富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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蓼科文学・静子 Ⅲ

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 院長たちの話が終わった。
 みんなで拍手する。
 俺たちが院長たちの話を聴いているのは他の客も見ていたので、その人間たちも理由は分からずとも拍手してくれた。

 「あれ、新婚の肝心な話が出ませんでしたね?」
 「なんだ、石神?」
 「初夜のこととか?」
 「ふざけるな!」

 頭をはたかれた。

 「それよりタカさん!」
 「あんだよ」
 「白浜海岸での乱闘って!」
 「あ、ああ」

 院長たちが俺を見ていた。

 「やっぱりあれはお前だったんじゃないのか?」
 「え、えーと」
 「お前が暴走族だったのは聞いていたけどな。真っ赤な特攻服だったなんで最近になって知ったからな」
 「あぁー! 『虎は孤高に』ですよね!」

 亜紀ちゃんが叫ぶので頭をはたいて座らせた。

 「そうだよ。それにお前の火柱な」
 「まあ、どうでもいいじゃないですか」
 「タカさん、いいじゃないですか、今更」
 「お、おう」

 静子さんも目を輝かせて俺を見ている。

 「何で喧嘩になったんだ?」
 「えーと、あのー」
 「何だよ?」

 「あのね、ナンパしてたんですよ」
 「あ?」
 「そうしたらね、向こうのヤンキーの頭の女だったみたいで」
 「お前……」
 「その女も俺のことを気に入ってくれて。そうしたらあっちが仲間集めちゃって」
 「おい……」

 「しょうがないんで俺が全員と」
 「だからお前が一人でやってたのか?」
 「まー、そういうこって」
 「ばか!」

 頭を小突かれた。
 みんなが笑った。

 「聴かなきゃ良かったぞ」
 「すいません」
 「折角の新婚旅行の思い出がなぁ」
 「すいませんってぇ!」

 静子さんが大笑いしていた。

 「でも、石神さん素敵でしたよ?」
 「そうですか!」
 「もう相手をギッタンギッタンにして」
 「アハハハハハハ!」

 静子さんが普段は使わない言い回しで、みんなが笑った。

 「俺も! 茶屋で素敵な御夫婦を見ましたよ!」
 「ほんとか!」
 「すいません、今作りました」
 「お前ぇ!」

 


 みんなで店を出て、電動移送車に乗った。
 ゆっくりと走らせて景色を楽しんだ。
 隣に座った院長が言った。

 「お前とはあの時から縁があったんだな」
 「そのようですね」

 俺も話の途中で驚いた。
 お互いにあそこから随分と悲しみを乗り越えて来た。
 俺は親父を喪って傭兵になり、そして奈津江を喪った。
 院長は生まれて来るはずの子を喪い、そして広島の実家が山崩れに遭い、両親も親類も喪った。
 俺たちはその喪失の悲しみを乗り越えて再会したのだ。

 栞の居住区に戻り、最初に院長夫妻に風呂に入ってもらった。
 俺たちも順次交代で済ませる。
 子どもたちは「虎の湯」に出掛けた。
 俺も誘われたが、今日は院長たちの傍にいたかった。

 もう10時を回っている。
 院長たちはそろそろお休みになってもいい時間だ。
 でも、俺はお二人を誘ってヘッジホッグの展望台へ案内した。
 最高司令本部とは別の塔になるが、「マザー・キョウコ・シティ」と先ほどの「アヴァロン」が一望出来る。
 遠くにアンカレッジの灯も見える。

 「綺麗だな」
 「暴走族の喧嘩程度で終わってればよかったんですけどね」
 「そうだな」

 今は俺と院長夫妻だけだ。

 「ここは気に入ってもらえましたか?」
 「いい所だな。都市も素晴らしいが、人間が生き生きとしている」
 「そうですね」

 静子さんもそう言ってくれた。

 「断ってもいいんですよ?」
 「なんだと?」
 「遠くで俺の喧嘩を見ててもらってもいんです」
 「お前……」
 
 俺はお二人を見た。

 「院長と静子さんは、俺にとって一番大事な人間です」
 「お前、毎回俺たちをそうやって紹介してたな」
 「本当のことですから! 俺はお二人を護りたい! ここが世界で一番安全な場所なんです! だから俺は!」
 
 院長が俺の肩を叩いた。

 「分かってるよ。だから俺たちをここに来させたいんだろう?」
 「そうです。でも、ここは日本じゃない。お二人が慣れ親しんだ場所じゃない」
 「そうだな。でも俺たちはいいよ。ここに住み始めたら、ここが慣れ親しんだ場所になるさ」
 「そうよ、石神さん。あんなに素敵な場所もあるんですから。きっとここは楽しいわ」
 「すいません!」

 俺は頭を下げた。

 「お前は俺たちの息子のようなものだ。息子が呼んでくれたんだ。一緒に暮らそうじゃないか」
 「ありがとうございます」

 俺の始めた戦いに、大切なお二人を巻き込んでしまっている。
 そのことが俺の胸を締め付ける。
 
 「俺はこのまま静かに終わって行くのだと思っていたぞ。それがどうだ? お前のお陰で俺はまた楽しみがどんどん増えて行く」
 「院長……」
 「そうよ、石神さん。私も文学ちゃんもね、最近とっても身体の調子がいいの」
 「ああ、あのゴキブリの翅のお陰か」
 「はい?」

 静子さんが院長を見た。

 「院長!」
 「あ、ああ! 何でもないんだ」
 「どういうことですか?」
 「いや、だからな。石神がだな」
 「院長! 俺のせいにしやがってぇ!」
 「だってお前がやったんだろう!」
 「もう!」

 静子さんは「Ω」の粉末のことを知らない。
 黙って料理に混ぜて召し上がってもらったからだ。

 「二人とも! 話して下さい!」
 
 俺は双子が開発した巨大ゴキブリの翅に医学的にとんでもない効果があることを話した。

 「前に大妖魔に殺され掛けましてね。その時に俺が試して。ああ、その前にロボが死に掛けていたんで、もしやと……」
 「ゴキブリ!」
 「あのですね! ちょっと一般のものとは違うんですよ!」
 「でもゴキブリなんでしょう!」
 「そ、そうなんですが、ああ! 今は宗教も持ってるんですよ!」
 「!」

 俺と院長がオロオロして必死に説明した。
 院長が顔に大汗を掻いている。
 突然静子さんが大笑いした。

 「アハハハハハハ!」

 「「……」」

 俺も院長も顔を見合わせた。

 「もう! 本当に酷い人たちね!」
 「すいません!」
 「すまん!」

 「もういいですよ。本当に元気になったんだから」
 
 院長とホッとした。

 「もう一つあったけどな」
 「院長!」
 「あ!」

 「なんですか!」
 
 院長が俺の後ろに隠れた。

 「ヘビの皮をですね」
 「ヘビ!」

 必死にまた御堂家のオロチの話をした。
 今度は静子さんは笑わずに、次はちゃんと話すようにと言った。




 初めて静子さんの怒った顔を見た。
 院長とクスクスと笑っていると、後ろから頭をはたかれた。
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