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1巻
1-1
一
王宮内の第二謁見室、通称白磁の間。
限られた数名の見守るなか、部屋の中央に引きだされ、緊張に震えて跪く青年が一人。国王の任を受けた王太子がその元へ近づく。青年の背後に立つ白い法衣の俺は、縦長の窓から差し込む光を浴び、長く淡い金髪を煌めかせ、藤色の瞳に薄い微笑を湛えて目の前の光景を見つめていた。その俺へ王太子が問う。
「イヴォン主教。たしかにこの者なのか」
「さようでございます。アオイが浄化の能力を秘めていることは、神官一同のみならず、精霊達も認めているところでございます。しかしながらいまだ力を発揮することができず」
恭しく答えた俺から、跪く青年へ視線を戻した王太子は首を傾げる。
「発揮できるほどの魔力がないのだろうか。魔力供給してみたらどうだろうか」
青年に顔を上げるよう命じた王太子は身を屈め、その者にキスをした。すると青年の身体が青白く発光した。
「――――っ」
仄かな光はまばゆいというほどではない。しかしながらその光を目にした周囲の者は驚き、どよめきを上げた。ただ一人、俺を除いて。
「さすが殿下でございます。殿下の御導きによって、アオイの浄化者としての力が目覚めたようです」
俺は澄ました顔をして、だが内心冷や汗ダラダラで高らかに告げた。
俺は前世の記憶を持っている。
日本男子として生まれ育ち、三十半ばで交通事故死するまでゲーム関連会社に勤め、プログラミングを生業としていた。
といっても思いだしたのはついさっき。この部屋へ入る直前のことだ。
そして数分前に気がついた。
この世界、知ってるぞと。
ここは俺が制作に関わったBL系恋愛シミュレーションゲーム「溺愛騎士団と恋の討伐」の世界そのものじゃないか、と。
ゲームはよくある十八世紀ヨーロッパ風の、魔物や精霊、魔法が存在する世界。大陸の中央に位置する王国、サイタマンダラではここ数年各地で魔物が徘徊し、その吐き出す瘴気で民は苦しんでいた。魔物は攻撃魔法や剣によって一時的に倒すことができても、まもなく復活してしまう。完全に倒すには、魔物の動力となる瘴気を浄化する「浄化者」の力が必要だった。魔力を持つのは国民の中でも限られた一部。さらに浄化の能力を持つ者は伝承にあるのみ。国教会が国中を探して見つけたのが、辺境の地で暮らす平民の青年、ゲームの主人公となるアオイだ。
精霊により浄化者と認められたアオイだったが、彼は魔力量が少なく、王宮に連れられた時点では能力を発動できなかった。しかしヒーラーである王太子からキスによる魔力供給を受けると、浄化能力を使えるようになる。ここでいうヒーラーとは治癒魔法能力者ではなく、魔力の保有者間で魔力供給する能力を持つ者のことをいう。
アオイはヒーラーから魔力供給されないと浄化能力を使えないと判明する。そのため能力を使うたびにキスという形でヒーラーが魔力供給をする必要がある。
そこで討伐隊として特別編成された騎士団には、ヒーラーが四人組み込まれる。
攻略対象者は全部で五人。その内の四人が討伐隊に参加するヒーラー達で、最後の一人が王太子。
国教会最高位の主教であり治癒魔法能力者であるこの俺、イヴォン・デュノアは悪役だ。
アオイは騎士団と共に魔物討伐に向かうのだが、旅のあいだに愛を育んだ相手と結ばれる。悪役である俺も旅に同行し、彼らの恋路の邪魔をする。そして最終的に瘴気に呑み込まれ、魔物と同化し、アオイ達に倒されることになる。アオイがどの攻略対象者を選んでも、俺が辿る運命は同じ。
ただしアオイがどの攻略対象者とも結ばれず、ノーマルエンドの道を辿った場合だけは俺が魔物と同化することもなく、国は平和になり、アオイは一人で故郷へ帰る。俺も騎士団員達も、それまで通りの生活に戻ることになる。
つまり、俺のとる選択肢は一つ。
アオイが攻略対象者達に関心を持たず、また、攻略対象者達のアオイへの好感度を上げないように邪魔をすること。
はー。どうしようかね、まったく。
前世の俺は人畜無害な社畜であり、今世の俺もほぼ社畜。色恋沙汰には関わらず生きてきたし、他人の恋愛など興味はない。そんな男になにができるというのか。
もうほんと、なんでこんなことになったと頭を抱えたい。
