短編集

梅のお酒

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雨と虹

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俺はどこにでもいる普通の一般人。
毎日会社に行き仕事をして家に帰るの繰り返しだ。
別にこの生活が嫌ってわけではないが、楽しいことは何もない。

いつもより少し早くの朝を迎え少し早く家を出る。
別に早く何か特別な用事があるとかそういうわけではないが、そんな気分だった。
今日も電車は満員だ。敷き詰められた車内から外を伺う。
それにしても最近は雨が多い。先週からずっと雨。
今日も昼間から外は暗く、青一つ見えない。
天気予報では今週も毎日雨が降ると言っていた。
学生の時、俺はサッカー部だった。たいして真剣に練習をやっていなかったため、雨が降って練習が休みになるのがうれしくて、雨が好きだった。
今でも休みの日の朝、窓伝いに雨が地面を打つ音を聞きながらボーっとする時間が好きだ。
だが仕事の日に雨が降ると普段からくらい俺の心はより暗さを増す。
同じようにスーツを着た人たちの方は少し濡れていて、なんだかジメジメしているように感じる。
目的の駅で雪崩のような人混みに紛れ電車を降りる。
ふと、その隙間にどこか目立った身なりの女性が見えた。
白い髪にに七色の髪留めを刺していて、水色のワンピースにはだしの女性はどう見てもこの場にはふさわしくはない。
だが、職場に向かう乗客はその女性を気にも留めず階段のほうへと向かっていく。
俺もいつも通りの時間に家を出ていて、ましてこれが小学生くらいの子供であればたいして気にも留めなかっただろう。
しかしその女性は二十歳ちょい位に見える。
どこか上のほうをきょろきょろと見渡したのち、胸に下げたネックレスのようなものを見て目を光らせた。
しばらくぼーっとその光景を眺めていると、この駅で降りた乗客はすでに階段を登り切っていて、ホームには俺とその女性だけ。
おっとこんなことをしている場合ではない。
少し気になるが俺は階段のほうへ向かった。

「待って」

ふと、後ろのほうから声が聞こえてくる。
先ほどホームにいたのは2人だけ。
振り返ると女性が俺のほうを向いて手を伸ばしていた。

「えっと、どうした?」

女性の声は富士の川のように透き通っていて、俺に耳にそっと流れ込んでくる。
挙動不審になっていないだろうか。
普段から職場の女性以外と話す機会がない俺はこういったことにはあまりなれていない。

「虹はどこに行ったら見える?」

こんな質問をしてくる人はまずいない。だがなぜか俺はこの女性が放つこの質問を不審には思わなかった。
虹をがみたい。ただそんな思いだけがそっと伝わった。

「この長く続く雨が止めば虹が見れるかもしれない」

そういうと女性はなぜか悲しそうな顔をした。

「そっか。ありがと」

そんな悲しげな少女の返事は先ほどより濁って、俺の耳には届かなかった。

次の日、俺はいつも通り仕事に向かう。
天気予報はしっかりと予想を当てていて、今日も雨が降り続いている。
相変わらずの満員にじめじめした空気を感じながら職場のある駅に着くのを待つ。
駅が近づくにつれて昨日のことが少し気になった。
俺なんかまずいこと言ったかな。
昨日の最後に見せた女性の表情を思い出すと心が落ち着かなくなった。
人込みにもまれ駅を降りると、またあの女性がいた。
昨日と同じ服装で昨日と同じように空をきょろきょろと見渡している。
俺は昨日とは変わってホームに人がいなくなるのを意図して待った。
人が少なくなると女性はこちらに気づいたようで、ベンチに座り隣に来いと横をポンポンと叩いている。
正直仕事まであまり時間はないが、昨日の罪悪感から俺は少女の隣に腰を下ろした。

「私あと3日で帰らないといけないんだ」

唐突にそう言われなんのこっちゃと続き待つ。

「虹を見るために2週間だけここに来るのを許されたの。でもここに来てからずっと雨」

哀しそうな声で話す少女は、どこか普通の人とは違っているように感じた。

「それはお気の毒に」

なんて返したらいいのかわからず、適当に返事をする。
しばらくの沈黙。気まずさもあったが言葉が出てこない。
すると天井に空いた穴の隙間から、水滴がぽつり。
女性の太ももに落ちたその水滴は、肌にそのまま吸い込まれていった。
不思議な光景だ。
女性の体はまるで雨が止んだ直後、頬を伝って落ちた涙が水たまりを振動させるように波を立て歪んだ。
しばらくして何事もなかったかのように波は収まる。

「ごめん、俺そろそろ仕事に行かないといけないんだ」

女性の返事を待たず、俺は階段を駆け上がった。
振り返ったら女性はどんな表情をしていただろうか。
また昨日のような悲しい表情をさせてしまっただろうか?

その日の仕事はミスが多く、帰るのが遅くなった。
帰りの駅にその女性はいない。
それもそのはずだ。普通に考えて朝から夜まで駅にいるなんてありえない。
だが、なぜか駅に向かう途中その女性がまだいるのではないかという思いがあった。

次の日、駅を降りるとその女性はベンチに座って虹が出るのを待っていた。
俺は声をかけずそのまま階段を上がった。
次の日も、またその次の日も。
少女は毎日虹が出るのを待っていたが、空に見えるのは空を覆った雲と風と共に落ちてくる雨だけ。
俺には音を立てずに降る雨が女性の涙のように感じた。

疲れたー。
仕事が終わり、職場を出る。相変わらずの雨だ。
音を立てずに傘へと落ちる雨は、俺にあの女性を思い出させる。
そういえば明日があの女性が帰る日か。
どこに?そんな疑問は浮かばなかった。
俺は何となく気づいていたのかもしれない。あの女性がどこからきてどこに帰るのか。
それはにわかに信じがたいことであるが、俺だけはそれを疑わない。

0時を回っただろうか。
俺はまだあの駅にいた。正確には駅の近くの河川敷にいた。
河川敷に大きな布を広げ、七色の筆を走らせる。
誰かに見られたら不審者扱いされるだろう。
いや、何度か警察に声をかけられたが、うまく言い逃れ筆を走らせ続けた。
我ながらへたくそだ。
虹であることはわかるだろうがこれでは小学生のお絵描きと変わらない。
そんな虹が描かれた布を駅からよく見える場所に木の棒で立てかける。
なぜこんなことをしたのか自分でもあまりよく分かっていないが、考えるより前に体が動いていたのだ。
残念ながら帰るころには終電もなく、くたくたになった体に鞭を打ち、歩いて家に帰った。

次の日、外は晴れていた。
通勤する人の顔もどこか晴れやかに見える。
駅で電車を降りて、俺は迷わずベンチに向かいあの時座ったところに腰を下ろした。
隣に女性の姿はない。
そしてそこからは布に描かれた虹。
その奥にはそんな粗末な虹とは比べ物にならないほどきれいな虹が輝いていた。
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