短編集

梅のお酒

文字の大きさ
3 / 6

紅茶とパフェと漬物と

しおりを挟む
俺はどこにでもいる普通の一般人。
毎日会社に行き仕事をして家に帰るの繰り返しだ。
別にこの生活が嫌ってわけではないが、楽しいことは何もない。

今日は日曜日で、俺は特に行く当てもなくぶらぶらと家の近くを歩いていた。
俺の働く会社は月火水木金が出勤日で土日が休み。週に2日休みがあるからブラックではない。
だが、重要なプレゼンとか人間関係とか色々面倒なこともあるのだ。
そんな平日を乗り越え迎える休日。
昨日は結局家に篭ってダラダラとしていたらいつのまにか終わってしまった。
今日こそは何か充実した休日を過ごさなければ。
そう思って、今日は重たい足を引きずってとりあえず外に出てみたわけなのだが。
はー、とため息が溢れる。
前は、趣味を見つけようと読書やゲーム、スポーツなどいろんなことを挑戦してみたのだが、どれも3日で飽きてしまった。
昔から何か一つのことに熱中するなんてこともなく、なあなあで過ごしてきたのが仇となっているのかもしれない。

ぼっーと歩いているうちにだいぶ遠くまで来たようで、いつの間にか辺りは知らない景色になっている。
ふとその景色の中に地味な喫茶店を見つけた。
路地の少し先にあり、よく見ないと見逃しそうな立地だ。
看板は古く、文字の所々が濁って見えずらくなっている。
カランコロン
俺はなんとなくその店に入った。
店内に客は居らず、白髪のマスターがカウンター席の向こうでグラスを拭いている。
「いらっしゃいませ」
俺は軽く会釈をして、店内を進む。
さて、どこに座ろうか。
こうもガラガラだと選択肢が多くて悩む。
別にどこでもいいのだが無意味に悩んで立ち尽くしていると、白髪のマスターがどうぞとカウンター席に招いてきた。
初対面の人に話すのがあまり得意じゃない俺は、普段ならカウンター席は避けるのだが、招かれてしまっては仕方がない。
俺はいそいそとカウンター席の端に座った。
軽くメニューを見て、注文をする。
「レモンティーとチョコレートパフェ、それときゅうりの漬物をください」
それを聞いて、店主はなぜか驚いた表情をした。
「えっと、どうしました?」
驚いて固まったマスターに声をかけてみる。
「いえ、ついあのお客さんと同じ注文をされたので」
「あのお客さん?」
「はい。前によく来てくれていた常連の方です。来ると必ずこの3つを注文されていました」
紅茶にパフェにきゅうり。
「自分で言うのもなんですけど珍しい組み合わせですね」
改めて自分の注文を思い出して苦笑いを浮かべる。
「ほんとそうですよ」
マスターは微笑んでこちらを見た。
あはははと空笑いがでる。

最初に出されたのはレモンティーだ。
紅茶とレモンが別々にあり、自分で絞るのがこの店流らしい。
俺はレモンを絞る前に一口紅茶をすする。
なんとも落ち着く香りが鼻から喉に充満し、幸せな気分を感じる。
次はレモンを絞って飲んでみる。
一気に雰囲気が変わった。
先程までの落ち着いた風味から変わって、爽やかさを感じる。
しばらくレモンティーを啜って喫茶店気分を満喫しているとチョコレートパフェが出された。
上に乗ったチョコレートムースからぱくり。
幸せだ。
もはやパフェの食レポは不要だ。
美味しいとしか表現のしようがないのだ。
甘くなった口の中を紅茶でリセットして、また一口目の感覚を味わう。

