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続編
※後編
日が沈み、丸く白い月が昇り始める頃。シュンは久しぶりに旅のときに着ていた黒いローブに袖を通した。杖も取り出し、自室の窓枠に腰をかけて夜空を眺める。
エフィムには〝ひっそりと〟なんて言われていたが、お世話になったサーシャに何も言わずに出ていくことはできなかった。
それに、人は恐ろしいものではなく、お互いを知れば分かり合えるもの。
サーシャについて知らないことがある。聞きたいことも聞けていない。なら全てを尋ね、分かり合う努力をしてから、そばを離れたかった。
サーシャの私室に【あとで部屋に来て欲しい】と手紙を残してきた。軍事演習が長引いているのか、貴族との会話が盛り上がっているのか、サーシャは夕暮れになっても戻ってこなかった。
もしかしたら今日に限って外泊だろうか……と不安になった夜。
「シュン、まだ起きているか?」
やっと部屋の扉がノックされ、サーシャが訪れた。
シュンは覚悟していたにも関わらず、「う、うん、起きてるよ」とひっくりかえった声で答えて立ち上がる。
「遅くなってすまない、イグナートがあまりにもしぶとくて……」
そう言って入ってきたサーシャは、身を清めてから戻ってきたのか、演習用の軍服ではなく白の柔らかそうなシャツを着ていた。
だが一番に目に飛び込んでくるのは、左頬に貼られた大きなガーゼだ。
シュンはびっくりして「そ、それ……イグナートに?」と聞いたが、サーシャは答えない。シュンの格好を上から下まで舐めるように見て、「どういうことだ……?」と目を見開いた。
「シュン……どうしてローブを……それに、杖まで」
「こ、これは……」
「もしかして、エフィムに何か吹き込まれたのか……? だが、シュンには聖力は効かないはず……」
一歩足を踏み出すサーシャに、思わずシュンは一歩下がる。太ももの裏に窓枠が当たり、それ以上離れることは叶わなかったが、シュンの態度にサーシャの目が鋭くなった。
「……シュン、まさか私を拒絶するのか?」
すっと背中が凍りそうな冷たい声音に、シュンは息が詰まって杖を強く握りしめる。
さっきまでは聞こうと思っていた問いが、いざ尋ねようとすると出てこない。
真実を知るのが怖い。本当のサーシャを見たくない。呼吸が浅くなり、指先が震え出した。
「……エフィムから何か聞いたんだな。何を聞いた。私よりあいつの言葉を信じるのか」
月明かりに照らされたサーシャの顔が歪む。大きな歩幅で近づいてくる彼に、シュンはぎゅっと目をつぶる。
今ここで魔法を使えば、何も知らずに逃げられる。自分は傷つかなくて済む。
でも、サーシャは自分に教えてくれた。人は恐ろしいものではなく、互いを知ればわかりあえるものだと——
「——サーシャ……どうして俺を好きになったの?」
やっと絞り出た声はか弱く小さかった。聞こえなかったかもしれないと思い、閉じた瞼を開けると、サーシャの端正な顔が目前に迫っていた。
彼の時が止まったかのような表情を見るに、今の問いかけは聞こえたのだと察せた。
「シュン、それはどういう……」
「ずっと……ずっと気になってたんだ。どうして俺なんかを側に置いているんだろうって。好きだって言ってくれたけど……でも俺を他の人には合わせないし、あの夜以来、ふ、触れてこないし……」
頬や手は触れてはいるが夜を共にすることはない、という意味で言ったが、サーシャが瞳に動揺を滲ませたので、ちゃんと真意は伝わっているようだった。
「それは……」
「あとね、エフィムから聞いたんだ。サーシャは合理的で非情なところがあるって……じゃあ俺を側に置くのも、本当は好きだからじゃなくて、魔導士として利用価値があるからなのかな……とか考えちゃってさ……」
そう、どうしてサーシャが自分を他人と会わせないのだろうと考えたとき……もしかしたら自分は、人に会わせられないほど恥ずかしい存在なのでは? と真っ先に思いついた。
サーシャは美しい上に、この国の王子だ。周りにいる人も華やかでさぞ身分の高い人たちに違いない。
そこにぱっとしない根暗な魔導士と共に住んでいるなんて知れたら……自分だったら隠したくなる。だって、ひとりだけ醜い装飾品を身につけているみたいじゃないか。
一軍の生徒がカースト最下層には見向きもしないように。関わりを持っているだけで恥ずかしい存在。
じゃあどうしてサーシャは自分を好きだと言うのか考えて……エフィムの指摘が蘇った。
——サーシャは合理的で、非情な男。
もしサーシャがエフィムの言う通りな人間だったら、転生者で人より魔法が使える自分に『好きだよ』と嘘をついて、利用するぐらいのことはできそうだなと思った。
「……でも俺ね、サーシャに必要とされるなら、恋仲じゃなくて、魔導士としてでもいいんだ。サーシャの役に立てるなら、なんでも協力する。でももしそうなら……一緒に住むのはやめたい」
一緒に住んでいたら、可能性がないとわかっていても期待してしまう。
——今日は、部屋に来てくれるだろうか。
——あの夜のように、肌を重ねてくれないだろうか。
このひと月でさえ、毎晩一喜一憂していたのだ。それがずっと続くなんて考えたくない。生き地獄だ。ならまだ遠く離れた地でひとり、サーシャから呼ばれる日を夢見ていたい。
「シュン……」
「だからサーシャ、本当のことを教えて。どうして俺を好きになったの?」
知るのは恐ろしいことだ。大好きなサーシャならなおさら、本当は好きではなかったと告げられたら、形を成していた心が崩れて一生立ち上がれないだろう。
でも、サーシャの本心を知りたい。人と関わる勇気を与えてくれたのは彼だから。傷つくのを恐れて、大事な人から逃げたくない。
サーシャの答え次第では、魔法を使って今すぐ窓から飛び出す覚悟もしていた。
なのにサーシャは、答えを返さなかった。
「……反対に尋ねよう。シュンは、どうして私を好きになった?」
「えっ?」
「私が優しく手を差し伸べたからか? それとも慈悲深く、聖人君主なところか?」
答えではなく問いが返され、シュンは戸惑いから返事ができない。
それをサーシャはどう捉えたのか、眉根を寄せてガーゼを貼っていない方の口角だけを上げた。泣いてるのに笑っているような、ちぐはぐな表情だった。
「シュン。なぜ好きになったのかと尋ねたな? それは……それは君があまりにも素直で純粋な目をむけてきたからだ——私の思惑に、気づきもせずに」
「私の思惑……?」
どういうこと……と目で訴えたのと同時に、サーシャが形のいい唇を開く。
「……前にも言ったが、私は君が思っているほど優しくはないし、慈悲深くもない。エフィムの言う通り、本当は非情で合理的な男だろう……君に優しく接したのだって、最初は打算があったのだから」
「だ、打算って……」
「魔王討伐のための仲間の連携、しかもシュンは転生者で討伐隊の要だ……だから輪に入れるよう手助けをしたし、よく気にもかけた」
サーシャは深い海の瞳を伏せて、語り続ける。
「なにも君に優しく接したのは、初めは君を想っての行為ではなかった。魔王討伐の目的を果たすための、合理的な選択をしただけだった。だが君からは純粋な好意と崇拝の視線が返ってきて、正直最初は驚いたよ」
ふっと自嘲気味に笑う姿を、シュンは静かに眺めた。
「でも君に見つめられると、心が洗われる気がした。辛く挫けそうなときも、シュンの尊敬の眼差しが、自分に自信を持たせた。そして反対に、あまりにも君が人の悪意に疎くて心配になったのだ……私が守らなければと、守りたいという気持ちが芽生えてしまった」
