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二章
64.ご主人様のくーるな救出劇(ジャック視点)
その時の僕を呼ぶカルロの声を、今でも鮮明に覚えている。忘れるわけがない。
呆然と、だが絶望を孕んだ、けれど怒りと憎悪の先走った、そんな声を。今のように、僕の名を大声で、焦ったように……。
焦った、ように?
「──ジャック!!」
「ッッ……!」
ハッと我に返った。
目の前に見慣れた黒づくめの奴らが大勢立ち塞がっていて、僕はその壁のような布陣に一直線に走り込んでいる。ちょうどその瞬間に、我に返った。
そうだ、僕は今、カルロと一緒に暗殺ギルドに奇襲を仕掛けている真っ只中なんだった。
暗殺ギルドと正面からやり合うのなんて姉さんの命日以来だから、少し頭が懐かしさに埋もれてしまったらしい。
「ごめぇん、ぼーっとしてたぁ」
「アホか!戦争吹っ掛けてる真っ最中なんだぞ!しっかりしろ!」
並んで走るカルロにへらへらとした笑顔を向ける。
隙も無く撃ち込まれる銃弾を軽やかに躱しながら、隠し持っていた小型ナイフを司令塔っぽい敵にぶん投げた。
狙った軌道通り、刃先が敵の眉間を勢いよく貫く。
ついでに吹っ飛んだ敵が後ろの仲間を巻き込んで倒れてくれたのは良い予想外だった。やっぱり密集している敵陣は纏めて裁きやすいから楽だなぁ。
「……ねぇカルロ」
「あ?なんだ」
「うーん……うぅん、やっぱなんでもなぁい」
撃ち込まれる銃弾、向かってくる敵。全てを蹴散らしながらふとカルロに掛けた言葉は、けれど直前で躊躇が生まれて最後まで紡ぐことはしなかった。
怪訝そうに首を傾げるカルロに浅い笑顔を向ける。カルロは復讐に呑み込まれて視野が狭くなっているから分からないだろうけれど……いや、この推測は言わない方がいいか。
教えてしまえば、カルロが本当に壊れてしまう気がする。
復讐という存在意義で人格を保っているカルロが、きっと跡形もなく無くなってしまうだろうから。
だから、言わないでおこう。知らなくていい真実ってものが、この世界にはたくさん存在している。これもその中のほんの一つに過ぎない。
カルロは知らなくていい。僕だけ抱えていれば、それで。
「おいジャック、このままギルマスの所まで突っ込むぞ。敵将の首とったら全部終わりだ」
「……うん。りょーかい」
本当にそれで終わるかな。なんて無粋なことは言わないよ。
「──その必要はねぇぞ、ドブ鼠共」
ふいに聞こえた声で、カルロと同時に足を止めた。
暗殺ギルドの本陣アジトであるこの邸。そのロビーは既にギルドメンバーの死体で埋められ、血の海を含めば最早足の踏み場もない。
血だまりで滑りそうな足裏に力を籠めて、声の聞こえた方を見上げた。
その先は如何にもって感じがする、洋館玄関ロビーの階段上。
手摺に手を添えながらレッドカーペットを踏み締めて下りてくるその姿は、正直モブの悪役にしか見えない。これがご主人様なら超可愛かったのになぁ……なんて場違いなことを考えてしまうくらいには拍子抜けだった。
……やっぱり、姉さんを殺したのは暗殺ギルドのマスターじゃなかった。
だって、コイツはあの時の男じゃない。纏う風格があの男よりもずっと小物だ。
「ようやく会えたな、ギルマス。ダリアの仇……討たせてもらうぜ」
カルロが復讐心に燃えた瞳をギルマスに向けて殺気を漏らす。その姿を見て、死角で少しだけ溜め息を吐いた。
姉さんが死んで数年。ここまで来てしまったものは仕方ない。正直こんなの茶番としか言えないけれど、カルロの復讐を果たす為ならどんな茶番も演じ切ってみせよう。
手始めに、暗殺ギルドのマスターには姉さん殺しの冤罪を担って貰わないと。
「……あ?なんだてめぇ、急に奇襲仕掛けてきやがったと思ったら、ダリアだと?誰だよそいつ」
「はぁ?忘れたとは言わせねぇぞ!お前がその手で殺したんだろうが!」
噛み合ってない。噛み合ってないけれど、その事実は伝えない。
お涙頂戴の復讐劇を半ば傍観者の気持ちで眺める。ギルマスはどうやらかなり困惑しているようだけれど、カルロは怒りに苛まれてその様子にすら気付いていない様子だ。
この茶番を見届けたらさっさと帰ろう。なんて思いながら欠伸をひとつ零した瞬間、ふいに館の外からとんでもない数の気配を察してハッとした。
今の今までこの数の気配に気付かなかったなんて。どうやらカルロとギルマスはまだ気付いていないようだが、気にせず振り向いて玄関の扉をじっと見据える。
この感覚、あの時と同じだ。姉さんを殺したあの男が現れた時の緊迫感と、まるで同じ。
「まさか……」
あの男がまた現れたとでもいうのか。
背後で繰り広げられる茶番の復讐劇からはもはや興味が失せ、僕はナイフを構えつつ息を殺す。
やがて、扉が勢いよくバァンッ!と音を立てて開かれた。
「なッ、今度は何だ!」
ギルマスとカルロが驚いたように振り返る。薄暗いロビーの中に、開け放たれた扉から外の明かりが射し込んだ。
今は夜だが……どうやら館の外に集まっている奴らが灯を持ってぞろぞろと近付いてきたらしい。
突如射し込んだ灯に慣れずぼやけた視界の中、ふと大勢の影の中から一人が先陣を切って館に踏み入った。
てくてくっと息を切らしつつ走り込んできた人影はとても小さくて……あれはまさか、子供か?
「は、な、なんで」
その小さな人影の正体を悟った瞬間、息を呑んだ。
無様に力の抜けた身体を硬直させ、目も口もあんぐりと開き切った間抜けな表情でその子を見つめる。
呆然と発した声で僕の存在に気が付いたらしい。
その子はハッとしたようにこちらを向くと、くりくりとしたアメジストの瞳に大粒の涙を滲ませて叫んだ。
「──じゃっくうぅぅー!!」
ぶわあぁっ!と滝みたいな涙を溢れさせて走ってくる子供。
ちっちゃなあんよを精一杯とことこ動かして駆け寄ってきたその子を慌てて受け止め、放心状態のままぱちくり瞬いた。
「じゃっくぅ!けがないかぁっ!?いたくないかっ?だいじょぶなのかあぁ!」
「だ、大丈夫だよぉ?泣かないでぇ」
わけがわからないよ、と大困惑中の思考は一旦置いといて、今は目の前の愛おしい子を慰めるのが最優先だと判断しぎゅうっと小さな身体を抱き締める。
ぷにゅぷにゅのほっぺを真っ赤にして震わせるその子……大事な大事な、ご主人様。
眉尻を下げてとにかく抱き締める力を強め、ふくふくと溶けてしまいそうなほっぺをあわわっと手で包み込んだ。や、柔らかすぎる……ぷくぷくだぁ。
「なんでここにいるの?ご主人様」
ぎゅっとしながら尋ねると、ご主人様はおっきなおめめをくりっと瞬かせ、直後ふにゃあっと笑った。かわいい。
「もちろんっ!ジャックをくーるにおたすけにきたんだぞっ!」
どどどやぁ、ふんすふんす。そんな擬音が聞こえてきそうなご主人様が可愛すぎて可愛すぎて、思わず状況も忘れてうりうりーっ!と頬擦りしてしまった。
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