出されたものを一通り完食し切ると、最後にきゅうりの漬物が出された。
「実はこのきゅうりの漬物のメニューは先程話した常連の女性の案でできたものなんです」
きゅうりの漬物を見ながらマスターは話し出した。
「この店は開店してからあまり客が来なくていつもガラガラでした」
それゃこんなわかりづらいところにあったら、客も来づらかったんじゃ。
そんな感想は胸の内にしまっておく。
「あの日はいつも通り客はゼロで、閉店のことも考えていました。そんな時1人の女性が来店されたんです」
いつも通りって、個人経営も大変そうだ。
「その女性は最初、レモンティーを注文しました。
するといきなりレモンの風味が足りない、って言われました」
マスターは楽しげに続ける。
「それから紅茶とレモンを分けて、お客さん自身でレモンを感じていただく方法にしたんです」
俺は先程絞って、薄っぺらくなったレモンを見る。
「チョコレートパフェも最初はスポンジとクリームだけで、ムース状のものは後から改良したものなんですよ」
「あのムースすごい美味しかったです」
「値段は少し上げたんですけどね」
メニューを見るとパフェ1000円と書かれている。確かにちょっと高いかも。
マスターは少し悪戯じみた表情をした。
「あの女性はパフェを食べ終えた後、しょっぱいものが食べたいって言うんです。それでたまたま冷蔵庫に入っていたもので作ったのが、このきゅうりの漬物です」
「すごいわがままな客ですね」
「ほんとわがままで困りまくりでした。日頃の愚痴を聞かされたり、店の外装を勝手に変えたり、この店で爆睡したり。でも私はその女性が毎日のように店に来るのが嬉しくて、いつからか女性が必ず頼むこの3品を前もって用意したりしてました」
「なんか楽しそうですね」
マスターの表情を見て本当に楽しかったんだと伝わってくる。
しかし、そこからマスターの表情は曇っていった。
「しばらくして、それなりに多くのお客が来るようになりました。女性が変えた外装のデザインが目立ってお店の存在がわかりやすくなったのかもしれません。それと同時に女性が店に来る頻度が徐々に減っていきました」
「どうして、、」
俺は浮かび上がる疑問をそのまま口にした。
「わかりません。でも女性が店に来なくなる少し前から、徐々に元気がなくなっているように見えました。もしかしたら何かあったのかも」
「そうですか」
しばしの沈黙。
まだ残っているきゅうりをカリカリと音を立てて食べるのが申し訳なるくらいどんよりした空気だ。
「なんかすいません。重苦しくしてしまって」
「いえいえ、全然」
俺は少し気まずかったがなんでもないふりをする。

カランコロン
すると突然店のドアが開いた。
「お母さん、ここいい匂いがする」
1人の少女が店に駆け込んできて、大きく息を吸う。
その後ろから夫婦らしき男女も店に入っできた。
ぱりん。
前でグラスが割れる音がした。
マスターの方を見ると、来店してきた男女を見て口をパクパクさせている。
「お久しぶり、マスター。私が綺麗にデザインしてあげた外装、どうして元に戻しちゃたのよ」
女性がマスターに向けて、親しげな口調で話しかけた。
「いらっしゃい」
マスターは目に涙を浮かべてお決まりの挨拶をした。

夫婦らしき男女は少女を間に挟んでカウンター席に座る。
「それじゃレモンティーとチョコレートパフェときゅうりの漬物3つずつちょうだい」
「了解」
「マスターあんまり変わってないわね」
「君はすごく変わったね。オーダー以外は」
「そう?」
女性は口元に指を当て小悪魔めいた表情をつくる。
「ああ。ところで隣の2人は家族かい?」
マスターは隣の子供と男性を見て質問した。
「ええそうよ」
「そうか。きみが店に来なくなったのはそう言うことだったのか」
「そ。家族ができると何かと大変でね」
女性は少女の頭を撫でると、少女は嬉しそうに体を揺らす。
「それにしたってたまには顔を出してくれればよかったのに。私はてっきり店が繁盛して居づらくなったのかと思って外装を元に戻したり、何かの病気とか交通事故で亡くなっのかと」
女性はそれを聞いて声に出して笑う。
「大袈裟すぎ。どんだけ私のこと好きだったのよ」
「うるさいうるさい」
マスターは照れたのか俯いて3人にレモンティーとチョコレートパフェを出す。
「美味しいー」
少女はパフェを口いっぱいに頬張り、笑みを浮かべた。
「子供も大きくなったし、これからはちょくちょく顔出してあげるわ」
「相変わらず上から目線だね」
「マスターにだけよ」
「そうかい」
2人はどちらも楽しげに見える。
前もこんな感じで2人で話していたのだろう。

カランコロン
俺はこの場にいるのはお邪魔なような気がして、店を出た。
帰り道どっちだっけ。

また次の週がやってきた。
忙しい平日を乗り越え、だらだらした土曜日を終えた後の日曜日。
俺はまたあの喫茶店を訪れた。
外装は折り紙で作られた輪っかや星やハートの形のシールが貼られていて、以前よりよく目立っている。
いや、むしろ悪目立ちしているようにも思える。
まぁマスターがそれでいいならいいか。
カランコロン
「いらっしゃいませ」
店に入るとテーブル席に客が何人かいた。
マスターは忙しそうにせかせかと働いている。
俺は前と同じカウンター席に座る。

カウンターの向こうには、すでにレモンティーとチョコレートパフェ、そしてきゅうりの漬物が3つずつ用意されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...