今の俺を見守って、力を貸してよ、姉さん。
……なんて、カルロに聞かれたら殺されること間違いなしな願いを胸の内で紡ぎながら、愛おしいご主人様への寂しさにまた苛まれた。
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