神奇譚〜the embodiment of deus〜

名古屋市役所前

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予兆

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ったく、早く起きなさいよね…。
 このままだと、私はあなたを殺めなくちゃならないわよ。
 だからお願い、目を開けて…。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺は両親を知らない。
 3歳の時に失った。
 もう14年も前のことだ。
 いや、まだ14年しか経っていないのか。
 勿論写真は何度か見ているから、ぼんやりとは親の顔、雰囲気は浮かんでくるのだが、まるでそれは昨日の夢のようにあやふやなものでしかない。

 それから祖父母に引き取られたが、祖父は高齢、祖母は怪我のために介護施設へ入った。
 俺は親戚をたらい回しにされ、最後は母方の叔父のところに落ち着いた。
 叔父は独身だった。
 最初俺は、中学卒業で就職する筈だったが、祖父母の貯金を崩し、高校へ入学、大学進学も視野に入れることができた。
 
 中学卒業まで、学校生活には困らなかった。
 叔父は授業参観や運動会を見に来ることはなかったけれど、それでも必要なものは取り揃えてくれたし、必要な時は弁当も用意してくれた。
 小さい頃は時々祖父母に電話をかけるのが楽しみだった。
 だからって叔父が嫌いだったわけじゃない。

 そしてこれは俺が高校2年生の時の話。
 その日、ちょうど叔父も出張で家を開けていた。



 【2011年 11月 京都】


「マジでここに入るのか…。」

「良いじゃん、こういうところが穴場なんだよ。金閣寺とか清水寺とかは人多そうだし、明日も行けるからさぁ。」

「だからって、誰もいないぜ?ここ。」

「ほら、入場料300円だってさ。安いじゃん。
 ねぇ、川本さんもそう思わない?」

「え、えぇ。」

 川本は急に振られて動揺したのか、言葉にならず、ただ首を縦に振っている。


 俺たちは修学旅行の班別行動で京都観光をしていたところ、小さな古い美術館にたどり着いた。
 少し古風過ぎる気もするが。
 メンバーは4人、俺 原田徹と、スポーツ万能リア充の大介、よく喋るお節介女の島田、成績優秀でおとなしい川本。
 なんか俺って酷いな。
 これは一側面であって、実際いい奴らだ。
 特に大介。
 俺の数少ない古くからの友人。
 俺はアイツのことリア充みたいに言ってるけど、アイツ彼女いないし…。
 俺なんかより気前よく振る舞うことができるのは事実だが。


「意外と結構広いんだな。」

「そうねぇ。でもなんか雰囲気あるじゃない。」
 

 エントランスに大きな像。
 等身大か?
 えっと、…
 これは…ヘラクレス…か。

 この辺はギリシアコーナーらしい。
 セッコウ像が多く並べてある。
 一部は頭だけ、一部は全身。
 冠などの装飾品もある。

 なんか…すごいな…。

 
「おーい、徹、早く行こーぜ。」

「あ、おう。」


 俺はなぜか古代ギリシアの美術品に釘付けになっていた。
 なんだあの感覚…。
 久しぶりに何かに夢中になった気がする。
 また帰りに見て帰ろう。
 ここ写真撮ってよかったけ。
 ダメだよな、きっと。

