5 / 16
第1章
古典の王子様との再会②
しおりを挟む「授業が始まりますが、何処に行くんですか? 常春さん、海堂さん」
うららがぶつかったのは、今まさに話題に上がろうとしていた冬木至だった。
彼はというと相変わらず全身草臥れたスーツ姿で、上着を脱いでいる為にダサさと格好良さの中間を攻める絶妙なセンスのセーターが露わになっていた。そして、恐らくそれほど手入れがされていない艶を失った黒髪に、一昔前に使われていたであろう牛乳瓶の底の如く分厚いガラスの眼鏡といった垢抜けない雰囲気と格好である。
しかし、生まれて初めての恋に侵されたうららの瞳にはその姿はまるで、自分の事を迎えに遠路はるばる日本までやって来た何処かの国の王子様のように映った。至を前にすると、チカチカと目の前が煌めき目が醒めるような心地である。
「はぁ!? センセー、ウチらそれどころじゃないんです~。不要不急の話が————」
「至センセーっ!! 昨日ぶりっ♡」
「ちょ、うらら!? どした!?」
百香は声がワントーン上がり、薄桃色のクリームチークをはたいた頰をさらに染めてはにかむうららの豹変ぶりに再び驚いた顔を見せる。
「はい、おはようございます。⋯⋯体調が優れないのでしたら保健室に行くことを許可しますが、元気ならきちんと授業を受けてからにして下さいね」
「はいっ♡」
「⋯⋯⋯⋯」
目をハートにし、あからさまに媚を売るうららを見た百香の表情からはドン引きしている事がひしひしと伝わってきた。
「ね、ねえ、うらら⋯⋯アンタもしかして⋯⋯⋯⋯」
「さ、ももちぃ戻るよ! 至センセーの授業をサボるなんてあり得ないからっ!!」
「⋯⋯いや、今までサボってたアンタが言うなし」
✳︎✳︎✳︎
行儀よく椅子には座ってはいるものの、至の姿を凝視し記録する事に脳内メモリーの大半を割いている為、肝心の授業内容は殆どが右の耳から入って左の耳からそのまま通り抜けて行く。
心ここに在らずといったようすでぽーっと惚けた顔をして至を見つめるうらら。そんなうららを隣の席で引きつった顔をして見ている百香。
授業が終わっても尚、教壇を見つめて悩ましげなため息を吐くうららの肩を百香の指がツンツンとつついた。
「ねえ、うらら。今更聴くまでもないけど一応確認させて。アンタの好きな人って————」
「あ、分かっちゃった? そう、冬木至センセーがあたしの運命の人♡」
両手を頬に当てて「恥ずかしい♡」とモジモジと身体をくねらせるうららを、本日何度目かの驚愕の視線で見つめる百香は暫しフリーズした後、ハッとして声を荒げた。
「どしてそうなった!? あーいうタイプ、うらら一番嫌いじゃんっ!!」
「嫌いだった人を好きになるなんて良くある事じゃん? てか、それこそがロマンスのセオリー的な?」
「いや、それにしてもさあ⋯⋯。ごめんだけど、うららの趣味わからんわ⋯⋯⋯⋯」
「いや、分かられても困るから。あたし、同担拒否だから」
「うん、同担になることは一生ないから安心しろ」
「良かったぁ! ももちぃとの友情終わるかと思ったわ~」
「アンタ、恋すると豹変するタイプなのね⋯⋯⋯⋯」
「なんのこと⋯⋯⋯⋯?」
百香は「頭が痛い⋯⋯」と言って額に手を当てる。そして、深くため息を吐いた後、再び口を開いた。
「しっかしあのダサセーター、何とかならんのかね~」
「はぁ!? 何言ってんのももちぃ! あのセーターシンプルでめっちゃかっこいいじゃん!? 良い男は華美に着飾らないんだよっ!」
「⋯⋯ボサボサの髪もありえない。せめてとかしてこいよ」
「うんうん、無造作ヘアはセクシーだよね。わかる」
「⋯⋯⋯⋯授業中かける眼鏡がダサい。とにかく、ダサい」
「メガネによるギャップの演出! 至センセー、自分の魅せ方分かってるゥ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何より、25歳なんてオジサンじゃん! うららならもっと良い人いるでしょ!?」
「歳上男性万歳! 素晴らしきかな、大人の魅力と包容力! てかあたし、昨日気付いたんだけど歳上好きだから」
うららが間髪入れずに答える度に、百香との距離が離れていく。心の距離に比例して物理的な距離も、だ。
「怖っ!! 全てに言い返してくるし、全てポジティブに捉えてんじゃん⋯⋯。そんなんうららだけだわ。逆に尊敬する⋯⋯⋯⋯」
何処か遠くを見つめる百香は小さな身体を自らの両腕でギュッと抱き締め、震え声で言った。
「あたしだけがセンセーの魅力をわかってれば良いの! もう至センセーしか勝たん!! BIG LOOOOVEッ♡」
「はいはい⋯⋯⋯⋯とりま、放課後オケるよ」
そこで洗いざらい吐かせる、とギラリと光る百香の瞳が物語っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる