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第五章:監視者と損得勘定
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「なぁ、シンカク」
石造りの階段を降りきったところで、ヴァンは足を止めた。
背後には、能面のような無表情で従うメイド、シンカクがいる。
「俺たち、尾けられてるよな」
「はい。軍情局の人間です」
間髪入れず、涼やかな声が返ってきた。 あまりに即答だったため、ヴァンは思わず振り返る。
「……は?」
「正門を通過した時点から、計三名。継続して監視されています」
「い、いや待て」
ヴァンはこめかみを押さえた。
頭痛が痛い、というのはこういうことか。
「気づいてたなら、なんで言わない?」
「聞かれていませんでしたので」
シンカクは首を傾げることもなく、淡々と述べた。悪気? ゼロだ。だからたちが悪い。
「あのな……こういうのは『報告・連絡・相談』が基本だろ」
「特に問題ないと判断しました。あの程度では、ヴァン様の害にはなりません」
「放置って……」
ヴァンは深く息を吐いた。
この生真面目すぎる護衛に常識を説いても無駄だろう。
「つまりあれか? 俺が路地裏で刺されそうになるまで、お前は棒立ちで見物ってことか?」
「いいえ」
シンカクの瞳が、暗がりの中で冷たく光った気がした。
「ヴァン様に手を出す者は、私が殺します」
抑揚のない声。
まるで「明日の天気は晴れです」と言うような気軽さで、彼女は殺戮を断言した。
「……そうかよ」
ヴァンは苦笑いするしかなかった。
頼もしいというか、恐ろしいというか。
「まあいい。監視がいるってことは、逆に言えば『護衛』が増えたようなもんだ」
ヴァンは歩き出す。
「タダで使えるものは、軍情局でも使ってやるさ」
帝国軍事学院の学生寮。
そう聞いていたが、目の前にあるのは要塞だった。
飾り気のない灰色の石壁。
鉄格子のハマった小さな窓。
廊下には冷たい空気が漂い、どこかカビ臭い。
「……刑務所かよ」
ヴァンは呆れたように呟き、指定された303号室の重い鉄扉を開けた。
「おや、新入りかい?」
部屋の中で待ち構えていたのは、金髪の優男だった。
質素な軍用ベッドの上で、優雅に足を組んでいる。
「僕はローラン。よろしく頼むよ、ルームメイト」
人懐っこい笑顔。
だが、目が笑っていない。
典型的な「食えない奴」だ。
「ヴァン・ラーク・ヴァレリアンだ」
ヴァンは短く名乗り、荷物を放り投げた。
「ヴァレリアン?」
ローランの眉がピクリと動く。
「あの『ベルンハルト将軍』の親戚かい? ラークなんてミドルネーム、聞いたことないけど」
「隠し子だからな」
ヴァンはあっさりと言い放ち、シンカクへ視線を向けた。
「シンカク、アイリの様子を見てきてくれ」
「了解」
シンカクは無言で頷くと、同室のローランを一瞥した。
(……弱い。問題ない)
彼女の瞳がそう語っていた。
そして次の瞬間、彼女は窓を開け放ち、
ヒュッ!
