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箱庭 × オルゴール
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杏奈(あんな)は高校2年生の夏を迎えていた。友人たちとおしゃべりを楽しみながら食べるお弁当が、忙しい毎日の中で彼女の唯一の息抜きであり、母が作ってくれるお弁当の中には、愛情と季節の味がたっぷり詰まっていた。
ある日、家の片づけを手伝っていると、古びたオルゴールが出てきた。どうやら母が若い頃、祖母から受け継いだもので、もう何年も使っていないという。美しい花の彫刻が施された小さな箱で、蓋を開けると懐かしい音色が響く。杏奈はそのオルゴールに心惹かれ、母から譲り受けることにした。
その夜、杏奈はふとオルゴールを鳴らしながら母の作ったお弁当を眺めていた。オルゴールからは甘くもどこか哀愁漂う音色が流れ、杏奈の心をくすぐった。ふと、風が止み、静かな異空間に引き込まれるような感覚が彼女を襲う。気づけば杏奈は、見たこともない場所に立っていた。周りには青い花が一面に咲き誇り、柔らかな光が降り注いでいる。どうして自分がここにいるのかわからないが、不思議と恐怖心は感じなかった。
「あれ、君もここにいるのか?」
背後から声が聞こえ、振り向くとクラスメイトの蓮(れん)が立っていた。彼とは同じクラスだが、特に話したことはなく、顔を合わせても軽く挨拶を交わす程度の関係だった。しかし、異空間での再会ということもあって、杏奈は自然と心を開き、蓮に話しかけた。
「どうしてここにいるのか、わからないんだけど…。」
「俺もだよ。でも、さっきからこのオルゴールが鳴っていて…これが原因じゃないかと思って。」
蓮もまた、自分の家の古道具屋で手に入れたという同じデザインのオルゴールを持っていた。それぞれのオルゴールから響く音色が、共鳴して異空間を作り出しているのだと二人は仮定した。現実世界ではほとんど会話することのなかった二人が、ここでは互いの存在を頼りにするように親しく語り合い、時には無邪気な笑顔を見せ合うようになっていった。
こうして二人は放課後や休日、何度もオルゴールを開き、秘密の逢瀬を楽しむようになった。現実の喧騒から離れたその空間で、杏奈と蓮はいつもより素直な自分を見せ合い、次第に親しさを深めていった。異世界では時間の感覚が不思議なほど曖昧で、二人が触れ合うと、現実では感じられないほどの鮮烈な感覚が蘇る。温もり、匂い、肌触り。異世界ではそれがどれも鮮明に感じられた。
そんなある日、異世界の中で蓮はふと杏奈の手に触れた。その瞬間、彼女はまるで電流が流れたかのような感覚に囚われ、心臓が早鐘を打つのを感じた。蓮もまた驚いた表情を浮かべたが、どこか誇らしげな微笑みを浮かべた。
「杏奈、君といるとここがもっと特別な場所に感じる。」
蓮の言葉に、杏奈も思わず顔を赤らめた。異空間では自然に触れ合えることが多くなり、二人はその新しい感覚に次第に夢中になっていった。しかし、この異世界で過ごす時間が長くなるにつれ、現実世界での些細な違和感も生じ始めていた。
最初は気のせいかと思ったが、ある日、杏奈が授業中にふと異世界の景色を思い浮かべた瞬間、教室の空気が一瞬だけ止まったように感じた。また、友人が話したことが頭に入らなかったり、時間の感覚が曖昧になることが増えた。どうやら異世界での逢瀬が、現実に少しずつ影響を及ぼしているようだった。
蓮もまた異変に気づいており、二人は「異世界」と「現実」の繋がりについて考え始めた。
「蓮、このままでいいのかな?」
「わからない。でも、君とここで会うのが、僕の一番の楽しみなんだ。」
杏奈も蓮と過ごす時間が大切になっていることを実感していた。異世界で二人が感じる感覚や思いは、普段の現実では得られないものだった。しかし、日常生活に影響が出始める中で、杏奈はどこかで危険を感じていた。
