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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

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 パン屋は販売スタッフ二人だけが残り、他のスタッフの大半が出席する。場所はショッピングモール内にある居酒屋の、座敷部屋である。私や茂呂を含めた十七時上がりのスタッフが居酒屋前まで来ると、今日は休みだった穂積もちょうどやってきた。
 彼は私を見つけると、小さく会釈した。そして黙って傍に来る。
 ここはレディファーストだろうと、女性陣が店内へ入っていくのを後方から眺めて待っていると、横に立つ穂積が私にだけ聞こえるような声で言った。

「久しぶりですね」
「そうだな」

 たかが三日で久しぶりというのもどうかと思ったが、反論せず簡潔に相槌を打った。明るく絡む気力が起きなかったのと、確かに久しぶりな気がしたのだ。
 穂積が続けて何か言う気配がしたが、ちょうど入り口が空いたので前へ進んだ。避けたような態度に見えたかもしれない。ふと、茂呂がこちらを見ているのが視界に映った。
 座敷へ上がり、空いている席を探すと、二つ並んで空いている席が傍にあった。他には、一つずつ空いている席がちらほら。どうするかと思った瞬間、

「ここ座って、ヒフミン」

 茂呂に腕を引かれ、二つ空いている席の左側に座らされた。

「穂積君はそっち、歳が近い子が多いほうがいいでしょ」

 茂呂は私の横にいた穂積にそう言うと、私の隣の席に腰をおろした。穂積が眉を顰めて茂呂を見下ろした。

「すみませんが俺、久見さんの横がいいんですが。ちょっと話したいことがあるんで」

 なにを言いだす気かとひやりとする私の横で、茂呂が陽気に笑っていなす。

「そうかー。でもな、俺もヒフミンに話したいことがあってさあ。まあ、今日は俺に譲って。俺の歓迎会なんだしさ」

 穂積はちらりと私の顔を見て、しかたなさそうに指定された席へ向かった。
 穂積の両隣も前の席も、独身女子で固められている。女性恐怖症の彼がなぜこんな女性ばかりの会に出席しようと思ったのか。やはり私と話をしたかったからだろうか。だとしたらさすがに申しわけなく、また気の毒に思った。

「いつのまにか茂呂くんもヒフミンって呼んでるのねえ」
「ええ。みんなそう呼んでるから、俺もそう呼ぶことにしました。なんつーか、ギャップがいいっすよね」

 向かいに座るベテランパートと茂呂が話している。
 先ほどから急に茂呂から「ヒフミン」呼びをされていることには、私も気づいていた。突然の距離の詰め方に若干戸惑う。

「ギャップって、なんですか」
「ヒフミンって、休みはなにして遊んでるの」

 私の問いは自然にスルーされた。

「貧乏人は遊んでる暇なんてないですよ。茂呂さんは何してるんですか」
「うーん、最近はよくサウナに行くかな。夏は仲間とバイクでツーリングして、バーベキューやキャンプしたり、ウェイクボードとか」
「ウェイクボード?」

 予想通り、見た目通り、陽キャのパリピだ。私など、バイト以外の時間はもっぱら読むか書くかしかしていない。それしか趣味がないし、好きでそうしているのだが、アウトドア派の多趣味な人の話を聞くと、いかにも人生を楽しんでいるようで羨ましい気持ちが沸き、対する自分はつまらない人生を歩んでいる気分になる。

「やりたい? 今度いっしょに遊ぶ?」
「いや、いいです」
「今は寒いから、夏になったらやろう」

 周囲のパートも交えて、他愛ない会話が続く。食事が運ばれてきて、店長と茂呂が一言ずつ挨拶した。その後も私の周りでは、茂呂が中心となって会話が進む。彼は他人の言葉をあまり聞いていないのか、会話が噛みあわないことがしばしばあるものの、周囲にいる者へ均等に話を振ったり、盛り上げたりと、大勢の中での会話がうまい。お陰で社交下手な私が無理に気を遣う必要はなかった。心置きなく食事に没頭していると、ズボンの尻ポケットに入れていたスマホが振動した。海老天を咀嚼しながらなにげなく画面を見ると、ラインが来ていた。なんと穂積からである。
 ぎょっとして彼のほうを見ると、向こうもスマホ片手にこちらを見ていた。すぐにスマホへ目を戻し、送られてきた文面を見てみる。「俺、あなたの気に障ることをしましたか。避けられている気がしています」と書かれていた。なにもこんな時にこんな場所で送ってこなくてもと思いつつ、「なにもないよ」と返信すると、まもなく「二人で話がしたいです」と返ってきた。続けて「もし、あなたの家でしたことが原因ならば、謝りたいと思っています」とも。
 私はため息をつき、「それはもういいよ」と返信し、再び小さくため息をついて顔を上げた。すると茂呂と目があった。先ほどから見られていた様子であり、私は焦ってスマホをしまった。

