とある日

だるまさんは転ばない

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晴れのち曇りのち雨

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東京の朝は、いつもと同じように慌ただしく始まった。オフィスビルの群れが並ぶ街の一角で、20歳の男、涼(りょう)は耳にイヤホンをつけ、軽快な音楽を聞きながら自転車を漕いでいた。彼は大学の授業に向かう途中で、空を見上げては微笑む。この季節、秋の始まりを感じさせる澄んだ青空が広がっている。

「今日は絶対に晴れるな」

心の中でつぶやきながら、自転車のスピードを少しだけ上げた。気持ちのいい風が頬を撫で、彼の髪を乱す。それでも、彼は急ぐ必要はないと知っていた。今日は特別な日だったからだ。

一方、都内のカフェで20歳の女、真奈(まな)はホットコーヒーを一口飲みながら、窓の外に広がる街の風景を眺めていた。彼女の心は少しだけ緊張している。今日は彼女にとっても特別な日だった。涼との再会。それは、彼女がずっと心のどこかで待ち望んでいた瞬間だった。

「最後に会ったのは、もう一年も前か…」

大学の友人たちと訪れた旅行先で偶然出会った涼とは、その時意気投合し、しばらくは毎日のように連絡を取り合っていた。だが、大学生活が忙しくなるにつれて、徐々に距離ができ、最後に会ったのは去年の夏の終わりだった。

「今日はどんな話ができるんだろう…」

彼女は少し微笑んでカップを置いた。窓の外にはまだ青空が広がっている。今日は天気予報でも、穏やかな晴れが一日中続くと言っていた。涼は、自分が好きな青空の下で、また真奈と会えることを楽しみにしているだろう。

待ち合わせの場所は、二人がよく訪れた公園のベンチ。広がる木々の緑に囲まれたその場所は、彼らが何度も一緒に時間を過ごした思い出の場所だ。真奈はそこに向かう途中、涼との思い出を振り返りながら、少しずつ期待が膨らんでいくのを感じた。

「涼、今どんな風にしているかな…」

彼女はその考えを頭から追い払おうとし、ただ目の前に広がる景色に集中しようとした。公園は静かで、秋の気配を感じさせる涼しい風が時折木の葉を揺らしていた。ベンチに座って、携帯電話を取り出し、涼からのメッセージを確認した。

「もう少しで着くよ」

その短いメッセージを見て、彼女は胸が少し高鳴った。涼の顔を思い浮かべ、その笑顔が近づいてくるのを想像する。涼とは、多くを語らなくても自然に通じ合える関係だと感じていた。再会を果たしてから、どんな話題でも楽しく話せるだろうという安心感があった。

やがて、遠くから涼の姿が見えた。自転車に乗り、軽やかな動きでこちらに向かってくる。その姿を見るだけで、真奈は自然と笑顔になった。彼が近づくと、彼女は手を振り、彼もまた手を軽く振り返してくれた。

「お待たせ、真奈」

涼がベンチの前で自転車を降り、息を整えながら言った。彼の顔には汗が少し光っていたが、その瞳はいつも通り明るい。

「全然待ってないよ。今日は天気もいいし、ちょうど良かった」

真奈はにこやかに答え、二人はベンチに並んで腰掛けた。自然と話が始まり、二人はお互いの近況を報告し合った。涼は大学でのプロジェクトやサークル活動の話をし、真奈もまたバイトや勉強のことを話した。

時間が経つにつれて、会話はどんどんと盛り上がり、ふたりの距離が少しずつ縮まっていくのを感じた。お互いに言葉を選ばなくてもいい、心地よい関係。そんな二人の時間は、青空の下でゆったりと流れていた。

「ねえ、真奈」

ふいに涼が真面目な顔で声をかけた。彼の瞳には、何か言いたげな光が宿っている。真奈もその視線に気づき、少しだけ心がざわめいた。

「なに?」

「実は、言わなきゃいけないことがあるんだ」

彼はその言葉を静かに口にした。その一瞬、周りの空気がピンと張り詰めたような気がした。真奈は次に続く言葉を待つが、涼はすぐに言葉を紡がない。まるで、その先にある言葉を選びあぐねているようだった。

「どうしたの?」

真奈は少し不安になりながらも、涼の目を見つめた。その目は、いつもとは違う、何かを抱えたような深さを持っていた。

「…僕、来年の春に、留学するんだ」

その言葉を聞いた瞬間、真奈の胸に小さな痛みが走った。言葉を飲み込み、何かを言おうとしたが、喉が詰まって出てこなかった。涼は続けて言った。

「カナダに行くんだ。向こうの大学で、しばらく勉強したいって思ってる」

静かな口調で、涼はその決断を真奈に告げた。彼の表情には迷いはなかったが、同時に何かを探るような、不安げな目をしているようにも見えた。

「そっか…」

ようやく、真奈は言葉を絞り出した。青空はまだ広がっているが、彼女の心には少し曇りが差したような気がした。

涼が黙り込む。公園の木々が風に揺れる音だけが、二人の間に静かに流れていた。

あの日から数週間、涼と真奈はお互いに避けるような形で過ごしていた。どちらも忙しかったのは確かだが、涼の留学の話が二人の間に重い雲をかけていたことは否めない。曖昧な空気が続く中、真奈は日々、自分の気持ちと向き合い続けていた。

