英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

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第三十六章:局内対峙

大通りの喧騒が、まだ耳の奥に残っていた。

万歳の声。拍手の音。

ヴァンはそれを背中で聞きながら、倒れたスパイ二人の方へ歩いた。
足音はゆっくりと、わざと大きく。
万歳の声が、背中を押すように響いている。

「——お前たち」
二人が身構える。
ヴァンは両手を、ゆっくりと広げた。
「難しい立場にさせた。すまない」
声は低く、だが周囲に聞こえるように。

スパイの一人が、眉を顰めた。
「……特別監察官」

「俺を連れて戻れ。部長に報告しなきゃならないだろう」
「それは——」

「並んで歩いてくれれば助かる」
ヴァンは、少しだけ口元を緩めた。
「さっきは一緒に戦った仲だ。最後まで、一緒に歩こう」
「俺が逃げるとでも思われたら、お前たちの立場がもっとまずくなる」

スパイ二人が、視線を交わした。
長い沈黙だった。
周囲では、まだ群衆がはしゃいでいる。

スパイ二人が、まるで護衛のようにヴァンの左右についた。
拘束ではない。これは『凱旋』の隊列だ。
背後で湧き上がる民衆の万歳が、その証明だった。



スパイが左右に一人ずつ。ヴァンが真ん中。
魔力拘束具は着けられていない。逃げる素振りもない。

「さっきは助かった」

ヴァンは前を向いたまま、ぽつりと言った。

「俺一人じゃ無理だった」

スパイは何も答えなかった。

軍情局本部への道を、三人で歩く。
魔力拘束具は着けられていない。まるで同僚と並んで歩いているかのような光景だ。
だが正門まであと五十メートルという所で。

そこに人影があった。

十人近い完全武装の部下を引き連れた、特徴のない禿頭の男。
ディートリヒ・シュタイン監察部長が、仁王立ちで待ち構えていた。

「……正気か、貴様」
シュタインの低い声が、地を這うように響く。

この小僧……まさか、正門からたった数百メートルの大通りで、民衆の目を集めて白昼堂々やるとは。暴走した傭兵を始末するなら、必ず人目を避けるはずだと読んでいたのに。
完全に、裏をかかれた。



監察部の取調室には、窓がなかった。

魔導灯の青白い光だけが、冷たく室内を照らしている。

シュタインは机を挟んで、ヴァンの正面に座った。

部下が四人、壁際に控えている。

「——貴様ッ」

静寂を切り裂くように、シュタインの平手が机を叩いた。

パーンッ、と乾いた音が室内に反響する。

「特別監察官の肩書きがなければ、今すぐここで首を刎ねているところだぞ」

「はい」

「何が『はい』だ!」

「すべては、大局のためです」

ヴァンは顔色一つ変えずに答えた。

「帝国の臣民が危険に晒されていた。目の前で見過ごすことは、特別監察官として——」

「貴様が仕組んだんだろうがッ!」

シュタインの声が、怒りで低く濁った。

「移送ルートを調べた。人員の配置も調べた。そして——わざと人目につく場所に出たな!」

「……証拠はありますか」

「ッ……!」

シュタインの奥歯が、ギリッと鳴った。

室内が再び静まり返る。

証拠などない。抗命を着せようにも、外では「帝都を守った英雄」を称える民意が沸騰しているのだ。

「……貴様の行為は、軍情局の作戦を著しく妨害した」

「暴走した化け物を止めたのは事実です」

「証拠がないからと言って、無実だとでも思っているのか」

「証拠がないなら、それは『不測の事態』に対処した『正当な防衛行為』です」
ヴァンは身を乗り出し、シュタインの目を覗き込んだ。

「部長。あなたが日頃おっしゃっている『結果』だけを見ましょう。被害は最小限。暴走した危険因子は排除された。……あなたの望む『完璧な大局』ではありませんか? 礼を言われてもいいくらいだ」

ヴァンは追撃の手を緩めない。

「では、帝都の治安を守ることは大局に含まれないのですか。一般市民がノストラの禁忌術式に巻き込まれ、帝国軍への信頼が地に堕ちる——それこそが、取り返しのつかない大局の損失ではないですか」