ある夕方、異世界での逢瀬を重ねるうちに、二人は互いの存在にますます惹かれていった。杏奈は、蓮が手を伸ばし髪に触れると、心が揺れ動き、思わず目を閉じた。蓮も優しく彼女の手を取ると、その手にそっとキスを落とした。その瞬間、二人の心が一体となる感覚が広がり、現実とは異なる強烈な感情が溢れ出した。
だが、その逢瀬が終わり、杏奈が現実に戻ると、心の中に妙な不安が残った。現実では普段通りの日常が続いているが、異世界での触れ合いの影響か、少しずつ自分が変わっていくような気がしてならなかった。
それでも蓮と会いたいという気持ちは強まり、放課後にオルゴールを開くことが杏奈の日課になっていった。そしてある日、異世界で蓮と再会した際、彼は意を決したように口を開いた。
「杏奈、君と過ごすこの時間が本当に大切なんだ。でも、このまま続けると何か悪いことが起きそうな気がしている。だから…。」
蓮の言葉を遮るように、杏奈は彼の手を強く握った。恐怖よりも蓮への想いが勝っていた彼女は、異世界の終わりを望まず、二人でこの秘密の場所を守りたいと心から思ったのだ。
蓮もまた、杏奈の強い意志を受け止めるように、彼女の手をぎゅっと握り返した。二人は、現実と異世界の間にある危険な境界線を知りながらも、この空間で互いの想いを確かめ合い、さらに深い繋がりを求めていった。
異世界での逢瀬を繰り返すうちに、杏奈は現実での時間や空間に対する感覚が、どんどん曖昧になっていくのを感じ始めていた。それでも、彼女は放課後や休日になると蓮との秘密の空間に引き寄せられるようにオルゴールを開き、再び青い花が咲き乱れるその箱庭のような異世界に降り立つ。
ある日の夕方、異世界に立つといつもより薄暗く、静まり返っていた。蓮はすでに到着しており、杏奈を見つめる瞳には、これまでとは違う何かが宿っていた。息を呑むような静寂の中で、蓮は杏奈に一歩近づき、囁くように口を開いた。
「ここでの時間が、永遠に続けばいいのに…」
杏奈も同じ想いだった。蓮の前に立つと、二人の距離は言葉もいらないほど近づき、互いの吐息が肌に感じられる。静かな箱庭の中で、杏奈は蓮の指が自分の髪に触れるのを感じ、心臓が早鐘を打ち始めた。蓮の指は、そっと彼女の頬をなぞり、その指先がゆっくりと唇に触れると、杏奈の中で抑えていた感情が次第に溢れ出していった。
蓮は彼女の背中に手を回し、静かに引き寄せると、杏奈は抵抗することなくその腕の中に包まれた。異世界の中で触れ合うたびに、二人の感覚は現実以上に鋭敏になり、普段なら感じられないような繊細な反応が全身に伝わってきた。杏奈は蓮の肌の温もりや香りを感じ取り、彼の存在が次第に自分の中に溶け込んでいくようだった。
「蓮…。」
杏奈が小さく名前を呼ぶと、蓮はその声に応えるように、優しく彼女の唇に触れた。柔らかく、しかし確かに感じる温もりが唇に伝わり、杏奈は思わず目を閉じた。蓮の唇は彼女の唇をなぞるように動き、二人の呼吸が重なり合う。杏奈は、現実では決して見せることのない自分を蓮にさらけ出していくような感覚に包まれていた。
二人の心と身体は、異世界の空気と共鳴し合うように一体となり、次第に激しさを帯びていった。蓮の手が杏奈の首筋に触れると、彼女はその指先のひんやりとした感触に身震いし、体が自然と彼の方へと引き寄せられる。蓮の手が滑らかに彼女の肩へ移動し、柔らかく抱きしめられると、杏奈は自分の内側でくすぶっていた感情が一気に解き放たれるのを感じた。
異世界の箱庭はいつもとは異なり、二人だけのために用意された小さな宇宙のように、時間が止まったような静寂に包まれていた。二人の鼓動が静寂を破り、互いの温もりを求め合ううちに、杏奈はこの場所でなら蓮と全てを分かち合えると感じ始めた。
やがて蓮は、杏奈の耳元でそっと囁いた。
「杏奈、俺は君のすべてが欲しい。」
その言葉に杏奈は身を委ね、蓮の指先が彼女の手を優しくなぞるたびに、二人の間に流れる熱が高まっていく。蓮の手が彼女の背中を包み込むと、杏奈は自分の鼓動がさらに高鳴るのを感じ、彼の存在がどれほど大きなものかを実感する。