だが頭を抱えていても事態は好転しない。未来は高確率で破滅が待っている。誰にどう思われようと、やるしかない。人の恋路をひたすら邪魔して悪役を貫くんだ。ゲーム制作に関わり、内容を知り尽くしている俺ならどうにかできる――かもしれない。
……。できる、のかな……
いや、うん。できなかったら死ぬだけだ。頑張ろう。
俺が記憶を思いだしているあいだにも目の前では話が進んでいる。現在はアオイが王太子に魔力供給され、浄化能力を覚醒させた場面。ゲーム冒頭だな。混乱し、躊躇している時間はなかった。
「では、オウギュスト。貴公を討伐騎士団の団長に任命する。ひと月のうちに騎士団の編成を済ませ、出発の準備を整えるように」
「畏まりました」
王太子の命を受けて一礼した男は、オウギュスト・コデルリエ。国内随一の剣の技量を誇る近衛騎士団副団長であり、若くして次期団長と目される人物だ。たったいま、特別に組織される討伐騎士団の団長に任命されたようだ。特徴は黒髪とオリーブ色の瞳。質実剛健な人柄と評され、ただいるだけで周囲を威圧する雰囲気を持つ、俺とおない年の三十歳。
攻略対象者の一人だ。
攻略対象者だから当然といえば当然なんだが、クソ格好いい。キラキラして華やかな王太子と違い、寡黙で笑わないところとか、長身で逞しい肉体とか、男が憧れる男だ。
俺はオウギュスト団長を見据え、次いで王太子に向けて発言した。ここはちょっと口を挟ませてくれ。
「恐れながら王太子殿下。魔物の瘴気によって、民はこれ以上なく疲弊しております。いま現在も、魔物の餌食となっている者がおりますでしょう。民も地方領主も、一刻も早い出立を求めております。どうぞ三日で。任命式、出発式なども不要です。智将と名高い副団長、いえ、団長ならば三日で出発の準備を整えられると存じます。過去には二日での前例があったかと」
ゲームでは出発準備の一ケ月間、アオイは王宮に留まることになる。王太子を攻略する場合はこの一ケ月の王宮生活でいかに好感度を上げるかが勝負となる。
好感度が上がると、王太子も討伐の旅に参加することになる。好感度が低ければ王太子は討伐の旅に参加しない。
だったら、できる限り早く出立してしまえばいい。
準備期間、一ケ月もいらないよ。うん。
だからって三日は極端すぎるだろと我ながら思うが、あえてふっかけてみた。過去には二日で出立した前例があるとは言っても、その目的地は一ケ所だけだったはず。今回は国中をまわる。関係各所とのスケジュール調整とかあるだろうし、一週間から十日は必要だろうか。
俺の提案を受け、王太子が団長に確認する。
「三日は短すぎないか。オウギュスト、可能か」
「……どうにか。ただ、兵站の準備が間に合うか。出発前に調練の時間も欲しいところですが」
どうにかって。どうにかできそうなのか。団長すごいな。
彼が属する近衛騎士団の仕事は王族の警護と王都の治安維持。第五隊あり、その中でもとくに攻撃能力の高い者が今回組隊された討伐騎士団に選出される。そこに各地方の騎士団が合流する形となる。団員を選出するのはおそらく団長だ。出発するまでは近衛騎士団副団長としての業務があり、さらに討伐騎士団団長として動かなければならないわけで、とんでもなく忙しくなるはず。
それでもできるというのならばその方向でと、さらに口を挟む。よけいな口出しなのはわかってるんだが、言わせてくれ。
「調練でしたら現地で。団員の足並みを揃える時間が必要であることは、門外漢である私にも理解できます。しかし現地の騎士団員と合流してからおこなうほうが効率的かと思われます。現場に着いたからといって、すぐに魔物が現れるとは限らず、待機する時間もあるはずです。兵站の準備も王都でせず、現地の領主達に負担させ、野営地に赴く際に受けとるようにすれば効率がよろしいのでは。殿下からご通達いただければ領主も従うでしょう」
よけいすぎたかな。
団長、視線に圧をかけるのはやめてくれ。
自分でも、素人がなに言ってんだよって思ったよ。早く出発する方向で話を進めたくて、つい言いたくなったんだよ。
「それはわかった。しかし……そう忙しいと、この者、アオイも落ち着かないだろう。王都へは来たばかりなのだろう?」
「殿下。浄化者へのお心遣いを感謝いたします。しかしアオイも討伐へ協力すると心固めて来たところです。王都に落ち着くことで討伐への意欲が削がれたりしては……。心燃えている今こそ、速やかに進むべきかと」
