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二章 ムーダン王国編

24 間違いと後悔

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街道を、通常の倍は時間を掛けて進む。
遅々と進まぬ旅路に、サジルは何度も舌打ちをしたくなったが、山間の村に到着するには、まだ時間がある事に安堵もする。

木陰を探して休憩をさせて、顔色が良くなければ昼寝もさせる。
忘れがちな水分の補給も小まめにとらせ、見知らぬ人からもらった物を、口に入れるなと注意する事もしばしばだ。

ーーーーだって、いい人そうだったし。

女神がそう言うなら、そうなんだろう。
が、王族として過ごしてきたサジルにしてみれば、それは自殺行為に見えた。

「お姫様、何が入っているのかも分からない、もしかしたら食べ付けてない物で、お腹を壊したりしたら、善意も台無しになるよ?」

自分らしくない言い回しだが、この女神に何と言えば納得するのか、考えた末の事だ。

ーーーー本当に、自分らくない。

何度目かの宿で、ーーーじゃぁお休みなさいと、白いメルヘンな扉の中へ消えていく女神を見送る。
施錠の音と共に扉もまた。

サジルは名残惜しく、扉の消えた場所を見詰めている事に気が付き、また心が揺れる。
ザワザワ、ソワソワと。

何故こんなにも乱されるのか。
憑依を解き、今度は何色の小鳥にしようかと考える。
サジルは、何時ものように窓際の椅子に座り、頬杖を付いたまま目を開けた。

途端に騒がしい気配がサジルを取り巻く。

乱暴に私室の扉がノックされる。
まるでサジルが目を開ける瞬間を狙ったかのようで、溜息が出てしまう。

偶然だろうが、あの女のこういった勘の良さは、感心するが、的が自分の場合は笑えない。

「サジル、いるんでしょ!?まだ、用事って終わらないの?」


女神の柔らかいメゾソプラノとは違い、耳に障る。
勿論、返事はしない。黙ってやり過ごそうと、無視を決め込む。
施錠がされた部屋だ、入っては来ない。

サジルの名前を呼ぶフィリアナが喚くが、数人の足音がすると、大人しくなった。

教団の世話係だろう。
宥める声がして、フィリアナを何とか自室へ帰そうとしている。

「だって、最近変じゃない?そっけない態度だったり、急に優しくなったり」

「ああ、フィリアナ様、どうぞお察し下さい。我が主は患っておいでなのですーーーーそう、恋心を」

ならば、余計にあたしに会うべきだと主張するフィリアナを、鼻で嗤う。

見目の良い世話係に、何かと言いくるめられ、遠ざかるフィリアナは何を思ったのか。
誰がーーーー誰に、恋をしていると言うのか。
都合の良い事しか考えられ無いお目出度い頭だ。

「ーーーー恋ねぇ」

チクリとした胸に女神を思った。
これが恋だの愛だのとでも言うのか。

「分からないな」

ポツリと呟いた言葉に、答えが出るとは思わなかった。

ーーーーこの時は。


それは予定に無い、突発的な出来事だった。
漸く山の麓迄辿り付き、獣道に近い山道を登る朝に、事件は起きた。

「ふーん、本当に丸裸ね」

なだらかな、木々生い茂る森だった場所がすっかりと地肌を晒していた。

この緑の山々の向こう、聳えるバッターナ国境のバナパス火山は険しい岩肌が剥き出していて、緑生い茂る山と、その境目に山間の村がある。

「本来ならば、あの村は無人になる筈だったんだよ。ちょっと危ないから退避させようとしたのさ。その為の軍も出す予定だったんだけどねぇ」

「軍?制圧する旨味も無いから、放置って聞いたけど?」

「危ない場所で自滅するならどうぞって、最初はね。でも、知ってのとおり、鉱山の採掘絡みで色々とあったんだ」

利権の問題も、採掘技術と精錬技術を持っているドワーフとの交渉問題もあった。
何とかして村を離れてもらわないと、いけなくなったのだ。

「だけど、あの村は頑固で、役人の説得は無理だったし、騎士を見ただけで攻撃してきてしまうんだ。村を奪う敵だってね。父上はそれでも退避させる為に軍を派遣しようと悩んでたけど。だからシャークが説得しに通ったのさ。武力は最後の手段にすべきだと言ってたよ。軍が動くとなれば、村人を反乱者としてしまうしね」

