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本編
9.窮地に棚ぼた※
ヤバい、反射的にそう思った。
誤魔化そうにもスマホは鳴っているし、湊さんも個室の直ぐ外に居る。
数秒息を潜めて掛けられる声を無視してみたが、そんなことしたら状況は悪化するばかり。焦った俺はそれに考えが至らず、湊さんの声が焦燥を増したことに気付いてようやく愚策だと理解した。
「雲雀…?雲雀!?どうしたの、なんで何も言わないの…!?何かあったの!?」
「み、湊さん…」
こりゃダメだ、と秒速で諦めて詰めていた息を吐いた。小さく返事をすると、明らかに安堵したような溜め息が聞こえて罪悪感が募る。
「よかった…」という言葉の後に「大丈夫?開けていい?」と問いかけられる。開けていいってなんだ?鍵を開けなきゃ外からは…と振り返り、ぎょっと目を見開いた。
鍵が開いている。
そうだ、さっき尼崎が出ていった後に鍵を掛け直さなかったんだ。
状況を把握したはいいものの、更なる絶望だけが押し寄せる現状。
衣服は乱れたままだし髪もボサボサ。腹の痛みがまだ引いていないことに加え、顔も僅かに残った精液で汚れているはず。
あ、死んだ。そう思った時にはもう遅い。
固まって答えることを忘れた俺に、無言は肯定と判断したのかトイレの扉がゆっくりと開いていく。
彼と目が合う。艶やかに光る黒い瞳が、俺を視認するなりみるみる見開いていった。
「ひば、り…?」
互いに固まる。無言の空気を壊したのは、やっぱり湊さんの方だった。
「…なに、これ。どういうこと…」
「あの、湊さん」
「何があったの、雲雀…こんな…」
しばらく状況を理解出来ないとでも言うように狼狽えていた湊さんだったが、やがて全てを察したように顔を歪めると、力なく地面に膝をついて俺を抱き締めてきた。
弱々しい動きとは裏腹に、俺を抱く力はとても強い。絶対に離さないという意思が、言葉が無くとも鮮明に伝わってくる。
こんなところで膝をついたら湊さんの服が汚れてしまう。そんなことを冷静に考える俺とは真逆で、彼の腕は抱擁の強い力とは違い弱々しく震えていた。
こんな時になって、俺は改めて思い知るのだ。自分の感覚がとち狂っていることに。
こんな状況でも特に何も思わない。俺にとっては尼崎たちに蹂躙されることなんて日常茶飯事だから、心に傷を負ったりトラウマになったりもしない。
ただ、湊さんが明らかに衝撃を受けて悲痛を噛み締めているのは伝わったから、それだけは少し嫌だと思った。苦しいなと感じた。
「あの、湊さん。俺は全然大丈夫だから…――」
「大丈夫なわけ無いでしょ!?こんな…っ!!」
「っ…」
「あ…ご、ごめん…雲雀に怒ってるんじゃなくて…」
らしくない、悲鳴のような大声。いつも穏やかで落ち着いた彼からは想像出来ないその剣幕に、思わずビクッと体が震えた。
驚いただけだったのだが、湊さんは俺が恐怖を感じたと思ったのか慌てたように声を抑える。言葉に出来ない衝動を必死に堪えるかのような苦痛の表情に、俺の方が苦しくなった。
そんな顔はさせたくなかった。湊さんにはいつだって、笑っていて欲しいのに。
困り顔で眉を下げる俺を見て、悲痛そうに顔を歪めた湊さんが一度ギュッと目を閉じて立ち上がった。
湧き上がる激情を堪えるように唇を噛み締めると、持っていたハンカチを水で濡らして戻ってくる。再び膝をつき、俺の顔を濡れたハンカチで優しく拭ってきた。
「んむっ…み、湊さんっ…?」
「静かに」
「…はい…」
目と口を閉じて大人しく動きを止める。
湊さんが「いい子」と褒めるように頭を撫でてくれた。頬や額についた精液を全て拭い取ると、少し悲しそうな色を含みながらも小さく微笑みかけてくる。
「……どこまで、された?」
控えめに尋ねてくる。
言いたくないなら言わなくていいから、と前置きされて問われたそれに、正しい答えが分からず口を噤んだ。
けど湊さんからの質問を無視する訳にはいかないし、これ以上いらない不安や心配を掛けたくないから、言葉を選びながら恐る恐る答える。
「相手の、舐めただけ。それだけだから」
「…そっか。相手の顔、覚えてる?取り敢えず警察に…」
「警察はやだ…!」
警察。その単語を聞いて思わず大声を上げてしまった。
湊さんは驚いたように目を丸くするが、フォローの言葉も浮かばない。はぁ、はぁ…と荒くなった呼吸を整えて、改めて首を横に振り確かな拒絶を示した。
警察となると義父にも連絡が行くだろうし、後のことが面倒だ。義父は警察嫌いだから、機嫌を悪くして俺に当たる未来が目に見えている。
何より、俺が警察と関わったことがもし尼崎に知られたら、それこそ今度は何をされるか分からない。今はセックスと軽い暴力だけだからまだいいが、瀕死になるまで暴力を振るわれでもしたら湊さんにも誤魔化しが効かなくなる。