「たしかに」
王太子が頷き、団長へ目を向ける。
「オウギュスト、三日で手配してくれ。主教の言う通り、早く出発できるならばそのほうがよかろう」
団長は恭しく拝命したのち、俺を鋭く睨んだ。
部外者の俺に指図されるのは不愉快だっただろう。俺は彼の視線に気づきながらも無視し、王太子へ再び発言する。
「殿下。その者、アオイの身柄は我が国教会の預かりとなっております。浄化者としての民との関わり方など伝えたいことが多々ございますので、出発までは神殿内の客室に留め置くことと予定しておりますことを、ご了承ください」
ゲームで、王宮に滞在させる提案をしたのは王太子だった。王太子が言いだす前に、国教会預かりであると俺から主張することで機先を制してみた。
アオイと王太子はいまが初見。まだ恋心を抱いていないはずである現状、俺に正論で切りだされたら王太子も拒む理由などないはず。
「ああ、わかった」
王太子は予想通り了承してくれた。
よし。
これでおそらく王太子ルートは潰せただろう。
うっすらと微笑を浮かべる俺の顔に、オウギュスト団長の視線が刺さる。
なにを目論んでいるのだと言いたげなまなざしだ。
普段の俺はこんな場でよけいな口を挟む男ではないからな。気持ちはわかる。
以前より俺には黒い噂があり、彼によく思われていない。というか、はっきり言って嫌われている。彼だけでなく、彼の属する陣営の面々に。
彼のコデルリエ侯爵家は、王宮を二分する派閥、カルメ公爵側に与しており、俺は反対派閥デュフール公爵に関わりがあると目されている。政治とは一線を画し、中立の立場を維持すべき教会の主教であるにも拘らず、デュフール公爵のみならず幾人かの貴族とも、主教に就任する以前から癒着を噂されている。それだけでなく、俺が主教になってから、神殿で堂々と商売をするようになった。まず免罪符の導入。これは罪の大きさにより金額が変動し、国教会の大きな収入源となっている。それから聖水や護符、雑貨を販売したり、神殿の敷地内を整備して参道に仲見世を作り、その収益を吸い上げている。清貧かつ高潔であるべき主教が、金に目が眩んだ亡者になり果てたとまことしやかに噂されて久しい。
また一部では魔物を操っているのは俺ではないかなどという噂まである。王妃や諸侯を誑かして金を巻き上げているとかも。
神殿の事業を拡大しているのは事実だが、身に覚えのない噂も多い。儲けていると妬まれるのは異世界も一緒だ。悪い噂を消すのは難しく、また面倒なので放置しているのだが、そんな俺の態度が噂に尾ひれをつけさせており、信憑性を高めているようだ。
清廉で高潔な騎士団長から見たら、さぞかし胡散臭い男だろう。
王太子が退室したあと、俺は澄ました微笑を浮かべて団長の胡乱な視線に応え、アオイを誘って早々に王宮を辞した。
アオイが王宮にいなければ、王太子と愛を育む機会もない。出発日までに会うことがなければ、旅が終わるまで王太子との接触はなくなる。王太子ルートを早々に潰すことに成功した俺は密やかに胸を撫で下ろした。しかしまだ安寧には及ばない。これからが本番だ。
王宮の東、王都中央に位置する神殿は国教会の総本山であり、俺の仕事場兼住居。馬車で戻った俺は気を緩めることなく次の策へ取り掛かることにする。まずはアオイに乗馬を教える。魔物は国中に五十体あまり跋扈しており、討伐の旅は国中を巡る。その際に馬で移動するのだが、平民である彼は乗馬経験に乏しい。ゆえに旅では攻略対象者に同乗させてもらっての移動となる。
これは好感度が上昇するので避けたく、馬車を使うことにする。だがいちおう、乗馬訓練もしておいてもらう。たった三日で見違えるほど上達するものでもないだろうから期待はしていない。馬に乗る際の注意事項を覚えてもらえる程度でいい。歩かせられたら上出来だ。浄化者としての民との関わり云々などと王太子には申し出たが、そのようなことはぶっちゃけ必要ない。
馬車を降り、石造りの神殿のほうへアオイを案内する。敷地は東京ドーム二個分くらい。神殿の本殿は体育館二個分くらいと広大だ。アオイに泊まってもらう客室は神殿の奥にある。そちらへ歩きながら、俺はアオイを見上げた。
栗色の髪に同色の瞳。受け攻め両方担うキャラだけあって可愛すぎることもなく、上背もある。性格は屈託なく、素直でおとなしい。貴族の攻略対象者達が恋に落ちてもおかしくない容姿と性格、逆に言えばこれといった特徴のない青年ともいえる。
