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一章 女神と花冠の乙女

幕間 神様会議

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「ーーーー香水臭い」

淡々とした美声がディオンストムの私室の床に落ちた。
美声の主は美麗な眉をこれでもかと言うくらいに歪め、顎で湯殿を指す。
その仕草に、淡い金色の髪が空気をはらんでふうわりと動く。

「シャワーは浴びて来たのですがね」

ラインハルトの尊大な態度に気を悪くする風でも無く、ハイハイと、ロウは湯殿に向かう。

話し合いのメンバーはまだ揃っていない。
匂いが残っているならフロースをはじめ、他の者も言うだろうし、身包み含め、総じて洗い直す方が良いだろう。

瀟洒な硝子戸を開ければもうもうと湯気がたつ。
湯船に浮かぶ花の香りで、ふとした瞬間に沸き立つ凄絶な怒りが、身のうちで飼い慣らされる。
湯に映る双眸に炎が揺らいでは、落ち着いた。
が、温もる身体に反してそれは冷え冷えと凍っていく。

ーーーー許さない。

目も眩むほどの怒りを、爛々と瞳に宿して怒り狂い、愛刀を突き刺したラインハルトもこの思いは同じだろう。

ほぅ、と一度深呼吸をする。
髪の先まで、愛くるしい彼の女神が好きな香り包まれると、ロウは真新しい衣に腕を通した。


#####


「おや、皆さんお揃いで。今少し早い時間ですのに」

愛しい女神がこの場にいない所為か、皆ピリピリする、殺気にもなる気配を隠さない。
例外はディオンストムだろうか。流石は伊達に歳は取っていない。
神の方が歳上だろうとも思うが、この場合は存在した年数は関係ない。

白い狸はおっとりと優雅に茶を振る舞っている。
ディオンストムの私室を満たす香りは、気を鎮める効能を持つ物だ。

「さて。フィア様のお相手はレイティティア嬢にお願いしている事ですし、始めましょう」

片眼鏡が光る。
お願いはしてないよね?そうなるように組んだよねぇ?
とは、懸命にも誰も言わない。
ただ、ラインハルトはロウの言葉にムッと眉を寄せた。




ハイハーイと最新に手を上げたのはカリンだ。
無邪気な少年を装う声は、殺伐とした雰囲気に少しだけ明るさが彩られる。
が、整った唇が語るのは少しも明るくはない。

「シャルーマ子爵邸はーーーー誰も、生きている人はいなかったよ」

蟲だらけで、力を取り戻しつつあるチュウ吉先生が喰らって還したらしいが、腐乱した遺体達はカリンの炎で土に還したようだ。

「物凄い吸引力ってゆーの?ズモモーッて凄かったよ、先生。瘴気は城の人間に任せた。トリスタンが居たから、大丈夫だと思うよ」

カリンが面倒身の良さを発揮して、用意された月餅をチュウ吉先生に小さく切りながら、子爵邸での顛末を語った。
チュウ吉先生は褒められたところでドヤァと偉そうだが、餡子を白いモフ毛に点々と付けているので豆大福のようだ。

「あ~、チュウ吉先生ちょっと動かないで。それでフロース様の方は?」

カリンが丁寧に餡子を拭ってやりながら、王宮の様子をフロースに聞く。

「それがさ、宝物庫の怪異が大人しくなって国王も入れる様になったって」

王族では、ガレールの血筋を持つ王太后しか入れなかった曰く付きの場所は、開放された。

「聖剣クラウソラス、の怒りがとけたのでしょう。殺されたジークムントの愛剣による呪いとでも言い換えましょうか」

「ジークムントって弟王子に殺されたんだよねぇ。怒ったクラウソラスの魂はジークムントから離れず、本体は怪異を起こすしで、王位簒奪した王様が宝物庫へ呪いの剣として仕舞い込んじゃったんだし」

ガレールの血筋が呪いの影響を受けずに済んだのは、ジークムントとフィアリスの子がガレール公爵家に預けられ、今に至るまで続いて来たからだろう。
それをーーーー罪を知った王家はガレールの血筋を入れようとしても、その血筋の妃には子が授からなかった。
現国王にしても側妃の子だ。
そうして漸く授かったのが、アレクストである。
身分低い子爵家の令嬢だったアレクストの母親が側妃になれたのは、末端と言えどもガレールの血筋による所が大きい。
国王エドアルドの寵愛もあったが。

「ジークムントが聖剣の本体を呼んだ時さ、宝物庫の管理者の、えーと、ランジだっけ。その神官が真っ青な顔して騒いだらしいけどね。騒動後、モリヤとメルガルドが説明しに行ってくれたから、良かったよ」

「それに、直系の姫であるレイティティア嬢の存在も大きいでしょう。王家の悲願です。宿痾から解き放たれるのですから。ーーーーそれでフロース、ハルナイトの方は?」

優しい少女を思ってか、幾分表情も口調も柔らかかったロウの声が、ハルナイトの部分だけ硬い。
カチンコチンだ。

「んー。ハルナイトねーーーー話を聞ける状態じゃないねあれは。幼児退行って言うやつ?だってさ」

王妃も実家のブルモント公爵家ごと処断された。
公爵家は不正や、第二王子の暗殺未遂など数々の悪事を宰相と騎士団長に抑えられて取り潰し、公爵は牢の中で『病死』。王妃はハルナイトとは別の場所に生涯幽閉の身となった。

「あの国王、中々の狐だよ。膿を一度に出す機を伺っていたんじゃないの?人の子の政は魑魅魍魎が跋扈してて美しくないね!後はエドアルド国王だっけ、そいつとアレクストがどうにかするんじゃない?それで、そっちは?ロウは一石二鳥どころか、ローストチキンになって歩いて来させるんでしょ?」

