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4 ニートの鏡

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女の子は変わるものだ。
 優毅は、薄ピンクのフリフリワンピースに白いハイソ姿の芽生をまじまじと眺めた。
「おい。俺の妹を卑猥な眼で見るな」
 藤十郎は箸を止めて、ギロリと優毅を睨んだ。
「だから、いとこをそんな目で見る訳ないだろ!」
 ただ、そのファッション。どこかで見たことがあるような気がしたのだ。
 当の本人は意に介せぬ様子で、冷蔵庫から持ってきた炭酸水のペットボトルをテーブルに置いて座った。
「優毅はこの格好が気になるんでしょ?」
 芽生はそう言って、スマホの画面を優毅に見せてきた。
 そこには、芽生と同じ格好をした女の子が、「今日もひめめのLIVEに来てくれてありがとう。それじゃあ、レッツラゴー!」と、随分ゆっくりとしたMCをして、歌って踊っていた。
「なにこの中学生?」
「中学生じゃないよ。もう大人だよ。『ひめめ』っていうの。知らない?」
「知らない」知る由もない。
「ユーチューバーアイドルだよ。ガーリーファッションのカリスマだよ。歌もダンスも最高だけど、お洋服がいっつも可愛くって、私も真似してるんだ」
「へ―」
 優毅は棒読みで相槌を打った。
 その横で藤十郎は、
「芽生は何を着ても似合う。そのひめめよりもかわいいぞ」と、恥ずかしげもなく妹をほめそやした。
 正直、普段道着姿で人をぶん投げている芽生を知っている優毅にとっては理解に苦しむが、まあ、趣味は人それぞれだ。
 優毅がそう納得して、鍋に箸を伸ばそうとしたときに大事件が起きた。
「あ、おまえ今肉二枚取ったろ!」
 優毅は藤十郎のすくった肉が二枚重なっているのを見つけたのだ。
「くっついてきたんだ。わざとじゃない」
 そう言いつつも、藤十郎は取られまいと素早く肉を口の中に放り込む。
 なんと!
 優毅が普段滅多に口にできることのない国産牛を、二枚も同時に食べやがった!
「ずるいぞ! おまえいつも良いもの食べてるんだからちょっとは遠慮しろよな!?」
「どんな理屈だ。それに良いもの食べてるのはぼくが稼いだお金でだ。おまえにとやかく言われる筋合いはない」
「このやろう。おまえには優しさってもんがないんだ」
 にらみ合う藤十郎と優毅の間にパンパンと柏手が飛ぶ。
「ほーらほら、兄妹喧嘩はよしこちゃんよ」
 年齢不詳のギャグを交えて母が割り込んできたので、藤十郎との口論はそこで終いになった。
 だが「「兄弟じゃない!」」その声が図らずも藤十郎と重なってしまった。
「幼い頃からずっと一緒にいるんだから、兄妹みたいなものでしょ」
「誰がこいつなんかと」
 優毅は鼻を鳴らしてビールを飲んだ。すき焼きにビールは何故こうも最高なのだろうか。
「それは藤十郎の台詞だろう」
 母の手前、遠慮のある藤十郎に代わって父が言った。
「なんだよ、親父は藤十郎の味方かよ」
 優毅がそういうと、父は顔をしかめた。
「味方とかそういう問題じゃないだろう。おまえはいつまでも子どもだな。本当ならもう社会人になる年なんだぞ。あと一年大学に行かせてやるんだ。もう少し気を引き締めて、まじめに取り組め」
 次はないからな。
 という、父の低い声に本気度がうかがえて恐ろしい。
 本当に大学生活は今年が最後の一年になりそうだ。なんとしても卒業しないと、この七年間が本当に無駄になる。さすがにそれはもったいない。
「なんだ、結局大学に戻るのか」
 藤十郎がどこかほっとしたように言った。
「もちろんだ。俺には東京でやりたいことがあるんだ」
「そうなのか。それならぼくも応援しよう」
「ほんとか!?」
 優毅は身を乗り出して、藤十郎の肩を叩いた。
「それなら、二万頂戴」
 優毅にとっては何気ない発言だったが、なぜか場の空気が凍り付いていた。
 さすがに説明が足りなかっただろうから、優毅は付け加えてみる。
「東京に帰る汽車賃がなくてサ」
「……おまえ、せめて貸してくれじゃないのか?」
「貸したら返さなきゃならないじゃん。金の切れ目は縁の切れ目だぞ。だったら借りるぐらいならもらったほうがあとくされなくていいだろ?」
「それを借りる側が言うな!」
 ゴーン!
 と、優毅の頭の上に父の鉄拳が落ちた。
 いつもはかばってくれる母も、このときばかりは仕方ないという顔でうなずいていた。
「優毅は、ニートの鏡だね」
 芽生にまでそんなことを言われてしまった。
 あれ。俺って、そんなにだめな人間なんだろうか?
 今更ながら、優毅はそんなことを思った。
 
 
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