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すべてを知ることは出来ない(前編)
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名ばかりの侯爵。それが影でところか表だって言う者すらある我々の立場だ。
そしてそれは間違っていない。
先祖の栄誉はほぼ効力を失い、賜った土地は今や分かりやすくは広さくらいしか見るべきところはない。
当然立場も弱い。
そろそろ領地の返上や爵位を下げる話辺りが出てもおかしくないかもしれない。
そんな事を想定していたからこそ、下の娘が日常的に街に遊びに行くことを止めなかったのだろう。
とはいえ、幼い頃はもちろん付き添い付きで、成長してからもこっそりと護衛はつけていたわけだが。
名ばかりとは言ったが、その名を大切にしているのが貴族という生き物だ。
没落しているならしているなりに体面は保たなければならない。
よって娘が着ている服はその辺りの町娘よりはそれでも上等だった。
領民は善良な人ばかりだが、だからといって心配要らないとは言えない。
そしていくら善良といえど、魔が差したり追い詰められたりする事もあるかもしれない。
ないと本気で全員に対して言い切るならばそれは信頼ではなく事情や意思を認めていないのだろう。
それに領民がいない場所で事故に遭う可能性もあるわけだし。
そしていちばんやっかいなのがまれに来る外部の人間だった。
繰り返すが名はあるのだ。
実情を知ってすらそれを利用できると思う輩はいる。
侯爵令嬢がその辺りをうろついていると知ればやり方は幾らでもあるだろう。
人質にして金や便宜やいろいろなものを要求し、仮に突っぱねたとしても、今度は十年以上後に娘の子供だという幼子を連れたその父親だが後見人だかが現れる可能性もある。事実でも大事だし、嘘だとしても子供は信じているとしたらかわいそうだ。
それでも許していたのは同格以上の爵位の家に嫁ぐことは出来ないであろうからだ。
基本家に籠もり、貴族の社交だけをこなせばいいような生活にならないと予想できるのだから、少しでも違う環境に触れさせておいた方がいい。
ところがその上に、上の娘に殿下との婚約が降ってきた。
体のいい追放先にされただけと分かっていても殿下は殿下だ。
上の娘も下の娘もこの家そのものの立場も微妙になってくる。
下の娘の結婚相手もある意味で選択の幅が広がったし、違う意味では狭まっただろう。
けれどそれでも楽しそうに出かけて行く娘に出歩くなとは今更言えなかった。
今度は嫁いでしまえば自由に出かけることなど出来なくなる可能性が高いだろうと思ったからだ。
あんなに好きなのにいずれは出来なくあるいはやらなくなるのだから、今だけは自由にさせてもいいんじゃないかと。
その中途半端さが、何より自分が侯爵らしくないと告げていた。
その夏は、上の娘と顔合わせ自体はしたものの、その後没交渉だった殿下が公務としてではあるが領地に訪れることとなっていた。
恐らく交流する機会がないことを理由に婚約が解消される方向に行くのを避けたい人がいるのだろう。
無論そうなればこちらも痛いが、所詮田舎。殿下方の方ほど問題にしていなかったので、最初聞いた時首を傾げた。
ところが殿下は領地まで来ていながら暑さで体調を崩したと、万一うつる病だったら迷惑をかけるからと面会を拒否なさいまして。かろうじて会えたのは自分だけ。
どう見ても殿下はお元気そうでした。要するに追放の協力者と仲良くする気はないという意思表示でしょう。こちらは一応命令を受けた立場なのですが。
王族としての教育を受けた上にいい年齢をしているのに……と思わなくもないですか。立場的にも日頃の行い的にもそんな事言えるはずもなく。
妙に一度会ったきりの婚約者を美化している上の娘に何をどう伝えようと悩む。
けれど会わないのはいいことかもしれない。お互いもう少し精神的に大人になってからでないと表面すら取り繕えるか怪しい。
そしてそれは間違っていない。
先祖の栄誉はほぼ効力を失い、賜った土地は今や分かりやすくは広さくらいしか見るべきところはない。
当然立場も弱い。
そろそろ領地の返上や爵位を下げる話辺りが出てもおかしくないかもしれない。
そんな事を想定していたからこそ、下の娘が日常的に街に遊びに行くことを止めなかったのだろう。
とはいえ、幼い頃はもちろん付き添い付きで、成長してからもこっそりと護衛はつけていたわけだが。
名ばかりとは言ったが、その名を大切にしているのが貴族という生き物だ。
没落しているならしているなりに体面は保たなければならない。
よって娘が着ている服はその辺りの町娘よりはそれでも上等だった。
領民は善良な人ばかりだが、だからといって心配要らないとは言えない。
そしていくら善良といえど、魔が差したり追い詰められたりする事もあるかもしれない。
ないと本気で全員に対して言い切るならばそれは信頼ではなく事情や意思を認めていないのだろう。
それに領民がいない場所で事故に遭う可能性もあるわけだし。
そしていちばんやっかいなのがまれに来る外部の人間だった。
繰り返すが名はあるのだ。
実情を知ってすらそれを利用できると思う輩はいる。
侯爵令嬢がその辺りをうろついていると知ればやり方は幾らでもあるだろう。
人質にして金や便宜やいろいろなものを要求し、仮に突っぱねたとしても、今度は十年以上後に娘の子供だという幼子を連れたその父親だが後見人だかが現れる可能性もある。事実でも大事だし、嘘だとしても子供は信じているとしたらかわいそうだ。
それでも許していたのは同格以上の爵位の家に嫁ぐことは出来ないであろうからだ。
基本家に籠もり、貴族の社交だけをこなせばいいような生活にならないと予想できるのだから、少しでも違う環境に触れさせておいた方がいい。
ところがその上に、上の娘に殿下との婚約が降ってきた。
体のいい追放先にされただけと分かっていても殿下は殿下だ。
上の娘も下の娘もこの家そのものの立場も微妙になってくる。
下の娘の結婚相手もある意味で選択の幅が広がったし、違う意味では狭まっただろう。
けれどそれでも楽しそうに出かけて行く娘に出歩くなとは今更言えなかった。
今度は嫁いでしまえば自由に出かけることなど出来なくなる可能性が高いだろうと思ったからだ。
あんなに好きなのにいずれは出来なくあるいはやらなくなるのだから、今だけは自由にさせてもいいんじゃないかと。
その中途半端さが、何より自分が侯爵らしくないと告げていた。
その夏は、上の娘と顔合わせ自体はしたものの、その後没交渉だった殿下が公務としてではあるが領地に訪れることとなっていた。
恐らく交流する機会がないことを理由に婚約が解消される方向に行くのを避けたい人がいるのだろう。
無論そうなればこちらも痛いが、所詮田舎。殿下方の方ほど問題にしていなかったので、最初聞いた時首を傾げた。
ところが殿下は領地まで来ていながら暑さで体調を崩したと、万一うつる病だったら迷惑をかけるからと面会を拒否なさいまして。かろうじて会えたのは自分だけ。
どう見ても殿下はお元気そうでした。要するに追放の協力者と仲良くする気はないという意思表示でしょう。こちらは一応命令を受けた立場なのですが。
王族としての教育を受けた上にいい年齢をしているのに……と思わなくもないですか。立場的にも日頃の行い的にもそんな事言えるはずもなく。
妙に一度会ったきりの婚約者を美化している上の娘に何をどう伝えようと悩む。
けれど会わないのはいいことかもしれない。お互いもう少し精神的に大人になってからでないと表面すら取り繕えるか怪しい。
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