アオイを見つけたのは俺だ。というか、精霊だ。
ほとんどの人はわからないらしいが、俺は精霊の気配を感じることができる。姿は見えないが仄かな光を感じることが多い。精霊は言葉が通じないし意思疎通できないのだが、感覚的になんとなく伝わってくるものがあったりもする不思議な存在だ。
この能力のお陰でアオイを見つけることができた。
「旅は馬に乗ることもあるかもしれませんが、アオイは乗馬の経験はありますか?」
「うち、農家なんで、子供の頃に農耕馬の背中に乗ったことくらいはありますけど。でもあれは乗馬とはいえないですよね。騎士団の方々が乗るような軍馬は乗ったことないです」
「軍馬は大きいですが、訓練されているはずですからだいじょうぶ。なんて言っておきながら、私も上手に乗れませんけどね。出発まで、少し練習しましょうか」
微笑む俺を見下ろした彼は、頬を染めて俺の顔を見つめた。
ゲームの悪役は美形であるのが定石で、俺もその例外ではない。中性的な顔立ち、藤色の瞳、白い肌。白い法衣に包まれた細身の体躯。緩く一つに束ねた淡い金髪の髪は背中の中ほどまである。常に笑みを浮かべた美貌の男であり、その眉目秀麗さは傾国と評する者もいる。
そして多分に漏れず、俺も隠しキャラとして攻略対象の一人だったりする。全員を攻略したあとに攻略可能となり、俺とアオイが結ばれた際には俺が受けとなる。しかしそのルートでも俺は魔物と同化してしまう。命は助かるのだがその後幽閉され、アオイとひっそり暮らすという、俺の望むエンディングではないため、やはり目指すはノーマルエンド一択。
魔物との同化を避けたいんだったら旅に同行しなければいいんだけどな。
神殿にいても魔物に襲われる可能性はあるが、旅に同行するよりはマシだろう。
うん。行かなきゃいいよな。行きたくないなー。
だがそういうわけにもいかない。
俺は武芸の才はないし魔力供給の能力もないが、治癒魔法能力を保持している。その力を持つ者は稀で、王都には目下俺一人のみ。
俺も一緒に行って治癒魔法を使わないと、死者が大勢出る。それは避けたい。自分が死にたくないからって他者を見殺しにできるほど俺は図太くないんだ。それにアオイも大怪我を負う場面があり、俺が治療しないと死ぬ。アオイに死なれたら魔物を倒せる者がいなくて、ゲーム云々関係なく国の存亡に関わる。
そういうわけで、俺にも旅に同行するよう声がかかるはずだし、行かねばならない。
――オウギュスト団長は、俺と旅などしたくないだろうけれども。
神殿前まで歩いたところで出迎えにきた神官にアオイを任せると、俺は自分の執務室へ戻り、関係各所へいくつかの手配を済ませた。約三ケ月神殿を留守にすることになるので、神官達に業務の引継ぎもおこなう。
さて。どうするか。
どういう戦法でいくか考えたのち、神殿騎士のエロワを執務室へ呼んだ。二十五歳、焦げ茶の髪に、柔和な物腰のイケメンで、ヒーラーの能力を持つ。攻略対象者の一人となる者だ。
ゲームでは、外面は爽やかだが内面は腹黒キャラと紹介されていた。俺は実際の彼を腹黒いと感じたことはないが。
「エロワ。これから討伐騎士団が編成され、三日後に出発します。あなたには、討伐騎士団として私と一緒に来てもらうことになるでしょう。まだお達しは来ていないけれど、じき、連絡が来ます。支度をしておいてくださいね」
俺は目下の者にも、いかにも神官らしい丁寧な口調を使う。
「俺も討伐に、ですか」
神殿騎士が選ばれるとは思っていなかったのだろう。とまどった顔をする若者に、俺は微笑んで理由を説明する。
「アオイにはヒーラーが必要なんです。おそらく複数いたほうがいい。そして私が同行することはほぼ決定でしょう。そうなると神殿騎士団からも人員を出すのが道理。となるとヒーラーであり剣の腕も立つあなたが選ばれるのは必然です。それでね、今のうちに言っておきたいことがありましてね」
俺はそこで言葉を切った。姿勢を正して傾聴する彼の瞳を覗き込み、笑みを消す。
「アオイには、必要以上に関わる必要はありません。彼は任務を終えたら故郷へ帰りますから。それよりも、今後もつきあいが必要な騎士団員の動向を気にしてみていてください。その中に、フルニエという青年も選出されるはずです。その者と行動を共にするよう、心がけてください」