 それにしても人気が全くない。
 客だけじゃない。
 職員も受付の人以外いないのかここは。


「ここ来てみろよ。
 日本絵画のギャラリーがあるぜ。」

「本当だぁ、ほらこっちも見てよ、………
 ……………
 ……………


~~~~~~~~~~


 結局俺たちは、3階建ての美術館の全美術品を1時間かけて見きった。

 そしてまた戻ってきてしまった、このコーナー。
 どうしてここの像はこれほど俺を魅了するのか。

 今、大介と島田はトイレに行っている。
 …この表現はまるでつれしょんしているように聞こえるからこれからはやめよう。
 じゃあ何て言うんだ、まぁどうでもいいや。

 残された川本はベンチに座っている。
 あいつは元々口数が少ない上に、島田や大介としか話さないから、俺と二人きりの状況は苦しい。
 それに大介のやつに惚れてるらしいからな。
 彼女にとって俺は邪魔らしい。
 大介といると稀に、不機嫌な顔で睨まれることがある気がする。
 それに気づかない大介はどれほど鈍感なのか、いつも思う。
 川本、美人なのに勿体無いなぁ。
 川本と大介の恋路の邪魔をするつもりはない。
 今はそんなこと関係ないか。

 でも今回はセッコウ像がある。
 俺の心はこの気まずい状況を物ともせず、この美術品に耽っていられる。

 たくさんある作品の中で一際俺を惹きつける一品を見つけた。
 どこかで見覚えのある顔つき。
 まさか。

「いや、確か…。」

 思い出した、確かカバンの中に…。
 ほら、あった。
 学校指定のカバンの内ポケットのチャック…、
 ここに取り付けたのは金のアクセサリー。
 小さなコインが付いている。
 ここに彫られたこの顔、そっくりとまでは言わないが、どこか似ている。
 誰の顔なのだろう。

 これは2年前、祖父の蔵で見つけた親父の物品。
 ほら、こうやって並べてみると…。


 カッ!!!


 「うわぁ!まぶっし!!」


 どこから出たのか。
 強い閃光が俺の目を打った。
 目が開けられない。
 その途端、目眩が俺を襲った。
 頭が痛い。
 俺の意識はそこで崩れ落ちた。




「ねぇ、聞こえる?おーい。
 ちょっとー、ねぇ。返事してちょだい。」

「あら、これは? 
 …ペンダント、かしら……?
 これは!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 

【回想】


 2年前ちょうど中学を卒業した頃、俺は祖父から連絡を受けた。
 内容は遺産相続の話だった。
 俺は未成年だから代理人を立てる必要があったが、その前に財産を見てもらいたいと言うのだ。
 俺は祖父の車椅子を引いて、かつて祖父母が住んでいた田舎の家を訪れた。
 親父も幼少期をここで過ごしたそうだ。
 築70年を超える古い空き家だが、土地は広い。
 筍の生える裏の山、手入れされていない段々畑、道路を挟んだ向かいにある6枚の田、全て祖父の土地だという。
 一通り紹介が終わったところで、ここにある建物の中でも一際古い寂れた蔵へ入った。


「ここは…?」

「お前の父親の物置じゃ。
 ここにあるもんは全部あいつの集めたもんでのう。」

「これ…全部?」

「そうじゃ。余程の旅行好きでな。
 世界各地を回っては帰ってくる度に変なもんを持って帰っての、ここに置いとったんじゃ。」


 量が半端じゃない。
 窓も照明もなく、暗くてよく見えないが、棚にギッシリガラクタが詰まっている。
 ガラクタと言っちゃ申し訳ないが、俺には何がどれ程の価値があるのか全く見当もつかない。


「元々は家畜小屋でな、それを蔵にしたんじゃ。
 もう古いから取り壊そうとも思ったんじゃが、中にこんなもんが詰まっとたもんで、どうしようもなかったんでの。」

「でも、俺に言われたって…。」

「いらんかったら捨ててくれりゃあいい。
 でもお前の父親が残したものがこれ限りでな、処分するにもできんかったんじゃ。」

「……。」

 大きな皿に、亀の置物…。
 さらにこれは確か…マトリョーシカ人形。
 ダルマのような木の人形の中に小さな人形が入っている有名な玩具。
 親父、ロシアにも行ったのか。

 数ある物品の中で一つ異彩を放つ物があった。
 これが際立って見えたのは俺だけだろうか。
 どこが特別と聞かれても答えづらいが、この表情は何か俺に語りかけてくるような雰囲気があった。
 はたまた、ただ目に付く所に置いてあったためなのか。

 金色のコインに鎖が通されてある。
 色褪せてはいるが、表に横顔、裏にフクロウが彫られたコインだ。
 文字も彫られている。
 …Ἀθηνᾶ…。

 いや、読めるかい!
 …って、外国語が読めないことに元気につっこんでも仕方ない。

 親父の形見ということもあったので、このコインを含めて一部は持ち帰ることにした。
 流石に全部は無理だ。
 俺の部屋がパンクする。

 相続の件に関しては叔父が代理人になることで解決した。
 わざわざ今相続手続きしなくてもとは思ったが、祖父は今年で93、俺も20歳まで5年弱あるしなぁ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そうだ、思い出した。
 あの時のコイン。
 この像と同一人物だとしたら、このコインの人物もギリシアに関係するはず。
 とすれば…。


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