二人の距離が縮まるたびに、彼女の肌が蓮の指先に触れる感覚が鮮烈に蘇り、蓮の声が彼女の耳元で響くたびに、杏奈の全身が彼のために反応していく。その夜、箱庭の異世界で二人はすべてを捧げ合い、互いの存在を確かめるように抱きしめ合った。
次の朝、杏奈は現実世界に戻ると同時に、自分の中に何かが抜け落ちてしまったような感覚に襲われた。昨日の逢瀬が夢であったかのように曖昧で、しかし確かな感触と余韻だけが身体に残っていた。蓮と過ごした箱庭での時間が、心にも身体にも深く刻み込まれており、現実に戻った今でもその名残が肌に残っているように感じられた。
だが、異世界での強烈な体験が、杏奈の日常に影響を及ぼし始めているのを彼女も次第に実感するようになった。クラスメイトの顔や先生の声がどこかぼやけて聞こえたり、母に何かを尋ねられてもすぐに返事ができないことが増えてきた。異世界で蓮と触れ合うたびに、現実がまるで色褪せていくかのような違和感に包まれ、彼と過ごす時間が今や生きる糧のようになっていた。
放課後、杏奈は蓮に会うために再びオルゴールを開き、異世界に足を踏み入れた。青い花が彼女を迎え、箱庭の静寂が二人のために広がっている。しかし、その日、蓮は深刻な表情を浮かべていた。
「杏奈、君も気づいているよね。俺たちがここに来るたび、現実が壊れていっている。」
蓮の言葉に、杏奈も曖昧にうなずく。異世界での逢瀬が現実に大きな影響を及ぼしていることを彼女も感じていた。しかし、ここでの時間が二人にとってかけがえのないものであることも事実だった。
「でも…蓮と一緒にいるこの時間が、私には大切なの。」
杏奈の切実な言葉に、蓮も苦しそうな表情を浮かべた。二人は異世界での感情に支配され、現実に戻る意識が遠ざかっていく自分たちを感じていた。蓮はその手を杏奈の頬に当て、穏やかな眼差しで彼女を見つめると、決意のこもった声で囁いた。
「最後にしよう。この箱庭で君を抱きしめるのは、これで最後に。」
杏奈もまた覚悟を決めたかのように蓮の手を握り返し、その手にそっと唇を重ねた。二人は今宵が最後であることを感じながら、全てを委ね合い、再び抱きしめ合う。そして、異世界の静寂の中で、二人は全てを分かち合い、永遠の別れを告げた。
異世界での逢瀬はまるで遠い夢のように、ただ甘い残響だけが彼女の心に残っていた。青い花の夢を見ることもなくなり、彼との記憶はやがて彼女の中で消えていった。しかし、ふとお弁当箱の蓋を開けると、どこかで蓮の存在を感じるような気がするのだった
蓮は異世界で杏奈と過ごした記憶を、どんなに時が経っても忘れることができなかった。あの特別な空間での逢瀬は、現実では得られない温もりと深いつながりを彼に与え、そして深い切なさと共に彼の心に残り続けていた。しかし、杏奈が彼のことを忘れ始めていることに、蓮は気づいていた。彼女の瞳に自分への記憶が映らない寂しさに耐えきれず、ある日、蓮は思い切って杏奈を呼び出した。
放課後の教室。夕陽が窓から差し込む中、杏奈は蓮の呼びかけに不思議そうな顔をしながらも、席に座って彼の話を待っていた。
「杏奈…覚えている?あの異世界でのこと」
蓮の問いかけに、杏奈は一瞬戸惑いの表情を見せた。しかし、その表情にはどこか懐かしいものを感じさせる微かな光が宿っていた。彼は言葉を続け、二人だけの箱庭での思い出を、少しずつ話し始めた。
「君と、青い花の咲く場所で出会って…あの日、君が僕の手を取ってくれたこと…。」
蓮の言葉が彼女の耳に届くたびに、杏奈の胸の奥に眠っていた記憶がじわじわと目覚めていくような感覚に包まれていった。ぼんやりとしていた異世界の記憶が少しずつ蘇り、蓮の話す言葉に合わせて、肌がかつて感じた温もりを思い出し始める。
「蓮…あれは夢じゃなかったんだね」
杏奈の瞳には、蓮との記憶が少しずつ戻りつつある兆しが映っていた。彼の真剣な眼差しが彼女の心に届くたびに、忘れていた触れ合いの感覚が、彼女の全身を支配していく。蓮は彼女の手をそっと取り、優しく包み込んだ。
