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五章
184.ロキの嫉妬
父がばたんきゅーしてしまったので、泣く泣くアンドレアの方へ避難することにした。
吐血してるけど大丈夫かな、父ってば生きてるかな……とそわそわする俺を見かねたのか、ジャックとガウが父を抱えて退出していった。うーむ絵面が完全に死体処理。
「ルカ、身体は大丈夫か?夜会の件についての話があるが、体調が悪ければ眠っていて構わない」
「だ、だいじょぶです!おれも関係あるお話だから、おれもしっかり聞きたいですっ!」
どうやらこれから例の事件についての話し合いが行われるところだったらしい。
父がいないけれど大丈夫かな?とちょっぴり不安になったけれど、誰も父の心配をしていない様子を見る限り大丈夫そうだ。それはそれでどうかと思うけれども。
アンドレアの心配にふにゃっと笑顔を返し、全然だいじょぶよーとマッチョポーズでアピールする。
ほれほれ、見ての通り全然だいじょぶだから、みんなケンカなんてやめるんだぞ。
「……そうか。だが後から疲労が襲ってくるかもしれない。何かあれば直ぐに伝えろ、いいな」
「うむ、うむ。わかりました!」
「よし。では変態クソ野郎の拷問殺処分は後回しにして話を進めるぞ」
「うむ、うむ。うむむっ……?」
気のせいだろうか。なんか最後にサラッと物騒発言が紡がれた気がするが……いや、気のせいだな、うむ。アンドレアの表情、これから人を殺すとは思えないほど清々しい色をしているし。
何やらロキが「親友??」と焦燥した様子でアンドレアに声を掛けているが、当のアンドレアはそれを完全スルーして淡々とソファに腰掛けた。あれ、もしかして気のせいじゃない……?
ちょっぴり嫌な予感がしたけれど、クールな俺はそういう回避術も心得ているので知らないフリをした。後日バラバラの死体でも見つかったら、何も言わずに手を合わせに行くんだぞ。うむ。
俺を膝にのせてむぎゅっと抱き締めるアンドレアに、ずっとニコニコ笑顔で様子を窺っていたリカルド様がふと声を掛けた。
「おや、意外と冷静だね。少なくともアロルドと同じくらいの怒りは見せてくると思ったのだが」
「心配せずとも父上の怒りなんてものとは非にならないほど憤っていますよ。今ここにルカが居なければとっくに貴方達の首が飛んでいます」
「おや、どうやら私は命拾いしたらしいね……」
リカルド様のニコニコ笑顔がちょっぴりだけ崩れる。流石のリカルド様も、アンドレアの超絶冷静な殺意マシマシ回答には多少ビビッてしまったらしい。
とりあえず俺が全ての原因っぽいので、責任を持ってアンドレアの機嫌をとるべくぽんぽんと頭を撫でてあげた。うーむ、嬉しそうな無表情が浮かんでよきよき。嬉しそうな無表情ってなんだ?
「もう、二人ともふざけてないで、早く話を始めるよ。えぇっと、なんだっけ。既成事実が出来たので俺とルカちゃんと結婚式についての打ち合わせをしようって話だったっけ?」
「今の会話聞いていたか?首刎ねるぞ貴様」
一番ふざけているロキの発言を聞いて、アンドレアが額にピキッと青筋を浮かべた。
ロキってばどうしていつもナチュラルKYさんなのだろう。アンドレアの地雷を踏み抜く才能がありすぎて、もうある意味意図的にスリルを楽しんでいるのかと恐れるレベルだ。
とりあえず、今のアンドレアはいつものピリつき加減とは比べ物にならないほど崖っぷちの怒りモードに陥っているので、普段のようにぽわぽわして無意識に逆鱗に触れるわけにはいかない。
ここは恐らくこの場で唯一マトモであろう俺が話を戻さないと……!と使命感に駆られ、アンドレアの抱っこからそろりと顔を出しつつ声を上げた。
「はいっ!あの、ハオランとかチェレスとか、どうなっちゃったんですかっ!」
慌てて声を上げたので、挙手とセリフの内容的に何だか幼児の発表みたいな感じになってしまった。
ぷるぷると震えながら必死の問いを放った俺に、三人の視線が一斉に集まる。ぴぇっ、急に見られると緊張しちゃうよぅそわそわ……。
ぷるぷるする俺をアンドレアがよしよしと撫でる。ちらっと見上げると、アンドレアはほんの数秒前までの怒りオーラを霧散させ、何やら『癒されたー』みたいな緩い無表情を浮かべていた。
「馬鹿共なら全員捕えて投獄しているから心配するな。勿論残党も一人残らず処理したぞ」
「アッ、そですかー」
ちょっぴり物騒な想像をしてしまいそうになったので、慌ててむんっと会話を終えた。
処理はアレな意味だよな?たぶん、敵の下っ端さんたちはみんな仲良く天に召されてしまったよな……?むむっ、それじゃあ待てよ、あんまり悪くないハオランの処遇はどうなったんだ?
