異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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三章

73.嵐の前の嫌な予感(アンドレア視点)

 

「……貴様、ルカに会ったな」

「えっ!すごい!どうして分かったの?」


 獣耳を微かに痙攣させ、突如『ちょっと野暮用』と言って犬の姿となったヴァレンティノが部屋を出ていき数分。
 やがて戻ってきたロキは、部屋に入るなりすぐさま人型に戻り、明らかに上機嫌な面持ちでソファに腰掛けた。ここを出た時とは比べ物にならないほど浮かれている様子だ。

 この重苦しい空気渦巻くベルナルディ邸の中で機嫌が向上する出来事。少し考えれば分かる、その原因は一つしかないと。


「その気味の悪い笑顔が浮かぶのは、初めからルカを前にした時だけだっただろう」

「えぇっ。うそ、そうだったっけ?全然自覚してなかったよ」


 我が物顔で深く腰掛け、テーブルに用意された茶菓子を疑いもせず口にする姿。
 信用されているのか舐められているのか。こいつのことだ、後者に違いないなと確信し、溜め息を吐きつつ紅茶を口に運んだ。


「まぁ、ルカちゃんって可愛いからね。ほんとに君と血が繋がってるのかな?なんて疑っちゃうくらいには、すごく可愛い」


 悪びれもせず無礼な言葉を発するのは通常運転だ。分かっていても、苛立ちは抑えられない。
 俺はルカにどれほど謝っても頭を下げても、決して許されない所業をしていた。虚弱で幼い子に与えるには苦痛過ぎるほどの、冷遇の日々も。
 そんな俺が持っている、誰にも覆せないあの子との唯一の繋がり。それは血だ。

 この血の否定や嘲笑は、いつ誰から聞いても気分が良いものではない。
 煩わしいと思っていたベルナルディの血筋は、今や俺にとっての宝と言えるものなのだ。
 だからこそ、この血を貶されることは許せない。


「……その発言は不快だ。撤回しろ」


 柄にもなく顔を歪めて低く呟く。ロキはその声を聞いて意外そうに目を丸くし、すぐに困り顔で微笑んだ。その反応も不愉快だ。


「ごめんごめん。君とルカちゃんの繋がりを否定したかった訳じゃないんだ。ただ、ルカちゃんはベルナルディっぽくないなって、そう思っただけ」


 まるでこちらが宥められているかのような、緩やかなその声に苛立ちが収まっていく。
 これだからこの男は嫌いなのだ。ピクリともしない完璧な笑顔も、ゆったりとした上品な仕草も、相手の警戒を解く穏やかな声音も。
 全てが完璧に作り上げられた、本物ではない計算の末の代物。まさに狡猾のヴァレンティノの名に相応しい、成功作と呼ぶべき男。
 産まれながらの完全体。生粋のマフィアであるコイツが、俺は昔から嫌いだった。

 どこまでが本物で、本心なのか。俺ですら読めない。分からない。
 ルカを気に入っているのはどうやら本音のようだが、それも一体どんな理由が絡み合っているのか。
 “ルカ”を気に入っているのか、“ルカという道具”を気に入っているのか。解釈次第で、この男に向ける危険視は大きく変化する。


「……あまり俺のルカに構うな。ルカを利用しないこと、それが結託の条件だったはずだ」


 上機嫌に足を組むロキを見据え、ふいに小さく語る。
 俺の言葉が予想外だったのか、それともその真逆なのか。それは読めないが、ロキはピタリと動きを止めてこちらを見た。深い、底の無い深淵のような瞳だ。
 その瞳を向けて、ロキは口角を歪めるように上げて答えた。


「もちろん。ルカちゃんを利用しようなんてこれっぽっちも思っていないよ。寧ろ、あの子のことは遠ざけたいと思っているくらいだ」

「……遠ざける?」

「うん。君も思っているでしょ?ルカちゃんは、マフィアの世界にはあまりに相応しくない。一体どう育てばあれだけ“表”っぽい子に育つのか。すごく不思議だよ」


 ……言葉の意味は、よく分かる。理解も出来る。それは正直なところ、俺も思っていたことだから。

 いくら血生臭い現場からは引き離して生活させていたとはいえ、ルカはあまりに無知で無垢だ。
 聞くところによると、度々刺客からの攻撃を受けたり、それを構成員達が排除する現場に出くわしたりと、その程度のことはあったらしい。度々と言うからには、何度か、ということだろう。
 だがそれでも、あの子は天然ものの純粋さと愛らしい知能を失ってはいない。
 それがどれほど珍しく、可愛らしく、愛おしいことか。


「……だが、ルカはあれだから良いんだ。ああでなければ、ルカじゃない」


 純粋無垢で、どこか抜けていて、泣き虫で、天使の如く愛らしい。
 怖がりで小心者だからと目を逸らしていると、肝心な時に敵のもとへ突っ走る。
 しかしそれは全て他人の為で、自分の為の覚悟ではない。それがあまりにいじらしい。