三階の窓から、ためらいなく飛び降りた。
「うわああああっ!?」
ローランが素っ頓狂な悲鳴を上げ、窓に駆け寄る。
下を覗き込んだ瞬間、 シンカクは何事もなかったように、地面に着地していた。 まるで重力を無視したかのような、優雅な動き。
「……嘘だろ。人間じゃねぇ……Aランク? まさかSか……?」
「知らない、あいつは強いからな」
ヴァンはベッドに寝転がり、天井を見上げた。
「さて、ローラン。お前、商人か?」
ローランは振り返り、目を丸くした。
「なんでわかった?」
「部屋に入った瞬間、俺の荷物の価値を目算してただろ」
「……へえ」
ローランはニヤリと笑った。
その顔から、軽薄さが消える。
「鋭いね。ご名答。実家は商会をやってるよ。今はちょっと『ワケあり』で、僕が再起を図ってる最中だけどね」
彼は椅子に座り直し、探るような視線をヴァンに向けた。
「で、君さ。辺境で『とんでもない勝ち方』をしたって噂、本当かい?」
「とんでもない?」
「被害ゼロで敵を撃退したって話さ。普通、帝国軍なら『魔導回路』を全開にして突撃だろ? なのに君は、罠と心理戦だけで勝ったとか」
ローランは肩をすくめた。
「正直、信じられないね。帝国じゃ『力こそ正義』だ。そんな臆病な戦い方、評価されないよ?」
「臆病、か」
ヴァンは半身を起こした。
「じゃあ、計算してみようか。商人さん」
「計算?」
「ああ。例えば、正面から敵と殴り合ったとする」
ヴァンは指を折り始めた。
「兵士の治療費。破損した武器の補充。使い潰した魔導回路のメンテナンス費。戦死者への弔慰金。それに、消費した食料と弾薬」
ヴァンは冷淡に続ける。
「一回の戦闘で、どれくらい金が飛ぶと思う?」
ローランは眉をひそめ、空中で指を動かし始めた。
商人の血が騒ぐのか、ブツブツと計算を始める。
「……正規軍の装備なら、一人当たりの損耗率が……治療費が……輸送コストも馬鹿にならないし……」
数秒後。
ローランの顔色が変わった。
「……おいおい。小規模な紛争でも、軽く50万ゴールドは下らないぞ」
「正解だ」
ヴァンはニヤリと笑った。
「で、俺がやった『臆病な戦い方』の経費は?」
「……油樽数個と、情報操作のための工作員……」
ローランの声が震えた。
「……1000ゴールド、いかない……?」
「その通り」
ヴァンは指を鳴らした。
「1000ゴールドで、50万ゴールド分の戦果を上げた。利益率は500倍だ」
「……っ!!」
「俺は臆病なんじゃない。費用対効果が高いだけだ」
静寂。
ローランは口を半開きにして、ヴァンを凝視していた。
まるで、未知の生物を見るような目だ。
「……化け物か、君は」
「ただの貧乏性だよ」
「いや、違う!」
ガタッ!
ローランは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「君、すごいよ! 戦争を『損得』だけで考えるなんて、そんな発想、帝国の軍人には絶対にない!」
彼は興奮気味にまくし立てる。
「君、本当は何者なんだ!? ただの私生子じゃないだろ!?」
「だから言っただろ。ヴァン・ラーク・ヴァレリアンだ」
ヴァンは面倒くさそうに手を振った。
「俺は俺が得するために動く。それだけだ」
その夜。
ヴァンは一人、中庭に出ていた。
冷たい夜風が吹く。
頭上には満月。
だが、ヴァンの意識はそこにはない。
(……まだ見てやがるな)
視線がある。
夕方からずっと張り付いている、粘着質な視線だ。
ヴァンは溜息をつき、暗がりに向かって声を張り上げた。
「おい! いつまでコソコソ見てるんだ!」
返事はない。
ただ、風の音だけ。
「軍情局だろ? わかってんだよ」
ヴァンは懐に手を入れ、わざとらしく何かを取り出す仕草をした。
「出てこないなら、ここで大声で叫ぶぞ。『軍情局が学生をストーキングしてる!』ってな」
カツン。
足音がした。
建物の影から、一人の男が姿を現す。
目深に帽子を被った、特徴のない男だ。
「……勘がいいな、学生」
「お前らが下手くそなだけだ」
ヴァンは鼻で笑った。
「で? なんで俺を監視してる?」
「上の命令だ」
