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洗濯機の音
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廊下の先にある古い洗濯機が、ガタン、ゴトンとリズムを刻む音が響いていた。久しぶりに家中に響くその音を、夕日が柔らかく差し込むリビングで、佐藤美佳子は何となく聞き流していた。
「ママ、この洗濯機、音が変だよ」
リビングのテーブルに腰かけ、漫画を読んでいた息子の健太が、洗濯機の音を不思議そうに聞いている。小学校4年生の彼にとって、家の中のものが「普通」でないことに気づくのは珍しいことだった。普段はゲームや友達のことに夢中で、家のことにはあまり関心がない。しかし、その日はなぜか、健太の耳にはその洗濯機の音が気になるらしい。
「そう?ちょっと古くなってるからかな。でもまだ動いてるし、大丈夫よ」
美佳子はそう答えながらも、実際には気にしていた。確かに、最近洗濯機の音が大きくなってきているような気がする。しかも、洗濯物を取り出すときに、なんだか少し湿っぽいような、奇妙な感触が残ることもあった。だけど、壊れているわけでもないし、修理を頼むのは面倒くさい。何より、今月は色々な出費が重なっていたので、できれば余計なお金はかけたくなかった。
健太は立ち上がり、廊下に向かっていった。美佳子は特に気にせず、彼が興味本位で見に行っただけだろうと思っていた。しかし、しばらくすると廊下のほうから声が聞こえてくる。
「ママ、なんか変だよ!洗濯機の中で何か喋ってる!」
「何言ってるの、健太」
美佳子は軽く笑いながらも、健太の声の調子に不安を感じて廊下に足を運んだ。そこには洗濯機の前に立ち尽くしている健太がいた。彼の顔は真剣そのもので、少し青ざめている。
「ほら、聞こえない?」
美佳子は洗濯機に耳を近づけた。確かに、ガタンゴトンというリズムの中に、何か別の音が混ざっているような気がした。低い声…それは人間の声だった。
「助けて…」
美佳子の背筋が一瞬にして凍りついた。確かに、洗濯機の中から誰かの声が聞こえてくる。彼女は思わず後ずさりし、健太を引き寄せた。
「なんなの…これ」
その時、玄関のドアが音を立てて開いた。帰宅した夫の達也が、スーツのジャケットを脱ぎながら入ってきた。
「ただいま、何かあった?」
達也の声に、美佳子はすぐに洗濯機のことを話した。しかし、彼はただ困惑した表情を浮かべただけだった。
「洗濯機が喋るって、そんなことあるわけないだろう」
そう言いながらも、達也は洗濯機に耳を近づけた。彼の顔が一瞬にして固まる。
「…嘘だろ」
「でしょ!?どうするの、これ!?」
二人はどうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くした。
健太は恐る恐る洗濯機のドアに手をかけた。
「健太、やめなさい!」
美佳子が叫んだ瞬間、健太はドアを開けてしまった。ドアが開いた途端、洗濯機の中から勢いよく何かが飛び出した。二人は驚き、後ろに飛びのいた。
しかし、それは人ではなく…小さな布きれだった。美佳子は驚きつつも、その布きれを拾い上げた。よく見ると、それは古びたタオルの切れ端だった。
「これ…見覚えがある」
達也がタオルを覗き込みながら言った。「昔、健太が赤ちゃんの頃に使ってたタオルだよ。ずっと前になくなったと思ってたけど…洗濯機に入ってたのか?」
そのタオルを手に持つと、健太が「なんだ、これだけ?」と少しがっかりしたように言った。
美佳子は一瞬、不思議な気持ちになったが、何かが解決したような安堵感が押し寄せてきた。
「でも、声は…」
再び耳をすませると、洗濯機の音はただの機械音に戻っていた。もう誰も喋っていない。達也も一緒に確認し、やっぱり普通だと頷いた。
「何か、気のせいだったのかもね。古いものだから、たまには変なこともあるのかもしれない」
そう言って、達也は笑ってみせた。美佳子も、それに釣られるように微笑んだ。怖がっていた健太も、少しずつ表情が和らいでいく。
「ああ、そうか。きっとこのタオルが、僕たちに挨拶してたんだよ」と健太が言った。「長い間、洗濯機の中で迷子になってたからね」
それを聞いた二人は思わず笑ってしまった。美佳子は、そっとタオルを畳み、リビングの棚に置いた。古いタオルが、家族の記憶の一部として新しい居場所を見つけたような気がした。
「よし、夕飯にしようか」と達也が提案した。
その晩、家族は久しぶりにリビングでのんびりと過ごした。洗濯機の音はもう気にならなくなり、ただ家の中を優しく包むように響いていた。
それは、何も異常ではなく、ただずっと家族を見守り続けてきた洗濯機の音だったのかもしれない。
夜が更ける頃、誰もいないリビングには静けさが広がっていた。美佳子は少し早めにベッドに入り、今日の出来事を思い返していた。洗濯機の音が不思議なことに、今では心地よく感じられ、日常の一部として溶け込んでいる。
