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六章
230.お騒がせジャック
「結局めちゃんこお寝坊しちゃったぞ」
「まぁまぁ。お迎え来るまであと一時間あるしぃ、遅れることは無いんじゃない?」
ぷくぅっと頬を膨らませると、ジャックが俺の髪を整えながらニコニコとそう語った。
そりゃあそうだけれど、それとこれとは違うんだぞ。俺は早起きしてシャキーンと目を覚ましたかったわけで、結果的に遅れることはないとはいえ、寝坊した事実そのものが悲しいんだぞ。
でもまぁ、二度寝の末に起きた父はとっても幸せそうだったし、俺もぐっすり眠れて気持ちよかったし……うむ、結果オーライだとポジティブに受け止めよう。
なんて切り替えながら、鏡に写ったズレた襟を見てハッとする。んしょんしょ……っと。よし、ばっちりクールだぞ。えっへん。
ジャックの方はまだ俺の髪型に試行錯誤しているようで、うぅむと唸っていた。その様子を見て、ぱちくりしながら声を掛ける。
「ジャック。髪、決まらないか?」
「いやぁ?ご主人様はいつでも超絶キュートなんだけどぉ……今日は大事な日だから、どうせなら一番可愛いご主人様にしてあげたいでしょぉ?だから迷ってるの」
ふんふん、なるへそ。特に俺の寝癖と格闘しているわけではなさそうでほっとしたぞ。
それにしても、一体何を迷う必要があるというのか。普通にちゃちゃーっと結んだりピンで留めたりで解決はしないのか?
そう聞くと、ジャックはぷんすか!しながら「そんな簡単じゃないのぉ!」と悶えた。
「いつものサメさんピンもいいけどぉ、この前買ったリボンのカチューシャなんかも捨てがたいしぃ……後ろもハーフアップにするかお団子にするか……あぁもう決めらんなぁい!」
全部可愛すぎてむりぃ!と叫ぶジャックを「ふえぇ……」と困惑の目で見上げる。
このままだとジャックがぐわーっと暴れ出しそうだったので、俺は慌てて一番近くにあった髪飾りを手に取った。
「じゃ、じゃっく!これはどうだっ?キラキラしてて、可愛いぞっ!」
きちんと確認する前に手に取ってしまったものだが、実際それはとてもきれいな髪飾りだった。
大きな赤い宝石を中心に、くしゃくしゃと白いレースが大輪の花みたいに広がっている。まるでロキの概念みたいな髪飾りだなぁ……としっかり見てから気付いた。
そしてどうやらジャックも髪飾りがお気に召したようで、瞳をキラキラ輝かせながら「かぁわぁいぃー!」と嬉しそうに笑った。
髪飾りが決まったことでインスピレーションが湧いたのか、光の速さで俺の髪をササッとハーフアップに変えた。後ろにちょこんと結ばれている髪を、髪飾りでぎっちりと留める。
鏡に写った俺を見て、ジャックは悶絶しながら叫んだ。
「ぎゃんかわぁッ!」
ぐわぁっ!と呻きながら蹲るジャック。地面をドシドシと叩く姿を見て、慌てて椅子から飛び降りジャックにしがみついた。
あわわ、ダメだぞジャック。ジャックは怪力さんだから、そんなに叩いたら床が抜けちゃ……ありゃりゃ、頑丈なはずの地面にヒビが入っちゃったんだぞ。
うぅむ、まぁいっか!ちょうど今日から邸を出るし、この部屋は使わないし……って。
「きゃわわ……って、えぇっ!?ご主人様!?どうしたの、急に可愛い泣き顔なんて晒しちゃって!」
少し落ち着いたらしいジャックが顔を上げ、ちょうど正面に座り込んでいた俺を見る。
ぶえぇぇっと涙を流す俺にビビったのか、ジャックは恐々とした様子で固まった。かと思えばあわあわと俺を抱き締め「よぉしよし」と背中をポンポン撫でてくれる。
「ふえぇぇっ、急に寂しくなっちゃったんだぞぉ……!」
「うぅんそっかそっかぁ。よぉしよし、大丈夫だよぉ。僕もついていくんだし、そんなに寂しがることないからねぇ」
あぴゃーっと号泣する俺をぽふぽふと撫でて抱き締めるジャックに、俺もむぎゅっと抱き着く。
うむ……確かに、ジャックは俺の最側近だからつれていくことは決まっているけれど……でも、あれ?ジャックってばあのこと知らないのかな。
ふいにとある疑問が湧いた俺は、何にも考えずに普通に尋ねてしまった。
「むん……?ジャック。たしかに、ジャックは俺と一緒にお引越しするけども……でも、世話係は新しい人になるから、毎日は会わないと思うぞ?」
「……うん?」
「いや、そのぅ……ジャックは、俺のお世話係じゃなくなるから……だから、こうやって朝からむぎゅむぎゅすることも、たぶんなくなると思うぞ?」
呆然と黙り込むジャックを見上げて、ようやく『やべっ』と冷や汗を掻いた。
どうしてジャックにこの情報が伏せられていたのか、それを今になってやっと理解した。そうじゃんか、ジャックのことだから、こんなこと聞いたら子供みたいに暴れ散らして……──
「なぁにそれぇ!聞いてないし知らないしぃ!そんなのやだやだぁ!絶ッッ対やだぁ!」
地面にごろりんちょして手足をぱたぱた動かし、お菓子を買ってくれないママンに不服を訴える子供みたいなことをするジャック。
こ、こりゃあ大変なんだぞ。こうなったジャックは宥めるのが難しいんだぞ……。
「ご主人様のぷにぷにのお尻洗うのも髪結わえるのも寝かしつけるのも全部僕がやるのぉ!新しい世話係って誰さ!殺すぅ!殺してやるぅ!八つ裂きにしてやるぅ!」
明るい声で物騒な発言を叫ぶジャックを、そわそわと身体を揺らして見下ろすことしか出来ない。
どうしたもんか……と眉尻を下げた時、ふいに扉が開いた。現れたのは、呆れ顔を浮かべるもう一人の側近だ。
「騒がしい声が聞こえると思えば……貴様、主様の前で無礼だぞ。さっさと立て。時間がない」
もふもふの耳をピクッと揺らしながら近付いてきたガウ。
むぎゅっと飛びつき、硬い胸板に頬擦りする。うーむ、やっぱりガウの安心感は異常だ……。
「ガウ。お時間、やばそうか?」
「あとニ十分ほどで馬車が到着するとのことです。そこのアホは使えそうにないので、後の準備は私にお任せください」
「むむん?そか、ありがとだぞガウ」
ひょいっと抱き上げられ、一気に目線が高くなる。
近づいたガウのケモ耳をもふもふっと触って遊んでいると、ジャックの焦燥を滲ませた声が聞こえてきた。
「はぁっ?ちょっと待ってよぉ!ご主人様のお世話するの僕だからぁ!ご主人様を返せぇ!」
「アホにこれ以上任せられるか。大人しくしていろバカが」
ガウは涙ぐむジャックに無情な声で言い捨てると、俺を抱っこしてスタスタと歩き出した。
シクシクするジャックが肩越しに見えて、ちょっぴり同情が湧いたけれど……時間もやばめなので、すんっと目を逸らすことにした。
ごめんよジャック。でもでも、別にジャックと俺はお別れってわけじゃないからな、うむ。
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