図書と保健の秘密きち

梅のお酒

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1 遅刻(倉田)

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桜舞い散る今日この日、新たな学生生活に私の胸を躍らない。
それでも入学初日から学校をさぼるなんてことはできるはずもなく、とりあえず新しい制服に身を包む。
別に私は不良ってわけではない。たまに喧嘩したり、たまに学校をさぼる程度だった、ような気がする、、ほんとたまに、、、。改めて振り返ると周りからは不良と思われていたのかもしれない。怖い怖い。
そんな私だが、中学までの成績は良いほうで、これから通う高校もそれなりに学力が高かったりする。
この高校を選んだのは家から一番近いから。授業が終わってすぐに帰れるようにだ。
そんなどうしようもない動機でよく受験勉強に励めたものだと我ながら感心する。

いつからこんなにつまらない人間になってしまったのだろう。
幼稚園に通っていた時の記憶はあまりないが友達はいたような気がする。
小学生の時もそれなりにいたはず。中学は、、、
思春期にこじらせたのか?いやどうだったか。
あんまり昔の自分を思い出すことができない。

そんなことを考えているうちに時間が迫っている。
今日は入学式でさぼることはもちろん、遅刻もできない。
別に友達は無理に欲しいとも思っていないが、高校からは少しだけまじめで平凡な生徒になろうと思ってたりする。だから初日にやらかして浮くのは勘弁だ。
急いで支度をし、玄関に向かう。
「いってきます」
「いってらっしゃい、気をつけてな」
奥からおじいちゃんの声が聞こえる。

外に出ると暖かい日差しと心地よい風を感じた。
満開に咲いた桜も相まって春が春を全開で表現してくる。
この辺にはあまり高校はなく、家から一番近いといっても自転車で15分はかかる。
自転車にまたがり、入試の時に通った高校までの道のりを思い出す。
記憶はあいまいで、とりあえず高校の方角に向かってペダルを漕いだ。

ちょうど半分くらいまで来たところか、いや本当は今どこにいるのかあまりよく分かっていない。
たかだか15分の距離で迷子になるとは情けない。
遅刻ギリギリか?もう遅刻するくらいなら休んでしまおうか?
そんなことを考えながらペダルを漕いでいると、目の前に小さくうずくまって泣いている女の子を見つけた。
ランドセルを背負っているからおそらく小学生。
私は入学式だから少し遅い時間帯に登校しているが、小学生はそろそろ授業が始まる時間帯だろう。
どうするか?声をかければ間違いなく遅刻は確定。
それでも目の前で泣いている子供を放っておくのは心が痛む。
冷めた人間の私でも、そこまで冷酷ではない。
友情とかの類の人間関係が面倒なだけで、これはまた別の話だ。
私は自転車から降り、女の子に近づく。
「どうしたの?」
女の子は泣きながらこちらを向いた。
「ストラップが、ないの、、、ランドセルに、、つけてたのに。お姉ちゃんからもらった、、大切な、、、ストラップが、」
女の子は嗚咽でのどを突っ返させながら必死に説明してくれた。
「そうか、それじゃあ私も探してあげるから泣き止んで」
私のバカ。普段はむすっとしているのに困っている人を見ると放っておけない。
はい遅刻確定。もう欠席しよう、そうしよう。
なんて心の優しいバカ女。
そんなことなら普段から誰にでも柔らかく接しとけよ。
女の子はそう言う私を見てようやく泣き止んだ。
「ほんと、、、?ありがとう!」
かわいい。女の子の笑顔を見て、思わず頬が緩む。
私はどこかの変態おじか!
「それじゃあどこから探そっか」
「んー、家を出た時はついてたから、家からここまでの間にあると思う」
「そっか、それじゃあ家まで戻りながら探しますか」
私は女の子の歩く速さに合わせて自転車を押す。
小学生の歩幅は小さく、私の1歩が女の子の3歩。
自分も小さいときは母にゆっくりな歩調に合わせてもらっていたのだろう。
今では想像もつかないが、昔は父と母とよく出かけていた。買い物をしたり、旅行に行ったり。
仲もそれなりに良かったと思う。そんなに覚えてないけど、、
いつからだろう、ほんとにいつからか、、
ぎこちなさは突然ではなく徐々にできていた。
そのぎこちなさは親だけでなく友人とも、、、
特に何かきっかけがあったわけではない。私が変わったのか、相手が変わったのか。
いつしか私は誰にでも心を閉ざすようになった。閉ざすというより隠すという表現が正しいかもしれない。
開かれたままの扉をだれも見えない海の底に沈めた。扉の中には大量の水が流れ込み私の心を重たくし、より深くに沈めていく。
本当は海の底から飛び出したいのに、入り込んだ水のせいで浮き上がることができない。

