最後の婚約破棄

こうやさい

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はじめてのこんやくはき

「おまえとのこんやくをはきさせてもらうっ」
 殿下が友人と話をしていた令嬢にそう言い渡したとき周りが無音になったのは、ただ単に幼すぎて婚約破棄の意味が分かっていないだけだった。

 他国では王侯貴族は幼い頃は屋敷で家庭教師に教育を受けることが多いらしいが、我が国では五歳ほどから学園に行かせることが多い。子供のうちから上下関係や派閥作りを学ばなきゃならない訳だ、厳しいよねぇ。
 とはいえ、学ぶということはそれまでは分からないということで、幼い頃はおつきが文字通りついてくるので致命的な失敗をすることはめったにない。
 しかし、ずっとついていても勉強にならないので、ごく短時間だがおつきが外れる時間があり、指導者が少し目を離した隙にそれは起こった。

 当時、婚約破棄の意味は俺も含めて分かる人は少なかった。婚約破棄がというか、婚約からがだな。
 他国では幼い頃から親に決められて婚約者がいる貴族は多いらしいが、我が国では十を数えるまでは少なくとも当人まで話が届くことは少ない。
 ……大昔に、婚約者を決めるのが早すぎて、結果恋情は別の人に抱いてしまい婚前から双方が浮気してどこの子か分からないとお家騒動が多発した時機があったそうで、それ以来自我がもう少し固まるまでその手の話は少なくとも公にはしないことになったんだと。もしかしたら幼いうちから学園に通わせるのも恋愛感情を覚える年齢になる前に好みや相性を見定めるためなのかもしれない。
 とはいえ、王族ともなればそうも行かないのか、学園に入った時にはすでに殿下の婚約は決まっていた。
 それを破棄すると言ったのだ。

 意味が分からなくても、顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな顔をしながら令嬢を指さして叫んでいる姿を見れば騒ぎは起きそうなものだが、殿下が偉いということだけは教え込まれていたので、そんな真似は誰も出来なかったのだろう。
「まぁ殿下」
 とにかく不自然に皆が固まる中、一人動いた人がいた。
 指さされていた麗しの公爵令嬢もさすがに当時は美しいというより愛らしいという感じだったが、それでも落ち着いたなだめるような笑顔を殿下に向ける。
 友人に断りをいれた後、子供とは思えぬ優雅さで殿下の方に向かう。
「そのような重要なことは落ち着いてなさるべきですわ」
 ここで皆は婚約破棄は重要なことなのだなと学んだ……殿下も。
「のちほど、陛下方も交え話し合い、それでもそう思われるのでしたら検討いたしますわ」
 政略なのだから一存で決められないというのは正しい。
 興奮している相手をなだめるときに、言質はとらせずそれでも逆らわないのも正しいだろう。
 というか、ホントにこんな対応子供がしてたのか? 記憶違いじゃないか?

 ……とにかく、多少の美化はあるかもしれないが、令嬢がしっかりした対応をしていた事には違いない。
 あの後もこれ以上問題にならないよう殿下をさりげなく皆から隔離していたし。
 婚約破棄はしっかりうやむやにしたわけだし。

 だが今なら言える。その対応は間違いだったと。
 そのせいで殿下は婚約破棄を宣言すると令嬢が構ってくれるという問題のある行動を学習してしまったのだから。

 令嬢に対する感情がすでに恋に育っていたか分からないが、独占欲はきっちりとあったらしく。
 自分を放っておいて他の人と話しているのが我慢できなかったんだろう。
 あからさまに口説いている相手と話している訳でもないのだから余裕を持てよといいたいところだが、子供の独占欲というのはそういうものではないとさすがに知っている。
 意地を張って構って欲しいと言えず正反対のことを言ってしまう事も。
 その結果が婚約破棄という形になった。

 なのであの時はただのすねた結果だが、その後の婚約破棄は間違いなく味を占めた結果だ。
 これを間違いと言わずなんと言おう。……いや、悪いのは殿下だけど。
 だったらどうすれば最良だったとかと問われても困るが、少なくともその推論に間違いはないはず。

 そんなやりとりがどれだけ目の前でなされたか。
 結局のろけだった訳なのだから、ものすごくバカなことにずっと付き合わされてた気がする。
 それでもこれも、いつか思い出になるのだろうか?

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