 それがルカだ。俺が愛した、ルカ・ベルナルディだ。


「遠ざけるという結論も、結局は全て此方側の我儘だろう。ルカだって、あれで自分なりに強くなろうと努力している。此方が守りたいから守るというのは、あの子に対する無礼だ」


 そう言うと、ロキはまた意外そうに目を瞬いた。
 今日はこんな顔ばかりだな。いつも薄気味悪いほど、全ての発言を想定内とばかりの笑みで受け止めているというのに。

 やはり、ルカだからか。ルカは馬鹿で愚かで愛らしいが、あれで行動が読めないのだから恐ろしい。
 恐らくロキも、そういうルカの想定外の恐ろしさについてを危惧しているのだろう。


「……君、変わったね。以前はもっと傲慢で、我儘を我儘だと思っていなかっただろうに」

「貶しているのか」

「褒めてるの。やっぱり“弱点”が出来ると人って変わるんだね。それが良い変化だった人に出会ったのは、君が初めてだよ」


 何処までも冷静に、淡白に。全てを動揺もブレも無く分析し見透かしてくる。コイツの嫌なところだ。
 だが、今の言葉は悪くない。ルカを弱点と言い切るのは不愉快だが、言ってしまえばそうなのだろうと納得も出来る。良い変化と言われるのは、素直に気分が良い。
 確かに、ルカに出会って俺は変わった。それが良い変化なのか、己では分からなかったが。

 ルカのアホくさい笑顔を思い浮かべる。おかしな泣き声を上げて号泣する姿や、こちらに走ってくる時に勢いよく転び、額に傷をつける姿も。
 あの子の言う『クール』とはまるで程遠い姿。だが、どれも全て愛おしい。

 今は何をして遊んでいるだろうか。想像して微かに笑みを浮かべている最中、ふとロキが口にした言葉でハッと息を呑んだ。


「あぁそういえば、会合にはうちの父も参加するらしいよ」


 やや俯きがちになっていた顔を上げる。柄にもなく目を丸くして瞬き、その言葉に動揺をあらわに問い返した。


「……珍しいな。病弱であまり表に出ない人だろう。今回も代役を寄越すと思っていたが」


 ヴァレンティノの現当主、リカルド・ヴァレンティノ。
 その姿を実際に見たことがある者は数少ない。何故ならヴァレンティノの当主は幼い頃から病弱で、滅多に外出することがなかったから。
 三人兄弟の末に生まれ、尚且つ病弱。早々に跡目争いからは外れたかと思われたが、二人の兄が争い合い、互いに力を削り合っているその最中に、漁夫の利を得るように奇襲を仕掛け、彼は二人の兄を同時に殺した。

 暴力ではなく頭脳で。その男は、マフィアの跡目争いという概念に一石を投じた。
 そして彼が当主の座に就いて以来、そこは裏社会から『狡猾のヴァレンティノ』と呼ばれるようになったのだ。

 そんな男が、会合に現れる……?
 滅多に表に出ないからと油断していた。会合にはルカも参加するというのに。
 想定外の情報に焦燥する俺を見据え、ロキはやはり冷静な態度でにこやかに語った。


「言いたいことは分かるよ。父上は普段は温厚だけれど、興味を抱いたものへの執着はドン引くほど強いからね。それが不安なんでしょ?」

「……分かっているのなら、何故それほど悠長なんだ」


 ルカは愛らしい。マフィアの世界に到底似合わない光の如く。
 あの子はまるで甘い蜜だ。獰猛な獣や羽虫ほど、あの子の光に強く惹かれて集りだす。
 一度ルカと関わった者は、必ずどいつもこいつもあの子に入れ込んで狂気に堕ちるだろう。
 それ程までに、闇とは元来、光への執着が激しい。

 万が一、ルカとヴァレンティノの当主が接触するようなことがあれば……。


「まぁまぁ、そう怖い顔しないで。ようはあの子と父を引き合わせなければいいだけの話さ。二人で力を合わせれば、そのくらい簡単なことでしょ?」

「それは、そうだが……」


 確かに、ようは二人を会わせなければいいだけ。だが、果たしてそう上手くいくだろうか。
 ルカも当主も、行動が読めないという一点に関しては酷く似ている。仮にどちらも此方側の予測を外れる動きをすれば、この策は無意味なものになるのではないか。

 そんな俺の焦燥や不安に気付かない様子で、ロキは余裕気な笑みを保っていた。


「大丈夫大丈夫。俺とアンドレアが手を組めば敵無しだよ。絶対上手く行くって!」

「おい……フラグを立てるな……」


 薄気味悪い不安と、微かに、だが確実にその姿を明確にする嫌な予感。
 それを全て抱いて焦りながらも対策したとて、三日後にはその日が訪れる。

 この予感が現実にならなければ良いが……。
 全てが上手く行くことを祈りながら、苦い紅茶を口に含んだ。
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