男は無機質に答えた。
「『ヴァレリアンの私生子』が、帝国に害をなす存在かどうか。見極めろとな」
「害ねぇ……」
ヴァンは肩をすくめた。
「俺が害になるかどうか、こんな遠くから見ててわかるのか?」
「……何が言いたい」
「効率が悪いって言ってんだよ」
ヴァンは男に歩み寄った。
「お前らが俺を疑ってるなら、俺も疑わせてもらう。俺は、自分にメリットのない監視は受け入れない主義でな」
ヴァンは男の目の前で立ち止まり、不敵に笑った。
「局長に伝えろ」
「……は?」
「『コソコソ嗅ぎ回るくらいなら、直接値踏みしに来い』とな」
男は目を見開いた。
「……本気か? 我らが局長、クラウス公爵に会いたいと?」
「ああ。どうせ逃げられないならトップと話を通しておきたい」
ヴァンは指先で男の胸を突いた。
「俺は取引がしたいんだよ。」
男はしばらく呆気にとられていたが、やがて低く笑った。
「……いい度胸だ、小僧」
男は踵を返した。
「伝えてやる。だが、後悔するなよ」
「後悔? するわけないだろ」
ヴァンは去りゆく背中に向かって呟いた。
「これも『投資』だ」
翌日、思いがけない『招待状』が届くことになる
【第五章・終】
***
読んでくださりありがとうございます。
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石造りの階段を降りきったところで、ヴァンは足を止めた。
背後には、能面のような無表情で従うメイド、シンカクがいる。
「俺たち、尾けられてるよな」
「はい。軍情局の人間です」
間髪入れず、涼やかな声が返ってきた。 あまりに即答だったため、ヴァンは思わず振り返る。
「……は?」
「正門を通過した時点から、計三名。継続して監視されています」
「い、いや待て」
ヴァンはこめかみを押さえた。
頭痛が痛い、というのはこういうことか。
「気づいてたなら、なんで言わない?」
「聞かれていませんでしたので」
シンカクは首を傾げることもなく、淡々と述べた。悪気? ゼロだ。だからたちが悪い。
「あのな……こういうのは『報告・連絡・相談』が基本だろ」
「特に問題ないと判断しました。あの程度では、ヴァン様の害にはなりません」
「放置って……」
ヴァンは深く息を吐いた。
この生真面目すぎる護衛に常識を説いても無駄だろう。
「つまりあれか? 俺が路地裏で刺されそうになるまで、お前は棒立ちで見物ってことか?」
「いいえ」
シンカクの瞳が、暗がりの中で冷たく光った気がした。
「ヴァン様に手を出す者は、私が殺します」
抑揚のない声。
まるで「明日の天気は晴れです」と言うような気軽さで、彼女は殺戮を断言した。
「……そうかよ」
ヴァンは苦笑いするしかなかった。
頼もしいというか、恐ろしいというか。
「まあいい。監視がいるってことは、逆に言えば『護衛』が増えたようなもんだ」
ヴァンは歩き出す。
「タダで使えるものは、軍情局でも使ってやるさ」
帝国軍事学院の学生寮。
そう聞いていたが、目の前にあるのは要塞だった。
飾り気のない灰色の石壁。
鉄格子のハマった小さな窓。
廊下には冷たい空気が漂い、どこかカビ臭い。
「……刑務所かよ」
ヴァンは呆れたように呟き、指定された303号室の重い鉄扉を開けた。
「おや、新入りかい?」
部屋の中で待ち構えていたのは、金髪の優男だった。
質素な軍用ベッドの上で、優雅に足を組んでいる。
「僕はローラン。よろしく頼むよ、ルームメイト」
人懐っこい笑顔。
だが、目が笑っていない。
典型的な「食えない奴」だ。
「ヴァン・ラーク・ヴァレリアンだ」
ヴァンは短く名乗り、荷物を放り投げた。
「ヴァレリアン?」
ローランの眉がピクリと動く。
「あの『ベルンハルト将軍』の親戚かい? ラークなんてミドルネーム、聞いたことないけど」
「隠し子だからな」
ヴァンはあっさりと言い放ち、シンカクへ視線を向けた。
「シンカク、アイリの様子を見てきてくれ」
「了解」
シンカクは無言で頷くと、同室のローランを一瞥した。
(……弱い。問題ない)
彼女の瞳がそう語っていた。
そして次の瞬間、彼女は窓を開け放ち、
ヒュッ!