丸裸の、なだらかな山肌が痛々しいのか、女神が顔を顰める。

「ここから少し登れば湧き水がある。そこで水を補充すればいい。ここの水は冷たくて美味しいよ」

ダチョウで登る山道は、慣れないと落下もままある。
つまりは疲れるのだ。
湧き水を汲むと、休憩を挟む。

この時、サジルの本体が館周りの喧騒を聞きつけ、一度憑依を解いた。

窓際からでも聞こえる、森が魔毒に侵されたと、何とかしてくれ、芽が出ない、枯れてしまう、作物がーーーーと、要求が増えて際限が無くなっている。

教団の世話役が村長から話しを聞いているが、随分と身勝手な言い分が増えた。
人間なんてそんなものだが、何をどうするかは慎重にいかねばならない。

「別に良いわよ、力を使っても」


フィリアナが勝手な事を言い出す。
サジルは急いで外へ出ると、フィリアナの勝手な行動を咎める。

「待て、フィリアナ!」

神の娘とチヤホヤされて、あの女はすっかりその気のだ。
ただでさえ、ギフトの力を使いこなしているとは言い難いのだ。
慎重にいかねばならないというのに!

「んー、まずは森?持ってくるのはこの間の隣でいっか。魔毒にやられたのは戻せばいいし」

影が微妙に届かない。
よく見ればフィリアナは天秤を持ち出していた。
チっと本気の舌打ちが出る。
あれ程勝手な振る舞いはならぬと、釘を指したのに、なんて女だ!
サジルの許可がなければ、持ち出せぬ天秤まで勝手にーーーー。

「ーーーー止めろ!」

そこは女神が居る場所に近い。
それに場所が悪い。

木々を失ったらーーーー選ぶ場所を間違えたら、崩落が起きる可能性が高い所だ。
走るサジルを余所に、ズズんと地が鳴る。

「ーーーー!!」

次いでこの山間の下方からも、響く地鳴り。

サジルは産まれて初めて焦りを感じた。
心配で堪らなく、憑依する間も惜しく、かの女神の元へ直ぐ様影を使って飛んだ。

落ち着いて考え、何時ものサジルであればーーーー相手は女神だ。
どうにかなるなんて、あり得ないと思い至るだろうが、今のサジルには関係なかった。

そんな焦りも最高潮のサジルが飛んだ先で見たのは、老齢と言って差し支えないドワーフの神官らしき者が、女神の前で呪符を使い、山肌の崩落を抑えている所だった。

魔法陣が土砂に染み込み、崩落が止まる。
良かったと、座り込みそうになる膝を叱咤して女神の元へ向かおうとした時、サジルの両足はピタリと動かなくなった。

「ランジ神官ーーーー!!ありがとう、助かったわ!」

それは屈託の無い、満面の笑み。
掛値なしの好意の発露。

飛び付いた女神の背中を、よしよしと叩く老神官。

面白いから、側に置きたい、欲しいと思った。
つまらなければ、飽きたら、捨てるだけ。
どんな感情でもサジルに向かうモノであれば、ゾクゾクと、甘く痺れた。
ーーーーどんな感情でも良い。自分に向けられるなら。

そんなのは嘘だ。
だって、恋人でも友人でも無い、更に言えば老齢のドワーフ神官に向かう女神の好意が。

ーーーーこんなにも眩しくて、羨ましかった。


自分は間違えたのだろうか。
やり直せたらーーーー。

サジルは後悔という言葉を、思い出していた。

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