婚約破棄すらしてくれない

婚約破棄すらしてくれない

『おおきくなったらけっこんしようね』
　それは叶わないことだと知っている。

　あたしには前世の記憶がある。
　なのでこの世界はもうすぐ近世辺りのヨーロッパ風寄宿舎付き学園物の大長編少女漫画の世界だと知っている。
　どれくらい大長編かというとまともに連載していたのにあたしが死ぬ前に終わらなかったくらいといえば想像はつくと思う。
　もっとも寿命で死んだのではないのだから、ちょっとばかりインチキな言い方だけど。

　そして転生先あたしはそのマンガの中ではモブですらなかった。背景にも回想シーンにも出て来ない。
　母が女中として仕えている家の令息が登場人物の一人でなかったら気づかなかったか、気づくのはもっと後になっていただろう。

　あたしより一つ年下の坊ちゃまは、漫画内ではモブではないがメインヒーローでもなかった。
　作中では恋愛感情と明確にいわれなかったが影でヒロインを支え続け、展開に困ったときのフォローキャラと呼ばれながらもそのけなげさにファンは多く、ヒロインがメインヒーローと心通わせたところで次回に続ひいたときに、ネット上では同情と心配の声が溢れていた。
　あたしもかなりガチで心配した。
　あいにくとその後どうなったかは分からない訳だけど。
　こんな形でその続きがある意味知れるかもしれないことになった。

　まだヒロインに出会っていない頃の坊ちゃまは、ただの無邪気なお子様で、年が近いだけの使用人の子供あたしにくったくなく懐いていた。
　それでも幼なじみと結婚の約束をするとか外さない辺りやっぱり少女漫画の登場人物なんだなぁと思った。
　その後ヒロインに惚れるのが分かっていたこともあり、やんわりと断ったのだけれど、そういう時だけ滅多に言わないわがままを言うのはずるいと思う。
　あまりにも報われなかった漫画でのことを思い出してつい肯いてしまった。

　けれどあたしは背景にも回想にも出て来ない。
　基本ヒロイン視点とはいえ、本当にそれだけなら坊ちゃまの出番はほとんどなくなっていただろうというくらい影で支えていたのだから、坊ちゃまが独白したり、ヒロインに隠れて行動したりする場面も当然描かれている。
　繰り返すけれどあたしは出ない。
　つまり完全に坊ちゃまの興味がんちゅうから消えている。

　幼い頃の約束なんてそんなものといえばそうなのだけど。
　こうやって結婚の約束も想い出としてすら意味のないものになってしまった。

　たとえ前世の記憶がなくても叶うと信じられるほど立場の違いは甘くないわけだけど。
　切ないと思うのは、前世から続くファン心理なのだろうか？
　それとも今学園でヒロインを見つめているであろう坊ちゃまの気持ちが移ったのだろうか？