「フルニエですか」
「ご存じですか」
「親しくはありませんが」
俺は再びニコリとしてみせる。
「ではぜひこの機会に親しくなっていただきたいものです。此度のことがなくとも、我が神殿騎士団と近衛騎士団とは、もっと連携をとりあっていくべきだと常々思っていたのです。この遠征が両騎士団交流のきっかけとなればいいと思いましてね」
エロワは簡潔にわかりましたと応じた。
フルニエもヒーラーで攻略対象の一人だ。その攻略方法をエロワに伝授してやる。
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「イリス。あなたには内密な任務をお願いします。私がアオイのそばにいられない時、彼にヒーラー達が必要以上に接触しないよう、守っていただきたいのです。近衛騎士団からユベルというヒーラーが配属されるはずです。彼がアオイに興味を持たないように、また、アオイがヒーラーに興味を持たないように、上手く誘導してください」
「興味を持たないように、と言いますと」
「誘惑でもなんでも。誘惑するなら、できればアオイを。まあ、やりやすいと思うほうでかまいません」
攻略対象者ではないイリスにアオイを任せることにした。それと攻略対象者であるユベルの相手も頼む。
アオイは可能な限り、攻略対象者と接触させないようにしたい。そして攻略対象者の意識を他者へ向ける作戦だ。
今の俺はそれなりの権力者。一人で頑張ることはない。せっかく手駒を使えるのだから、使わぬ手はないということで頼んでみたわけだが、どうだろうか。
効果があるかは未知数だ。だって俺は前世から引き継いで童貞の恋愛未経験者だからな!
恋愛はよくわからんよ。BLゲームの世界だから女子は論外ということだけはわかるけど。上手くいかなかったらその時考えよう。
「それから出発まで、アオイの乗馬指導をお願いします」
イリスをアオイの元へ向かわせてしばらくすると、王太子から急ぎの手紙が届いた。先ほど別れたばかりの彼から何用だろうかと開封してみれば、出発までにアオイに会える時間を作れないかとのこと。
出発まで三日。実質二日しか時間がないというのに、無理を言う。王太子という立場の人間が予定を変えて王宮から動くとなると、警備の者にも行き先の相手にも大きな負担がかかる。
ゲームの王太子は俺様キャラだったが、実際はそんな人物ではない。相手の都合も考えず、このような無理を言いだす方ではない。急にどうしたかと面食らう。
ゲームで彼が神殿に来るシーンはない。俺が強引に王太子との時間を奪ったために、軌道修正させようと、世界の秩序的ななんらかの力が働いたのだろうか。
いずれにしろ会わせるわけにはいかない。
アオイに学ばせることが多く、時間をとれないことと、討伐前でただでさえ緊張している彼に負担をかけたくないことを理由に、丁重な断りの返事を送った。
それから諸々仕事をこなしたあと、神殿北側にある馬場に出向いてみる。神殿内の馬場は広くはないが、馬を軽く慣らす程度の環境はある。
アオイはイリスの馬に同乗し、指導を受けていた。互いに真面目におこないながらも時折笑顔を見せており、二人の雰囲気は悪くない。よしよし。
俺も乗馬の練習をすべきなのだろうが、そのような時間はなかった。イリスの活躍に期待しつつ執務室へ戻り、仕事の続きをしようと椅子に腰かけたらエロワがやってきた。
「主教様。近衛騎士団副団長がいまからこちらへ来るとの先触れが」
「ほう。わかりました。いらしたら、ここへ通してください」
ここは魔法の存在する世界だが、使える者は一握りであり、魔法の種類もそう多くない。火や風を起こす、治癒、浄化など、その程度。連絡手段は手紙か、人を遣わすかの二択で、この場合は伝言を使者が届けに来たわけだ。十八世紀ヨーロッパ的世界観なので電話もなく、前世と比べたら時間の使い方がひどくのんびりしている。
仕事の続きをしながら待っていると、オウギュスト団長が部下の一人を従えてやってきた。
こんな忙しい時期に団長自ら足を運んできたのはどんな事情か。
おない年であり俺のほうが職の位は格上だが、爵位は彼が上。椅子から立ち上がって迎えると、彼は執務机の前に一直線に歩いてきた。威圧がすごい。敵陣に乗り込んできた武将といった感じだ。
「主教。あなたを討伐騎士団の一員に任命したい。それと一名、神殿騎士団の者を」