一息呼吸を置くと、サーシャは伏せていた目をこちらに向ける。月明かりに照らされたサーシャの瞳は、わずかに濡れて輝いていた。
「だから君を魔導士として利用したいなんて、全く考えていない。ただ本当に君が好きで……好きすぎて、側に置いて守りたいだけなんだ」
これ以上は語ることはないとでも言うように、サーシャは深く息を吸った。あとはシュンの判断に任せると、目が告げていた。
「じゃ、じゃあ、俺を他の人に合わせなかったのは……」
「……それは、シュンに変な虫をつけたくなかったからだ。他の誰かに会わせて相手に気を持たせるぐらいなら、私だけがシュンを知っていればいい」
「そしたら、あの夜以来触れてこないのは……」
「君に嫌われるのが怖かったからだ。好きな君に触れたら、自分は慈悲深くいられない。君が崇拝するサーシャ・マスロヴァではなくなる……あの日は最後の機会だと思って、踏み切れただけだ」
「そ、そんな……」
ということは、サーシャは自分を恥ずかしい存在だと思っていたわけではなく、他人に自分を見せるのが嫌だったというわけで……
手を出してこないのも、自分に嫌われるのが怖かったから。触れるのが嫌なのではなく、自分のことを思って部屋に来なかった。
「…………私に幻滅したか?」
サーシャがまたちぐはぐな表情を浮かべる。大きな罪が暴かれてしまったような、諦めにも似た顔だった。
再び部屋に沈黙が落ちる。シュンはどう答えようか迷い、口を開いたり閉じたりしたが——
「も、もしかして……サーシャって、すごく俺のことが好きなの……?」
素直にたどり着いた答えを出すと、「えっ」と言うサーシャの目線とぶつかって、すぐに発言を後悔した。
「いやっ! その! 俺に嫌われないように手を出さないとか、他に取られたくないから人に会わせないとか、俺のことばっかり考えてるから、そ、その、すごい好きなのかなと……!」
じっくり考えた上で出てきた結論だったのだが、言ったそばから自惚れ野郎すぎて恥ずかしくなる。が、サーシャは力強くシュンの自惚れに首肯した。
「ああ、そうだ。私はシュンのことが大好きだ。シュンのことばかり考えてる」
「いや、でも……」
「信じてないのか? 本当は今だって抱きしめたいし、その杖だって折ってしまいたいのに」
「えっ! 杖を!? な、なんで!?」
「そうしたらシュンは魔法が使えなくなるだろう? 私から離れられなくなる」
サーシャの言葉に声がつまった。しかし彼の目は本気だ。聖剣を振るうときと同じ瞳をしている。きっと今杖を渡したら、本当にばきりと折ってしまうだろう。
シュンは驚きつつも、おずおずと両手を広げた。
「シュ、シュン……? それはどういう……?」
「えっ、だ、抱きしめたいのかと……思って……」
物に罪はないので杖は差し出せないが、もう片方の願いなら叶えてあげられる。
そう思って構えたのだが、どうも選択肢を間違えてしまったらしい。恥ずかしくなって手を閉じようとしたが、サーシャの機敏さが優って閉じる前に抱きしめられた。
久しぶりに、大きな体に包みこまれる。わずかに石鹸の香りがするサーシャの首筋に、顔が埋まった。温かな腕。鍛え上げられた背中。どれもが懐かしく、愛おしい。
うっとりと瞼を閉じたら、耳元に吐息が当たった。
「……シュン、私を嫌いにならないのか? 打算で君に優しくしていたんだぞ」
顔は見えないが、サーシャの声が震えているのがわかる。シュンはしばし返答を考えて……首を振った。
「……サーシャ、そんなんじゃ嫌いにならないよ……だって、サーシャが俺を救ってくれた事実は変わりないんだから」
動機がなにであれ、サーシャが自分に教えを授け、人と関わる勇気を与えてくれたのだ。
他の誰かではない。サーシャ・マスロヴァただひとり。たとえ彼に打算があろうとなかろうと、自分にとって彼が救いの神なのには変わりない。
それに理由のある善意のほうが、安心する自分がいた。だってサーシャは、誰にでも手を差し伸べる拾いの神——崇めるべき遠い存在だと思っていたから。
人なら誰しも優しくするのには理由があって当然だ。サーシャも自分と同じ人間だった。
一気に縮まった距離感に、口角が上がってしまう。
「でも、本当は怖いだろう? 君をこの城に閉じ込めようとしてる」
不安げに揺れる声音に、咄嗟にぐずる赤子をあやすように背中を撫でた。
「でも、閉じ込めたいのは俺を好きだからなんでしょ? それに外の世界は旅で行き尽くしたし、もともと俺は室内が好きだし……」
前世の引きこもり生活を振り返りつつ、世間の目と金銭を気にしなくていいのなら、いくらでも引きこもれる自信があった。
でもそれはあまりにも怠惰すぎ……? と思ったが、なぜかサーシャは喜ばしげに抱きしめる力を強くした。
「……私はたぶん人より嫉妬深いし、君が他の誰かと話しているのも許せないと思う。いいのか、そんな男でも」
「……俺、人と話すの苦手だから……サーシャが好きで俺の側にいてくれるなら、他は何もいらないよ。あ、でも杖は折らないで欲しいかも。サーシャに何かあったとき、守れなくなっちゃう」
うんうん、やっぱり杖を折るのはだめだ、と頷くと、「もちろんだ」と返ってきた。
「必ずシュンの側にいる。絶対に離さない」
まるで親と約束をする子どもかのような言い方に、口からふふと笑い声が漏れた。
しばらく、お互いの体温を交換するかのように静かに抱きしめ合う。わずかな吐息以外、空気を揺らすものがない。長くも短くも感じる静寂のあと、シュンが先に口を開いた。
「……俺、知らなかったよ。サーシャがこんなにも俺を好きだったなんて」
「あんなにわかりやすく態度で示してたのに、信じていなかったのか?」
体を離し、しかめっ面を向けるサーシャに、シュンは思わず抗議する。
「だっ、だって! サーシャ、あの日以来、そ、そういうこと、してこなかったじゃ……んっ」
と言い終える前に顎を持ち上げられた。唇に、柔らかな感触がつく。
突然の口付けに一瞬体がこわばるが、濡れた舌で唇を舐められ、おずおずと口を開いた。わずかな緩みをサーシャは逃さない。舌が口内に入り込み、上顎を舐められる。
ぞわぞわとした背筋の痺れに手に持った杖が床に落ちた。カランと、木の棒が床に当たる音が立つ。
ひと月ぶりの空白を埋めるかのように長く、ゆっくりと捏ねるように口付けをされ、シュンは息をするので精一杯だった。
「……いいのか? 君の肌に触れて……優しくはできないぞ」
透明な細い糸を引いて離れたサーシャは、はっきりと犯したいという目をこちらに向けていて、シュンは唾を飲み込む。
こくりと頷き、シュンはサーシャの頬に触れる。白いガーゼに少しだけ魔法をかけ、慎重に外すと、いつもの綺麗なサーシャの肌が現れた。そこに口付けを落とす。
「サーシャ……俺はずっと前から覚悟ができてるよ……?」
恥ずかしさを紛らわすように掠れた声で伝えると、腰をぐっと抱き寄せられた。
膨らんだサーシャのものが明確に自分のものと合わさり、びっくりして手からガーゼが離れる。
そのままサーシャは、布越しに敏感な部分を擦り付けてきた。
「あ、うっ……サ、サーシャ……!」
「これが、君の中に入る。しかも今日は素面でだ……その覚悟が、できているんだな?」
「あっ……んぅ」
欲望を押し付けたまま、サーシャが厚い唇で口内を貪る。
サーシャは全てが大きい。抱き寄せる手も、舌も、身体も、なにもかも。自分も成人した男のはずなのに、圧倒的な生物的強さに抗えないと知らしめられる。