「このままでいいのかな…」

そんなことを考えながら、彼女は再びあの公園に足を運んでいた。前回、涼から留学の話を聞かされた場所だ。あの日は青空が広がっていたが、今日はどんよりとした曇り空が広がっている。

「なんで、こんなに迷うんだろう」

ベンチに腰掛け、彼女はその問いを自分に投げかけた。涼が留学するという決断自体に反対する理由はない。むしろ、彼が自分の夢に向かって一歩を踏み出すことを尊敬していた。彼の真剣な姿を見て、彼女も何かしら前に進まなければならないと思った。

だが、それでも心に残るのは、これまでの二人の時間だ。涼との日々は、彼女にとってかけがえのないものだった。特別な感情があることは、自分でも認めざるを得なかった。

「私、このまま涼が行っちゃってもいいのかな…」

自問自答を続ける真奈の元に、突然、スマートフォンが震えた。画面を見ると、涼からのメッセージだった。

「今から会えないかな?公園に行く」

それは簡潔なメッセージだったが、真奈の心に波紋を広げた。彼が話したいことは何だろうか。曇り空の下で、彼女は自分の中でどんな答えを出せばいいのかを考えながら、もう一度、涼との再会を待つことにした。

涼は自転車を漕ぎながら、前回と同じ公園に向かっていた。曇り空が広がり、空気はひんやりとしている。彼もまた、真奈に対してどのように接するべきかをずっと悩んでいた。留学の話を切り出したあの日、彼女がどれだけ動揺していたかはすぐに分かった。それでも、自分の決断を伝えないわけにはいかなかった。

「これでいいんだ」

そう自分に言い聞かせながら、公園に着くと、すでにベンチに座っている真奈の姿が見えた。彼女の横顔は少し切なげに見える。彼女の存在が、今の自分にとってどれほど大きなものかを改めて感じる瞬間だった。

「やあ、待たせた?」

涼は自転車から降りて、いつも通りに声をかけた。真奈は静かに首を横に振る。

「ううん、ちょうど良かった」

涼はそのまま彼女の隣に座り、二人はしばらく黙ったまま、目の前に広がる曇り空を見つめていた。曇った空はどこか重苦しく、二人の気持ちを象徴しているかのようだった。

「この前は…驚かせてごめん」

涼が先に口を開いた。真奈は少しだけ肩をすくめて笑った。

「ううん、ちゃんと伝えてくれてありがとう。でも…やっぱり、私、どうしても考えちゃうんだ」

真奈の言葉はどこか途切れがちで、感情を抑えようとしているように感じられた。涼は彼女の横顔を見つめる。彼女が何を考えているか、全てを知ることはできないが、何かしらの答えを出そうとしているのは感じ取れた。

「涼が留学するのは、すごいことだと思う。涼らしい決断だし、応援したいって心から思ってる。でも…」

そこで真奈は言葉を詰まらせた。涼は黙って彼女の次の言葉を待った。

「でも、私たち、このままでいいのかな?距離ができるって分かってても、何も変わらないって信じていいのかな?」

真奈の言葉には、今まで隠していた本音が滲んでいた。涼は何も言えず、しばらく黙っていたが、彼女の質問には真剣に向き合う必要があると感じた。

「正直に言うと、僕もずっと考えてた。真奈とは、このまま普通の友達として離れるのか、それとも…何かもっと大事なものがあるのか」

涼の言葉を聞き、真奈はその瞳をまっすぐに見つめ返した。お互いの気持ちがぶつかり合い、言葉にしなければならない時が来たのだと、二人は感じていた。

「真奈、僕は、君のことが特別だと思ってる。今までも、これからも。だから、留学が終わったら、また君と一緒に時間を過ごせたらいいって思ってる」

涼はその思いを言葉に乗せた。彼自身、この告白がどれほどの意味を持つのかはよく分かっていたが、真奈に対して正直であることが何より大切だと感じていた。

真奈はしばらく黙ったままだったが、次第に涙がにじんでくるのを感じた。彼女は笑いながらその涙を拭い、涼の顔をじっと見つめた。

「私も、涼のことが特別だと思ってる。でも…今すぐに一緒にいることは難しいよね。それでも、待つって決めたら、涼を信じていいのかな?」

彼女の声は震えていたが、真剣だった。涼はその問いに深くうなずいた。

「もちろん。僕も、真奈のことを信じてる。離れていても、僕たちの気持ちは変わらないって」

その言葉を聞いた真奈は、小さく息を吐いて微笑んだ。曇り空の下で二人は手をつなぎ、何も言わずにしばらくそのまま時間を共有した。やがて、雲の切れ間から一筋の光が差し込んできた。

「もうすぐ雨が降りそうだね」

真奈がふと空を見上げて言った。涼もそれに気づいてうなずいた。

「でも、雨のあとにはきっとまた青空が広がるよ」

そう言って二人は、再び晴れる日を信じて、それぞれの未来に向かって歩き出した。
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