「もう一度、君とあの時の気持ちに戻りたい。…現実でも」
彼の低く囁く声に、杏奈の中で眠っていた官能の記憶が鮮やかに蘇り、異世界で感じた彼の温もりが現実に重なるように身体が反応した。彼女は自分の意志では抑えられない衝動に駆られ、そっと蓮の肩に手を添えた。
その夜、二人は静かな部屋にこもり、異世界の記憶を呼び覚ますように、ゆっくりと互いに触れ合った。蓮の指先が杏奈の肌に触れるたび、彼女は異世界で感じたのと同じ激しい感情が蘇るのを感じた。蓮もまた、杏奈の瞳の中に懐かしい熱情が戻ってくるのを見て、心の奥で待ち焦がれていた感情に浸っていった。
「杏奈…君のすべてが愛おしい」
蓮の手がそっと彼女の肩から背中に滑り、互いの体温が一つになる。杏奈はこの瞬間に蓮とのすべての思い出が戻ってきたことを実感し、そして異世界で交わした約束が現実で果たされることに安堵と歓びを覚えていた。二人の心と体が再び一体となり、現実世界で初めてその官能の時間が静かに、しかし深く重なり合っていった。
ある日、家の片づけを手伝っていると、古びたオルゴールが出てきた。どうやら母が若い頃、祖母から受け継いだもので、もう何年も使っていないという。美しい花の彫刻が施された小さな箱で、蓋を開けると懐かしい音色が響く。杏奈はそのオルゴールに心惹かれ、母から譲り受けることにした。
その夜、杏奈はふとオルゴールを鳴らしながら母の作ったお弁当を眺めていた。オルゴールからは甘くもどこか哀愁漂う音色が流れ、杏奈の心をくすぐった。ふと、風が止み、静かな異空間に引き込まれるような感覚が彼女を襲う。気づけば杏奈は、見たこともない場所に立っていた。周りには青い花が一面に咲き誇り、柔らかな光が降り注いでいる。どうして自分がここにいるのかわからないが、不思議と恐怖心は感じなかった。
「あれ、君もここにいるのか?」
背後から声が聞こえ、振り向くとクラスメイトの蓮(れん)が立っていた。彼とは同じクラスだが、特に話したことはなく、顔を合わせても軽く挨拶を交わす程度の関係だった。しかし、異空間での再会ということもあって、杏奈は自然と心を開き、蓮に話しかけた。
「どうしてここにいるのか、わからないんだけど…。」
「俺もだよ。でも、さっきからこのオルゴールが鳴っていて…これが原因じゃないかと思って。」
蓮もまた、自分の家の古道具屋で手に入れたという同じデザインのオルゴールを持っていた。それぞれのオルゴールから響く音色が、共鳴して異空間を作り出しているのだと二人は仮定した。現実世界ではほとんど会話することのなかった二人が、ここでは互いの存在を頼りにするように親しく語り合い、時には無邪気な笑顔を見せ合うようになっていった。
こうして二人は放課後や休日、何度もオルゴールを開き、秘密の逢瀬を楽しむようになった。現実の喧騒から離れたその空間で、杏奈と蓮はいつもより素直な自分を見せ合い、次第に親しさを深めていった。異世界では時間の感覚が不思議なほど曖昧で、二人が触れ合うと、現実では感じられないほどの鮮烈な感覚が蘇る。温もり、匂い、肌触り。異世界ではそれがどれも鮮明に感じられた。
そんなある日、異世界の中で蓮はふと杏奈の手に触れた。その瞬間、彼女はまるで電流が流れたかのような感覚に囚われ、心臓が早鐘を打つのを感じた。蓮もまた驚いた表情を浮かべたが、どこか誇らしげな微笑みを浮かべた。
「杏奈、君といるとここがもっと特別な場所に感じる。」
蓮の言葉に、杏奈も思わず顔を赤らめた。異空間では自然に触れ合えることが多くなり、二人はその新しい感覚に次第に夢中になっていった。しかし、この異世界で過ごす時間が長くなるにつれ、現実世界での些細な違和感も生じ始めていた。
最初は気のせいかと思ったが、ある日、杏奈が授業中にふと異世界の景色を思い浮かべた瞬間、教室の空気が一瞬だけ止まったように感じた。また、友人が話したことが頭に入らなかったり、時間の感覚が曖昧になることが増えた。どうやら異世界での逢瀬が、現実に少しずつ影響を及ぼしているようだった。
