三つ目の願いは何時?

こうやさい

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三つ目の願いは何時?

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 カシャンと無情な音を立て、靴箱の上から落ちたつぼは割れてしまった。
 ほんの少し触れてしまっただけだったのに。
 壊す壊すと言われながらずっとそこにあったものがこんな形になって、どうしていいか分からず呆然とそれを見つめる。
 その間に辺りに破片や埃と呼ぶには濃すぎる煙が立ちこめ、ますます頭が真っ白になる。

「人間、よくぞ我を解放したな」
 その煙の中に、今まで確実にいなかったはずの人影がうっすら見え、そんな事を言った。
「対価に三つ願いをなんでも叶えよう」

「つぼの時間戻して」
「ちょっ!?」
 とっさに言った言葉に相手が慌てた声を発する。
 ゆるゆると晴れた煙の中から、どう考えても場違いな格好をした少なくとも見た目は若い人間が見えた。

「……そうすると、こっちまた封印されるんだけど」
 多分、この話し方の方が地だな。見た目にも合ってるし。
「だから?」
「出来れば撤回してもらえると……」
 やたら弱気な口調でいう。
「なんでもって言った」
「言ったけどさ、最初から封印狙うか?」
 いや、メインそっちじゃないから。

「そのつぼ柿だかレモンだかですっごい高いの。怒られるの」
 中学生にもなって怒られるのが怖いって言うのもアレだけど。
 割らないようにというわりに片付けないのは見せびらかすためだって言ってた。
 てか、訳の分からないものが封印されてたって付加価値がついたんだけど。……価値か?
「いやこれ、二千円くらいのそれっぽい量産品だけど」

「――――やられたっ」
 多分これ、廊下を走って飛び出さないようにしつけるためのものだ。走ったら割るわよって脅すため。
 本当に落ちたら割れるし、だいたい子供の上に落ちてきたら危ないだろうけど、多分昔はゲルかなんかである程度固定してたんだろ。体重も軽かっただろうし。
 何で今まで気づかなかったかなぁ。
 それはそれとしてそんなものに封印されてていいのかあんたは。

 力が抜けて思わずしゃがみ込む。へたり込みたいところだけれど破片があったら危ない。……そっか、まずするべきは残骸を片付けて掃除機がけだったか。
「じゃあ撤回してもいいけど、そっちの都合なんだからこの一連のやりとりは願いとしてカウントしないよね?」
 戻れで一回、やっぱ止めるで二回ならやってられない。
「えー」
 不満そうな反応をされる。
「じゃあ撤回なしで」
 ……もし元に戻ったら一回も残らないわけだけど、それはそれ。
 また呼び出せるかもしれないしさ。あるいは他の人が。
 少なくともつぼは戻る訳だし。

「はいはい分かりましたよ」
 いかにも投げやり……何様のつもり?
 てか、何なのホントに。先に考えろって話だけど。
 まだ頭真っ白なのか、何かされているのか。
 パニックで話進まないのって有利なんだろーか? 不利なんだろーか?

「じゃあ一つ目の願い」
 それはそれとして、こういうシチュエーションを想像したことはもちろんある訳で……中二病いうな。
「何だ?」
「明確に願って確認してそれでも了承したときのみ願いを叶えること」

「は?」
 間抜けな声を出されるが、願いの撤回を求めるような輩なんだから保険をかけるべきだと思う。
「うっかり『眠たい』とかつぶやいて、後のフォローもなしに眠らされるとか避けたい」
 確かに望みではあるけど、簡単な願いでお茶を濁されても困る。
 だいたいいろいろ投げ出して寝るのと同じなら願う意味がない。
 スマホとかだと確認がうざい場合もあるけど、取り返しが付かないなら慎重に行く。

「えーっと?」
「出来ないならやっぱりつぼの時間を――」
 コレは出来ないって言わなかったし。
「出来るわっ。……やればいいんだろやれば」
 ブツブツとつぶやいているが一応やるらしい。
 ……とはいえ、コレが叶ったかどうかの判断は出来ない訳だけど。

「次に二つ目」
「え、もうか?」
 一つ目って体感的にはノーカンだし。
 そもそもシミュレーションはしていたわけで。
「納得が出来るまで疑問に答え続けること」

「いやちょっと」
 ……そもそも前提条件こういうのって最初に説明されなきゃいけないはずなんだけどさ。
 けど相手に主導握らせとくと、騙されるとか隠し事されるとかある訳で。そこんとこちょっと信用出来ない。
 質問出来たところでそれは変わらないけど、少しでも可能性は減らしたい。
 あと、それはそれとして興味があるし。
 回答したことを願いを叶えたにするとかされたら悔しいし。

「出来ない?」
「出来るか出来ないかで言うなら出来るけど……」
 あれか? 金銀財宝ざっくざくとか、かわいらしー恋のお願いとかして欲しかったのか? それは来るとこ間違えたな。
「じゃあそれで」

「………二つ目の願いは『あなたが納得がいくまでこちらが疑問に答え続ける』でよろしいですか?」
 確認来た。……特に問題ないよな。
「はい」
 ってスマホの確認かよ。
 ……コレも、叶ったかどうか分かりづらい。

「ところで、叶えられる願いの基準ってどんな感じ?」
「それは先に聞くべきだと思うけど」
 ……まぁ、確かに今更だけれど。


「と、いうのがパパとママのなれそめ」
「ウッソだー」
 やたら笑顔で話す妻の言葉を娘があっさりと嘘と決めつける。
 ……あれか? もしかしてサンタクロースとかもう信じてないのか? 万一目を覚ましたときに備えて仮装コスプレまでして毎年頑張ってるのに。
 なれそめとか聞きたがる時点で今更か。
「玄関のつぼがしつけ用なのは分かったけど」
 ……そこは一番理解しなくていいところだ。
 今度のつぼはプラスティックで軽いので多分落ちても大丈夫だろうが。
 そもそも娘は廊下を走ったりしないからなんとなくやってるだけだし。

「どうして嘘だと思うの?」
「あたしだったらそんな怪しい人と結婚しない」
 それはパパが怪しくないって意味だよな? パパと結婚したくないって事じゃないよな?
 成長は嬉しいけど泣きたい。
「そこなの?」
「重要じゃないの」
「確かにそうだけど」
 …………俺がダメだしされてるって訳じゃないよな?

 毒気が抜かれたのか、誤魔化すくらいだから話してくれないと思ったからか、娘はそれ以上食い下がらずに部屋に帰った。

「疑問は何時なくなるんだ?」
 なんとなく聞いてみる。
「……男女の仲はミステリアスなものよね?」
 とぼけるような、それでいて何か伺うような調子で言われる。

「……確かにな」
 出会った頃はこんなことになるなんて可能性すら思い浮かばなかった。

「愛してるよ」
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