想ひ文

こうやさい

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想ひ文

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 今宵もあの方は来ないから。

 春の嵐が戸を叩く音が聞こえます。牛車の音もそれに紛れるでしょうし、そもそも今日はよほどのことがなければ外に出ないでしょう。
 なのでつい耳を澄ますこともないでしょう。
 こんなにもうるさいというのにいつもよりも心が凪いでいる気がいたします。
 あの方がわたくしのところに来なくなってどれほどの時が過ぎたでしょう。
 ……今は他の女人のところにでも通ってらっしゃるのでしょうか?
 何度も読み返した最後の文に長く会えなくなる事情を告げる言葉はなく。
 戴いたときは変わらない日々が続くと信じておりました。
 その後文を出しても屋敷にはいないとの知らせしか返ってこず。
 待つことしか出来ぬ我が身が口惜しいこと。
 とはいえ今日はこの荒れた天気。
 文使いすら来られないでしょう。
 今日は待たずにすむのです。
 きっと心安らかに眠れることでしょう。

 頬に冷たい何かが触れた気がしてわたくしは目を開けました。
 枕元に微笑むあの方の姿が浮かび上がっていました。
 これは夢です。分かっています。
 誰かの夢を見るのはその方がわたくしを想っているからだというけれど、それは偽りだと知っています。
 女人は見初められるのを待つもの。ならば知らない殿方の夢を見てもおかしくはないはず。
 けれどわたくしはこの方の夢をお会いになるまで見ていないから。
 ……初めから想われていなかったとは思いたくないのです。
 夢だと分かっているのに来られないことを詫びられ、それが悲しくも嬉しく思います。
 方違えのさなかに病に倒れ家にも帰れず今夜とうとう儚くなってしまったと。
 夢とはいえ殺してしまうほど憎かったのか――愛していたのかと思うと嗤うしかありません。
 わたくしはきっと疲れて諦めてしまいたかったのでしょう。ですからこんな夢を見るのです。
 目が覚めてもこの夢を覚えていればそうすることが出来るでしょうか?

 そうして目を覚ましてみるとあの人は当然いませんでした。
 ただ枕元に見覚えのない紙が一枚。
 なにかに濡れて文字がにじみまともに読めないけれど、所々残る文字の手跡は見覚えのあるあの方のもので。
 慌てて文箱に向かい開けてみましたが、特に以前と変わった様子はありません。
 そういえば確かに吉凶を占ったと伺いました。その結果の方違えで病を得たのでは何の意味もなかったということになり、家人の対応も慎重になるでしょう。
 その時戯れで式神を作るところを見せていただいたと。
 紙が術者そっくりに化けたのだと。
 あの方は術者では無かったけれど。
 そんなふうに今際の際に会いに来てくださったのだと。

 もちろんただの夢だったのかもしれません。
 この紙だって今までもらった文のどれかが何かの拍子にここにあっただけかもしれません。
 それでも今のわたくしにとっては真実なのです。

 やっと泣くことが出来るのですから。
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