とある日

だるまさんは転ばない

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雨の日のティッシュ

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小さなカフェの窓際で、遥は静かにコーヒーを飲んでいた。店内は昼下がりの静けさに包まれ、心地よい音楽が薄く流れている。外は雨。しとしとと降り続ける雨粒が窓を伝い、まるで一枚のキャンバスに絵を描いているようだった。

ふと、隣のテーブルに座る男性がくしゃみをした。彼はすぐにポケットを探ったが、どうやらティッシュがないようで、困った顔をしている。

「すみません、ティッシュありますか?」と、彼は隣のテーブルにいる遥に声をかけた。

「あ、ありますよ。どうぞ。」遥は鞄からティッシュを取り出し、一枚手渡した。

「ありがとうございます。」彼は笑顔で受け取り、鼻をかんだ。

それから二人の間に短い沈黙が流れたが、気まずさはなく、むしろ穏やかな空気が漂っていた。雨の音が二人を包み込み、遥は再び窓の外に視線を戻した。

「雨、結構降ってますね。」彼が話しかけてきた。

「そうですね、帰るのが少し大変そうです。」遥は微笑んで答えた。

「僕も傘を忘れてしまって…困ったものです。」彼は肩をすくめて笑う。

その自然な笑顔に、遥もつられて少し笑った。会話が広がるとは思っていなかったが、どこか気を許せる雰囲気を感じた。

「このカフェ、よく来るんですか?」彼はカウンターを指しながら尋ねた。

「ええ、家の近くなので、よく利用してます。あなたは?」

「実は今日が初めてなんです。出先で雨に降られて、ちょっと避難してきたんですよ。」

「それは偶然ですね。私も今日はたまたま時間があって、ふらっと立ち寄ったんです。」

会話は自然に続き、二人はしばらくの間、カフェの温かな空間で話し込んだ。彼の名前は翔太。仕事の合間に立ち寄ったこのカフェで、急な雨に捕まったらしい。そんなささやかな偶然が、二人を引き合わせた。

「そうだ、ティッシュありがとうございました。これ、本当に助かりました。今日に限って、忘れてくるなんて。」

「気にしないでください。私もよく忘れるので。」遥も笑いながら答えた。

雨はまだ止みそうにない。二人は外の景色を眺め、また静けさが戻ってきた。しかし、その静けさはもう気まずいものではなかった。むしろ、心地よい間だった。

「ねえ、あなたは普段、ティッシュをどこに置いてますか?」翔太が突然質問した。
 
「えっ?」思わぬ質問に、遥は笑ってしまった。「私は鞄にいつも入れてます。出先で何かと便利ですから。」

「なるほど、賢いですね。僕はいつも車の中に置いてて、今日はそれを忘れて出てきたんです。」

カフェでの短いひとときが、まるで雨の音にリズムを合わせるように穏やかに流れた。遠くで聞こえるカップや皿の音が、二人の会話に微かに溶け込む。

「雨、少し弱くなってきましたね。」遥が窓を指さして言った。

「本当ですね。少しずつ帰り時が近づいているみたいです。」翔太も外を眺める。

そして、しばらく二人とも外の景色に見入っていた。けれども、どこか寂しいような感覚が漂っていた。せっかく出会った偶然の時間が、もうすぐ終わりを迎えるのではないかという感覚だった。

翔太が先に口を開いた。

「今日は、雨のおかげで素敵な時間が過ごせました。遥さん、良ければまたどこかでお茶でもしませんか?」

その言葉に、遥は驚きつつも、心が少し暖かくなるのを感じた。ティッシュ一枚がきっかけで、こんな風に誰かと繋がることができるなんて、思ってもみなかった。

「はい、ぜひ。またこんな風に話せたら嬉しいです。」

翔太はにっこりと微笑んだ。「それじゃあ、連絡先を交換してもいいですか?」

遥は頷き、二人はスマホを取り出して連絡先を交換した。雨はまだ止んではいなかったが、外は少し明るくなってきていた。

「気をつけて帰ってくださいね。」遥が言うと、翔太は「ありがとう、あなたも」と答えた。

そして、二人はそれぞれ違う方向へと歩き出した。小さなカフェでの偶然の出会いが、どこか新しい何かに繋がるような予感が、遥の胸に残った。

雨はまだしとしとと降り続いていたが、その音はどこか心地よく、静かに二人の背中を見送っていた。
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