アドヴェロスの英雄

青夜

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西池袋の邂逅

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 高島平のガスタンク爆発の後、俺は早乙女さんから先に帰るように言われた。

 「もうここに磯良がいる必要はないよ。ご苦労様」
 「でも、早乙女さん」
 「大丈夫だよ。ああ、どこも怪我はないよね?」
 「はい」

 早乙女さんはいつも俺のことを心配してくれる。

 「今日も俺を守ってくれたね、ありがとう」
 「いえ! 守られたのは俺の方で。あれは何だったんですか?」

 俺は気になっていたことを早乙女さんに問い質した。
 しかし、早乙女さんは笑って答えてくれなかった。

 「俺も一応は「アドヴェロス」の責任者だからね。それなりの切り札はあるんだよ」
 「どのようなものなんですか?」
 「それは磯良にも教えられない。すまんな」
 「いえ、いいんですが」

 俺は一瞬だが、強大な力を感じた。
 この俺でさえも防げるか分からないほどの力だ。
 それが確かに早乙女さんの身体から発せられた。
 この人には能力は無いと思っていた。
 何も感じたことは無かった。
 しかし、あの一瞬だけは違った。

 「じゃあ、すみません。お先に失礼します」
 「ああ、お疲れ様」

 俺はハーレーに乗って現場を後にした。

 帰り道で、俺はまた早乙女さんが言う「切り札」について考えていた。
 俺は能力の一貫で、他人が使う「能力」を察知することが出来る。
 もちろん、完全なものではない。
 しかし、今まで出来なかったことはほとんどない。
 「アドヴェロス」の仲間だって、全員の能力は分かっている。
 十河さんの「分子融合・サイコブラスト」も、愛鈴さんの変身能力も分かった。
 葛葉さんも麻生さんも桐谷さんも、他の人も全員分かる。
 そして、凄まじい能力の十河さんであっても、万一敵になれば対抗できる。
 それは、相手の能力が分かるからだ。

 しかし、先ほどの早乙女さんの能力は分からなかった。

 俺はバイクを走らせながら、別の人間のことを考えていた。

 石神姉妹。
 あの二人も能力者だ。
 しかし、全くどういう能力なのかが分からなかった。
 格闘技が強いのは分かる。
 あの物腰からいって、相当なレベルだ。
 身に着けた格闘技だけで、大抵の人間は斃せる。
 だが、もちろんそれだけではない。
 もっと恐ろしい技を持っている。
 そのことは、確信している。
 そして、何度もそれを使っている。
 俺と同様に、あの二人は人を殺している。

 しかも、俺がそれを悟ったことを分かっている。





 池袋の自宅に戻ったが、今日は食事を作る気力が無い。
 外で何か食べようと思った。
 駅前には、幾らでも飲食店がある。

 西池袋のステーキ屋に向かった。

 「「あ」」
 「!」

 石神姉妹がいた。
 丁度皿が片付けられるタイミングで、食べ終わった皿が10枚ほどあった。

 「磯良じゃん」
 「何してんの?」

 「いや、そっちこそ!」

 俺は隣のテーブルに呼ばれた。
 そこは二人の料理の仮置きのために設けられた席のようだった。
 すぐに次の注文が来て、どんどん置かれた。
 石神姉妹が自分の前に皿を持って行く。

 「まだ食べるんですか?」
 「うん、シチューだけじゃちょっとね」
 「いつもここで軽く食べてから行くんだ」
 「軽いのかよ!」

 俺はよく来るから分かるが、最大の1ポンド(450g)サイズだ。
 後から気付いたが、二人のテーブルの下には寸胴とでかいリュックが置いてある。

 「あんたも良かったらそこのを好きに食べなよ」
 「私らの奢りだよ」
 「いや、自分で注文しますから」

 石神姉妹にとっては、俺の食事など支払いに影響は無いだろう。
 しかし、謂れもなく奢ってもらうわけにはいかない。

 「だけど偶然だね。磯良はこの辺に住んでるんだっけ」
 「そうですよ。この店にもよく来ます」
 「へぇー、お金持ってるんだね」
 「お二人には到底及びませんけどね」

 石神姉妹が顔を見合わせて笑った。
 シチュエーションはアレだが、非常に美しい。
 本当に何かの冗談のようだ。
 外見も、また食べる所作も美しい。
 育ちが良いことが伺える。
 しかし、その結果は恐ろしいほどだ。
 次々と皿の肉をカットして口に運んで行く。
 数回咀嚼してどんどん呑み込んでいく。
 天使型のブラックホールだ。

 「それで、どうしてお二人はここに?」
 
 俺は聞いてみた。

 「うん、小学生の頃から通ってる家があるんだ」
 「大事な人なんだよ。タカさんもお世話になってる」
 「へぇ」

 よく分からない。
 池袋にはヤクザが多いが、あの石神高虎が「世話になっている」ということは無いだろう。

 「月に一度はね、食事を作りに行くんだ」
 「泊まりでね。私たちの楽しみなんだよ」
 「そうなんですか」

 具体的には話してはくれないが、俺なんかにちゃんと教えてくれる。
 何故かは分からないが、信用はされているらしい。

 「磯良は自分で料理はしないの?」
 「いいえ、なるべくするようには」
 「そうなんだ」
 「美味しいの?」
 「それほどでは。でも胡蝶はよく食べたがりますね」

 「「!」」
 
 石神姉妹の顔が輝いた。

 「決まりだね」
 「やったね」

 「え?」

 「今度、ご馳走してよ」
 「はい?」

 「磯良の料理って楽しみだな」
 「いつにしようか?」
 「ちょっと待って下さい」
 「あれ、私たち十分にご馳走したと思うんだけど」
 「いや、あれは!」
 「ああ、足りなかった?」
 「いいえ、そういう訳では。あんな高級店の食事でしたし」
 
 何か言い込まれている気がする。

 「あー、良かった!」
 「なんだ、心配しちゃったじゃない!」
 「あの……」

 「じゃあ、来週末にしようか」
 「そうだね。私たちも特に予定はないよね」
 「え」

 「「そういうことで!」」

 石神姉妹は笑って席を立った。
 入り口で会計をしているのを見たが、「ブラックカード!」という店員の声が聞こえた。

 美しい姉妹は、寸胴とでかいリュックを抱えて出て行った。




 俺は胡蝶に話すかを悩んだ。
 そして、一体どれほど食材を揃えなければならないのかを悩んだ。
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