数秒恐怖でぷるぷるしていたが、恐怖よりもハオランの心配の方が勝ったので慌ててアンドレアに縋りついた。
「お兄さま、ハオランは悪者じゃありません。チェレスは悪者だけど、ハオランはちがうんだぞ。ハオランはな、悪いやつらに利用されただけで……」
「──ふぅん。随分ハオランの肩を持つんだね」
「……んむ?」
アンドレアに必死の弁明をしている最中、ふとロキがぽつりと呟いた。
その声音がどこか沈んでいるような、ほんの僅かな棘を含んでいるような気がして振り返る。そこには、リカルド様によく似た胡散臭い笑顔があった。
俺にはもうしないって言ったはずの、貼り付けたような笑顔だ。
「そういえば、逃げてきた時もハオランと一緒だったよね。夜会の時も、ハオランから貰ったジュースをまんまと飲んだらしいし。ハオランには妙に懐くの早くない?俺の時は最初ずっと警戒してたのに、ハオランとはちょっと話しただけで心開いたみたいでなんか妬け──」
「ぅ、うぅっ」
「…………ん?」
長文早口で語っていたロキの声がふいにピタリと止まる。
ロキは目を見開いて、ぐすぐすと嗚咽を漏らしながらアンドレアに抱き着く俺をガン見した。
「なんでぇ、なんで急におこりゅのぉ!」
「え、えっ、まって、怒ってるわけじゃ……!」
「ハオランわるくにゃいて言ってるのぃ!急におこりゅぅ!こわいぃ!」
「ま、まってまって!違うの、そうじゃなくてっ……!」
ロキは好き。けれど、ロキの貼り付けたような笑顔は苦手だ。
まるで線を引かれて遠ざけられたような、そんな寂しさが募るから。明確な壁を作れてしまったみたいで、その笑顔を見ると反射的に身体が強張ってしまう。
その怖い笑顔で、まるで尋問を受けるみたいな長文のセリフを向けられる。
俺としては、ロキを相手にしてこれ以上に恐ろしいことはなかった。だって、大好きな人から、大好きな人が嫌いな人に向けるみたいな対応をされると、普通に悲しくて泣いちゃうだろ?
「あーあ、泣かせちゃった。全く大人げないね。ロキもまだまだ青臭い思春期かー」
「ちょ、父上!笑ってないでフォローしてください!」
「こういうのは自分で何とかするものだよ。お前が損ねた機嫌はお前が責任を持って直しなさい。ただでさえルカちゃんは妖精の如く繊細だと言うのに。ロキは本当に馬鹿だねぇ」
「ぐぅ……っ」
ゆったり寛ぎながら毒舌を飛ばすリカルド様に、ロキは珍しくぐうの音を吐いた。
なんだなんだ、ロキは怒ってるわけじゃなかったのか?と涙ぐむ俺を、アンドレアがむぎゅっと強く抱き締めてくれる。むん、ぬくぬくあったかいぞ。
背後から遠慮がちにトントンと肩を突っつかれて振り返ると、申し訳なさそうに眉尻を下げるロキと目が合った。
「ごめんねルカちゃん。怒ったわけじゃないんだ。さっきのはね、ハオランに……無様に嫉妬しちゃって。それで、その……八つ当たりみたいなこと言って、本当にごめんなさい……」
シュン……と肩を落とす姿が捨て犬みたいで、咄嗟に庇護欲が湧き上がってよしよしと頭を撫でてしまった。
「んむ、うむ。おれもごめんなさい。あのな、ロキの笑顔が、ちょっぴり怖かったんだ。おれ、ロキのはニコニコしてるのが、だいすきだから……」
「ぐぅッ……!」
「怖いニコニコじゃなくてな、優しいニコニコがだいすきなんだ。いつものロキは、だいすきだぞ。だから、シュンってならないで。ロキのこと、いつもだいすきだからな」
「ぐはァッ!!」
慌てて弁明したは良いものの、はてどうしたものか。
意図せずロキを倒してしまったみたいだ。なぜか吐血したロキは床に伏せて、苦しそうにグアァッと呻いている。父に次ぐ第二の犠牲者だ、かわいそう。
「ろき、しんじゃった……」
「捨て置け。話を続けるぞ」
どうやらかわいそうなロキを心配しているのは俺だけらしい。
淡々と再開される報告やら何やらを聞き、慌ててロキから手を離して聞く体勢に入った。ごめんよロキ、お話が終わったら救出してやるからな……。
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