それを恐怖と感じるか、身に余る幸せと感じるか。人によって変わるのだろうけれど、自分は支配される安心感に酔っている。
サーシャが導いてくれるなら、どこまでも一緒にいきたい。
「シュン……ローブはもう必要ないな」
首元の金具が外され、ローブが下に落ちる。手を引かれてベッドに寝かされた。
ローブの下には動きやすいようシャツ一枚しか着ていなかった。おかげで期待で膨らんでしまった小さな突起が、胸の上でつんと立って主張してしまっている。
サーシャがそれに気づかないわけもなく、片側をシャツごと唇で挟まれた。温かな唾液が布地に広がり、舌の圧と繊維が刺激を加える。ぴりぴりと痺れが生まれて下腹部に落ちた。
「あっ、うっ……」
思わず腰が揺れ、恥ずかしさに足を閉じる。が、その間もサーシャは唇で挟み、吸い上げ、体に熱を灯すのに余念がない。声を漏らさないようにふんばっても、あっけなくこぼれてしまう。
だが、突然サーシャが顔を上げた。溶けた目で見上げると、両手を掴まれ、シーツに縫い止めるように指を絡ませて押し付けられた。
なにがなんだかわからず、「サ、サーシャ?」と問いかけると、股の間にサーシャの足が入り込み、ぐりと擦り上げられた。
「あっ! まっ、待って……!」
「待たない。シュン、どう考えても反応がよすぎるだろう……私が手を出さずにいた間、誰に慰めてもらった?」
「あっ、そ、そんなっ、誰にも……」
「嘘だ。使用人か? それとも夜は外に出ていたのか? 相手が誰か言わなきゃ、このままいかせる」
光のない瞳で見つめられ、怖いのに腰が跳ねる。裏筋から先まで強すぎる刺激が駆け抜け、射精感が一気に限界まで高まる。
でも、まだいきたくない。サーシャに誤解を与えたまま終えたくない。
恥より自尊心よりサーシャが大事で、シュンは声を張り上げた。
「じ、自分で……自分でしたの……!」
シュンの涙交じりの叫びに、サーシャの動きが止まる。その隙に息を整え、サーシャの拘束から手を離した。恥ずかしさのあまり、腕で顔を隠す。
「シュン、それは……」
「……あ、あの夜が忘れられなかったんだ。だから、ひとりで……」
もうこれ以上言わせないでくれ、と手の甲で口元を覆った。このひと月どう過ごしていたかなんて、サーシャに話したくない。
もちろん、毎日というわけではなかった。考えないようにすれば眠れる日もあった。でも、どうしてもうずく日はあって……そういう夜はサーシャの指や唇を思い出して一人で慰めていた。
乳首も下も、一度覚えてしまったら忘れたくても体が忘れてくれない。それほどまでに、濃く残る快感。
自分の体をこんなものに作り替えておいて、どうしてサーシャは部屋に来ないのだろうと、わずかに恨んだ日も少なくはなかった。
「そうか……寂しい思いをさせて悪かった。でも、私が君の体に教えこませたかったな」
サーシャはそう言って、顔を隠していた自分の手を開かせる。唇だけではなく、濡れた目元や鼻にまで、いたるところに口付けを落とされた。
サーシャの可愛い愛情表現に、微かに積もっていた恨みや不満は溶けていく。握り込まれた手は唾液で濡れた胸元まで下ろされ、サーシャはそのままシュンの手を使って、突起をいじり始めた。
「あっ、サ、サーシャ!」
「ひとりでするときはこやって触っていたのか……? それともこうか?」
中指で擦ったかと思えば、指でつままれ、快感の焦点を的確に教えられる。まさに、取り足取り。自分ひとりでは怖くてできなかった触り方を、サーシャが強引に伝えてくる。
「や、も、もう、無理……」
これ以上性的な快感を教え込まないで欲しい。サーシャがいないとだめになる。体が自分の与える刺激では満足できなくなってしまう。
恐ろしさで身を捩ると、サーシャはあっけなく手を離してくれた。代わりに、シュンが履いていたズボンのベルトを外し、下着の中に手を入れてきた。
「……こっちもひとりでしていたのか? ずいぶん、柔らかいな」
「ひ、あっ……そ、それは……」
遠慮のない指が、詰問するように後孔の窄まりをなぞる。確かに滑りをよくするものがないわりには、サーシャの指を懸命に受け入れようとしていた。
「シュン……正直に言ってくれ。別に恥ずかしいことではない。それに、痛いのは嫌だろう?」
問いかけるサーシャの声は優しくとも、指は責めるようにシュンの中へ入ろうとする。答えなければ、今すぐにでも入れるつもりだろう。
正直に答えるか、痛いまま受け入れるか。究極の二択にシュンの瞳が揺れる。
本当に……? とサーシャに目で訴えかけた。本当に、答えなければそのまま入れるつもりだろうか? と、許しをこう目で見つめた。しかし、サーシャは、
「そんな可愛い顔をしてもだめだ……私はシュンの全てを知りたい」
青い瞳に薄暗さを宿して、指の先端を中に入れてきた。
——そ、そんな……
ここまできたら、もう体が答えているようなもの。口にださなくともわかっているだろうに。
でも、サーシャは逃げ道を作ってくれない。どちらか一つを選ばなければならない。
——なら、痛いのは嫌だ。
「ひ、ひとりで……す、少しだけしてた……」
目を瞑って、正直につたえた。どうせサーシャの前では嘘などつけないのだから。
だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。穴があったら入りたい。
羞恥でびっしりと、額に汗をかいたのがわかった。
「……シュン、教えてくれてありがとう」
思いのほか近いところで声が聞こえたあとに、おでこに柔らかなものが当たった。恐る恐る目を開けると、優しげに口角を上げるサーシャの顔がある。
——よ、よかった……引かれてない。
恥を忍んで伝えてよかったと、ほっと安堵したのも束の間、
「……じゃあ、遠慮はしなくていいな」
サーシャの瞳に、光が無いままだと気づいた。
「あっ、ひっ! ま、待って…あっ!」
「……自分のせいだとはいえ、私の知らないところでシュンの体が変わってしまうのは……許せないな」
サーシャは下着ごとシュンのズボンを脱がせると、芯を持ったシュンの性器を扱く。布越しの摩擦と乳首への刺激ですでに限界をむかえつつあったそれは、透明な先走りを溢れさせた。
水音が立つ。達してしまったかのごとく溢れる蜜液をすくって、サーシャは後孔に指をいれた。液体のおかげで痛みはなく入ったが、前と後ろを同時に責められ、悲鳴に似た声が上がる。
「あ、そ、そんな、一気に……!」
「でもひとりでもやっていたんだろう……? 私が君を襲わないよう、我慢している間に」
冷たく聞こえる声音には、怒りが滲んでいる。静かな目とは反対に、ひどく激しく手が動かされ、背中がベッドから離れた。体の中の熱が一箇所にあつまり、今すぐにでも弾けてしまいそう。
しかしある一定の水位を超える前に、サーシャは前の扱きを緩やかなものにした。代わりに後ろの指を増やされる。一本から二本、すぐに三本になり、ばらばらに内臓をえぐられる。
忘れかけていた中の感覚が、前の射精感と繋がり、腰に大きな震えをもたらした。
「もう、入れていいよな?」
サーシャは指を抜き、手早く自身のズボンを緩める。肩で息をしながら首を少しだけ上げると、血管が浮き出た狂気的なまでに太い性器が目に入った。
ここまで来たら拒むつもりはない。でも少ししかゆるんでいないそこは受け入れがたく、先端を入れるのに息がはりつめた。
「サ、サーシャ……」
「……なんだ。今更止まれないぞ」
鋭く睨み返され、首を振る。サーシャの汗が滴る首に手を回し、顔を近づけて触れるだけのキスをした。