三階の窓から、ためらいなく飛び降りた。
「うわああああっ!?」
ローランが素っ頓狂な悲鳴を上げ、窓に駆け寄る。
下を覗き込んだ瞬間、 シンカクは何事もなかったように、地面に着地していた。 まるで重力を無視したかのような、優雅な動き。
「……嘘だろ。人間じゃねぇ……Aランク? まさかSか……?」
「知らない、あいつは強いからな」
ヴァンはベッドに寝転がり、天井を見上げた。
「さて、ローラン。お前、商人か?」
ローランは振り返り、目を丸くした。
「なんでわかった?」
「部屋に入った瞬間、俺の荷物の価値を目算してただろ」
「……へえ」
ローランはニヤリと笑った。
その顔から、軽薄さが消える。
「鋭いね。ご名答。実家は商会をやってるよ。今はちょっと『ワケあり』で、僕が再起を図ってる最中だけどね」
彼は椅子に座り直し、探るような視線をヴァンに向けた。
「で、君さ。辺境で『とんでもない勝ち方』をしたって噂、本当かい?」
「とんでもない?」
「被害ゼロで敵を撃退したって話さ。普通、帝国軍なら『魔導回路』を全開にして突撃だろ? なのに君は、罠と心理戦だけで勝ったとか」
ローランは肩をすくめた。
「正直、信じられないね。帝国じゃ『力こそ正義』だ。そんな臆病な戦い方、評価されないよ?」
「臆病、か」
ヴァンは半身を起こした。
「じゃあ、計算してみようか。商人さん」
「計算?」
「ああ。例えば、正面から敵と殴り合ったとする」
ヴァンは指を折り始めた。
「兵士の治療費。破損した武器の補充。使い潰した魔導回路のメンテナンス費。戦死者への弔慰金。それに、消費した食料と弾薬」
ヴァンは冷淡に続ける。
「一回の戦闘で、どれくらい金が飛ぶと思う?」
ローランは眉をひそめ、空中で指を動かし始めた。
商人の血が騒ぐのか、ブツブツと計算を始める。
「……正規軍の装備なら、一人当たりの損耗率が……治療費が……輸送コストも馬鹿にならないし……」
数秒後。
ローランの顔色が変わった。
「……おいおい。小規模な紛争でも、軽く50万ゴールドは下らないぞ」
「正解だ」
ヴァンはニヤリと笑った。
「で、俺がやった『臆病な戦い方』の経費は?」
「……油樽数個と、情報操作のための工作員……」
ローランの声が震えた。
「……1000ゴールド、いかない……?」
「その通り」
ヴァンは指を鳴らした。
「1000ゴールドで、50万ゴールド分の戦果を上げた。利益率は500倍だ」
「……っ!!」
「俺は臆病なんじゃない。費用対効果が高いだけだ」
静寂。
ローランは口を半開きにして、ヴァンを凝視していた。
まるで、未知の生物を見るような目だ。
「……化け物か、君は」
「ただの貧乏性だよ」
「いや、違う!」
ガタッ!
ローランは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「君、すごいよ! 戦争を『損得』だけで考えるなんて、そんな発想、帝国の軍人には絶対にない!」
彼は興奮気味にまくし立てる。
「君、本当は何者なんだ!? ただの私生子じゃないだろ!?」
「だから言っただろ。ヴァン・ラーク・ヴァレリアンだ」
ヴァンは面倒くさそうに手を振った。
「俺は俺が得するために動く。それだけだ」
その夜。
ヴァンは一人、中庭に出ていた。
冷たい夜風が吹く。
頭上には満月。
だが、ヴァンの意識はそこにはない。
(……まだ見てやがるな)
視線がある。
夕方からずっと張り付いている、粘着質な視線だ。
ヴァンは溜息をつき、暗がりに向かって声を張り上げた。
「おい! いつまでコソコソ見てるんだ!」
返事はない。
ただ、風の音だけ。
「軍情局だろ? わかってんだよ」
ヴァンは懐に手を入れ、わざとらしく何かを取り出す仕草をした。
「出てこないなら、ここで大声で叫ぶぞ。『軍情局が学生をストーキングしてる!』ってな」
カツン。
足音がした。
建物の影から、一人の男が姿を現す。
目深に帽子を被った、特徴のない男だ。
「……勘がいいな、学生」
「お前らが下手くそなだけだ」
ヴァンは鼻で笑った。
「で? なんで俺を監視してる?」
「上の命令だ」
男は無機質に答えた。
「『ヴァレリアンの私生子』が、帝国に害をなす存在かどうか。見極めろとな」
「害ねぇ……」
ヴァンは肩をすくめた。
「俺が害になるかどうか、こんな遠くから見ててわかるのか?」
「……何が言いたい」
「効率が悪いって言ってんだよ」
ヴァンは男に歩み寄った。
「お前らが俺を疑ってるなら、俺も疑わせてもらう。俺は、自分にメリットのない監視は受け入れない主義でな」
ヴァンは男の目の前で立ち止まり、不敵に笑った。
「局長に伝えろ」
「……は?」
「『コソコソ嗅ぎ回るくらいなら、直接値踏みしに来い』とな」
男は目を見開いた。
「……本気か? 我らが局長、クラウス公爵に会いたいと?」
「ああ。どうせ逃げられないならトップと話を通しておきたい」
ヴァンは指先で男の胸を突いた。
「俺は取引がしたいんだよ。」
男はしばらく呆気にとられていたが、やがて低く笑った。
「……いい度胸だ、小僧」
男は踵を返した。
「伝えてやる。だが、後悔するなよ」
「後悔? するわけないだろ」
ヴァンは去りゆく背中に向かって呟いた。
「これも『投資』だ」
翌日、思いがけない『招待状』が届くことになる
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