「大丈夫か? 深刻そうな顔だけど」

 問われるほど顔に出していたつもりはなかったので、指摘されてさらに焦った。愛想笑いをして、たいした連絡ではなかったと答え、食べかけの海老天を箸にとる。
 周囲に不審に思われては困るので、あまり穂積へ視線を向けないようにしていたのだが、しばらくしてそっと窺うと、彼は隣に座る女子大生と話していた。席が離れているので話す内容は聞こえないが、表情からして楽しそうだ。あれで女性恐怖症とは思えない。
 女子と楽しそうに喋りながら、私にあんなラインを送ってくるとは、なにを考えているのやら。
 ところで穂積の周りは独身女子ばかりなのに、私の周りは茂呂に店長、主婦のベテランパートばかりと、なんだか不公平な席順だと今更ながら思う。こちらのほうが盛り上がっていて楽しい雰囲気であるのに、負けている気がする。相変わらずのモテない男の僻み根性であり、どうでもいい話だが。
 主婦が多いだけあって、酒はなく食事のみで、一時間も過ぎるとお開きになった。出入り口に近い者から退室していく。穂積が先に出ていくのを眺めていると、茂呂が私に声をかけ、内緒話をするように、私の耳元へ片手と顔を近づけた。

「あのさ。さっきのスマホの相手って、穂積君だったりしない?」

 驚いて視線を向けると、やっぱりという顔をされた。

「なんでわかったんですか」
「彼がスマホを弄りだしたあとにヒフミンがスマホ出して、二人で目配せしてただろう。彼、店に入った時に、話がしたいって言ってたし」

 茂呂はあの時、主婦や店長とお喋り中だったはずである。それほど観察されていたとは思わなかった。

「それで、大丈夫か?」
「大丈夫とは?」
「なんつーか、初日は仲よさそうに見えたけど、次の日とか、今日も、二人とも様子がおかしいから。なにかあったんだろうと思って」

 そこまで観察されていたとは。

「大丈夫です」
「ふうん。あー、穂積くん、出口で待ってるっぽいな。話の続きかな」

 出入り口へ目を向けると、確かに穂積がこちらを見て立っている。
 これはもう、逃げられないだろうか。避けている理由を問い詰められると思うと気が重い。どう誤魔化そうかと思っていたら、茂呂が言った。

「ヒフミンが話す気ないなら、穂積くん、俺が貰っていい?」
「へ?」

 貰うとは?

「彼とはシフト重なること多いのに、あまり話したことないから。今日も話せなかったし、二次会に誘おうかなって」

 貰うとはどういう意味かといぶかったが、今から飲みに連れていくということか。
 じつは茂呂もゲイで、穂積を狙っているという意味かと疑ってしまった。恋のライバルが唐突に宣戦布告するという、BLでよくありがちなやつだ。BL作家であるゆえに、そんなことばかり妄想しがちだ。毒されている。

「ヒフミンも来る?」

 私が首を振るのを認めると、彼は先に座敷から出ていった。そして穂積に陽気に話しかけ、戸惑った様子の彼を引っ張って連れていった。
 茂呂のおかげで穂積に捕まらず、ホッとした。そういえば入店時に、私が穂積を避ける素振りをしたのを見られていたようだし、その後、隣に座ろうとした穂積を引き離してくれた。茂呂も私と話したいなどと言っていたが、結局たいした話はしていない。彼は私が穂積を避けていることに気づいていて、穂積を引き受けてくれたのだろう。
 となると、これから彼らが何を話すつもりか気になって落ち着かなくもなった。
 ショッピングセンターを出て、一人、暗い夜道を自転車で走る。
 私はいつまで穂積から逃げまわる気なのだろうか。このまま逃げまわっていたら、そのうち愛想をつかされるだろうか。
 そうなったら避けている理由を話さなくて済む。しかし逃げているあいだも愛想をつかされてからも、バイトで顔をあわせるたびに気まずい思いをすることになるだろうと思うと、それもまた気が重い。
 面倒臭くなって、いっそ、バイトを辞めようかという気分にもなった。
 飽き性な上、職場の人間関係にも疲れやすく、これまでにもいくつもバイトを辞めてきた。今回のパン屋は一年四か月近く続いたが、一年続けばいいほうの私にしては、長く続いた部類だ。
 人間関係のトラブルもなく居心地のよい職場だったが、穂積の出現によって心乱れる日々が続いている。もう潮時と思っていいかもしれない。
 辞めればこれ以上余計なことを考えなくて済む。穂積とも顔をあわせなくていい。
 それがいい。そうしよう。
 ――――。
 それでいいのか?

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