「ひ、ひとりでしてたって言ったけどね……後ろはそんなに多くなくて……どうしても、うまくできなかったんだ。だ、だからサーシャ、や、優しくてくれる……?」
お願い、と濡れた瞳で訴える。このまま早急に腰を勧められたら、耐えられる気がしない。
せっかくひと月も待ったのに、痛い思いをして終わるのは嫌だ。サーシャが怒っているのも辛い。あの日のように、優しく甘く肌を重ねたい。
シュンの切実な思いが伝わったのか、それとも泣き顔にやられたのか、サーシャはわずかに目を開いたあと、何かを堪えるように強く目を閉じた。長く熱い息を吐き、再び開かれた瞳は温かな海の瞳に戻っていた。
「シュン……すまない。少し我を忘れていたようだ……わかった。なるべく優しくできるよう善処する」
「あ、ありがとう……んぅ、はっ……」
サーシャはシュンをベッドに寝かせ、唇を合わせる。息継ぎの間を与えつつ、腰はゆっくりと深める。シュンも受け入れようと浅い呼吸を繰り返し、サーシャの広い背中にしがみついた。
先端が入る。腹の圧迫感が増す。途中、中の気持ちいい部分が擦れ、びくっと体がわずかに跳ねた。
——そうだった……ここ、おかしくなるところ……
自分でしていたときはよくわからなくて、見つけられなかった部分が、太く熱い肉棒が隙間なく入ってくるおかげで、自然と押されてわかってしまう。
シュンのうぶな反応にサーシャが目を細める。顔を離し、金の髪をかきあげた。その色っぽい仕草と、余裕のない表情に下腹部を締め付けてしまうと、「……ここは指じゃ届かないだろう?」と微笑まれてわずかに揺すられた。
「あっ、うっ、うんっ……あっ」
挿入の際に萎えかけていたものが、すぐに熱を持つ。加えてサーシャが欲情を灯した目で見据えてくるので、心臓が激しく脈を打った。体の中に血がめぐり、自身のものを大きくさせる。
締め付けないように力を抜き、けれど擦れる快感に体が跳ね、緊張と弛緩を繰り返しながら、サーシャは中に入ってきた。全てを受け入れるときには、先走りが腹の上で水たまりを作っていた。
「シュン……入ったぞ」
「あ、サ、サーシャ、俺……もう……」
入れられているだけで気持ちいい。ずっと性器の後ろを圧迫され、力を入れてはいけないのに入ってしまう。しかも締め付けるとサーシャのものをより感じて、快感が増していく。
全てを受け入れてから体がわずかに痙攣し続けているのは、もしかしたら軽くいっているからかもしれない……そうどこで思ったけれど、冷静な自分は遥か遠くにいってしまって、うまく考えられなかった。
「シュン、私もだ……もう、優しくできない」
「あっ!」
サーシャも理性を遠くへ飛ばしてしまったのか、肉杭がずるっと引き抜かれ、容赦無くうちつけられる。あまりの衝撃に、目の前で光が散った。
「あっ、サ、サーシャ……!」
「すまない……シュン……」
謝りながら、それでも動きを止めないサーシャに、ひきつれた声があふれる。止まって、と本能で小さく叫んだが、サーシャの耳は拾わなかった。
でも、拾わなくていい。サーシャは神ではないのだから、身勝手に動いて自分を求めて欲しい。完璧で優しい笑みよりも、余裕のない表情の方が好きだ。
矛盾した思考は快感を前にして、流れ星のように過ぎ去っていく。あとはもう、熱を吐き出したいという愚直な欲が、頭を真っ白にさせて駆け上る。
「あっ——あっ! い、いく……——!」
「……っ!……!」
大きな波が頂を超えた。喉がのけぞり、声にならない叫びが口から漏れる。ひとりでは得られない絶頂に、体の震えが止まらない。
明滅していた意識が戻り、はっ、と短く息をはくころには、性器からだらしなく白濁した液体が流れていた。
「はぁ……シュン……」
どさっと上から重みのある体が降ってきて、サーシャも達したのだと悟る。シュンは力の入らない腕で抱きつき、触り心地のいい金の髪に頬を寄せた。首筋をちゅっと吸われて、くすぐったさに笑い声がもれる。
「サーシャ……俺はどんなサーシャも好きだよ……」
ふわふわとした多幸感に任せて愛を囁くと、「私もだ」と答えが返ってくる。
「誰にもシュンを渡したくない」
今度はきつく吸われ、喉が鳴る。すると入れたままだったサーシャのものが、少しだけ膨らんだ。
「あ、サ、サーシャ……だ、出したばかりなのに」
「……このひと月、手を出さずに我慢していたんだ。もう少しいいだろう?」
休んでいた手が性欲を高まらせようと動き始める。シュンは濡れた声を出しつつも、強くは拒めなかった。なぜならシュンも、このひと月我慢していたのだから。
月が昇り窓から姿を消す。二人の愛し合う姿を見るものは誰もいなくなった。
◎ ◯◎ ◯◎ ◯◎ ◯ ◎
後日エフィムとイグナートには、秘密の花園に呼んで謝った。心配をかけたし、エフィムに関しては森で一晩ほったらかしにしたのだから、当然である。
東屋の中で、サーシャは「お前らが変な心配をしなければ……」と二人を睨んでいたが、今更王子の睨みに萎縮する仲間たちではない。
イグナートに関しては「お前っ! 俺らが入ってなかったらしれっと監禁してただろ!」とテーブルを叩いて激怒し、珍しくエフィムも「シュン、本当にいいんですか? この男は聖騎士だなんて言われてますが、根は悪魔のような男ですよ!?」と、とんでもない暴言で諭してきた。
シュンは「ふ、二人とも……」と苦笑いを浮かべつつ、ちゃんとサーシャが好きなこと、自分は行動が制限されるのが苦ではないことを伝えた。
二人は一応納得してくれたようだが、シュンとはいつでも会えるように、サーシャへ約束を取り付けた。エフィムがその場で誓約書まで用意し、サーシャが嫌々署名した。
「これで何かあったら、教会が介入できますね」
「おう、軍部もな」
仲間たちの結託に、「そこまでしなくてもいいだろう」とサーシャが不満を漏らす横で、シュンは少しだけ驚いていた。
魔王を討伐した仲とはいえ、イグナートとエフィムが自分に対してそこまで心配してくれていたとは思っていなかったから。
元々近いと思っていた仲間との距離は、自分が想像していたよりももっと近く、シュンは胸のうちが温かくなる。
——人は恐ろしいものではなく、お互いを知れば、わかり合えるもの。
イグナートとエフィムもそうだったように、サーシャも遠い存在ではない。
「……シュン、どうした? 急に黙ってしまって」
名前を呼ばれ、愛しい人へ顔を向ける。
前まではサーシャに名前を呼ばれるたび、穢れた自分が洗われる気がした。
なぜならサーシャは神聖な存在で、前世で罪を犯し、人を信じられなくなった自分に教えを授けてくれたから。
でも今は違う。彼に名前を呼ばれるたび、その声に潜んだ熱情を知っている。
「ううん、なんでもないよ」
シュンは安心させるように、サーシャの青い瞳を見つめた。
きっとそこに映る自分の目には、前より崇拝や尊敬の色は少ないだろう。
代わりにサーシャが自分の名前を呼ぶときと同じ、熱や欲を宿してるに違いない。
暖かな春風が頬を撫でる。シュンはそっと胸に手を当てながら、柔らかく目を細めた。
ーーーーーーーーーーーーー
後記
久しぶりの二人のお話、いかがでしたでしょうか?
結局シュンは王宮に閉じ込められるわけですが……二人が幸せならいいよね、と思ってます笑
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
合わせて3/8発売予定のアンソロジーも見ていただけたら嬉しいです。
(山森ぽてと先生のイラストが素晴らしすぎるので、ぜひ書影だけでも見てみてください!)
