幸せの日記

Yuki

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3章 「碓見 千穂」

12月28日①

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【12/28
 命の重さについて考えた1日になった。年末も差し迫って俺は何をしているのか。SCCについても少し考えることができた。みんなとも認識を新たにすることができた。】

 10時ごろの話である。布団の中で熟睡しているところだった。家のドアをノックする音がする。眠い目を擦り、誰だったら腹を立てるか考えながらドアに向かう。
「遥希、おはよう。」
「なんだ、千穂か。」
「何?葵がよかった?」
「誰がそんなこと言ったよ。どうしたんだ?」
「昨日の話にまだ納得いってなくて。」
「葉館が銃刀法違反の罪にしか問われなかったことか?」
「うん。そんなところ。」
 千穂を部屋に上げ、ペットボトルの緑茶をコップに入れてもてなす。
「なんで遥希はそんなに平然としてられるの。」
「どういうことだ?」
「遥希が解決した事件なのよ?なんの罪にも問われないなんて…」
「俺、何か糸が人に絡んで見えるようになったんだ。俺にしか見えない糸が。その糸を解くのが俺の使命みたいなんだ。俺はその能力に従って事件を推理しただけなんだ。あれが真実かどうかもわからない。事実と辻褄があっただけだ。俺たちは神様じゃない。どれだけ推理したって、どれだけ間違えてないような理屈だって、間違ってないわけじゃないんだ。それでも人間が平等にあるために法律があり、裁判があるんだ。平等に近づけるだけだ。証拠が出なかったんだから、裁けるわけがない。」
「人の命を奪っても…。難しいね。」
「当たり前だろ。クソ真面目なら、起こった事実だけ並べろよ。推測で人を殺人鬼呼ばわりしてるようなもんだぞ。」
「私にも人に見えないものが見えるんだ。悪意みたいなのが物にくっついてるのが。その物を使って人に危害を加えたら悪意が見えるようになるんだ。その悪意のつき方も、遥希の推理とあってた。あれは間違いないんだ。」
「千穂も見えるのか…。俺たちみんな能力者なのか?」
「萌たちも?ってこと?」
「そんな気がしてきたな。」
 考え事をしていると、インターホンが鳴る。千穂は同じマンション内から来たためノックだったが、マンション外の来客はインターホンを鳴らして入る、オートロックシステムだ。
「はい」
「あ、えと、夏目です。」
「涼香?」

 涼香が上がってドアをノックする音がする。開ける数秒前に気づいた。
「あっ…」
「何してるの?」
 固まった俺をすり抜け、千穂がドアを開ける。俺ではなく女が顔を出したことに驚き、固まる涼香。固まった涼香を見て、訪ねて来た側が用事を言うものと思って次の言葉を待つ千穂。かける言葉も見つからない。修羅場の空気を抱え、
「とりあえず、部屋で話そう。」
全員で居間に向かった。