「何だったのかしらね、あの声」
そんなことをぼんやりと考えながら、美佳子は深い眠りに落ちた。その間、洗濯機は静かに、家族の新しい日常を見守り続けていた。
「ママ、この洗濯機、音が変だよ」
リビングのテーブルに腰かけ、漫画を読んでいた息子の健太が、洗濯機の音を不思議そうに聞いている。小学校4年生の彼にとって、家の中のものが「普通」でないことに気づくのは珍しいことだった。普段はゲームや友達のことに夢中で、家のことにはあまり関心がない。しかし、その日はなぜか、健太の耳にはその洗濯機の音が気になるらしい。
「そう?ちょっと古くなってるからかな。でもまだ動いてるし、大丈夫よ」
美佳子はそう答えながらも、実際には気にしていた。確かに、最近洗濯機の音が大きくなってきているような気がする。しかも、洗濯物を取り出すときに、なんだか少し湿っぽいような、奇妙な感触が残ることもあった。だけど、壊れているわけでもないし、修理を頼むのは面倒くさい。何より、今月は色々な出費が重なっていたので、できれば余計なお金はかけたくなかった。
健太は立ち上がり、廊下に向かっていった。美佳子は特に気にせず、彼が興味本位で見に行っただけだろうと思っていた。しかし、しばらくすると廊下のほうから声が聞こえてくる。
「ママ、なんか変だよ!洗濯機の中で何か喋ってる!」
「何言ってるの、健太」
美佳子は軽く笑いながらも、健太の声の調子に不安を感じて廊下に足を運んだ。そこには洗濯機の前に立ち尽くしている健太がいた。彼の顔は真剣そのもので、少し青ざめている。
「ほら、聞こえない?」
美佳子は洗濯機に耳を近づけた。確かに、ガタンゴトンというリズムの中に、何か別の音が混ざっているような気がした。低い声…それは人間の声だった。
「助けて…」
美佳子の背筋が一瞬にして凍りついた。確かに、洗濯機の中から誰かの声が聞こえてくる。彼女は思わず後ずさりし、健太を引き寄せた。
「なんなの…これ」
その時、玄関のドアが音を立てて開いた。帰宅した夫の達也が、スーツのジャケットを脱ぎながら入ってきた。
「ただいま、何かあった?」
達也の声に、美佳子はすぐに洗濯機のことを話した。しかし、彼はただ困惑した表情を浮かべただけだった。
「洗濯機が喋るって、そんなことあるわけないだろう」
そう言いながらも、達也は洗濯機に耳を近づけた。彼の顔が一瞬にして固まる。
「…嘘だろ」
「でしょ!?どうするの、これ!?」
二人はどうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くした。
健太は恐る恐る洗濯機のドアに手をかけた。
「健太、やめなさい!」
美佳子が叫んだ瞬間、健太はドアを開けてしまった。ドアが開いた途端、洗濯機の中から勢いよく何かが飛び出した。二人は驚き、後ろに飛びのいた。
しかし、それは人ではなく…小さな布きれだった。美佳子は驚きつつも、その布きれを拾い上げた。よく見ると、それは古びたタオルの切れ端だった。
「これ…見覚えがある」
達也がタオルを覗き込みながら言った。「昔、健太が赤ちゃんの頃に使ってたタオルだよ。ずっと前になくなったと思ってたけど…洗濯機に入ってたのか?」
そのタオルを手に持つと、健太が「なんだ、これだけ?」と少しがっかりしたように言った。
美佳子は一瞬、不思議な気持ちになったが、何かが解決したような安堵感が押し寄せてきた。
「でも、声は…」
再び耳をすませると、洗濯機の音はただの機械音に戻っていた。もう誰も喋っていない。達也も一緒に確認し、やっぱり普通だと頷いた。
「何か、気のせいだったのかもね。古いものだから、たまには変なこともあるのかもしれない」
そう言って、達也は笑ってみせた。美佳子も、それに釣られるように微笑んだ。怖がっていた健太も、少しずつ表情が和らいでいく。
「ああ、そうか。きっとこのタオルが、僕たちに挨拶してたんだよ」と健太が言った。「長い間、洗濯機の中で迷子になってたからね」
それを聞いた二人は思わず笑ってしまった。美佳子は、そっとタオルを畳み、リビングの棚に置いた。古いタオルが、家族の記憶の一部として新しい居場所を見つけたような気がした。
「よし、夕飯にしようか」と達也が提案した。
その晩、家族は久しぶりにリビングでのんびりと過ごした。洗濯機の音はもう気にならなくなり、ただ家の中を優しく包むように響いていた。
それは、何も異常ではなく、ただずっと家族を見守り続けてきた洗濯機の音だったのかもしれない。
夜が更ける頃、誰もいないリビングには静けさが広がっていた。美佳子は少し早めにベッドに入り、今日の出来事を思い返していた。洗濯機の音が不思議なことに、今では心地よく感じられ、日常の一部として溶け込んでいる。
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