エフィムには〝ひっそりと〟なんて言われていたが、お世話になったサーシャに何も言わずに出ていくことはできなかった。
それに、人は恐ろしいものではなく、お互いを知れば分かり合えるもの。
サーシャについて知らないことがある。聞きたいことも聞けていない。なら全てを尋ね、分かり合う努力をしてから、そばを離れたかった。
サーシャの私室に【あとで部屋に来て欲しい】と手紙を残してきた。軍事演習が長引いているのか、貴族との会話が盛り上がっているのか、サーシャは夕暮れになっても戻ってこなかった。
もしかしたら今日に限って外泊だろうか……と不安になった夜。
「シュン、まだ起きているか?」
やっと部屋の扉がノックされ、サーシャが訪れた。
シュンは覚悟していたにも関わらず、「う、うん、起きてるよ」とひっくりかえった声で答えて立ち上がる。
「遅くなってすまない、イグナートがあまりにもしぶとくて……」
そう言って入ってきたサーシャは、身を清めてから戻ってきたのか、演習用の軍服ではなく白の柔らかそうなシャツを着ていた。
だが一番に目に飛び込んでくるのは、左頬に貼られた大きなガーゼだ。
シュンはびっくりして「そ、それ……イグナートに?」と聞いたが、サーシャは答えない。シュンの格好を上から下まで舐めるように見て、「どういうことだ……?」と目を見開いた。
「シュン……どうしてローブを……それに、杖まで」
「こ、これは……」
「もしかして、エフィムに何か吹き込まれたのか……? だが、シュンには聖力は効かないはず……」
一歩足を踏み出すサーシャに、思わずシュンは一歩下がる。太ももの裏に窓枠が当たり、それ以上離れることは叶わなかったが、シュンの態度にサーシャの目が鋭くなった。
「……シュン、まさか私を拒絶するのか?」
すっと背中が凍りそうな冷たい声音に、シュンは息が詰まって杖を強く握りしめる。
さっきまでは聞こうと思っていた問いが、いざ尋ねようとすると出てこない。
真実を知るのが怖い。本当のサーシャを見たくない。呼吸が浅くなり、指先が震え出した。
「……エフィムから何か聞いたんだな。何を聞いた。私よりあいつの言葉を信じるのか」
月明かりに照らされたサーシャの顔が歪む。大きな歩幅で近づいてくる彼に、シュンはぎゅっと目をつぶる。
今ここで魔法を使えば、何も知らずに逃げられる。自分は傷つかなくて済む。
でも、サーシャは自分に教えてくれた。人は恐ろしいものではなく、互いを知ればわかりあえるものだと——
「——サーシャ……どうして俺を好きになったの?」
やっと絞り出た声はか弱く小さかった。聞こえなかったかもしれないと思い、閉じた瞼を開けると、サーシャの端正な顔が目前に迫っていた。
彼の時が止まったかのような表情を見るに、今の問いかけは聞こえたのだと察せた。
「シュン、それはどういう……」
「ずっと……ずっと気になってたんだ。どうして俺なんかを側に置いているんだろうって。好きだって言ってくれたけど……でも俺を他の人には合わせないし、あの夜以来、ふ、触れてこないし……」
頬や手は触れてはいるが夜を共にすることはない、という意味で言ったが、サーシャが瞳に動揺を滲ませたので、ちゃんと真意は伝わっているようだった。
「それは……」
「あとね、エフィムから聞いたんだ。サーシャは合理的で非情なところがあるって……じゃあ俺を側に置くのも、本当は好きだからじゃなくて、魔導士として利用価値があるからなのかな……とか考えちゃってさ……」
そう、どうしてサーシャが自分を他人と会わせないのだろうと考えたとき……もしかしたら自分は、人に会わせられないほど恥ずかしい存在なのでは? と真っ先に思いついた。
サーシャは美しい上に、この国の王子だ。周りにいる人も華やかでさぞ身分の高い人たちに違いない。
そこにぱっとしない根暗な魔導士と共に住んでいるなんて知れたら……自分だったら隠したくなる。だって、ひとりだけ醜い装飾品を身につけているみたいじゃないか。
一軍の生徒がカースト最下層には見向きもしないように。関わりを持っているだけで恥ずかしい存在。
じゃあどうしてサーシャは自分を好きだと言うのか考えて……エフィムの指摘が蘇った。
——サーシャは合理的で、非情な男。
もしサーシャがエフィムの言う通りな人間だったら、転生者で人より魔法が使える自分に『好きだよ』と嘘をついて、利用するぐらいのことはできそうだなと思った。
「……でも俺ね、サーシャに必要とされるなら、恋仲じゃなくて、魔導士としてでもいいんだ。サーシャの役に立てるなら、なんでも協力する。でももしそうなら……一緒に住むのはやめたい」
一緒に住んでいたら、可能性がないとわかっていても期待してしまう。
——今日は、部屋に来てくれるだろうか。
——あの夜のように、肌を重ねてくれないだろうか。
このひと月でさえ、毎晩一喜一憂していたのだ。それがずっと続くなんて考えたくない。生き地獄だ。ならまだ遠く離れた地でひとり、サーシャから呼ばれる日を夢見ていたい。
「シュン……」
「だからサーシャ、本当のことを教えて。どうして俺を好きになったの?」
知るのは恐ろしいことだ。大好きなサーシャならなおさら、本当は好きではなかったと告げられたら、形を成していた心が崩れて一生立ち上がれないだろう。
でも、サーシャの本心を知りたい。人と関わる勇気を与えてくれたのは彼だから。傷つくのを恐れて、大事な人から逃げたくない。
サーシャの答え次第では、魔法を使って今すぐ窓から飛び出す覚悟もしていた。
なのにサーシャは、答えを返さなかった。
「……反対に尋ねよう。シュンは、どうして私を好きになった?」
「えっ?」
「私が優しく手を差し伸べたからか? それとも慈悲深く、聖人君主なところか?」
答えではなく問いが返され、シュンは戸惑いから返事ができない。
それをサーシャはどう捉えたのか、眉根を寄せてガーゼを貼っていない方の口角だけを上げた。泣いてるのに笑っているような、ちぐはぐな表情だった。
「シュン。なぜ好きになったのかと尋ねたな? それは……それは君があまりにも素直で純粋な目をむけてきたからだ——私の思惑に、気づきもせずに」
「私の思惑……?」
どういうこと……と目で訴えたのと同時に、サーシャが形のいい唇を開く。
「……前にも言ったが、私は君が思っているほど優しくはないし、慈悲深くもない。エフィムの言う通り、本当は非情で合理的な男だろう……君に優しく接したのだって、最初は打算があったのだから」
「だ、打算って……」
「魔王討伐のための仲間の連携、しかもシュンは転生者で討伐隊の要だ……だから輪に入れるよう手助けをしたし、よく気にもかけた」
サーシャは深い海の瞳を伏せて、語り続ける。
「なにも君に優しく接したのは、初めは君を想っての行為ではなかった。魔王討伐の目的を果たすための、合理的な選択をしただけだった。だが君からは純粋な好意と崇拝の視線が返ってきて、正直最初は驚いたよ」
ふっと自嘲気味に笑う姿を、シュンは静かに眺めた。
「でも君に見つめられると、心が洗われる気がした。辛く挫けそうなときも、シュンの尊敬の眼差しが、自分に自信を持たせた。そして反対に、あまりにも君が人の悪意に疎くて心配になったのだ……私が守らなければと、守りたいという気持ちが芽生えてしまった」
一息呼吸を置くと、サーシャは伏せていた目をこちらに向ける。月明かりに照らされたサーシャの瞳は、わずかに濡れて輝いていた。
「だから君を魔導士として利用したいなんて、全く考えていない。ただ本当に君が好きで……好きすぎて、側に置いて守りたいだけなんだ」
これ以上は語ることはないとでも言うように、サーシャは深く息を吸った。あとはシュンの判断に任せると、目が告げていた。
