英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

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第十八章:平穏はほんのひととき

戦棋店は、再び開店した。
いや、再びどころではない。以前よりも遥かに、盛況だった。

「いらっしゃいませ!」
「こちらの拡張パック、いかがですか!」
「限定版の駒も入荷しております!」

ローランの声が、店内に響き渡る。
彼の顔は、満面の笑みだった。
客が次々と押し寄せる。

貴族の子息。軍人の卵。中には、現役の将校らしき人物も。

チャリン、チャリン。
硬貨の触れ合う音が絶えない。

「……はは、止まらないな」

ローランは、魔導算盤を弾きながら、重厚な手提げ金庫に金貨を放り込んだ。
忙しい。けれど、これ以上の幸せがあるだろうか。


店から少し離れた場所。
露天の茶舗。

テーブルの上には、紅茶と小さな菓子。

「兄さん」

エレナが、白磁のカップを持ち上げた。
その所作は洗練されており、周囲の客が見惚れるほど優雅だ。
湯気が、ゆっくりと立ち上る。

「先日の戦術研討会、本当にすごかったですわ」

彼女の声は、普段の『氷の聖女』モードよりも遥かに柔らかい。
周囲の目もあって、彼女はいつものお嬢様口調のままだ。
けれど、その瞳はやけに柔らかい。

「父上……院長も、あの大元帥閣下にこの件を報告したそうですの」
「ほう」

ヴァンは、紅茶を一口飲んだ。

「大元帥閣下の反応が、面白かったそうですわよ」

エレナは少しだけ身を乗り出し、声を潜めた。まるで、二人だけの秘密を共有するように。

「『あの小僧、まだ何歳だ? 戦になると、なんであんなに冷酷なんだ』って」
彼女は、くすりと笑った。
「父上が聞いた時、すごく驚いたそうですわ」
「大元帥閣下が、そんなことを仰るなんて、って」

ヴァンは、内心で小さく呟いた。

(……実の父親にそう言われるのか)

そして、エレナに問う。

「エレナは、どう思う?」
「俺が、冷酷だと」

エレナは少しの間考えた。カップを両手で包み込みながら、視線を伏せる。

「……そうですわね」

彼女の声は、静かだった。

「確かに、冷徹ではありますわね。難民を利用するなんて、普通は選びません」

エレナは顔を上げ、ヴァンを真っ直ぐに見つめた。

「でも」
彼女の目が、真っ直ぐだった。
「兄さんは、勝つために最善を尽くしただけですわ」
「戦争は、綺麗事では済みません」
「それを理解している兄さんは、冷酷なのではなく――」

エレナは、花が咲くように微笑んだ。

「現実的なのだと、私は思いますわ」

ドキリ、とした。
ヴァンは少しだけ目を丸くした。

以前はもっとツンケンしていたはずだ。
それが最近、妙に素直というか……可愛げが出てきた気がする。
これが『デレ』というやつか? いや、兄に対する信頼の証か。

「そうか」
「……はい」
エレナの頬が、ほんの少しだけ赤くなる。
「私は、兄さんを、信じていますから」

ヴァンは、紅茶を飲みながら、ふと視線を遠くに向けた。

平和だ。
紅茶は美味いし、妹は可愛い。金も入ってくる。
だが――

(シンカク……)

もう、三日が経つ。
連絡は、まだない。
アイリからの報告もない。

大丈夫なのか。
何かあったんじゃないか。

「……兄さん」
エレナの声が、聞こえた。

「今週末、家に帰りますの?」
「食事、ご一緒できますわよね?」

ヴァンは、ぼんやりと答えた。
「ああ、多分」
「多分って……」

「さっきから、何か上の空ですわよ。……何か心配事でも?」

エレナが心配そうに覗き込んでくる。

「いや、別に」
ヴァンは首を振った。
「ちょっと考え事をしてただけだ。今夜の夕食、何にしようかなってな」

エレナは頬を膨らませたが、それ以上は追及しなかった。
ただ、カップを置いて、静かに言った。

「……無理は、なさらないでくださいね」
「私、兄さんの力になりたいですから」

彼女は、ほんの少しだけ視線を逸らした。
それでも、その言葉は真っ直ぐだった。

ヴァンは自然と笑みがこぼれた。

「ああ、ありがとう」
「頼りにしてるよ、エレナ」

エレナはパッと顔を輝かせ、慌てて視線を逸らした。

「べ、別に……当然じゃないですか。家族なんですから」

耳まで赤くなっている。
(やっぱり、可愛いやつだな)