怒った尼崎に殺されるならそれまでだし、加減を忘れた義父に殺されてもそれまで。けどこれ以上汚い姿を湊さんに見られること、それだけは耐えられない。
「…親に知られるの恥ずいし。男がこんな…警察もまともに取り合ってくれるか分かんないでしょ」
「けど…」
「お願い湊さん、このことは無かったことにして欲しい。俺には何も無かったから、湊さんももう気にしないで」
「そんなっ…!」
あまり深掘りされたくない。
湊さんは、俺が知らない男に襲われて被害を受けたように見えたようだが、事実は全く違う。
一番違うのは"合意の上"だということ。俺は納得して尼崎に手を出されたわけだし、被害を受けたというのは違う。
それに、知らない男が相手というわけでもない。尼崎は普通に知り合いだし、何ならクラスメイトだ。
墓穴を掘って面倒なことを口走る前に、この話は辞めにしないと。
「…わかった」
「…雲雀…?」
本当に俺のことを心配してくれてるのは伝わる。
それは嬉しい。けどこれ以上事を長引かせたくない。
湊さんを納得させるにはどうするべきか。短い間に必死に考えて、結局俺が辿り着いたのはどうしようもない答えだけだった。
「上書きさせてよ、湊さん」
「え、は…?」
困惑する湊さんの横を通り過ぎ、水で口内を濯いで中にこびり付いた精液を全て吐き出す。
個室に戻って鍵を閉めると、湊さんを立ち上がらせて扉に背を押し付け、その前に膝をついた。
俺がしようとしていることを察したのか、湊さんが慌てたように俺の肩を押してくる。その手を軽く払い除けて、ズボンに手を掛けた。
舐めて、咥えるくらいなら許されるだろうか。
俺の穢れた体に触れさせないようにさえ注意すれば、湊さんに穢れが移ることも無いはず。
大丈夫、湊さんの気を逸らさせるだけ。それに死ぬ前に一度くらい、彼の役に立ちたい。性欲処理をしてあげればきっと湊さんも喜ぶ。
今まで俺を抱いた男は、皆そうだったんだから。
そう考えてそれを取り出そうとした俺の肩を、湊さんが再び掴んで優しく離した。驚いて見上げる俺に、彼は悲しそうに眉を下げて問いを落としてくる。
「…雲雀は、それをすれば楽になるの?自暴自棄になってしようとしてるなら、きっと後悔するよ…」
「後悔しない、だからさせて湊さん」
お願い、俺の我儘を聞いて。最後に思い切り甘えるって決めた俺の、ウザイくらいの我儘をどうか聞いて欲しい。
絶対気持ち良くしてあげるから。
自信あるんだ、こういうのは慣れてるから。
…それとも、俺が汚くてフェラすら抵抗あるのかな。それなら仕方ないけど、俺だって湊さんの役に立ちたいのに。
湊さんにならどう扱われてもいい。気にしないのなら、俺の体を使って性欲処理をしてくれても構わない。本当に湊さんが相手なら、俺は何をされても喜んで受け入れるのに…。
湊さんに汚いと軽蔑されて捨てられる体なら、生かして動かす価値は無い。
「…。…いいよ、わかった。その代わり、気持ち悪くなったら直ぐにやめるんだよ」
「…!うんっ、ありがとう…!!」
「……、」
たぶん今、これまでで一番の笑みが零れた。
俺が触れることを許可してくれた。俺の汚い手が湊さんの綺麗な体に触れることを、彼は許してくれたのだ。
やっぱり湊さんは優しい。俺みたいなのでも快く受け入れてくれて。本当に俺は恵まれてる。俺以上に幸せな人間、この世にいるのか?
浮き足立った頭の中は、花畑でも咲き誇るくらいの高揚具合だった。意気揚々と湊さんの性器を取り出すと、尼崎にした時と全く違う気持ちが胸を包む。
さっき奴にしたような適当な奉仕じゃない。まるで唇にするかのような、甘い口付けを先端に落とした。
「ッ…」
「ん、ぅん…っ…」
あーあ…この大きくて長い立派なペニス、ナカに挿れたらトぶほど気持ちいいだろうなぁ…。
なんて。頭を前後させて擬似的な抽挿を楽しみながら、下品な思考を持ってしまった。行為をする時の悪い癖だ。
義父や尼崎たちとセックスする時はどうしても現実逃避してしまう。少しでも快感を誘うようなことを考えないと、心が無になって何も感じなくなるから。
上目遣いで湊さんの様子を伺う。
いつも清廉で穏やかに緩められている表情が火照って、微かな情欲が瞳に灯っているのが分かった。
その顔を見て安堵する。俺の汚い体に拒否感を抱いている様子は無かったから。
「っ…ひばり、出る…口離して…!」
「ん、ゃ…このまま、だして…っ」
肩を抑える手を無視して、口内を犯す性器を更に舐めたり吸い上げたり。離さないように口を窄めて締め付けると、湊さんが低く呻いて動きを止めた。
僅かな時間が空く。中のペニスがドクッと脈打って大きさを増したかと思うと、数秒後喉奥まで届くくらいの精液が口内に放たれた。
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