今頃高校では、顔も知らない同級生が入学式で長い校長の祝辞を聞いていることだろう。
近くに座る初めましての同級生ときれいに椅子が並べられた体育館にそわそわしながら。
ほとんどは新たな学生生活に期待を募らせ、校長の話を真面目に聞いているのだろう。
入学式と卒業式の時だけ校長の話はつい真剣に聞いてしまう。
緊張の混じる入学式と感動であふれる卒業式。
たった2回の校長晴れ舞台のうち1回分を見逃した私は少し申し訳ない気持ちになる。
いやもちろんまじめな人は毎回ちゃんときいてるだろうけど。あれ?不真面目は私だけかな、?

探し始めてどれくらいたっただろう。おそらく2時間以上は経っていた。
それだけ探して見つからなくても音を上げない女の子。かなり大事にしていたものなのだろう。
ところで私はもう学校に関して諦めているが、この子は学校に行かなくて大丈夫なのだろうか?
この時間だと小学校は3時間目に突入したあたりだろうか?
「ねぇ、君は学校に行かなくて大丈夫なの?」
「んー、大丈夫じゃない。でも、、、ストラップがないほうが大丈夫じゃない」
「そうか。でも、親も学校の先生も心配してるかもよ」
「んー」
女の子は黙り込んでしまう。すると突然女の子は一点を見つめ声を上げる。
「あ、お母さん」
お母さん?そう呼ぶ女の子の目線の先には女の子の母親らしき女性が立っていた。
「なんでこんなところにいるの。学校はどうしたの!」
その女性は女の子を抱きしめる。語気は荒いがその女性の目からは少しだけ光っていた。
それを見てこれが愛情ゆえの叱りであることがよくわかる
「だって、、、ストラップが、、、」
そんな女性の表情につられて、女の子も泣き出してしまう。
「もう、どれだけ心配したと思ってんのよ、、」
お母さんらしき女性は女の子を強く抱きしめる。しばらくその状態が続いていたが、しばらくして女性は私に気が付く。
「あなたは?」
「私はその子と一緒にストラップを探してたものです。」
「そっか。なんかごめんね付き合わせちゃって。制服着てるようだけどあなたは学校大丈夫なの?」
「いえ、大丈夫ではないような、でももういいような?」
学校はもう諦めていたが、直接聞かれると返答に困る。
「あなたその制服、もしかして福徳高校の学生さん?もしかして新入生?」
「ええ、まあそうです」
「福徳高校って今日入学式じゃなかったかしら」
「ええ、まあそうです」
あらら、なんで知ってるんだこの人?
「連れってってあげるから車に乗って」
連れてくって、どこへ?
話の流れからして福徳高校か?
そんなことを考えているうちに車に押し込まれてしまう。はたから見たら誘拐現場のように見えるが、女の子の母親であると思われるので、とりあえず流れに身を任せ、車に押し込まれてみる。さらに女性は車のトランクに私の自転車をも詰め運転席に座る。
「あのー、どうして福徳高校の制服を知ってるんですか?それに今日入学式だってことも、」
「私の娘も福徳高校で今日が入学式だから」
「あーそれでですか。ちなみにもう入学式って終わってるような、、」
「、、、それは本当に申し訳ないわね。でもそのあとの授業もあるでしょ。自己紹介とか」
「まあ、ありますね、たぶん」
「それなら行ったほうがいいわ。よければ私の娘とも仲良くしてあげて。ちょっとひねくれてるけど」
「はい。分かりました」
いつの間にか福徳高校の校舎前に着いていて、私はそこで降ろされる。女性はわざわざ車から出てトランクから自転車を出してくれた。
「それじゃ、今日はありがとう」
「いえいえ、こちらこそ送ってもらっちゃってありがとうございました」
「お姉ちゃん、ストラップ一緒に探してくれてありがとう」
「どういたしまして。見つけてあげられなくてごめんね。それじゃ」

車が走り出すのを見送ってから校舎のほうを振り返る。
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