「じゃ、じゃあ、俺を他の人に合わせなかったのは……」
「……それは、シュンに変な虫をつけたくなかったからだ。他の誰かに会わせて相手に気を持たせるぐらいなら、私だけがシュンを知っていればいい」
「そしたら、あの夜以来触れてこないのは……」
「君に嫌われるのが怖かったからだ。好きな君に触れたら、自分は慈悲深くいられない。君が崇拝するサーシャ・マスロヴァではなくなる……あの日は最後の機会だと思って、踏み切れただけだ」
「そ、そんな……」
ということは、サーシャは自分を恥ずかしい存在だと思っていたわけではなく、他人に自分を見せるのが嫌だったというわけで……
手を出してこないのも、自分に嫌われるのが怖かったから。触れるのが嫌なのではなく、自分のことを思って部屋に来なかった。
「…………私に幻滅したか?」
サーシャがまたちぐはぐな表情を浮かべる。大きな罪が暴かれてしまったような、諦めにも似た顔だった。
再び部屋に沈黙が落ちる。シュンはどう答えようか迷い、口を開いたり閉じたりしたが——
「も、もしかして……サーシャって、すごく俺のことが好きなの……?」
素直にたどり着いた答えを出すと、「えっ」と言うサーシャの目線とぶつかって、すぐに発言を後悔した。
「いやっ! その! 俺に嫌われないように手を出さないとか、他に取られたくないから人に会わせないとか、俺のことばっかり考えてるから、そ、その、すごい好きなのかなと……!」
じっくり考えた上で出てきた結論だったのだが、言ったそばから自惚れ野郎すぎて恥ずかしくなる。が、サーシャは力強くシュンの自惚れに首肯した。
「ああ、そうだ。私はシュンのことが大好きだ。シュンのことばかり考えてる」
「いや、でも……」
「信じてないのか? 本当は今だって抱きしめたいし、その杖だって折ってしまいたいのに」
「えっ! 杖を!? な、なんで!?」
「そうしたらシュンは魔法が使えなくなるだろう? 私から離れられなくなる」
サーシャの言葉に声がつまった。しかし彼の目は本気だ。聖剣を振るうときと同じ瞳をしている。きっと今杖を渡したら、本当にばきりと折ってしまうだろう。
シュンは驚きつつも、おずおずと両手を広げた。
「シュ、シュン……? それはどういう……?」
「えっ、だ、抱きしめたいのかと……思って……」
物に罪はないので杖は差し出せないが、もう片方の願いなら叶えてあげられる。
そう思って構えたのだが、どうも選択肢を間違えてしまったらしい。恥ずかしくなって手を閉じようとしたが、サーシャの機敏さが優って閉じる前に抱きしめられた。
久しぶりに、大きな体に包みこまれる。わずかに石鹸の香りがするサーシャの首筋に、顔が埋まった。温かな腕。鍛え上げられた背中。どれもが懐かしく、愛おしい。
うっとりと瞼を閉じたら、耳元に吐息が当たった。
「……シュン、私を嫌いにならないのか? 打算で君に優しくしていたんだぞ」
顔は見えないが、サーシャの声が震えているのがわかる。シュンはしばし返答を考えて……首を振った。
「……サーシャ、そんなんじゃ嫌いにならないよ……だって、サーシャが俺を救ってくれた事実は変わりないんだから」
動機がなにであれ、サーシャが自分に教えを授け、人と関わる勇気を与えてくれたのだ。
他の誰かではない。サーシャ・マスロヴァただひとり。たとえ彼に打算があろうとなかろうと、自分にとって彼が救いの神なのには変わりない。
それに理由のある善意のほうが、安心する自分がいた。だってサーシャは、誰にでも手を差し伸べる拾いの神——崇めるべき遠い存在だと思っていたから。
人なら誰しも優しくするのには理由があって当然だ。サーシャも自分と同じ人間だった。
一気に縮まった距離感に、口角が上がってしまう。
「でも、本当は怖いだろう? 君をこの城に閉じ込めようとしてる」
不安げに揺れる声音に、咄嗟にぐずる赤子をあやすように背中を撫でた。
「でも、閉じ込めたいのは俺を好きだからなんでしょ? それに外の世界は旅で行き尽くしたし、もともと俺は室内が好きだし……」
前世の引きこもり生活を振り返りつつ、世間の目と金銭を気にしなくていいのなら、いくらでも引きこもれる自信があった。
でもそれはあまりにも怠惰すぎ……? と思ったが、なぜかサーシャは喜ばしげに抱きしめる力を強くした。
「……私はたぶん人より嫉妬深いし、君が他の誰かと話しているのも許せないと思う。いいのか、そんな男でも」
「……俺、人と話すの苦手だから……サーシャが好きで俺の側にいてくれるなら、他は何もいらないよ。あ、でも杖は折らないで欲しいかも。サーシャに何かあったとき、守れなくなっちゃう」
うんうん、やっぱり杖を折るのはだめだ、と頷くと、「もちろんだ」と返ってきた。
「必ずシュンの側にいる。絶対に離さない」
まるで親と約束をする子どもかのような言い方に、口からふふと笑い声が漏れた。
しばらく、お互いの体温を交換するかのように静かに抱きしめ合う。わずかな吐息以外、空気を揺らすものがない。長くも短くも感じる静寂のあと、シュンが先に口を開いた。
「……俺、知らなかったよ。サーシャがこんなにも俺を好きだったなんて」
「あんなにわかりやすく態度で示してたのに、信じていなかったのか?」
体を離し、しかめっ面を向けるサーシャに、シュンは思わず抗議する。
「だっ、だって! サーシャ、あの日以来、そ、そういうこと、してこなかったじゃ……んっ」
と言い終える前に顎を持ち上げられた。唇に、柔らかな感触がつく。
突然の口付けに一瞬体がこわばるが、濡れた舌で唇を舐められ、おずおずと口を開いた。わずかな緩みをサーシャは逃さない。舌が口内に入り込み、上顎を舐められる。
ぞわぞわとした背筋の痺れに手に持った杖が床に落ちた。カランと、木の棒が床に当たる音が立つ。
ひと月ぶりの空白を埋めるかのように長く、ゆっくりと捏ねるように口付けをされ、シュンは息をするので精一杯だった。
「……いいのか? 君の肌に触れて……優しくはできないぞ」
透明な細い糸を引いて離れたサーシャは、はっきりと犯したいという目をこちらに向けていて、シュンは唾を飲み込む。
こくりと頷き、シュンはサーシャの頬に触れる。白いガーゼに少しだけ魔法をかけ、慎重に外すと、いつもの綺麗なサーシャの肌が現れた。そこに口付けを落とす。
「サーシャ……俺はずっと前から覚悟ができてるよ……?」
恥ずかしさを紛らわすように掠れた声で伝えると、腰をぐっと抱き寄せられた。
膨らんだサーシャのものが明確に自分のものと合わさり、びっくりして手からガーゼが離れる。
そのままサーシャは、布越しに敏感な部分を擦り付けてきた。
「あ、うっ……サ、サーシャ……!」
「これが、君の中に入る。しかも今日は素面でだ……その覚悟が、できているんだな?」
「あっ……んぅ」
欲望を押し付けたまま、サーシャが厚い唇で口内を貪る。
サーシャは全てが大きい。抱き寄せる手も、舌も、身体も、なにもかも。自分も成人した男のはずなのに、圧倒的な生物的強さに抗えないと知らしめられる。
それを恐怖と感じるか、身に余る幸せと感じるか。人によって変わるのだろうけれど、自分は支配される安心感に酔っている。
サーシャが導いてくれるなら、どこまでも一緒にいきたい。
「シュン……ローブはもう必要ないな」
首元の金具が外され、ローブが下に落ちる。手を引かれてベッドに寝かされた。
ローブの下には動きやすいようシャツ一枚しか着ていなかった。おかげで期待で膨らんでしまった小さな突起が、胸の上でつんと立って主張してしまっている。
サーシャがそれに気づかないわけもなく、片側をシャツごと唇で挟まれた。温かな唾液が布地に広がり、舌の圧と繊維が刺激を加える。ぴりぴりと痺れが生まれて下腹部に落ちた。