挨拶も前置きもなく告げ、机の上に書類を差しだしてくる。書類は二通。手にとってみると、それは二人分の任命書だった。
「私と――エロワですか」
「ああ。その者はヒーラーと聞いた。戦闘力もなかなかのものと聞く」
「そうですね。エロワは優秀ですね」
「あなたにも、浄化者の身の安全のために加わってもらう、これは国王陛下の意思でもある。拒否は許されない」
まるで俺が拒否すると思っていたような物言いだ。まさに喧嘩腰。
態度も視線も圧を感じる。基本的に圧の強い男だが、他者に関わっている様子では、もう少しマイルドだった。
王宮で顔をあわせる機会は時々あるが、ろくに話したこともない。王宮内の派閥が異なるし、式典などの警備の関係で話がある時は、俺の護衛である神殿騎士団が打ち合わせの席に着く。面と向かってまともに会話をするのは先ほどの謁見室が初めてだ。
以前から嫌われていると感じていたが、ここ数年はよく睨まれている気がする。
胡散臭いだろうが、そこまで嫌わなくてもいいだろうと、ちょっと言いたくなる。
すべての人から好かれることが無理なのは承知しているが、自分を嫌っており、しかもそれを隠そうとしない相手と対峙するのはなかなかのストレスだ。
心が削られるなあと思いつつも俺は営業スマイルを保ち、肩を竦めた。
「拒否など滅相もない。もちろんお受けします。ただ、私のほうから団長へお願いが二点あります。もう一名、団員に加えていただきたい者がいます。神殿騎士団のイリス・パシュラという者です」
「理由は」
「ヒーラーではありませんが、攻撃魔法が使えますから役に立つはずです」
団長は考えるように俺の顔を見つめたあと、頷いた。
「……いいだろう」
「それからもう一点。馬車を使わせてください」
「アオイは馬に乗れないか」
「私もです」
団長が片眉を上げる。
「そうだったか?」
「ええ。アオイはいま練習させていますが、彼のほうが上手いかもしれません。いずれにしろ慣れておりませんから、馬車が無難かと」
「馬車が通れない行程もあるのだが」
「そこはどなたかの馬に同乗させていただく形で結構です。しかしそれ以外は馬車で問題ないでしょう。初日の目的地は?」
「オーミャだ」
「ならば、少なくともそこまでは問題ないですね。街道は広いし、陽が落ちる前に着く。日中は魔物も現れませんし」
団長は頷き、わかったと応じた。
「それだけか」
「はい」
団長は意外そうに目を細めて俺を見た。
「ではエロワと――イリスと言ったか。二人の顔を見ておきたい。紹介してもらえるか」
俺は主教補助のポールを呼び、二人を執務室へ連れてくるよう頼んだ。
団長と対面した二人は落ち着いて任命を受諾した。そんな彼らの態度を訝しく思ったのか、団長が言った。
「落ち着いているな。まるで任命されることを知っていたようだ」
「はい。主教様から事前に話を聞いておりましたから。きっと選ばれるだろうからと」
エロワの返事を聞き、団長は胡乱な視線を俺に寄越した。
なにを企んでる、とでも言いたげだ。しかし彼はよけいなことは口にせず、代わりに自分の部下を紹介した。
「ロジュ・ビアール。近衛騎士団所属で、此度の討伐騎士団の副団長となる」
ロジュは焦げ茶の髪と瞳で、チャラい優男風の男。歳は俺と同じくらいか。騎士団流ではなく王宮風に胸へ手を当て、優雅に一礼する。
「ロジュと申します。呼び方は副団長ではなく、どうぞロジュとお呼びください。主教様と旅に出られるなんて、嬉しいですねえ」
「イヴォン・デュノアです。私の呼び方は主教でもイヴォンでもなんなりと」
「ではイヴォン様と呼んでもよろしいですかね」
「ええ」
団長がなにか言いたげに目を眇めてロジュを見た。それからエロワとイリスへ目を向ける。
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見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
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やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
表紙は自作です(笑)
もっちもっちとセゥスです!(笑)
