富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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「白ネコちゃん」 Ⅳ

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 私は瀕死の重傷だったそうだが、奇跡的に助かった。
 病院へ運ばれ、3日後には意識を取り戻した。
 私が目覚めたのですぐに医者が来てくれ、その時に聞いた話だが、「偶然にも」私を貫いた弾丸は重要な臓器をそれほど傷つけず、一命を取り留めたそうだった。
 実際に私は多数の傷があれど、痛みはほとんど感じていなかった。
 騒ぎに駆け付けた警官隊に病院に運ばれたそうだが、私には一切の記憶は無い。
 それはどうでも良いのだ。
 私が目が覚めて真っ先に叫んだのはお嬢様のことだった。

 「お嬢様は! ヴァイオレッタお嬢様は御無事ですか!」

 医者たちは困惑していたが、すぐに警察の人間が来て事情を聞かされた。
 刑事さんが来て下さって、興奮する私を宥めながらいろいろと話してくれた。
 刑事さんはバセスクと名乗られ、今回の事件の担当になったと教えてくれた。
 
 「落ち着いて下さい。ヴァイオレッタ・クリステアさんは御無事ですよ。先にあなたとは別な方が病院に運んでくれたそうです」
 「そ、そうなのですか! ああ、神様!」

 バセスク刑事さんのその言葉に、どれほど安心したことか。 
 お嬢様も銃で撃たれたそうだが、今は治療を終えておられると聞いた。
 まだ私は混乱してはいたが、ヴァイオレッタお嬢様が御無事だということだけが重要だった。

 「一体、どなたがヴァイオレッタお嬢様を運んで下さったのですか? 屋敷の者でしょうか?」
 「いいえ、クリステア家にいた方々で生き残ったのは、ヴァイオレッタさんとあなただけです」
 「それではどなたが!」
 「それが……」

 バセスク刑事さんは躊躇っておられた。
 私とは別に、先に病院へ運ばれたということは、警察の方ではないのだ。
 屋敷の全員が死んでいたことはショックではあったが。
 あのお優しい御主人様と奥様はやはり……

 「あの?」
 「あのですね。これは事実なので申し上げますが、それが白い大きなネコだったのだと」
 「白いネコ!」
 
 私にはすぐに分かった。
 あの、毎日庭に遊びに来ていたあの白ネコか!
 でも大きな身体ではあったが、お嬢様をお運び出来るほどではない。
 一体どうやって?
 私の混乱を見て、バセスク刑事さんもようやくお話し下さった。

 「病院の関係者の証言です。それに病院の監視カメラの映像を我々も確認いたしました。確かに白い大きなネコだったのです。背にヴァイオレッタさんを乗せて来ました」
 「ああ、あの白ネコが?」

 私はどんなに感謝したことか。
 あの優しそうな、ヴァイオレッタお嬢様が可愛がっていたあの白ネコがお嬢様を助けてくれたのか。
 どうやら奇跡が起きたらしいが、詳しくお聞きすると本当の奇跡だった。

 「それでですね、信じられない話なんですが、そのネコは本当に大きな身体で」
 「そうですね?」
 「監視カメラの映像から、体長は5メートルを超えていたことが分ります。だからヴァイオレッタさんを背に乗せて運んで来られたのかと」
 「5メートル?」

 ではあの庭に遊びに来ていた白ネコではないのだろうか。
 でも、5メートルもの大きさのネコとは……

 「しかしですね、映像の続きを見ると、その巨大な白いネコは1.5メートルほどに変わっているんです! これは我々も上にも報告出来なくて困っているんです」
 「それは屋敷の庭によく来ていたネコです! 間違いありません!」

 私が興奮して言うと、バセスク刑事さんは困りながらも話を聞いて下さった。
 私が一ヶ月以上前からお屋敷の庭に入って来た白ネコの話をし、奥様とヴァイオレッタお嬢様が可愛がっていたことを話すと、全て信じてくれた。
 どう考えても1.5メートルのネコが5メートルにもなるわけは無いのだが、警察の方は全て納得されたのだ。

 「実はクリステア閣下のお宅の監視カメラの映像もあるのです」
 「ああ、なるほど」

 確かにお屋敷には幾つもの監視カメラが備えてあった。
 その映像のことだろう。

 「侵入者は全員顔を隠していました」
 「そうでしたね?」

 20人はいただろうか。
 全員が白い仮面を被っていたと記憶している。

 「そして全員が死んでいます」
 「なんですって!」

 私はてっきり犯人たちは逃げていると思っていた。
 バセスク刑事さんはまた困ったような顔で話して下さった。
 白ネコがお嬢様を運んでくれたのであれば、警察が犯人たちを斃したのではないのだ。
 それでは誰が?

 「それもあの白いネコです。最初は普通の大きなネコのようですが、庭であなたとヴァイオレッタさんを襲った三人が一瞬で切り刻まれました」
 「!」

 私は意識を喪う瞬間に見た、白い影のようなものを思い出した。
 あれが白ネコだったということか……
 私の驚きに、更にバセスク刑事さんがもっと驚くべきことを告げた。

 「その後、白いネコがお二人に近付いて、頭を撫でたように、いえ、爪を立てたように見えます」
 「爪……」
 「その後、侵入者たちが全員庭に出て、自動小銃で白いネコを撃っています。ですが白いネコは倒れず、それが、巨大化しまして……」
 「……」

 バセスク刑事さんは見たままを話して下さったのだが、とても信じがたいことだった。

 「その映像がありましたので、病院での現象も我々は受け入れたのです。もちろん公式な記録には残せませんが」
 「そうですか……」

 私もしばし思考が停止してしまった。
 あまりにも起きたことが信じがたい。

 「正直に申し上げます。あなたとヴァイオレッタさんは、到底助かる怪我ではありませんでした。全身に何発ものライフル弾を撃ち込まれ、幾つもの臓器を損傷したはずで、しかも多量の出血がありました。これは現実的な判断ではありませんが、白いネコの爪によって奇跡が起きたとしか思えません。もちろん、私の勝手な妄想でしかありませんが、そうでもなければ説明も付かないのです。病院へ運ばれた時にはまだ銃創は明白に残っていました。現場にあったライフル銃で撃たれたはずです。ですが、お二人とも内臓は損傷していませんでした。あり得ないことです」
 「……」

 あの白ネコは、ヴァイオレッタお嬢様と私の命を救ってくれたのか。
 それも現実にはあり得ないような奇跡の力を使って。
 愛らしい白ネコは、実はとんでもない力を持っていた。
 武装した襲撃者20名を一瞬で壊滅させ、死ぬはずだったヴァイオレッタお嬢様と私を助けてくれた。
 私はますます混乱したが、その一つの真実、ヴァイオレッタお嬢様を御救い下さったことだけはこの上ない感謝だ。
 涙が自然と流れて来た。
 バセスク刑事さんは私の手を握って下さった。
 この方もお優しい方だと感じた。
 警察の正規の記録には残せない内容を、私のような者に明かして下さっている。




 そしてまだ、バセスク刑事さんのお話は終わらなかった。
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