蓮もまた異変に気づいており、二人は「異世界」と「現実」の繋がりについて考え始めた。
「蓮、このままでいいのかな?」
「わからない。でも、君とここで会うのが、僕の一番の楽しみなんだ。」
杏奈も蓮と過ごす時間が大切になっていることを実感していた。異世界で二人が感じる感覚や思いは、普段の現実では得られないものだった。しかし、日常生活に影響が出始める中で、杏奈はどこかで危険を感じていた。
ある夕方、異世界での逢瀬を重ねるうちに、二人は互いの存在にますます惹かれていった。杏奈は、蓮が手を伸ばし髪に触れると、心が揺れ動き、思わず目を閉じた。蓮も優しく彼女の手を取ると、その手にそっとキスを落とした。その瞬間、二人の心が一体となる感覚が広がり、現実とは異なる強烈な感情が溢れ出した。
だが、その逢瀬が終わり、杏奈が現実に戻ると、心の中に妙な不安が残った。現実では普段通りの日常が続いているが、異世界での触れ合いの影響か、少しずつ自分が変わっていくような気がしてならなかった。
それでも蓮と会いたいという気持ちは強まり、放課後にオルゴールを開くことが杏奈の日課になっていった。そしてある日、異世界で蓮と再会した際、彼は意を決したように口を開いた。
「杏奈、君と過ごすこの時間が本当に大切なんだ。でも、このまま続けると何か悪いことが起きそうな気がしている。だから…。」
蓮の言葉を遮るように、杏奈は彼の手を強く握った。恐怖よりも蓮への想いが勝っていた彼女は、異世界の終わりを望まず、二人でこの秘密の場所を守りたいと心から思ったのだ。
蓮もまた、杏奈の強い意志を受け止めるように、彼女の手をぎゅっと握り返した。二人は、現実と異世界の間にある危険な境界線を知りながらも、この空間で互いの想いを確かめ合い、さらに深い繋がりを求めていった。
異世界での逢瀬を繰り返すうちに、杏奈は現実での時間や空間に対する感覚が、どんどん曖昧になっていくのを感じ始めていた。それでも、彼女は放課後や休日になると蓮との秘密の空間に引き寄せられるようにオルゴールを開き、再び青い花が咲き乱れるその箱庭のような異世界に降り立つ。
ある日の夕方、異世界に立つといつもより薄暗く、静まり返っていた。蓮はすでに到着しており、杏奈を見つめる瞳には、これまでとは違う何かが宿っていた。息を呑むような静寂の中で、蓮は杏奈に一歩近づき、囁くように口を開いた。
「ここでの時間が、永遠に続けばいいのに…」
杏奈も同じ想いだった。蓮の前に立つと、二人の距離は言葉もいらないほど近づき、互いの吐息が肌に感じられる。静かな箱庭の中で、杏奈は蓮の指が自分の髪に触れるのを感じ、心臓が早鐘を打ち始めた。蓮の指は、そっと彼女の頬をなぞり、その指先がゆっくりと唇に触れると、杏奈の中で抑えていた感情が次第に溢れ出していった。
蓮は彼女の背中に手を回し、静かに引き寄せると、杏奈は抵抗することなくその腕の中に包まれた。異世界の中で触れ合うたびに、二人の感覚は現実以上に鋭敏になり、普段なら感じられないような繊細な反応が全身に伝わってきた。杏奈は蓮の肌の温もりや香りを感じ取り、彼の存在が次第に自分の中に溶け込んでいくようだった。
「蓮…。」
杏奈が小さく名前を呼ぶと、蓮はその声に応えるように、優しく彼女の唇に触れた。柔らかく、しかし確かに感じる温もりが唇に伝わり、杏奈は思わず目を閉じた。蓮の唇は彼女の唇をなぞるように動き、二人の呼吸が重なり合う。杏奈は、現実では決して見せることのない自分を蓮にさらけ出していくような感覚に包まれていた。
二人の心と身体は、異世界の空気と共鳴し合うように一体となり、次第に激しさを帯びていった。蓮の手が杏奈の首筋に触れると、彼女はその指先のひんやりとした感触に身震いし、体が自然と彼の方へと引き寄せられる。蓮の手が滑らかに彼女の肩へ移動し、柔らかく抱きしめられると、杏奈は自分の内側でくすぶっていた感情が一気に解き放たれるのを感じた。