ヴァンがそう思った、その時だった。


紅茶の香りが、風に混じる。
小鳥が鳴き、通りの喧騒もどこか柔らかい。
今日は――何事も起きそうにない午後だった。

その平穏は、突然破られた。

「失礼。ヴァン・ラーク殿だな」
低い声。振り返ると、黒衣の制服を着た男が二人。
胸には『帝都治安局』の徽章。腕章には「特務」の文字。

ヴァンとエレナが、同時に振り返る。

「我々は、帝都治安局『特別高等警察とっこう』の者だ」

男が懐から出したのは、黒革の手帳。そこに刻まれた『サクラと目』の紋章が、冷たく光る。
周囲の客が、息を呑んで視線を逸らした。関われば終わる――誰もがそう理解しているのだ。

(……特高か。軍の不祥事を扱うために、警察の中に作られた別動隊)
(なるほど。院長の息がかかった『憲兵隊』を外すために、わざわざこいつらを使ったのか)

ヴァンは瞬時に理解した。これは用意周到な罠だ。


「昨夜、ルートヴィヒ・アイゼンハルト少尉が襲撃された」

ヴァンの眉が、僅かに動く。
「……それが?」

「重傷だ。現在も治療中」
治安官は、冷ややかな目でヴァンを見た。

「ルートヴィヒ少尉襲撃の現場から、お前の所持品が見つかっている。本人もお前を犯人だと名指ししている」

周囲が、ざわついた。
茶舗の客たちが、興味津々にこちらを見ている。

「お兄様!」
エレナが、立ち上がった。
「これは、何かの間違いですわ!」
「お兄様が、そんなことをするはずが……」

「エレナ様」
治安官が、彼女を制した。

「我々は、ただ事情を聞くだけだ。逮捕ではない。……今のところはな」

彼の目が、ヴァンを見た。

「ご同行願えますね? 拒否権が無いことくらい、聡明な貴官なら理解できるはずだ?」

ヴァンは、ゆっくりと立ち上がった。
表情は崩していない。だが、脳内では高速で思考が回転していた。

(ルートヴィヒが襲われた。現場に俺の所持品。本人の証言)
(……あまりにも、雑で安直な手だ)

(だが、わざわざこんな手を使う理由は?)

(俺を、どうしたいんだ?)

所持品など、いくらでも細工できる。
証言も同じだ。――何者かに言わされているか。

「……馬鹿げている。だが、ここで抵抗して騒ぎを大きくするのは得策ではないな」
「いいだろう。同行する」

「お兄様!」
エレナが、彼の袖を掴んだ。
「私も一緒に……」

「大丈夫だ」

ヴァンは妹の頭にポンと手を置き、安心させるように、しかし他人に聞こえない声で囁いた。

「すぐ戻る。父上……院長には、まだ言うなよ。大事にしたくない」

「でも……」

「心配するな。俺は何もやってない。潔白はすぐに証明される」

エレナの瞳が潤んでいる。だが、兄の強い視線に、彼女は頷くしかなかった。彼女は毅然として、気丈に振る舞った。

「……身の潔白を証明し、必ず戻っていらしてくださいませ」
「私、お待ちしておりますわ」

「ああ」
ヴァンは、軽く笑った。

そして、治安官たちと共に歩き出した。



後ろ姿が、遠ざかっていく。
エレナは、ただそれを見送ることしかできなかった。
拳をぎゅっと握りしめる。

「兄さん……」

小さな呟き。

周囲の視線が、まだ彼女に注がれている。
だが、エレナは気にしなかった。

彼女の頭の中は、ただ一つのことでいっぱいだった。


遠ざかる兄の背中を見送りながら、エレナは唇を噛んだ。
このまま待っているわけにはいかない。
これは明らかに、兄を陥れるための罠だ。

(兄さんは言うなと仰ったけれど……こんな理不尽、黙っていられませんわ!)
(お父様……いえ、院長に知らせないと!)

エレナはスカートの裾を翻し、父の執務室へと走り出した。


ヴァンは、治安官に連れられて歩いていた。
街を抜け、大きな建物へ。

治安局。
重厚な石造りの建物だ。

「こちらへ」
治安官が、扉を開けた。
中は、薄暗い。

廊下を進み、一つの部屋に通される。

「ここで待っていてください」
「間もなく、取調官が来ます」

扉が、閉まる。
ヴァンは、椅子に座った。
そして、静かに考え始めた。

ルートヴィヒが、襲撃された。昨夜。重傷。

そして、現場から俺の所持品。
本人の指摘。

タイミングが、良すぎる。
いや、良すぎるどころじゃない。

店が軌道に乗ったと思えば、戦術で目をつけられる。
戦術で勝ったと思えば、今度は冤罪トラブルだ。
シンカクの件だって片付いていないのに。

(やれやれ……次から次へと、向こうからトラブルが全力疾走してきやがる)
ヴァンは溜息をつき、鉄格子の嵌まった窓を見上げた。
空は、曇り始めていた。


【第十八章・終】




***

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