フロースがやれやれと肩を竦めてみせた。
そんな仕草でさえ、花が咲くようで、幻想的な楽の音が聴こえてきそうである。

「フィア様の欠片を質に取られてますしーーーー向こうから仕掛けてきたんですから。制約はありますが、受けてたちますよ。どうやら向こう様は、態々糸を辿らせて下さったようですし。儀式に、欠席の欠席の返事をした筈の、しかし何故か、神殿には出席の返事の書簡が残る、ムーダン王国の王子様が、ね?」

こちらもお返しはしましたが、と、ロウは月光の慈悲めいた微笑を浮かべ、身の毛がよだつ氷刀の如き冷気を冴え冴えしく放った。

ロウの脳細胞が目まぐるしく演算を始める。

ただ、愛しい女神の不確定要素が大き過ぎて、その斜め上の行動を思い出すに、冷気が消え、クスリと笑いをしのぶ。
皆考えていることは同じなのだろう、口の端に登る笑みに柔らかさが伴う。

「そうそう、闇ギルドではありませんが、いかがわしい団体が見え隠れしてます。古の神を祀っているらしいですよ?どんな神様なのでしょうか」

誰も盗聴などとても出来ない場所で、それは密やかに語られた。

へぇー?と返したのは、フロース。草花に盗聴をさせるつもりなのか、底意地の悪い笑みを浮かべている。
ディオンストムはあくまでも、穏やかな微笑みを崩さない。白い狸は神殿の『影』を動かすのだろう。

聖霊がざわめく。こちらの話を『聴いて』いるメルガルドの所為か。

技芸神は指をバキバキと鳴らす。
物理な勝負するの!?と、技芸以外の皆心の声が揃った瞬間だった。

ーーーーが。

「ーーーーッ!」

ラインハルトの密かな息を飲む気配。
持っていたカシャン、と茶器が大きな音を立てた。
瞬時、緊張に皆の顔色が変わる。
大神殿の舞殿に大穴を作った男が、息をのみ、クッと眉を寄せたのだ。
愛刀で舞台を淀んだ影ごとぶっ刺した、その衝撃は本体に届いただろう。
ラインハルトの呻きに、自然、ヒタと動きが止まる。
ゴクリ、とフロースの喉が鳴った。

「フィアがレイティティアとパジャマパーティーをすると、言っている」

大真面目に、この世の終わりを顔に張り付けている。
瞬時にガクッと項垂れるも、心の中で彼らは、かなり本気で天を仰いだ。

((((((コイツって砂粒程もブレないーーーー))))))


皆が脱力を覚えた時、ディオンストムの私室のドアがノックされた。
今は、緊急時以外訪れるはずの無い音だ。

慌てずにディオンストムが対応するが、彼の席に戻る顔付きからは一切の情が消えている。

「ムーダン王国の国王、ラウゼン二世陛下が暗殺されました。表向きは病死で通すでしょう。秘密裏に••••謀反人として、王弟のシャーク殿下が追われております」



ディオンストムの声が重々しく響いた。



#####

読んでいただきありがとうございました!

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活動も、雪かきも頑張れる(๑و•̀ω•́)و fight!!


↓おまけです。ロウがチョコット脱いでいる、致してもおりませんが、手を出してもおりませんが、夜の香りがしますので、苦手な方はご注意下さい。

読まなくても本編に支障はありません。










真夜中も過ぎた時刻でも、この街は眠らない。煌々と明るく灯る店先のランプが大通りをくっきりと浮き立たせる。

男を享楽に誘う女達が、綺羅びやかな衣を翻す。

大通りにあるが、中堅どころの楼閣からの眺めは猥雑で、下品で活気に満ち溢れていた。

ロウは些か派手な欄干に腰を掛け、滅多に呑まない煙管に火を入れる。
朱色の羅宇が長めで牡丹の絵柄が女性的だ。

薄く開けた組木細工の硝子窓から煙を逃がす振りをして、辺りにーーーーそれも広範囲に渡って聞き耳を立てる。

ーーーー寝物語では口が軽くなるものだ。
男も、そして女も。

様々な情報を得るに、手っ取り早い場所。

断片的な情報を組み立て、精査が必要とするもの、裏取りと、掘り下げるものを瞬時に別ける。

ーーーーそろそろ時間だ。

神仙香の香りが漂う部屋を一瞥すると、カンっと音を立てて盆に火を落とした。

「ーーーーつれないのね」

薄物を纏った娼妓が胸元も顕に擦り寄る。
欄干に腰掛けたロウの膝に乗り、細い指がロウの前身頃を乱す。
鎖骨を曝け出すと、細身に見えて鍛えられた左上半身が部屋の灯籠に淡く浮かぶ。
情事の後にしては、少しも汗をかいてはいない。

「着痩せする身体なのよね」

紅唇を優越で飾り、知ったかぶりに薄く笑む女にロウの眉がミリ程動くが気が付かれなかった。

ロウは微かに袖を動かし、神仙香の香りを強めに振りまくと、フラフラと立ち上がった娼妓が寝台へ戻る。

ーーーー都合の良い夢を見てもらう為に。

ロウは話を聞くだけで、指一本触れるつもりも無い。
聞きたい事は聞いた。
早めに戻ってシャワーを浴びねば何を言われるやら。


「お暇しましょうかねーーーー良い夢を」

ざっと着替えると、娼妓の前では解いていた認識阻害を自らに掛ける。

神仙香を焚き、夢を見せる。
この容姿を目の前に、良く喋ってくれた。

朝になって目覚めれば、金払いの良い、ちょっといい男の客がいたと思うだけだ。

楼閣を出てると小路に入る。
奥へ行くにつれて暗闇が深くなり、数歩先は既に見えない。

三つ数える間に、ロウの姿は闇に溶けた。









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