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本編
7.お楽しみは最後に
さて、デート当日である。
義父にはちゃんと許可を得た。なので気にせず夜まで遊べる。今日の分は明日2日分ヤることになったが、デートの代償と考えれば格安。
自分が持っている中で一番オシャレな服を着て、張り切って待ち合わせ場所へ向かう。場所は人通りの多い駅前だ。
楽しみすぎて待ち合わせ一時間前に家を出てしまったことを早くも悔やむ。まだ居ないだろうなーどこで時間潰そうかなーと考えながら辿り着き、思わずあんぐりと間抜け面を浮かべてしまった。
もういる。
この距離からでも分かるあのオーラ、間違いなく湊さんだ。人間離れした整った容姿に似合いすぎる私服が合わさって、最早直視できないレベル。
周囲からの視線を集めまくっている、あの輝きのど真ん中に行かなくてはと思うと内心冷や汗が止まらない。
視線なんて感じてないみたいに堂々としてる湊さんの様子を見るに、きっと彼はもう人からの視線に慣れ切っているのだろうと悟った。
気配を消して恐る恐る近付く。今日の服変じゃないかななんて、何十回も鏡の前で確認したことを直前になって不安に感じ始めた。
女子みたいに前髪を触りながら近寄っていく。まだそれなりに距離があるというのに、スマホに視線を落としていた湊さんがはっとしたように顔を上げた。
「雲雀!」
「……」
周囲からの注目が怖い。湊さんが声を上げたことによって、今度はその対象である俺の方に視線が集まった。
ビクビクしながら無言で近付いていくと、にっこにこ笑顔を浮かべた彼が嬉しそうに駆け寄って来る。その姿を見た途端、なぜか緊張が解けて強張っていた体からも力が抜けた。
「…おはよう湊さん。早いね」
「おはよう雲雀。いつも可愛いけど、今日はもっと可愛いね。会えるのが楽しみで早めに来ちゃったよ」
間に俺への賛辞を忘れない湊さん。抜け目ないというか、ちゃっかりしてるというか…。
男なので可愛いと言われるのは少々抵抗があるが、湊さんに言われると喜びしか湧かない。一生カッコよくなれなくていい、湊さんが可愛いと言ってくれるなら可愛いままでいいのだ。
女装でもするか?と極論が浮かぶが、流石にそれは可愛いを通り越して普通にキモイのでやめた。何事も限度というものがある。
湊さんがやって欲しいって言ったらやるけど。
それにしても、さりげなく「早いね」という自分を棚に上げた発言をスルーしてくれた湊さんが尊い。お前もやんけ、なんてことは絶対に言わない紳士っぷり。
会えるのが楽しみで早めに来たのは俺の方なのだが、恥ずかしいので口には出さないことにした。
「湊さんも素敵。いつもカッコいいのに、今日はもっとカッコよくてびっくりした」
「ぐっ…かわっ…、あ、ありがとう…!」
頬を染めて礼を言う湊さん。うーん俺の彼氏が今日も尊い。
彼が恥じらう様子に周囲の女性方がばったばったと倒れる。耐性ないとそうなるよね、ただでさえ超絶美形の湊さんが頬染めるとか失神ものだし。
早くここから離れないと気絶する人が増える…危険を感じたので、俺の全身を眺めてにこにこする湊さんの手を引いてその場から離れた。
歩いている間もべた褒めの賛辞は止まらない。可愛いだの天使だの愛してるだの。
普通浮気相手にこれほど甘い言葉を吐けるだろうか?湊さんは誰に対してもサービスを欠かさないんだな、こういう律儀で優しいところほんと好き。天使なのは彼の方だ。
「朝、まだ食べてないよね?」
「うん。そろそろお腹空いた…」
昨日「デートでたくさん食べられるように朝食を抜く」と言ったのを覚えていてくれたらしい。些細な会話も忘れず気遣ってくれるなんて、この人どれだけ出来た人間なんだ。
食い意地を張ってただけのアホ発言を覚えられていたのはちょっと恥ずかしいが、お陰で湊さんと朝食を食べられるレアイベントを起こせたので良しとしよう。
ちょうどぐるぐると鳴り始めた腹に顔を赤く染めると、蕩けるように頬を緩めた湊さんが「可愛い」と呟いた。
彼は少しだけツボがおかしい。お腹の音に可愛さを感じるなんて。でも湊さんならおかしいところも全部愛せる。感性が不思議なところまで全部好き。
なんて、どうでもよくない有意義なことを考えて歩いていると、やがて目的地らしい喫茶店の前に辿り着いた。
大通りから少し抜けて、細い脇道に逸れた場所にその店はあった。カラン、とベルの音を鳴らして中に入ると、煩すぎない音量で店内を包むクラシックの音楽に心が凪ぐ。
あ、好きな店だ、って直感で思った。
「雰囲気はどう?朝食はここでいいかな」