異世界の箱庭はいつもとは異なり、二人だけのために用意された小さな宇宙のように、時間が止まったような静寂に包まれていた。二人の鼓動が静寂を破り、互いの温もりを求め合ううちに、杏奈はこの場所でなら蓮と全てを分かち合えると感じ始めた。
やがて蓮は、杏奈の耳元でそっと囁いた。
「杏奈、俺は君のすべてが欲しい。」
その言葉に杏奈は身を委ね、蓮の指先が彼女の手を優しくなぞるたびに、二人の間に流れる熱が高まっていく。蓮の手が彼女の背中を包み込むと、杏奈は自分の鼓動がさらに高鳴るのを感じ、彼の存在がどれほど大きなものかを実感する。
二人の距離が縮まるたびに、彼女の肌が蓮の指先に触れる感覚が鮮烈に蘇り、蓮の声が彼女の耳元で響くたびに、杏奈の全身が彼のために反応していく。その夜、箱庭の異世界で二人はすべてを捧げ合い、互いの存在を確かめるように抱きしめ合った。
次の朝、杏奈は現実世界に戻ると同時に、自分の中に何かが抜け落ちてしまったような感覚に襲われた。昨日の逢瀬が夢であったかのように曖昧で、しかし確かな感触と余韻だけが身体に残っていた。蓮と過ごした箱庭での時間が、心にも身体にも深く刻み込まれており、現実に戻った今でもその名残が肌に残っているように感じられた。
だが、異世界での強烈な体験が、杏奈の日常に影響を及ぼし始めているのを彼女も次第に実感するようになった。クラスメイトの顔や先生の声がどこかぼやけて聞こえたり、母に何かを尋ねられてもすぐに返事ができないことが増えてきた。異世界で蓮と触れ合うたびに、現実がまるで色褪せていくかのような違和感に包まれ、彼と過ごす時間が今や生きる糧のようになっていた。
放課後、杏奈は蓮に会うために再びオルゴールを開き、異世界に足を踏み入れた。青い花が彼女を迎え、箱庭の静寂が二人のために広がっている。しかし、その日、蓮は深刻な表情を浮かべていた。
「杏奈、君も気づいているよね。俺たちがここに来るたび、現実が壊れていっている。」
蓮の言葉に、杏奈も曖昧にうなずく。異世界での逢瀬が現実に大きな影響を及ぼしていることを彼女も感じていた。しかし、ここでの時間が二人にとってかけがえのないものであることも事実だった。
「でも…蓮と一緒にいるこの時間が、私には大切なの。」
杏奈の切実な言葉に、蓮も苦しそうな表情を浮かべた。二人は異世界での感情に支配され、現実に戻る意識が遠ざかっていく自分たちを感じていた。蓮はその手を杏奈の頬に当て、穏やかな眼差しで彼女を見つめると、決意のこもった声で囁いた。
「最後にしよう。この箱庭で君を抱きしめるのは、これで最後に。」
杏奈もまた覚悟を決めたかのように蓮の手を握り返し、その手にそっと唇を重ねた。二人は今宵が最後であることを感じながら、全てを委ね合い、再び抱きしめ合う。そして、異世界の静寂の中で、二人は全てを分かち合い、永遠の別れを告げた。
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「もう一度、君とあの時の気持ちに戻りたい。…現実でも」
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その夜、二人は静かな部屋にこもり、異世界の記憶を呼び覚ますように、ゆっくりと互いに触れ合った。蓮の指先が杏奈の肌に触れるたび、彼女は異世界で感じたのと同じ激しい感情が蘇るのを感じた。蓮もまた、杏奈の瞳の中に懐かしい熱情が戻ってくるのを見て、心の奥で待ち焦がれていた感情に浸っていった。
「杏奈…君のすべてが愛おしい」
蓮の手がそっと彼女の肩から背中に滑り、互いの体温が一つになる。杏奈はこの瞬間に蓮とのすべての思い出が戻ってきたことを実感し、そして異世界で交わした約束が現実で果たされることに安堵と歓びを覚えていた。二人の心と体が再び一体となり、現実世界で初めてその官能の時間が静かに、しかし深く重なり合っていった。
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