短編集

梅のお酒

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下手な嘘

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俺はどこにでもいる普通の会社員。
毎日会社に行き仕事をして家に帰るの繰り返しだ。
別にこの生活が嫌ってわけではないが、楽しいことは何もない。

取引先訪問の帰り道、俺は公園で一人ぼっちの少年を見つけた。
俺の横を子供たちが通り過ぎていく。
少年は走り去る子供たちを眺めていたが、その姿が見えなくなると屈みこんだ。
いじめか?
今回の取引は玉砕で考え直してもらう隙すらなかったため、予定より早く終わった。
時間にはまだ余裕がある。
戻ったら上から嫌な目を向けられるだろうから、心の余裕はないのだが。
そんな自分より余裕のなさそうな少年をほっておくのもひどい気がして、声をかけてみる。

「少年、どうした?」
少年はうつむいた顔を上げこちらを向く。
「なんでもない。ていうかあんたのズボン尻のとこ破けてるぞ」
俺は体をひねってお尻を見る。
しかし特に破けている部分はない。
「嘘だよバーカ」
俺が自分の尻を見ている間に少年は嫌味を残して公園から去っていた。
そこへ1人の笑顔で手を振る少女がやってきて少年と楽しそうに話し始める。
なんだ友達いんのかよ。
ったく、最近のガキはこれだから。
腹が立っていたのも束の間で、やるべきことを思い出すと気が重くなる。
俺は取引失敗の報告をしに、会社へと戻った。

次の日、もう一度行って是が非でも取引を成立させて来いと無理を言われた俺は、昨日の取引先へと向かっていた。
その途中の公園で昨日の少年と少女が二人でいた。
子供は良いな。
俺もあの頃に戻りたい。
時の流れは何事も人を不幸にする。by俺

30分後、さっきの俺の格言を改めて実感した。
取引失敗。
行く前からこの結果はわかっていたが、この結果を改めて突きつけられるとやはり気分が落ち込む。
たった30分で不幸になる俺は1年後どれだけ不幸を体験していることやら。
これから先の人生に気が思いやられた。
帰り道、また同じ公園の前を通ると少女の姿はなく、少年一人になっていた。

大人げないが昨日の恨みを晴らすため、少年に声をかける。
「おい少年昨日はよくも、、、どした?」
こちらを見た少年の目には涙が浮かんでいた。
「こっち来んな」
「やだね。さっき一緒だった少女と喧嘩でもしたか?」
少年は黙る。
「何があったんだ?」
しばらく少年が口を開くのを待っているとようやく話してくれた。
「あいつに嫌われた。俺がひどいこと言ったから」
少年のすぐに消えてしまいそうなほどか細い。
「昨日一緒にいた女の子か。それで、なんて言ったんだ」
「もう俺と仲良くするな。近づくなって」
「そうか」
少年は説教でもされると思っていたのか、ただうなづくだけの俺を見てきょとんとした。
その後、少しは心を開いてくれたのか、俺に事情を説明してくれた。
「俺同級生から嫌われてるんだ。すぐ嘘ついて騙して。でもほんとはそんなことしなければって後悔してる。
友達が欲しかった。でも俺不器用できっかけの作り方が分かんなくて。だから嘘できっかけを作った。
最初はそれを面白がって一緒にいてくれた人もいたけど、今はもう一人。
いつの間にかそれに慣れて、嘘も上手くなって、普通の付き合い方が分からなくなった。
あいつはそれでも俺と仲良くしてくれてたんだ。でもこれ以上俺といたらあいつもいつか嫌われる。
だから俺はあいつにも嘘をついた」
少年は途中までまくしたてるように説明していたが、最後、少女の話の時はその勢いが一気になくなった。
それほどまでに少女を大事に思っていたのだろう。
少女を傷つけたことに自分も傷つき、その痛みをかみしめることができる。
そんな優しい心があるのならきっとやり直せる。
友達だってすぐにできる。
それを伝えようと思ったとき、公園の入り口からこっそり見ている少女を見つけた。
俺は思わず笑う。
「少年。お前はまだ嘘が下手だよ。なんせお前の大切なあいつとやらはまだ騙されてないみたいだからな」
少年は意味が分からず俺のほうを見る。
そして俺の目線の先にいる少女に気づいた。
少女は少年がこちらに気づいたのを見て、こちらに来た。
少女はもじもじしながら少年を見る。
「私、さっきはつい驚いて逃げちゃったけど、わかってるから。
あなたが本当はみんなと仲良くしたいってことも、さっきついた嘘は私のための優しい嘘だってこともわかってるからさ。
これからも仲良くしてほしいな」
少年の目にはさっきとは全く違う、きれいな涙が浮かんでいた。
「気は乗らないが、お前がそういうなら仕方ない」
分かりやすく強がっているが、頬のゆるみは隠しきれていない。
「嘘が下手ね」
少年と少女は手をつないで楽しそうに公園から走り去っていった。

たった30分で少年は少女と仲直りをした。
時の流れは人を不幸にする。
これはどうやら間違っているようだ。
時の流れは自分次第で幸にも不幸にもできる。by少年と少女
二人の背中から、俺はそんな格言を感じ取った。
結局自分次第ってことか。
上司に取引失敗の報告をした帰りは、少しだけいい酒を買って帰ろう。
小さな幸せを求めて、俺は会社へ舞い戻る。
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