「うん!いいお店だね。ここ好き」
「っ…!そ、そっか。よかった」
鉄の如く固まっていた表情筋が無意識に緩んだ。
上がった口角のまま微笑を浮かべて湊さんを見上げる。彼は俺の表情を見ると驚いたように目を見開いて、直後嬉しそうに笑って頷いた。
カウンターに近い、壁側のテーブル席に座って息をつく。
向かいに腰掛けた湊さんがすっと手渡してきたメニューを受け取って、迷いなく後ろにある方のデザートのページを開いた。
いちごパフェやパンケーキを指差しながら悩む俺を見て、苦笑を浮かべた湊さんがそっと声を掛けてくる。
「雲雀、ご飯も食べないと。体弱いんだから、倒れたら大変だよ」
「弱いってほどじゃ…甘いの食べたいし」
「だーめ。いい子だからまずはご飯食べようね?デザートは最後にとっておこう?」
「……わかった」
くすっと笑って「いい子」と頭を撫でてくる湊さん。
彼は基本俺の意思を優先してくれるし甘やかしてくれるが、こういう時だけは我儘を絶対に許してくれなかった。
別に病気を患ってるわけじゃないし、喘息持ちというわけでもない。ただ俺は昔から体を壊しやすくて、俗に言う虚弱体質というやつだった。そのため運動もからっきしだ。
どれだけ食ってもいつまで経ってもチビでがりがりなのはこの体質のせいでもある。
と言っても日常生活に支障をきたすほどでも無いから、俺自身は特に気にしてないんだけど。この通り湊さんがめちゃくちゃ過保護なのだ。
「うーん…」
「なにで悩んでる?」
「オムライス…あとカルボナーラ」
「じゃあオムライスにしよう。俺はカルボナーラね」
「え、でも…」
湊さんが食べたいのは、と続けようした言葉は「すみません」と店員を呼ぶ声で遮られた。
口を挟む隙もなく、流れるようにオムライスとカルボナーラを注文する湊さんをただあたふたと見つめることしか出来なかった。
「――…それと、食後にいちごパフェを」
「…!?」
ドキッと胸が鳴る。注文を繰り返す店員に爽やかな笑顔で対応し終えた湊さんに、くわっと前のめりになって問い掛けた。
「ね、ねえ、なんで俺がいちごパフェ頼もうとしてたのわかったの?」
「うん?だってずっと名残惜しそうにメニュー見てたでしょ?今頼んだから、ご飯食べ終わったら直ぐに食べられるよ」
何でもないことのように答える湊さん。
にこやかな笑顔に、こっちの顔はかなり引き攣った。温厚な態度をして抜かりない人だ。
戦慄する俺を華麗にスルーして、湊さんは「あ、デザートの時はりんごジュースでいいよね?」と問い掛けてくる。俺の一番好きな飲み物はりんごジュースなので直ぐに頷いた。
ていうか、りんごジュースが好きだなんて言葉にして教えたこと無かったと思うんだけどな、なんで知ってるんだろう。あれかな、湊さんの前で飲み物買うときはいつもりんごジュース選んでるからかな。それにしてもよく見てる。
いつの間にか渇いていた喉を、注文の時に同時に置かれた水で潤す。
りんごの味がしないことに僅かに落胆してしまった。最近りんごジュースばっかり飲んでるから舌が麻痺してるっぽい。
そういえば神楽にも、差し入れと言われて昼休みによくりんごジュースをもらっていたな、と思い出す。案外一緒にいる時間が多い人には知られてるもんなのかも。
「!!」
「わ、美味しそうだね」
そんなこんなで湊さんと喋りながら時間を潰していると、そう時間もかからずに料理が運ばれてきた。
客の数が少ないからあまり待たなくても済むらしい。湊さん、このことまで考えてこの店を選んだとしたら気遣いの鬼過ぎる。そんなまさかねと言えないところが湊さんって感じ。
深いことは考え始めると止まらないので、ここまでにして料理を楽しむことにした。オムライスは昔ながらって感じのふわとろ卵にケチャップで、見事に好みど真ん中。
最近よく見る、ナイフとか入れたらぱかって開いて卵が溢れ出すタイプのオムライス、地味に苦手なんだよなぁ…。
シンプルでいいんだよシンプルで!と満足気に頷いてもぐもぐ食べ始めた。ちなみに満足気とか言っているが、顔はいつも通りの無表情である。
「美味い!いい!オムライス選んで正解!」
「よかった。じゃあカルボナーラは要らないね?」
「……。」
「ふふっ、可愛い」
カルボナーラを独占するかのような湊さんの言葉に、思わずピクッと揺れて手を伸ばした。両手でカルボナーラの皿を捕えると、上目遣いでじーっと湊さんを見つめる。
そんな俺の反応を予想通りだとでも言うように笑った彼は、一切拒否することなく「はいどうぞ」とにこやかに皿を差し出してきた。
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