「あっ、うっ……」
思わず腰が揺れ、恥ずかしさに足を閉じる。が、その間もサーシャは唇で挟み、吸い上げ、体に熱を灯すのに余念がない。声を漏らさないようにふんばっても、あっけなくこぼれてしまう。
だが、突然サーシャが顔を上げた。溶けた目で見上げると、両手を掴まれ、シーツに縫い止めるように指を絡ませて押し付けられた。
なにがなんだかわからず、「サ、サーシャ?」と問いかけると、股の間にサーシャの足が入り込み、ぐりと擦り上げられた。
「あっ! まっ、待って……!」
「待たない。シュン、どう考えても反応がよすぎるだろう……私が手を出さずにいた間、誰に慰めてもらった?」
「あっ、そ、そんなっ、誰にも……」
「嘘だ。使用人か? それとも夜は外に出ていたのか? 相手が誰か言わなきゃ、このままいかせる」
光のない瞳で見つめられ、怖いのに腰が跳ねる。裏筋から先まで強すぎる刺激が駆け抜け、射精感が一気に限界まで高まる。
でも、まだいきたくない。サーシャに誤解を与えたまま終えたくない。
恥より自尊心よりサーシャが大事で、シュンは声を張り上げた。
「じ、自分で……自分でしたの……!」
シュンの涙交じりの叫びに、サーシャの動きが止まる。その隙に息を整え、サーシャの拘束から手を離した。恥ずかしさのあまり、腕で顔を隠す。
「シュン、それは……」
「……あ、あの夜が忘れられなかったんだ。だから、ひとりで……」
もうこれ以上言わせないでくれ、と手の甲で口元を覆った。このひと月どう過ごしていたかなんて、サーシャに話したくない。
もちろん、毎日というわけではなかった。考えないようにすれば眠れる日もあった。でも、どうしてもうずく日はあって……そういう夜はサーシャの指や唇を思い出して一人で慰めていた。
乳首も下も、一度覚えてしまったら忘れたくても体が忘れてくれない。それほどまでに、濃く残る快感。
自分の体をこんなものに作り替えておいて、どうしてサーシャは部屋に来ないのだろうと、わずかに恨んだ日も少なくはなかった。
「そうか……寂しい思いをさせて悪かった。でも、私が君の体に教えこませたかったな」
サーシャはそう言って、顔を隠していた自分の手を開かせる。唇だけではなく、濡れた目元や鼻にまで、いたるところに口付けを落とされた。
サーシャの可愛い愛情表現に、微かに積もっていた恨みや不満は溶けていく。握り込まれた手は唾液で濡れた胸元まで下ろされ、サーシャはそのままシュンの手を使って、突起をいじり始めた。
「あっ、サ、サーシャ!」
「ひとりでするときはこやって触っていたのか……? それともこうか?」
中指で擦ったかと思えば、指でつままれ、快感の焦点を的確に教えられる。まさに、取り足取り。自分ひとりでは怖くてできなかった触り方を、サーシャが強引に伝えてくる。
「や、も、もう、無理……」
これ以上性的な快感を教え込まないで欲しい。サーシャがいないとだめになる。体が自分の与える刺激では満足できなくなってしまう。
恐ろしさで身を捩ると、サーシャはあっけなく手を離してくれた。代わりに、シュンが履いていたズボンのベルトを外し、下着の中に手を入れてきた。
「……こっちもひとりでしていたのか? ずいぶん、柔らかいな」
「ひ、あっ……そ、それは……」
遠慮のない指が、詰問するように後孔の窄まりをなぞる。確かに滑りをよくするものがないわりには、サーシャの指を懸命に受け入れようとしていた。
「シュン……正直に言ってくれ。別に恥ずかしいことではない。それに、痛いのは嫌だろう?」
問いかけるサーシャの声は優しくとも、指は責めるようにシュンの中へ入ろうとする。答えなければ、今すぐにでも入れるつもりだろう。
正直に答えるか、痛いまま受け入れるか。究極の二択にシュンの瞳が揺れる。
本当に……? とサーシャに目で訴えかけた。本当に、答えなければそのまま入れるつもりだろうか? と、許しをこう目で見つめた。しかし、サーシャは、
「そんな可愛い顔をしてもだめだ……私はシュンの全てを知りたい」
青い瞳に薄暗さを宿して、指の先端を中に入れてきた。
——そ、そんな……
ここまできたら、もう体が答えているようなもの。口にださなくともわかっているだろうに。
でも、サーシャは逃げ道を作ってくれない。どちらか一つを選ばなければならない。
——なら、痛いのは嫌だ。
「ひ、ひとりで……す、少しだけしてた……」
目を瞑って、正直につたえた。どうせサーシャの前では嘘などつけないのだから。
だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。穴があったら入りたい。
羞恥でびっしりと、額に汗をかいたのがわかった。
「……シュン、教えてくれてありがとう」
思いのほか近いところで声が聞こえたあとに、おでこに柔らかなものが当たった。恐る恐る目を開けると、優しげに口角を上げるサーシャの顔がある。
——よ、よかった……引かれてない。
恥を忍んで伝えてよかったと、ほっと安堵したのも束の間、
「……じゃあ、遠慮はしなくていいな」
サーシャの瞳に、光が無いままだと気づいた。
「あっ、ひっ! ま、待って…あっ!」
「……自分のせいだとはいえ、私の知らないところでシュンの体が変わってしまうのは……許せないな」
サーシャは下着ごとシュンのズボンを脱がせると、芯を持ったシュンの性器を扱く。布越しの摩擦と乳首への刺激ですでに限界をむかえつつあったそれは、透明な先走りを溢れさせた。
水音が立つ。達してしまったかのごとく溢れる蜜液をすくって、サーシャは後孔に指をいれた。液体のおかげで痛みはなく入ったが、前と後ろを同時に責められ、悲鳴に似た声が上がる。
「あ、そ、そんな、一気に……!」
「でもひとりでもやっていたんだろう……? 私が君を襲わないよう、我慢している間に」
冷たく聞こえる声音には、怒りが滲んでいる。静かな目とは反対に、ひどく激しく手が動かされ、背中がベッドから離れた。体の中の熱が一箇所にあつまり、今すぐにでも弾けてしまいそう。
しかしある一定の水位を超える前に、サーシャは前の扱きを緩やかなものにした。代わりに後ろの指を増やされる。一本から二本、すぐに三本になり、ばらばらに内臓をえぐられる。
忘れかけていた中の感覚が、前の射精感と繋がり、腰に大きな震えをもたらした。
「もう、入れていいよな?」
サーシャは指を抜き、手早く自身のズボンを緩める。肩で息をしながら首を少しだけ上げると、血管が浮き出た狂気的なまでに太い性器が目に入った。
ここまで来たら拒むつもりはない。でも少ししかゆるんでいないそこは受け入れがたく、先端を入れるのに息がはりつめた。
「サ、サーシャ……」
「……なんだ。今更止まれないぞ」
鋭く睨み返され、首を振る。サーシャの汗が滴る首に手を回し、顔を近づけて触れるだけのキスをした。
「ひ、ひとりでしてたって言ったけどね……後ろはそんなに多くなくて……どうしても、うまくできなかったんだ。だ、だからサーシャ、や、優しくてくれる……?」
お願い、と濡れた瞳で訴える。このまま早急に腰を勧められたら、耐えられる気がしない。
せっかくひと月も待ったのに、痛い思いをして終わるのは嫌だ。サーシャが怒っているのも辛い。あの日のように、優しく甘く肌を重ねたい。
シュンの切実な思いが伝わったのか、それとも泣き顔にやられたのか、サーシャはわずかに目を開いたあと、何かを堪えるように強く目を閉じた。長く熱い息を吐き、再び開かれた瞳は温かな海の瞳に戻っていた。
「シュン……すまない。少し我を忘れていたようだ……わかった。なるべく優しくできるよう善処する」
「あ、ありがとう……んぅ、はっ……」