「こちらは同じ孤児院で育った碓見 千穂。昨日巻き込まれた事件の話をしてたんだ。こっちは俺の幼馴染で同じ学校の夏目 涼香。今日はどうしてウチに?」
「あ、えっと、お邪魔してごめん。課外に来てなかったから、心配してきたんだけど。」
「あ、」
 千穂が鋭い視線を刺してくる。
「遥希、サボったの?」
「今日月曜だっけ。」
「そうよ。」
「やべ、遊園地で1日過ごしたの忘れてたわ。」
「どんだけ堕落なのよあなたは!正座!」
 自分の部屋に正座させられる。
「元気そうだね…。お邪魔しちゃってごめんね。」
 涼香が急いで立ち上がろうとする。
「夏目さんもう帰っちゃうの?遥希の学校での話聞かせてよ。」
「やめろやめろ真面目か。今俺がどれだけ気まずいと思ってんだよ。」
「なんで気まずいの?」
「言わすな。真面目か。この前俺に告白してきてくれた子が涼香だよ。で、好きな人の家行ってみたら課外サボって自分よりも深い知り合いと家に2人で居るっていう状況だぞ。」
「あ、」
「女の勘って鋭いんじゃなかったのか。」
 涼香は終始気まずそうにしている。
「か、勘違いしないでね?!私たち、何もないから。」
「もうなに言ったって言い訳がましいぞ。」
「遥希を好きになる女の子がいたんだね。」
「涼香、こいつ叩いていいぞ。」
 千穂は正座をしている俺の太ももの上に200ページの雑誌を乗せる。
「でも、ちょうど良かった。涼香と話すれば、千穂も何か変わるかもな。」
「どういうこと?」
「涼香は、自分の生きがいに悩んでるんだ。自殺志願ってほどじゃないが、結構深いリスカしたり。」
「え…。」
 千穂は一旦涼香を見た後、なぜか俺にチョップしてくる。
「いでっ。なんで叩かれたんだ。」
「あんたね。そんなペラペラ女の子のこと話すもんじゃないでしょ。ましてそんなデリケートなこと。デリカシーを覚えなさい。」
「すまん、涼香。」
「…いいの。全部本当だし。でも、最近傷も少なくなってきたと思うよ。怖いこととか不安もまだあるけど、生きる意味もわかる。」
「よかった…。」
 心からの安堵を表情に出す。
「遥希くん、こうやって本当に優しい人なんです。私に生きてほしいってまっすぐに伝えてくれて。」
「男らしいとこもあったのね。」
「当たり前だ…っって!」
 千穂がもう一度チョップをしてくる。
「そんなプロポーズみたいなこと言っといて、こんな可愛い子をキープしてるの、遥希。」
「いや、死なれちゃ嫌だろ。」
「当たり前じゃない。自分で自分の命捨てるなんて。かわいそう。」
「千穂、それは違う。」
 千穂の言葉が涼香の心に爪を立てたのを感じとった。トーンを落とした声を出してしまった。
「自分の命をどう扱おうと俺は勝手だと思うよ。」
「そんなわけないでしょ。」
「その人のものなんだ。ただ、与える影響が大きいってだけで所詮は他人の命さ。」
「遥希、冷たい人間だね。」
「そうか?俺は無責任に生きろっていう方が俺は冷たい人間だと思う。」
「私もそう思います。生きなきゃいけない、命は大事とか、わかってるんです。でも大事にするってどうすれば良いんでしょうか。人はそのつもりがなくても人を簡単に傷つけることができます。それは命を大切にするって言えるんでしょうか。さっきの碓見さんのかわいそうって言葉も、傷つけるつもりがなかったことはわかっています。でも、少し苦しくなったことは事実です。そんな小さな言葉から悪意ある言葉まで、たくさんの苦しさに耐えて、泣きながら生きていくのが命を大切にするってことなんでしょうか。私は、遥希くんの言葉に救われました。傷つき、耐え、誰かに心の穴を埋めてもらいながら生きて行くんだと思います。」
「千穂、固く考えすぎなんだよ。命を大切に、ばっかり考えてると今度は違う物が見えなくなる。生きることはそんなに大切じゃないよ。俺が思う大切なものは、その人が生きているっていうことだ。」
「何が違うのよ。」
「生きてればいいってことじゃないよ。大切な人が生きている、それだけで生きる理由になるっていうことだ。」
「わかんない。」
「俺もわからん。」
「なっ…!また適当なことを…!」
「命を大切に、大いに結構だ。その命を奪う奴を許せない。そう思うのも当然だ。でも俺は大切な人たちがいるから生きてる。この人たちがいなくなったら俺の生きる理由はない。大切な人たちのために命を大切にしてる。いつか恩返しする日のために。お前もそんなに真面目になるなよ。もっと適当に生きろよ。自分の言葉が見つからなくなるぞ。」
「駄目だよ。真面目じゃなきゃ…。」
「え?千穂、なんて…」
 千穂の小声を聞き損ねた俺とは対照的に涼香が何かに気づいた顔をする。
「遥希くん、ちょっと他の部屋に行ってて。」
「は?!」
 涼香は膝の上の雑誌をどかし、寝室に押し込まれる。
「聞いちゃ駄目だからね。盗み聞きしてた時は…」
 涼香の満面の笑みを残し、ドアが閉められる。
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