「貴様が仕組んだ事態だろうが!」

「ですから、証拠はありますかと聞いています」

シュタインの太い指が、机の端を食い破るほどの力で握り込まれた。

「拘留しろ」

低く、ドス黒い声だった。

「軍法会議の準備が整うまで、こいつを地下の特別独房へ放り込め」

壁際の部下たちが一斉に動こうとした、その時だった。
廊下から、乱雑な足音が複数近づいてくる。
コン、と気の抜けたノック音。返事を待たず、扉が乱暴に開かれた。



「——いやァ、失礼しやすよォ」

ひどく粘り気のある声。ワイルドだった。

しかし、彼が主役ではない。ワイルドの後ろから、異様な集団が次々と室内になだれ込んできたのだ。

六人。全員が軍情局の識別章をつけているが、監察部の制服ではない。

白衣。薬品の染み。そして、どこか常軌を逸した冷たい瞳。

——魔薬部の局員たちだ。

「うちの『坊ちゃん』が、ずいぶんと厄介になっているようで」

「……誰だ、貴様らは」

「魔薬部の副部長でございます。現在休養中のヘルマン・クリーク部長より、ヴァン坊ちゃん……失礼、特別監察官閣下の『護衛』を厳命されておりましてね」

「クリークは魔薬中毒で倒れているはずだ!」

「へえ、少々キメすぎて養生しておりますが。ただ、坊ちゃんのことが心配で心配で夜も眠れないと仰りましてね」

ヘルマンの後ろから、次々と局員が前に出る。

「私、ヴァン坊が七歳の時に木の実で腹を壊したのを見ておりました」
「八歳の時に川に落ちるのも見ました」

五十代の女性局員が、にっこり笑った。

「ヴァン坊が本物だって、証明しなきゃいけないでしょ?」

ヴァンは思わず口を挟んだ。

「……なんで今、それを」

彼女は、ちらりとシュタインを見た。

「こっちにいる間、ちゃんと身元が分かる者がいないと、困るでしょう?」

一瞬で、室内の空気が変わった。
笑顔の裏に、護るための計算が透けている。
この人たちは——本気で、ヴァンを連れて帰るつもりだ。

ヴァンは内心で、盛大に脱力しつつも。
——まったく。

別の局員が、さらりと続けた。

「部長。我々は魔薬部の職務として参っております。ヴァン坊——特別監察官閣下は、クラウス局長の直轄でございます。局長不在時の身柄拘束については、各部長同格の合議が必要かと」

「……本官が代理権限を持っている」

「ええ。ただ、特別監察官は局長の直属です。部長の代理権限が、局長直属の監察官の身柄に及ぶかどうか——軍規の解釈上、些か曖昧でございますね」

シュタインの眼が細くなった。

「……造反するつもりか、貴様ら」

シュタインは理解していた。
ここで退けば、監察部の権威は終わる。
だが押し通せば——軍情局は分裂する。
それでも踏み込む。

「とんでもない」

副部長は笑顔を崩さない。

「我々はシュタイン部長の命令系統には入っておりません。クリーク部長から『坊ちゃんを傷一つつけずに連れ帰れ』と命じられれば——それに従うまでのことです」

「軍法会議に引きずり出されたいか」

「それはまあ、法廷で白黒つけていただければ結構かと」

「あっしからも一つ!」

魔薬部の屈強な局員たちの背後から、ワイルドがひょっこりと顔を出した。

「今日の一件、外の民衆の間ではもう『特別監察官閣下が帝都を化け物から救った!』と大騒ぎになっておりましてね。護国の英雄ですよ! それを今ここで、証拠もなく地下牢にぶち込んだとなれば——民心への影響がどうなることやら」

「貴様は何者だ!」

「あっし? 軍情局本局・資料室所属の末端事務員、ワイルドでございやす」

ワイルドはペラペラと身分証明書を振り回し、へらへらと笑った。

「ついでに言うと、今日の件の『記録作成』のために参りやして。いやァ、特別監察官の不当な身柄拘束なんて現場に立ち会っちまったら、あっしの首が飛んじゃいますわァ」

言いながら、ワイルドは魔薬部の列の後ろへとサッと隠れた。

シュタインは一度目を閉じ、深く息を吐き出した。
室内の空気が、限界まで圧縮されていく。
再び目を開けた時、その瞳からは官僚としての自制が完全に消え去っていた。

「……いいだろう」

静かに、だが明確な殺意を込めて宣言する。

「本官の代理権限が及ぶかどうか。それは法廷で決めればいい。だが今ここで、本官の命令に実力で逆らうというなら……」

規則で来たから規則で返した。だが——規則そのものを踏みにじる造反者は、規則の外で叩くしかない。
シュタインの拳が握り込まれ、体中の魔導回路が青白く発光し始めた。

その威圧感に、副部長の笑顔が初めて僅かに揺れた。

「容赦なく制圧する。——やれ!」

「ハッ!」

壁際の部下四人が一斉に軍刀を抜き放ち、ヴァンへと詰め寄る。

「おっと、乱暴な真似は感心しませんね」

副部長がにっこりと笑った瞬間、魔薬部の局員たちが一斉に動いた。

カチッ。

試験管が割られ、劇薬が揮発する。解剖刀に高密度の魔力がエンチャントされる。
笑顔の裏に隠された、魔薬部特有の狂気じみた戦闘態勢。

軍情局の心臓部で、身内同士の血で血を洗う殺し合いが始まる——その一歩手前まで、盤面は完全に沸騰していた。



【第三十六章・終】
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