サーシャはシュンをベッドに寝かせ、唇を合わせる。息継ぎの間を与えつつ、腰はゆっくりと深める。シュンも受け入れようと浅い呼吸を繰り返し、サーシャの広い背中にしがみついた。
先端が入る。腹の圧迫感が増す。途中、中の気持ちいい部分が擦れ、びくっと体がわずかに跳ねた。
——そうだった……ここ、おかしくなるところ……
自分でしていたときはよくわからなくて、見つけられなかった部分が、太く熱い肉棒が隙間なく入ってくるおかげで、自然と押されてわかってしまう。
シュンのうぶな反応にサーシャが目を細める。顔を離し、金の髪をかきあげた。その色っぽい仕草と、余裕のない表情に下腹部を締め付けてしまうと、「……ここは指じゃ届かないだろう?」と微笑まれてわずかに揺すられた。
「あっ、うっ、うんっ……あっ」
挿入の際に萎えかけていたものが、すぐに熱を持つ。加えてサーシャが欲情を灯した目で見据えてくるので、心臓が激しく脈を打った。体の中に血がめぐり、自身のものを大きくさせる。
締め付けないように力を抜き、けれど擦れる快感に体が跳ね、緊張と弛緩を繰り返しながら、サーシャは中に入ってきた。全てを受け入れるときには、先走りが腹の上で水たまりを作っていた。
「シュン……入ったぞ」
「あ、サ、サーシャ、俺……もう……」
入れられているだけで気持ちいい。ずっと性器の後ろを圧迫され、力を入れてはいけないのに入ってしまう。しかも締め付けるとサーシャのものをより感じて、快感が増していく。
全てを受け入れてから体がわずかに痙攣し続けているのは、もしかしたら軽くいっているからかもしれない……そうどこで思ったけれど、冷静な自分は遥か遠くにいってしまって、うまく考えられなかった。
「シュン、私もだ……もう、優しくできない」
「あっ!」
サーシャも理性を遠くへ飛ばしてしまったのか、肉杭がずるっと引き抜かれ、容赦無くうちつけられる。あまりの衝撃に、目の前で光が散った。
「あっ、サ、サーシャ……!」
「すまない……シュン……」
謝りながら、それでも動きを止めないサーシャに、ひきつれた声があふれる。止まって、と本能で小さく叫んだが、サーシャの耳は拾わなかった。
でも、拾わなくていい。サーシャは神ではないのだから、身勝手に動いて自分を求めて欲しい。完璧で優しい笑みよりも、余裕のない表情の方が好きだ。
矛盾した思考は快感を前にして、流れ星のように過ぎ去っていく。あとはもう、熱を吐き出したいという愚直な欲が、頭を真っ白にさせて駆け上る。
「あっ——あっ! い、いく……——!」
「……っ!……!」
大きな波が頂を超えた。喉がのけぞり、声にならない叫びが口から漏れる。ひとりでは得られない絶頂に、体の震えが止まらない。
明滅していた意識が戻り、はっ、と短く息をはくころには、性器からだらしなく白濁した液体が流れていた。
「はぁ……シュン……」
どさっと上から重みのある体が降ってきて、サーシャも達したのだと悟る。シュンは力の入らない腕で抱きつき、触り心地のいい金の髪に頬を寄せた。首筋をちゅっと吸われて、くすぐったさに笑い声がもれる。
「サーシャ……俺はどんなサーシャも好きだよ……」
ふわふわとした多幸感に任せて愛を囁くと、「私もだ」と答えが返ってくる。
「誰にもシュンを渡したくない」
今度はきつく吸われ、喉が鳴る。すると入れたままだったサーシャのものが、少しだけ膨らんだ。
「あ、サ、サーシャ……だ、出したばかりなのに」
「……このひと月、手を出さずに我慢していたんだ。もう少しいいだろう?」
休んでいた手が性欲を高まらせようと動き始める。シュンは濡れた声を出しつつも、強くは拒めなかった。なぜならシュンも、このひと月我慢していたのだから。
月が昇り窓から姿を消す。二人の愛し合う姿を見るものは誰もいなくなった。
◎ ◯◎ ◯◎ ◯◎ ◯ ◎
後日エフィムとイグナートには、秘密の花園に呼んで謝った。心配をかけたし、エフィムに関しては森で一晩ほったらかしにしたのだから、当然である。
東屋の中で、サーシャは「お前らが変な心配をしなければ……」と二人を睨んでいたが、今更王子の睨みに萎縮する仲間たちではない。
イグナートに関しては「お前っ! 俺らが入ってなかったらしれっと監禁してただろ!」とテーブルを叩いて激怒し、珍しくエフィムも「シュン、本当にいいんですか? この男は聖騎士だなんて言われてますが、根は悪魔のような男ですよ!?」と、とんでもない暴言で諭してきた。
シュンは「ふ、二人とも……」と苦笑いを浮かべつつ、ちゃんとサーシャが好きなこと、自分は行動が制限されるのが苦ではないことを伝えた。
二人は一応納得してくれたようだが、シュンとはいつでも会えるように、サーシャへ約束を取り付けた。エフィムがその場で誓約書まで用意し、サーシャが嫌々署名した。
「これで何かあったら、教会が介入できますね」
「おう、軍部もな」
仲間たちの結託に、「そこまでしなくてもいいだろう」とサーシャが不満を漏らす横で、シュンは少しだけ驚いていた。
魔王を討伐した仲とはいえ、イグナートとエフィムが自分に対してそこまで心配してくれていたとは思っていなかったから。
元々近いと思っていた仲間との距離は、自分が想像していたよりももっと近く、シュンは胸のうちが温かくなる。
——人は恐ろしいものではなく、お互いを知れば、わかり合えるもの。
イグナートとエフィムもそうだったように、サーシャも遠い存在ではない。
「……シュン、どうした? 急に黙ってしまって」
名前を呼ばれ、愛しい人へ顔を向ける。
前まではサーシャに名前を呼ばれるたび、穢れた自分が洗われる気がした。
なぜならサーシャは神聖な存在で、前世で罪を犯し、人を信じられなくなった自分に教えを授けてくれたから。
でも今は違う。彼に名前を呼ばれるたび、その声に潜んだ熱情を知っている。
「ううん、なんでもないよ」
シュンは安心させるように、サーシャの青い瞳を見つめた。
きっとそこに映る自分の目には、前より崇拝や尊敬の色は少ないだろう。
代わりにサーシャが自分の名前を呼ぶときと同じ、熱や欲を宿してるに違いない。
暖かな春風が頬を撫でる。シュンはそっと胸に手を当てながら、柔らかく目を細めた。
ーーーーーーーーーーーーー
後記
久しぶりの二人のお話、いかがでしたでしょうか?
結局シュンは王宮に閉じ込められるわけですが……二人が幸せならいいよね、と思ってます笑
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
合わせて3/8発売予定のアンソロジーも見ていただけたら嬉しいです。
(山森ぽてと先生のイラストが素晴らしすぎるので、ぜひ書影だけでも見てみてください!)
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1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました
無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。
前世持ちだが結局役に立たなかった。
そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。
そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。
目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。
…あれ?
僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?